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2.開拓団長就任
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屋敷の裏庭。
俺はせっせと仕事をする庭師の隣に腰掛ける。
庭師とは思えないほどに鍛えられた肉体に顔の傷。
絶対に堅気には見えない庭師、ローレンだ。
俺が屋敷内で唯一腹を割って話ができる人物でもある。
俺はローレンに向かって無言でジャムパンを差し出した。
ローレンは明らかに小さい切れ端のジャムパンを受け取り怪訝な顔をする。
「今月はこれだけですかい?明らかにこの形、丸い物を4つに切った一つですよね。けちけちせずに半分くださいよ」
そのごつい強面に見合った少ししゃがれた重低音に背中がピクリとする。
しかし俺はこの盗賊王みたいな男が意外に気のいい中年だと知っている。
俺はローレンの主張に毅然とした態度で反論した。
「馬鹿を言うな。ジャムパンだぞ?俺だって半年くらいは食ってないんだ」
「あんぱんとかチョココロネとか、別のは食ってるじゃないですか」
ローレンはわかってない。
あんぱんやチョココロネは確かに美味い。
おそらくジャムパンと同じ国で同じ職人が作ったであろうそれらのパンはどれもこの世のものとは思えないほどに甘美な味だ。
しかし、ジャムパンは俺の好物なのだ。
「リザだってジャムパンは好物ですよ」
「ちっ、仕方ないな」
娘の名前を出されると俺も弱い。
今年で9歳になるローレンの娘のリザはローレンに全然似ておらずめちゃくちゃ可愛い。
俺は幼女趣味というわけではないがあの目にじっと見つめられると持っている甘味をすべてあげてしまいそうになる。
「それにしても、こんな甘味を出せるなら家内での立場もちっとはよくなるんじゃないですかい?」
「まあそうだろうな。ジャムパンなんて王家に献上すれば大層な褒美をもらえることだろう」
兄の後継者登録のときに一度この国の王を見たことがあるが、でっぷり太った甘い物が大好きそうな男だった。
きっとジャムパンが大好きに違いない。
もしかしたらジャムパン一個で爵位くらいくれる可能性すらある。
「じゃあなんで隠してるんで?」
「別に家の連中に言ってもいいが、もうお前の分け前はなくなる」
「すいやせん。愚問でした」
まあ家の連中に秘密にしているのは単に取り上げられたくないからだ。
俺の屋敷内での立場は完全に固定されてしまっている。
すなわち最下位。
使用人すら俺を小馬鹿にしていることだろう。
そんな俺がいまさら甘味や希少なアイテムを召喚できると言ったところで立場が大きく向上することはないだろう。
使用人はともかく、2人の兄や両親などは俺のスキルが有用なものだとは認めない。
甘味やアイテムを取り上げて自分たちのものとすることすらありえる。
俺の存在は認めないのに、アイテムだけは欲しい。
そうなれば俺は屋敷に軟禁されて、ただアイテムを吐き出す存在にされかねない。
それらは最悪の想定だけれど、可能性がある限りは甘味やアイテムのことは明かす気にはなれないのだ。
「ん?なんか表のほうが騒がしいですね。お客様かもしれません。ダグラス様はそろそろ屋敷に戻ったほうがいいですよ」
「俺なんか居てもいなくても変わらない気がするけどな」
「いなかったらいなかったで後で色々言われるんでしょ?」
「そうだな……」
家の連中が求めているのは日頃のうっ憤を手軽にぶつけることのできる存在だ。
あいつらは俺のやることなすことすべてに文句をつけることで自分の自尊心を保っているだけにすぎない。
もっと領地運営がうまくいっている家に生まれていれば俺のような存在は毒にも薬にもならないものとして放っておいてもらえたものを。
面倒な家に生まれたものだ。
俺は上着のポケットから例の謎素材の小袋に入った飴玉を一つ取り出し、ローレンに渡す。
これもガチャから出たもので濃厚な果汁の味がして非常に美味な品だ。
「これはリザに渡せ。食うんじゃないぞ」
「わかってますよ。いつもすいやせんね」
どれだけ人に疎まれようとも、あの子にだけは嫌われたくないんだよな。
「ダグラス、遅いぞ!どこで何をやっていた!!」
「いや、別になにも……」
「だったらさっさと来ないかバカ者が」
今年で齢50になる俺の父親、現マイエル男爵であるフリードが脂肪でだぶついた丸い顔を真っ赤にして怒り狂っている。
ガチャから出た異国の医学書には血の圧力と書いて血圧なるものの概念が書かれており、それによればたぶん父は相当血圧が上がっていることだろう。
いつ重要な血管が傷ついて床に伏せってもおかしくはない。
だがしかし、なんでもないようなことでこれほど激高するようなことはいくら怒りやすい父でもこれまで見たことがない。
先ほど屋敷の表に停まっていた馬車が何か父の機嫌を損ねるようなことを知らせてきたのかもしれない。
「まあいい。貴様には此度組織されるマイエル男爵領大開拓団の団長を任じる」
「は?」
「先ほど王都からの使者が来た。我がホルバム王国は北の大森林の開拓事業に乗り出すそうだ。各領地から開拓団を組織して北の大森林まで寄越すようにとの仰せだ。我が領からはお前が行け。団員は私が適当に見繕っておいてやる。しっかりとお国のため我が領のために務めるのだぞ」
北の大森林といえば強力な魔物が跋扈する王国屈指の魔境じゃないか。
今まで王国は何度も開拓団を組織して切り開こうとしてきたが、その度に失敗している。
こんな事業が成功するとは思えない。
失敗し、大きな被害を出すとわかっている事業に俺以外の人間は出せないよな。
俺にはガチャという隠しだねがあるが、今まで出たアイテムだけで北の大森林に通用する気がしない。
これはさすがに俺の人生詰んだかな。
俺はせっせと仕事をする庭師の隣に腰掛ける。
庭師とは思えないほどに鍛えられた肉体に顔の傷。
絶対に堅気には見えない庭師、ローレンだ。
俺が屋敷内で唯一腹を割って話ができる人物でもある。
俺はローレンに向かって無言でジャムパンを差し出した。
ローレンは明らかに小さい切れ端のジャムパンを受け取り怪訝な顔をする。
「今月はこれだけですかい?明らかにこの形、丸い物を4つに切った一つですよね。けちけちせずに半分くださいよ」
そのごつい強面に見合った少ししゃがれた重低音に背中がピクリとする。
しかし俺はこの盗賊王みたいな男が意外に気のいい中年だと知っている。
俺はローレンの主張に毅然とした態度で反論した。
「馬鹿を言うな。ジャムパンだぞ?俺だって半年くらいは食ってないんだ」
「あんぱんとかチョココロネとか、別のは食ってるじゃないですか」
ローレンはわかってない。
あんぱんやチョココロネは確かに美味い。
おそらくジャムパンと同じ国で同じ職人が作ったであろうそれらのパンはどれもこの世のものとは思えないほどに甘美な味だ。
しかし、ジャムパンは俺の好物なのだ。
「リザだってジャムパンは好物ですよ」
「ちっ、仕方ないな」
娘の名前を出されると俺も弱い。
今年で9歳になるローレンの娘のリザはローレンに全然似ておらずめちゃくちゃ可愛い。
俺は幼女趣味というわけではないがあの目にじっと見つめられると持っている甘味をすべてあげてしまいそうになる。
「それにしても、こんな甘味を出せるなら家内での立場もちっとはよくなるんじゃないですかい?」
「まあそうだろうな。ジャムパンなんて王家に献上すれば大層な褒美をもらえることだろう」
兄の後継者登録のときに一度この国の王を見たことがあるが、でっぷり太った甘い物が大好きそうな男だった。
きっとジャムパンが大好きに違いない。
もしかしたらジャムパン一個で爵位くらいくれる可能性すらある。
「じゃあなんで隠してるんで?」
「別に家の連中に言ってもいいが、もうお前の分け前はなくなる」
「すいやせん。愚問でした」
まあ家の連中に秘密にしているのは単に取り上げられたくないからだ。
俺の屋敷内での立場は完全に固定されてしまっている。
すなわち最下位。
使用人すら俺を小馬鹿にしていることだろう。
そんな俺がいまさら甘味や希少なアイテムを召喚できると言ったところで立場が大きく向上することはないだろう。
使用人はともかく、2人の兄や両親などは俺のスキルが有用なものだとは認めない。
甘味やアイテムを取り上げて自分たちのものとすることすらありえる。
俺の存在は認めないのに、アイテムだけは欲しい。
そうなれば俺は屋敷に軟禁されて、ただアイテムを吐き出す存在にされかねない。
それらは最悪の想定だけれど、可能性がある限りは甘味やアイテムのことは明かす気にはなれないのだ。
「ん?なんか表のほうが騒がしいですね。お客様かもしれません。ダグラス様はそろそろ屋敷に戻ったほうがいいですよ」
「俺なんか居てもいなくても変わらない気がするけどな」
「いなかったらいなかったで後で色々言われるんでしょ?」
「そうだな……」
家の連中が求めているのは日頃のうっ憤を手軽にぶつけることのできる存在だ。
あいつらは俺のやることなすことすべてに文句をつけることで自分の自尊心を保っているだけにすぎない。
もっと領地運営がうまくいっている家に生まれていれば俺のような存在は毒にも薬にもならないものとして放っておいてもらえたものを。
面倒な家に生まれたものだ。
俺は上着のポケットから例の謎素材の小袋に入った飴玉を一つ取り出し、ローレンに渡す。
これもガチャから出たもので濃厚な果汁の味がして非常に美味な品だ。
「これはリザに渡せ。食うんじゃないぞ」
「わかってますよ。いつもすいやせんね」
どれだけ人に疎まれようとも、あの子にだけは嫌われたくないんだよな。
「ダグラス、遅いぞ!どこで何をやっていた!!」
「いや、別になにも……」
「だったらさっさと来ないかバカ者が」
今年で齢50になる俺の父親、現マイエル男爵であるフリードが脂肪でだぶついた丸い顔を真っ赤にして怒り狂っている。
ガチャから出た異国の医学書には血の圧力と書いて血圧なるものの概念が書かれており、それによればたぶん父は相当血圧が上がっていることだろう。
いつ重要な血管が傷ついて床に伏せってもおかしくはない。
だがしかし、なんでもないようなことでこれほど激高するようなことはいくら怒りやすい父でもこれまで見たことがない。
先ほど屋敷の表に停まっていた馬車が何か父の機嫌を損ねるようなことを知らせてきたのかもしれない。
「まあいい。貴様には此度組織されるマイエル男爵領大開拓団の団長を任じる」
「は?」
「先ほど王都からの使者が来た。我がホルバム王国は北の大森林の開拓事業に乗り出すそうだ。各領地から開拓団を組織して北の大森林まで寄越すようにとの仰せだ。我が領からはお前が行け。団員は私が適当に見繕っておいてやる。しっかりとお国のため我が領のために務めるのだぞ」
北の大森林といえば強力な魔物が跋扈する王国屈指の魔境じゃないか。
今まで王国は何度も開拓団を組織して切り開こうとしてきたが、その度に失敗している。
こんな事業が成功するとは思えない。
失敗し、大きな被害を出すとわかっている事業に俺以外の人間は出せないよな。
俺にはガチャという隠しだねがあるが、今まで出たアイテムだけで北の大森林に通用する気がしない。
これはさすがに俺の人生詰んだかな。
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