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2話

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 吾輩の書いているWEB小説『吾輩の家主がこんなに引きこもりなわけがない』のランキングは未だに低空飛行を続けている。
 吾輩は解せぬなと思いながらも、家主の書いた小説を読みながら分析する。
 やはり家主の書く小説の主人公の行動は感情的で、まるですぐにキレる若者だ。
 吾輩は思うのだが、主人公がバッタバッタとなぎ払っている敵側の立場になって考えてみれば、その敵がその行動を取ってしまったことはしょうがないのではないか、と思うことが多々ある。
 正義などというものは相対的なものであり、主人公が正義である証明などどこにもない。
 それをさも人のためを思ってやってますみたいな顔をして敵をなぎ倒す主人公は、責任を人に押し付けているともいえるのではないだろうか。
 主人公を一言で言い表すならば、ルール無用の人間兵器だ。
 それも何を考えているのか分からず、突然突飛な行動を取るとても危険な。
 そしてなぜか敵役の権力者などよりも格上の権力者に主人公は気に入られる。
 こいつら主人公の振るう力が怖くて擦り寄っているのではないか?
 主人公の振るう力は強大で、権力などでは到底太刀打ちできない。
 主人公に対抗できる力はその世界にはなく、しょうがなく主人公の機嫌を損ねないように慎重に擦り寄っている。
 大物そうに振舞う表情の裏では実はビビって表情が引きつっている、吾輩にはそう見えてならない。
 やはり家主が書く主人公は理不尽そのものだ。
 そんな化け物が野放しになっていたら小市民はおちおち外も出歩けない。
 ではなぜ読者はそんな小説を読むのだろうか。
 吾輩なりに分析してみた。
 まず1つに、読者のヘイト管理だ。
 家主は読者の感情をコントロールするのが抜群にうまい。
 家主は読者の感情をうまく煽って、どこにでもいるような小悪党を親の敵のように憎ませる。
 読者の潜在意識に存在する社会の悪やありふれた理不尽に対する感情を引き出し、負の感情を読者の中に育てていくのだ。
 そしてすぐにはそれを解消させない。
 小さな悪感情を積み重ねさせ、読者にストレスを与える。
 そして溜めに溜めたストレスを一気に解消させることによって、読者の脳に快感を与える。
 これが家主の常套手段だ。
 そして家主の小説に重要なファクターがもう一つある。
 それはサブキャラの好感度だ。
 どんな物語でも、主人公とメインヒロインというものは大体好きという人と嫌いという人に分かれるものだ。
 主人公の好感度が最悪の物語もある。
 ヒロイン死ねという物語は多いだろう。
 そんな作品には、必ずと言っていいほどに魅力的なサブキャラというものが存在している。
 これは吾輩が思うに、物語の進行上性格をある程度物語に合わせる必要がある主人公やヒロインと違って、サブキャラというのは自由に性格を設定することができるため起こる現象なのかもしれない。
 誰だって優柔不断でハーレム脳な主人公や主人公に暴力を振るうヒロインよりも、優しくて報われなさそうな薄幸の美少女や、クズ主人公に愛想を尽かさない器の大きい親友のほうに好感を持つ。
 家主の小説にも、最低1人はまともな思考をした魅力的なサブキャラというものが存在している。
 狂った世界の清涼剤としてそのサブキャラが機能することにより、読者の『あれ?この主人公キ〇ガイじゃね?』といった感覚を和らげているのだ。
 つまり吾輩が何を言いたいのかというと、お前らは家主に洗脳されている!
 吾輩はノートパソコンの画面に肉球を当て、宣言する。
 現実逃避はこのへんにしておこう。
 吾輩は先ほどの分析を踏まえ、『吾輩の家主がこんなに引きこもりなわけがない』を更新する。
 その日はブックマークが2件増えた。
 
 






「ミケ、どうしよう出版社に呼ばれたよ。私いつも緊張しちゃうんだよね」

「吾輩が留守番してようか?」

「え~、ついて来てよ」

 きっと編集部に猫を連れて行ったらへんなやつだと思われてしまうだろう。
 その後ファミレスなどで打ち合わせを行うつもりだとしたら、そこにはきっと動物の姿をしている吾輩は入れない。
 まあ完全無欠たる吾輩ならば家主以外に姿を見えなくすることくらいは容易いので、コミュ障気味な家主のために仕方なくついていってやるとするか。
 吾輩を中心とした常識改変フィールドを100メートルほど展開してもいいのだが、吾輩はあまり無粋な術が好きではない。
 ここは粋に透明化スキルでいくべきだろう。
 よりによって吾輩の完全無欠さの初披露となるのが、家主の付き添いだとはな。
 もう少し活躍の場があってもいいのではないか?
 家主はありがとうと言って吾輩を抱き上げ、膝の上に乗せる。
 家主の膝の上は暖かくて眠くなる。
 ああ、吾輩の言いたかったことはこういうことなのかもしれない。
 誰かの心の支えになることは、圧倒的な力を持って悪を討つことよりも素晴らしいことだと。
 吾輩をなでる家主の暖かな手のひらが、それが正しいということの証明ではないだろうか。
 そのことを吾輩は家主に伝えたいのだけれど、この身を襲う睡魔の心地よさには勝てない。
 吾輩は起きたら絶対家主に伝えようと決めて、この心地よい眠気に身を任せた。
 むにゃむにゃ。
 
 
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