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貴族の、嗜み
しおりを挟む僕とエリザベス様とエヴィナに、パー家のメイドが乗った馬車は、エリザベス様の家の馭者の手により普段とはまるで違うペースで街道を進む。やはり上手いし速いな。
「旦那…、なんか世話掛けちまうな。ベスも、悪ぃ」
「村育ちの僕は絶対行かないけどね。貴族の人は、そう言うの大事にするんでしょ?」
「誰か死んだらみんな顔を出すぜ?」
「それは貴族だからかな」
「当家ではどうでしたかしら…」
「お嬢、差し出口を挟みやすが、領地のあるなしでも変わるかと存じやす」
エヴィナの所は領主だから、貴族の他にも領民が弔問にやって来た、と。エリザベス様の所は貴族ばっかり来てるハズ、とメイドは答えた。
「けどよ旦那、平民同士だって葬儀に立ち会ったりすんだろ?オレだって立ち会ったり花を手向けた事あんぞ?」
「葬儀の時はそうだね。けど村を出た人ってさ、行商人や冒険者にでもなって仕事で立ち寄らない限り、元の村には帰らないんだよね。だから家族が死んでもなかなか気付かないんだ」
「あー…、聞いた事あっかも」
逆もまた然りだ。そう言おうとして止めた。分かり切ってる事だし、不吉な事は言うモンじゃない。
「辛気臭ぇのはヤメだヤメヤメ。旦那、抱いてくれや」
軽口を叩くエヴィナの肩を抱き寄せて、僕は目を閉じる。今夜は夜通し走るだろうし、少しでも体を休めておきたい。
明けて昼過ぎ、馬車は村に到着する。交代がいないので遅めのペースだと言うが、乗り合い馬車より3倍は早い。このまま朝まで馬を休ませると馭者は言う。
「馭者さんは休んで。世話は僕等も出来るから」
「いえ、皆様のお手を煩わせる訳には参りません」
「あら、私だってお世話出来るようになりましたのよ?心配ならそこで見て居りなさいな」
エリザベス様の言葉を渋々聞いて、馭者は僕等の仕事を見る。本当は休んで欲しいけど、安心させるのが良いと考えたのだろう。時折確認を取りながら、馬の世話を成し終えた。
「お嬢方、湯浴み用の小屋を借りて参りやした」
「ん。先に浴びてこい」
「お嬢、それは…」
「後詰の方が長く浴びれんだよ。あくしろ」
メイドは渋々湯浴みに行った。僕達はその間に客車の椅子をベッドにしたり、使う事のなかった装備の整備をして過ごす。皮鎧は出来るだけ脱いで乾かして欲しいとアルアインさんに言われているのだ。
「お嬢方、お手間を取らせて申し訳ありやせん」
「おう、旦那、行くぜ」
返事を待たず、後ろから寄られて小屋に押し込まれた僕は、2人と一緒に湯浴みしなきゃいけないようだ。
「貴方様」
「何?」
「私、殿方に肌を晒すのは初めてですの」
そりゃあそうでしょうねえ。
「近くにいても見ない。見たいけど見ない。だからみんなも見ないでね」
「…ふふっ、楽しみです」「オレのは見ても良いかんな」
僕の願いは聞き入れられなかった。風情も何も無い小屋で、お貴族様は何やってんだか。
「今日は索敵に集中します」
「ったく、はしゃぎ過ぎだぜ」
誰のせいだと思ってるんだ。ベッド状態で村を出た馬車では、エリザベス様が横になり、目を閉じて索敵に勤しんでいる。その横ではエヴィナが壁を背もたれにして座り、負けず嫌いなお嬢様に悪態吐いていた。
「お二方が無事致されたのでしたら、次は私でございやすね?」
「お、言うじゃねーか。やんのか?」
「旦那様は素直でございやすよ。ふふっ」
馭者席側の壁を背にして座る僕の隣でメイドがくっ付いて離れないのだ。それも朝から。
「旦那…」
「客車を臭くしたら馭者さんが怒るよ?」
「王都の宿屋にて2人きりでご寵愛頂ければ…不問とします」
覗き窓が開いて、そして閉まった。僕の味方は、誰も居ないか。
「よく見て、学んでくだせえよ?」
パー家のメイドは、大人だった。エヴィナはそれを食い入るように見詰め、エリザベス様も目に焼き付けていた。
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