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第四章 故郷 その一
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第四章 故郷
新三郎も末席に連なることがある、連日の北畠氏の正月(永禄五年)の一連の行事もそろそろ終わりが見えてきた。
忙しかったさ栄が安心したのは、自分の身の振りについて御所さまやみ台様からなんの話もなかったことだ。
昨(永禄四)年は嫂にあたるみ台所さまが、やや棘のある言い方で、ぶらぶらと遊んでいるように見える―いや違いない、とさ栄は自嘲する―出戻りの妹にあたった。
夫の御所さまからは、あれは病を得て養生もあるから、などと言い含められていたのだろう。それを逆手にとって、お身体が癒えたらまたよい御縁談もあろう、若いみそらでご隠居でもない、億劫に思わず是非お受けなさいと、顔を合わすたびに同じことばかり言ったものだ。
(もしもあのとき、これと決まった話でもあったら、また受けねばならなかっただろう。)
さ栄は翻って胸を撫で下ろす気分でいたが、いや、と思い返すところも最近はある。
(その方がよかったか知らぬ。)
あの夜を切り抜けさせてくれた恩人のあの子に、少し名残惜しいような気持ちで、厚く礼を言って別れを告げ、どこかの舘の主の妻にでもまた納まってしまっていたほうが……、と思うのだ。
近頃、さ栄はあまり新三郎と二人きりで歌の本を読んだりしないようにしている。
ある日、新三郎はまた肩が分厚くなったな、などとふと気づいたときに、咽喉の乾くような思いが不意に襲ってきて、困惑した。新三郎は真面目に、こちらの読み齧った『俊頼口伝集』などの話を聴いてくれているのに、ふと振り仰いだ明眸を見るとわけのわからない切ない気分が高まって、さ栄は言葉が途切れてしまった。
情けなさに震える思いだが、何も知らぬ新三郎に躰の不調を心配させてはならない一心で、耐える。その様子が余計に苦し気に見えるのだろう、結局、新三郎に気づかれて心配させてしまうのだが、それを少し頭痛がするなどと言って繕うのも、つらかった。
(二人きりではもういられぬ。まさかとは思うものの、何をしでかすか、さ栄は、己れに信が持てぬ。)
(ふくがいるから、と言っても油断ならぬ。)
ふくは最近、何か一人合点をしているのか、新三郎をむしろ煽るような態度すらとるのでひやひやする。昨年末にも、来春の話をしているときに加わって、
「お姫さまにも来年はご縁談がおありかもしれません。新三郎どのは如何にお考えで?」
などと聞いて、当の二人を絶句させた。さすがに新三郎の方が如才なく、
「それは、まことにおめでたく存じまして、喜ばしい限りにござりましょうな。」
と答えたのだが、その言葉を聞いてさ栄は、わかっているのに本当に胸が痛んだ。
新三郎がいなくなった後、ふくを叱ったが、乳母でもあった侍女は、
「お気にされずとも、新三郎どのも本気で喜んでいるはずもない、それなのに、まったくあのお顔ときたら!」
と、おかしげに笑うばかりである。
さ栄は、ふくを睨むと、肩を落とした。
「……もう、新三郎に会えぬではないか?」
やりすぎたと思ったらしい、ふくが懸命に謝ってくれたが、
「いかにも気まずい。縁談をどう思うか、じゃと? ……恥ずかしうて、とてももう、二人になれぬ。」
と、さ栄は思い詰め、泣かんばかりになった。
そのあとも新三郎は挨拶に来てくれたが、さ栄は自分が裸で座っているような気分がして、いたたまれない。
かといって身辺から新三郎を遠ざけるのも厭だったので、元服前の蠣崎千尋丸を伴ってくるように、などと言うことも増えてしまった。あの子にもそろそろお歌の初歩を教えてやろう、と言うのが口実である。
それを切り出すと、新三郎が少し不満げな顔をしたように見えたのが、さ栄には心秘かにうれしかった。だが、命じたことだから、新三郎はたいてい小さな子供を連れてやってくるようになった。
千尋丸は干し柿などを貰いに喜んでやってくるのだが、歌などはまだ退屈なのであろう、目を離すとよほど小さい子のようにいなくなってしまう。新三郎はしきりに恐縮するが、探しに立つわけでもない。さ栄も、すぐに連れて参れとも言わない。そのまま二人で、埒もないお喋りに興じてしまうこともあった。
もちろんあとで新三郎は弟分の津軽蠣崎家の幼い惣領を叱るのだが、それをじいじどのにこぼすのも、十歳の童が気の毒だと思う。その代り、愚痴をこぼす相手は瀬太郎になってしまう。
「千尋さまは、気を利かしているおつもりじゃないかね、ご大将?」
新三郎はきょとんとしたが、やがて気づいて、まさか、とか、なんのことだ、とか切れ切れに整理されぬ文句を言い始める。瀬太郎は馬鹿馬鹿しいと思ってか、さっさとその場からいなくなってしまった。
そんなことまではさ栄は知らないが、政略結婚の縁談など持ちかけられなかったのに安堵する一方で、自分の想いを持て余し、悩みを深めている。
(新三郎はまだ十五。わたくしは、二十一になったか。)
(何を考えておる。あれは、天才丸ではないか。一昨年まで、仔犬か何かのように走っておった子ではないか。故郷を想って、空を眺めていた小さい子ではないか。)
(わたくしはあの頃、もう罪を犯して、もの思わぬ、口も利けぬ、魚になり果てていた。そのまま、ただ死を待とうと決めていた。恐ろしい浪岡に戻ってきたのも、もう死にたかったから。ここなら、なにか契機があって、自分では何もできぬ醜い魚も、楽に死なせて貰えそうに思えた。)
(現に、兄上がやってきた。せめて、刺し違えてやれるのかと思った。)
(だが、いざとなると、ただ恐ろしく、忌わしくて……。昔、あのとき死ねなかったのに、そう簡単に死ねる筈がなかった。さ栄はやはり、弱い。汚い鱗の生えた魚でしかなかった……。)
(それをあの子が、救ってくれた。切所を抜けるを助けてくれただけではない。)
(あの子は懸命に生きておる。与えられたさだめを、力の限り生きておる。あれが、ひとじゃ。ひとのあるべき生き方。その姿を見ているだけで、わたくしは、蘇える思いになった。魚でなくなって、あの子の励むひとの世に帰って、生きていける気がしてきた。……戻れたのではないか、ひとに?)
(だが、ひととして思いを持つというのは、なんとつらいのだろう。汚らしい魚のときよりも、わたくしは生々しい、汚れた欲に囚われている。ただ水のなかを、黙って漂っていられない。過ぎた夢を見ようとしている。あの子のためにはならぬ欲を、夢を……。)
さ栄は思わず両手で顔を覆った。胸の中で新三郎、新三郎、と呼びかけた。
(すまぬ、お前に会いたい。お前はまた真直ぐに、わたくしなどを守ってやると言ってくれよう。美しいなどと褒めてくれよう。その気持ちは疑いない。それだけでうれしい。お前の優な(やさしい)心に触れるだけで、さ栄は満足するべきなのじゃ。)
(だが、新三郎、お前は、わたくしがお前に、何かそれより別のことを望んでいるのに、気づいてはいないじゃろう? わたくしは、お前にいつも会いたい。お前の心の真ん中を占めていたい。いつまでも一緒に過ごせないと思うだけで、つらくてならぬ。つっと(ずっと)お前がそばにいて欲しい。)
(……この願いを、お前に気づかせたい。そして、わたくしの身勝手な欲や夢に、若い、これから先のあるお前が応えてくれるほどなのかどうか、知りたいのじゃ。……さようなことを、さ栄がしてはならないのに!)
気配に気づいて、顔を覆った手を下すと、さ栄は息を呑んだ。
(あ、狂ったのか、わたくしは?)
雪に真っ白に覆われた庭先に、新三郎が立っているのが見えたからだ。想いが募るあまり、幻覚を見たかと一瞬思った。
「……新三郎? なじょう(なぜ)ここに?」
新三郎は、いつもの生気に満ちた闊達な様子ではない。さ栄のあまり見たおぼえのない固い、無表情だ。しかもまた雪の降りだした中を、笠や蓑も用意せずに来たらしい。
「なぜさような場所に立っている? さあ、中へ。外よりはましじゃぞ?」
新三郎は子供のときのようにぺこりと黙って頭を下げると、入り口に回って、そのまま部屋に入ってこようとした。下女が追いかけてきて、あわてて雪を落とさせる。その間も新三郎はぼんやりして、心ここに非ず、を絵に描いたようだと思えた。
「いかがした、新三郎?……何があった? わざわざここに、何か言いに来てくれたのじゃろ?」
「姫さまの、お顔を……いえ、お考えを、伺いたく……。」
「さ栄の考え? 何の、なんのことか? 何を聞きたい? ……新三郎、何があった!」
さ栄は上座から膝立ちにおりて、新三郎の両肩をゆすった。新三郎はどこにいるのか忘れてしまっていたのだろうか、今さらにはっと気づいたように、
「あ、姫さま……?」
「したたに(しっかり)せよ、新三郎。わたくしの部屋じゃ。お前が雪の中を、来たのじゃぞ。」
新三郎の虚ろな目に、涙がせりあがった。
新三郎も末席に連なることがある、連日の北畠氏の正月(永禄五年)の一連の行事もそろそろ終わりが見えてきた。
忙しかったさ栄が安心したのは、自分の身の振りについて御所さまやみ台様からなんの話もなかったことだ。
昨(永禄四)年は嫂にあたるみ台所さまが、やや棘のある言い方で、ぶらぶらと遊んでいるように見える―いや違いない、とさ栄は自嘲する―出戻りの妹にあたった。
夫の御所さまからは、あれは病を得て養生もあるから、などと言い含められていたのだろう。それを逆手にとって、お身体が癒えたらまたよい御縁談もあろう、若いみそらでご隠居でもない、億劫に思わず是非お受けなさいと、顔を合わすたびに同じことばかり言ったものだ。
(もしもあのとき、これと決まった話でもあったら、また受けねばならなかっただろう。)
さ栄は翻って胸を撫で下ろす気分でいたが、いや、と思い返すところも最近はある。
(その方がよかったか知らぬ。)
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近頃、さ栄はあまり新三郎と二人きりで歌の本を読んだりしないようにしている。
ある日、新三郎はまた肩が分厚くなったな、などとふと気づいたときに、咽喉の乾くような思いが不意に襲ってきて、困惑した。新三郎は真面目に、こちらの読み齧った『俊頼口伝集』などの話を聴いてくれているのに、ふと振り仰いだ明眸を見るとわけのわからない切ない気分が高まって、さ栄は言葉が途切れてしまった。
情けなさに震える思いだが、何も知らぬ新三郎に躰の不調を心配させてはならない一心で、耐える。その様子が余計に苦し気に見えるのだろう、結局、新三郎に気づかれて心配させてしまうのだが、それを少し頭痛がするなどと言って繕うのも、つらかった。
(二人きりではもういられぬ。まさかとは思うものの、何をしでかすか、さ栄は、己れに信が持てぬ。)
(ふくがいるから、と言っても油断ならぬ。)
ふくは最近、何か一人合点をしているのか、新三郎をむしろ煽るような態度すらとるのでひやひやする。昨年末にも、来春の話をしているときに加わって、
「お姫さまにも来年はご縁談がおありかもしれません。新三郎どのは如何にお考えで?」
などと聞いて、当の二人を絶句させた。さすがに新三郎の方が如才なく、
「それは、まことにおめでたく存じまして、喜ばしい限りにござりましょうな。」
と答えたのだが、その言葉を聞いてさ栄は、わかっているのに本当に胸が痛んだ。
新三郎がいなくなった後、ふくを叱ったが、乳母でもあった侍女は、
「お気にされずとも、新三郎どのも本気で喜んでいるはずもない、それなのに、まったくあのお顔ときたら!」
と、おかしげに笑うばかりである。
さ栄は、ふくを睨むと、肩を落とした。
「……もう、新三郎に会えぬではないか?」
やりすぎたと思ったらしい、ふくが懸命に謝ってくれたが、
「いかにも気まずい。縁談をどう思うか、じゃと? ……恥ずかしうて、とてももう、二人になれぬ。」
と、さ栄は思い詰め、泣かんばかりになった。
そのあとも新三郎は挨拶に来てくれたが、さ栄は自分が裸で座っているような気分がして、いたたまれない。
かといって身辺から新三郎を遠ざけるのも厭だったので、元服前の蠣崎千尋丸を伴ってくるように、などと言うことも増えてしまった。あの子にもそろそろお歌の初歩を教えてやろう、と言うのが口実である。
それを切り出すと、新三郎が少し不満げな顔をしたように見えたのが、さ栄には心秘かにうれしかった。だが、命じたことだから、新三郎はたいてい小さな子供を連れてやってくるようになった。
千尋丸は干し柿などを貰いに喜んでやってくるのだが、歌などはまだ退屈なのであろう、目を離すとよほど小さい子のようにいなくなってしまう。新三郎はしきりに恐縮するが、探しに立つわけでもない。さ栄も、すぐに連れて参れとも言わない。そのまま二人で、埒もないお喋りに興じてしまうこともあった。
もちろんあとで新三郎は弟分の津軽蠣崎家の幼い惣領を叱るのだが、それをじいじどのにこぼすのも、十歳の童が気の毒だと思う。その代り、愚痴をこぼす相手は瀬太郎になってしまう。
「千尋さまは、気を利かしているおつもりじゃないかね、ご大将?」
新三郎はきょとんとしたが、やがて気づいて、まさか、とか、なんのことだ、とか切れ切れに整理されぬ文句を言い始める。瀬太郎は馬鹿馬鹿しいと思ってか、さっさとその場からいなくなってしまった。
そんなことまではさ栄は知らないが、政略結婚の縁談など持ちかけられなかったのに安堵する一方で、自分の想いを持て余し、悩みを深めている。
(新三郎はまだ十五。わたくしは、二十一になったか。)
(何を考えておる。あれは、天才丸ではないか。一昨年まで、仔犬か何かのように走っておった子ではないか。故郷を想って、空を眺めていた小さい子ではないか。)
(わたくしはあの頃、もう罪を犯して、もの思わぬ、口も利けぬ、魚になり果てていた。そのまま、ただ死を待とうと決めていた。恐ろしい浪岡に戻ってきたのも、もう死にたかったから。ここなら、なにか契機があって、自分では何もできぬ醜い魚も、楽に死なせて貰えそうに思えた。)
(現に、兄上がやってきた。せめて、刺し違えてやれるのかと思った。)
(だが、いざとなると、ただ恐ろしく、忌わしくて……。昔、あのとき死ねなかったのに、そう簡単に死ねる筈がなかった。さ栄はやはり、弱い。汚い鱗の生えた魚でしかなかった……。)
(それをあの子が、救ってくれた。切所を抜けるを助けてくれただけではない。)
(あの子は懸命に生きておる。与えられたさだめを、力の限り生きておる。あれが、ひとじゃ。ひとのあるべき生き方。その姿を見ているだけで、わたくしは、蘇える思いになった。魚でなくなって、あの子の励むひとの世に帰って、生きていける気がしてきた。……戻れたのではないか、ひとに?)
(だが、ひととして思いを持つというのは、なんとつらいのだろう。汚らしい魚のときよりも、わたくしは生々しい、汚れた欲に囚われている。ただ水のなかを、黙って漂っていられない。過ぎた夢を見ようとしている。あの子のためにはならぬ欲を、夢を……。)
さ栄は思わず両手で顔を覆った。胸の中で新三郎、新三郎、と呼びかけた。
(すまぬ、お前に会いたい。お前はまた真直ぐに、わたくしなどを守ってやると言ってくれよう。美しいなどと褒めてくれよう。その気持ちは疑いない。それだけでうれしい。お前の優な(やさしい)心に触れるだけで、さ栄は満足するべきなのじゃ。)
(だが、新三郎、お前は、わたくしがお前に、何かそれより別のことを望んでいるのに、気づいてはいないじゃろう? わたくしは、お前にいつも会いたい。お前の心の真ん中を占めていたい。いつまでも一緒に過ごせないと思うだけで、つらくてならぬ。つっと(ずっと)お前がそばにいて欲しい。)
(……この願いを、お前に気づかせたい。そして、わたくしの身勝手な欲や夢に、若い、これから先のあるお前が応えてくれるほどなのかどうか、知りたいのじゃ。……さようなことを、さ栄がしてはならないのに!)
気配に気づいて、顔を覆った手を下すと、さ栄は息を呑んだ。
(あ、狂ったのか、わたくしは?)
雪に真っ白に覆われた庭先に、新三郎が立っているのが見えたからだ。想いが募るあまり、幻覚を見たかと一瞬思った。
「……新三郎? なじょう(なぜ)ここに?」
新三郎は、いつもの生気に満ちた闊達な様子ではない。さ栄のあまり見たおぼえのない固い、無表情だ。しかもまた雪の降りだした中を、笠や蓑も用意せずに来たらしい。
「なぜさような場所に立っている? さあ、中へ。外よりはましじゃぞ?」
新三郎は子供のときのようにぺこりと黙って頭を下げると、入り口に回って、そのまま部屋に入ってこようとした。下女が追いかけてきて、あわてて雪を落とさせる。その間も新三郎はぼんやりして、心ここに非ず、を絵に描いたようだと思えた。
「いかがした、新三郎?……何があった? わざわざここに、何か言いに来てくれたのじゃろ?」
「姫さまの、お顔を……いえ、お考えを、伺いたく……。」
「さ栄の考え? 何の、なんのことか? 何を聞きたい? ……新三郎、何があった!」
さ栄は上座から膝立ちにおりて、新三郎の両肩をゆすった。新三郎はどこにいるのか忘れてしまっていたのだろうか、今さらにはっと気づいたように、
「あ、姫さま……?」
「したたに(しっかり)せよ、新三郎。わたくしの部屋じゃ。お前が雪の中を、来たのじゃぞ。」
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