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おっさんずイフ

14.密航者生活

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 密航生活も今日で1か月。
 自分で持ち込んだ食料はそろそろ尽きるけれど、ここは船倉だから食料には困らない。
 しかしそろそろ本格的に太陽の光が恋しくなってきた。
 頼みの綱は魔法ガチャこと神樹の実だ。
 何か姿を隠して船内を歩き回れる魔法などが出てくれればいいのだが。
 前回密航生活2週間目あたりに実った魔法は初級魔法の【土壁】という魔法だった。
 銃撃戦の最中に身を隠すにはいいかもしれないが残念ながらここは戦場じゃなくて船上だ。
 土壁の材料となる土もないし土壁を作れたところで身を隠せるわけでもない。
 たとえ土があったとしても船の中に土壁があったら逆に変に思われてしまうだろう。
 俺が求めているのはそういうのではなくてもっと猫型ロボットが出してくれるように便利な魔法だ。
 そんな都合のいい祈りを捧げながら俺は神樹の若木の植木鉢を置いている木箱の上をのぞき込む。
 そこには予定どおりころりと木の下に転がる木の実が。
 今度の実はずいぶんと大きな実だ。
 大きさはマンゴーのような大きさで黒味を帯びた紫色をしている。
 まるでツヤの無いナスのような色だ。
 前回食べて土壁を使えるようになった木の実がアメリカンチェリーのような木の実であったことから、初級魔法はアメリカンチェリーの実で中級魔法はブルーベリーの実というような法則性があるのではないかと思い始めた。
 その仮説に当てはめると、この見たこともない木の実は初級でも中級でもない魔法が使えるようになる木の実である可能性が高い。
 思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
 火球や土壁が初級で、収納(中)が中級。
 魔法の規模から考えても初級よりも中級のほうが格上だ。
 常識的に考えても初級が中級の上である可能性はないだろう。
 そして新たな木の実は初級でも中級でもない可能性が高い。
 否がおうにも期待感が高まる。
 俺は黒紫色の木の実をそっと手に取り、上着の袖で軽く擦ってかぶりついた。

「う、うまい……」

 鳥肌が立つほどうまかった。
 口いっぱいに広がるトロピカルな香り。
 完熟マンゴーかと思うような高い糖度。
 どうやら階級が上がるごとに木の実の味もレベルが高くなっているようだ。
 これよりも上の木の実があったら目からビームが出たり服をはだけたりしてしまうかもしれない。
 
『ぴろりろりん♪シゲノブは上級魔法【光学迷彩】が使えるようになった』

「おお」

 まさに俺が望んでいた魔法じゃないか。
 どうやら俺の願いはちゃんと神樹に伝わっていたようだ。
 これまで愛情込めて神酒を注いできた甲斐があった。
 
「ありがとうな。ほら、神酒をあげような」

 俺は感謝の念を込めて植木鉢に神酒を注いだ。
 俺には樹の気持ちはわからないが喜んでくれているといいのだが。



 

 手に入れた光学迷彩の魔法をさっそく使ってみた。
 この船には数日に1回この船倉に酒を失敬しに来る不良船員がいる。
 いつもは彼が来たときは箱の影や天井に張り付いて隠れるのだが、今日は光学迷彩の魔法を使って堂々と座っていてみよう。
 俺は彼の気配が扉の外から近づいてくるのを確認し、光学迷彩の魔法を発動した。
 ガチャリとドアが開きいつものように彼がこそこそ入ってきた。

「へへへ、ここの酒を飲んだら食糧庫に置いてある酒なんて飲めねえぜ」

 どうやら彼はここに置いてある商品の酒だけではなく食糧庫の酒も失敬したことがあるようだ。
 盗んだ酒で晩酌を楽しむとは酒好きの風上にも置けないなどと密航者の分際で思ってみる。
 不良船員は迷うことなく瓶に入った高級ワインのたくさん詰まった木箱に向かい、2本ほど服の下に隠して去っていった。
 その始終を俺は横で眺めていたのだが不良船員は全く俺に気が付いていないようだった。
 この魔法は凄い魔法だ。
 これがあれば船内をうろついても問題がないかもしれない。
 とにかく太陽の光に当たりたい。
 あとあったかいおしぼりか何かで身体を拭きたい。
 俺もそれなりの量の水は持ち込んでいるが、さすがに身体を拭くのに使おうと思えるほどではない。
 あとこの船倉では布を洗うのに使った水を捨てる場所がないこともあって、船に乗ってからというもの全く身体を拭けていない。
 本音を言えば風呂に入りたいが、さすがにそれは船の上では無理というものだ。
 俺はそんな期待を胸に不良船員が出ていったドアから船倉を出た。
 この船はおそらく3層構造か4層構造くらいだ。
 何度も階段を下りた感覚があった。
 多くの荷物と船員を乗せているだけあって大きな船だ。
 俺は階段を探し、上る。
 一段上るごとに空気が軽くなっていくような気がした。
 すれ違う人は誰も俺に気が付かない。
 これは面白い魔法だ。
 船に女性が全然乗っていないのが残念で仕方がない。
 まあ豪華客船じゃあるまいし、イチかバチかの賭けみたいな南大陸行きの交易船に普通の女性は乗らないか。
 俺は甲板に出るための狭い階段を駆け上った。

「うわぁ……」

 天から差すいっぱいの日の光を期待していた俺は見事に裏切られた。

「雨じゃないか」

 それほど強い雨ではないものの、曇天の空からは雨粒が次から次へと降り注いでいる。
 
「まあこれはこれでありだな」

 船の上では風呂はないが、雨がある。
 甲板では船員が裸になって身体を洗っていた。
 俺も彼らに習って身体を洗わせてもらうとしよう。

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