おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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144.精霊魔法

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 路地裏で婦女暴行事件を目撃し、助けに入った俺。
 しかしなぜか謎の第三者が現れて3人の腕が交差するよくわからない三つ巴が形成されてしまった。

「は、放せ!」

「いや私も腕を掴まれているから無理ですよ」

「お前たち、こんないたいけな乙女に寄って集って暴行するなんて最低だぞ」

 どうやら最後に出てきた謎の第三者は俺がこの男と一緒に女性に暴行していると思って俺の腕を掴んだようだ。
 被害者の女性は俺の後ろにいるし、俺は男の腕を掴んでいるし、それほど誤解を招くような状況ではないと思うのだけれどもね。

「あの、そっちの人は助けてくれた人ですよ?」

 状況を見かねた被害者女性が助け舟を出してくれる。

「なに?それは失礼した。男なんてみんな盛りのついた獣みたいなものだと思っていたから勘違いしてしまった。許してくれ」

 謎の第三者は己の行動を恥じたように素早く手を放す。
 ずいぶんと柔らかい手だったな。
 謎の第三者は外套に身を包み、仮面で顔を隠しているので性別は分からないが、声の感じや手の質感から女性のような気がする。
 しかし男に対してずいぶんと偏見を持った人だ。
 完全には否定できない自分がいるので反論はできないが。
 
「お嬢さん、大丈夫だったか?怪我などはしていないか?私は回復魔法の心得がある。怪我をしているならば言ってくれ。すぐに治して差し上げよう。ああ膝を擦りむいてしまっているじゃないか。まったく、男というのは本当に粗雑でどうしようもない生き物だ」

 謎の女性は襲われていた女性の身体をぺたぺたと触って怪我がないか確認している。
 親切な人だとは思うが、いささか触りすぎな気もするな。
 先ほどから言葉の節々に表れている男嫌いの感じといい、どことなく匂う。
 百合の花の匂いだ。
 被害者女性が膝を擦りむいているのを見て、いやらしい手つきで脚全体を撫でまわしている。
 言い訳がましくこれは魔法に必要なことなんだと被害者女性に言い聞かせているが、魔力が全く動いていないことを考えるに治療とは全く関係がないただのセクハラのようだ。
 盛りのついた獣はどっちなんだ。

「すまない、痛かったね。大丈夫だ、もう治る」

 女性の魔力が活性化する。
 そのまま魔法陣を描くのかと思ったが、活性化した魔力は突如として消えてしまう。
 まるで何者かに食べられたように。
 そして女性の手のひらから蛍火のような光の粒が零れ落ち、被害者女性の膝の傷を癒していく。
 明らかに俺の知っている魔法の行使ではない。
 かといって獣人たちの使うような特殊能力や原始的な魔法でもない。
 彼女が魔法と言ったのならば魔法の一種なのだろうが、全く見たことのない魔法だ。
 俺は数日前にベラールさんとした話を思い出していた。

『ブルーベルはエルフの里にも近いですし、町中でも見かけるかもしれませんね』

『耳が長くて、精霊魔法という独自の魔法を持ち、ものすごく美形ぞろいの種族です』

 精霊魔法、おそらく今の魔法はそれだ。
 魔力が何かに食べられたように見えたのはおそらく精霊という存在に魔力を渡したからだろう。
 その対価に精霊が魔法現象を起こす、それが精霊魔法という魔法なのかもしれない。
 ということは、この仮面をつけた謎のガチ百合女性の正体はエルフということになる。
 なんという幸運だろうか。
 ベラールさんが一生に一度くらいは見てみたいと言っていたエルフに出会うことができるとは。
 相当な男嫌いなようだけれど、なんとか顔だけでも見せてくれないだろうか。
 
「放せっ、放せこの野郎!!」

 とりあえずこの男を協商連合の兵士に突き出すのが先か。
 しかしエルフと見られる仮面女性は被害女性にべったりでお持ち帰りする気まんまんのようだし、俺が割り込む余地はあるかな。

「あ、あの、まだちゃんとお礼を言っていませんでした。危ないところを助けていただいてありがとうございました。私の家は大通りで宿屋を営んでいるのですが、もしよろしければお2人ともうちの宿に泊まっていただけませんか?もちろん代金はいただきません」

 被害者女性は仮面女性に纏わりつかれて少し困惑しながらも俺に向き直り、少し頬を赤く染めて宿に泊まらないかと言ってきた。
 被害者女性はお2人と言っているものの、その瞳は真っすぐ俺を見つめていた。
 これは、もしや。
 被害者女性が俺に少なからず好意を抱いているのは長年の経験でなんとなくわかった。
 しかしそんな純情な目で見つめられると少し罪悪感が湧いてくる。
 おじさんはそういう純粋な色恋とかはちょっと苦手なんだ。
 この年になると女性と交際するのも純粋な色恋だけというわけにもいかなくなる。
 俺のように結婚とか子供とかを全く望んでいないやつならばなおさらだ。
 危ないところを助けてくれた人と年齢差の恋をして結婚して子供は3人とか思っている乙女チックな価値観と、助けたお礼に一晩付き合ってくれないかなとか思っている汚れきったおじさんの価値観が相容れることは無い。
 それが何かの間違いに相容れてしまうことで起きるのは、週刊誌でよく見る男女の悲劇だ。
 相手が本気で来ているのに、遊びで応えられるほど俺は落ちていない。
 遊び人には遊び人の矜持というものがあるのだ。
 しかしとりあえずエルフと同じ宿になれる可能性が出てきたのはありがたい。
 百合だからたぶん男には興味が無いだろうが、顔だけ見てみたい。
 俺は後で必ず宿に行くと約束して男を連行した。

 
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