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第22章『新たな物語の始まり』
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リオネール王国暦一二三五年、初夏。
王都では、平和記念式典の準備が進んでいた。
戦争終結から五年。この日を記念して、王国全体で祝典が行われることになっていた。
セリーヌは早朝、一人で父王の墓を訪れていた。
朝露に濡れた墓所は静かで、鳥のさえずりだけが響いている。
「父上」
セリーヌが墓標の前に膝をつく。
「今日で、全てが終わります」
彼女は懐から一通の手紙を取り出した。父に宛てた、最後の手紙だ。
「五年前、私は復讐者でした」
セリーヌが手紙を読み上げる。
「父上を殺した者たちへの憎しみに燃え、ただ復讐だけを考えていました」
風が吹き、木の葉が揺れる。
「ですが、今の私は違います」
セリーヌの声が温かみを帯びる。
「私は、統治者です。民を守り、国を導く者です」
彼女は手紙を続ける。
「復讐は果たしました。父上を裏切った者たちは、全て裁かれました」
「ですが、それだけでは足りなかった。真の勝利は、復讐ではなく、平和を築くことでした」
セリーヌが顔を上げる。
「そして今、その平和が実現しました」
彼女は手紙の最後の部分を読む。
「父上、私はもう復讐者ではありません。一人の女王として、一人の人間として、新しい道を歩み始めます」
セリーヌは手紙を墓標の前に置いた。
「見守っていてください。私は、父上が夢見た王国を、必ず実現します」
彼女は立ち上がり、深く一礼した。
これが、父への最後の報告だった。
墓所を出ると、レオンが待っていた。
「陛下、お話は終わりましたか」
「ああ」
セリーヌが微笑む。
「もう、父に報告することはない。あとは、自分の足で歩くだけだ」
「陛下は、本当に強くなられました」
レオンが感慨深げに言う。
「五年前とは、別人のようです」
「人は変わるものだ」
セリーヌが答える。
「経験が、人を成長させる」
二人は並んで王都へと向かった。
街はすでに祝祭の雰囲気に包まれていた。色とりどりの旗が掲げられ、民衆が笑顔で準備をしている。
「賑やかですね」
レオンが言う。
「ああ。平和だからこそ、こうして笑っていられる」
セリーヌが答える。
正午、王都中央広場で平和記念式典が始まった。
数万の民衆が広場に集まり、演壇の上のセリーヌを見つめている。
「我が愛する民よ」
セリーヌが語り始める。
「今日、我々は平和を祝う。五年前、この国は戦火に包まれた。多くの命が失われ、街は破壊された」
民衆が静かに聞き入る。
「ですが、我々は諦めなかった。戦い、耐え、そして立ち上がった」
セリーヌの声が力強く響く。
「その結果が、今日の平和だ」
彼女は広場を見渡した。
「この平和は、誰か一人が作ったものではない。我々全員が、共に作り上げたものだ」
「民衆の努力、兵士の勇気、貴族の協力。全てが合わさって、今がある」
セリーヌが続ける。
「だからこそ、この平和を守らなければならない。我々自身の手で」
民衆が拍手を送る。
「そして、この平和を次世代に継承しなければならない」
セリーヌが演壇の下を指す。
そこには、戦争孤児として育った若者たちが並んでいた。今では立派な大人になっている。
「彼らは、戦争の犠牲者だった。ですが、今は王国の希望だ」
セリーヌが言う。
「彼らが、この国の未来を担う」
若者たちが演壇に上がってくる。
「我々は誓います」
一人の青年が宣言する。
「女王陛下が築いた平和を、必ず守ることを」
「そして、次の世代に継承することを」
別の若者が続ける。
民衆が歓声を上げる。
セリーヌは若者たちの肩を叩いた。
「頼んだぞ」
「はい」
若者たちが力強く頭を下げる。
式典のクライマックスとして、新しく建設された「平和の鐘」が鳴らされることになっていた。
巨大な鐘楼の前に、セリーヌと民衆代表が立つ。
「この鐘は、平和の象徴です」
セリーヌが説明する。
「戦争で命を落とした全ての人々を追悼し、そして平和への誓いを新たにするための鐘です」
彼女が紐を引く。
ゴーンという深い音が、王都全体に響き渡った。
一度、二度、三度。鐘は九回鳴らされた。
民衆は黙祷し、戦没者を追悼した。
鐘の音が消えると、セリーヌは再び語り始めた。
「我々は、忘れない」
彼女の声が静かに響く。
「戦争の痛み、失われた命、残された悲しみ。全てを、決して忘れない」
「だからこそ、我々は誓う。二度と戦争を起こさないと」
民衆が頷く。
「そして、この鐘が鳴るたび、その誓いを思い出す」
セリーヌが鐘楼を見上げる。
「この鐘は、永遠に我々を見守り続けるだろう」
式典が終わると、民衆が祝宴を始めた。
広場には屋台が並び、音楽が演奏され、人々が踊っている。
セリーヌも民衆に混じって、祝宴を楽しんだ。
「女王陛下」
一人の少女が近づいてくる。
「これ、陛下に」
少女が花束を差し出す。
「ありがとう」
セリーヌが花束を受け取り、少女の頭を撫でる。
「綺麗な花だね」
「私が育てました」
少女が誇らしげに言う。
「そうか。大切に育ててくれたんだな」
「はい。陛下に渡すために」
少女の純粋な笑顔が、セリーヌの心を温める。
夕刻、セリーヌは王城の庭園にいた。
静かな庭園で、一人ベンチに座り、花束を見つめている。
「陛下」
レオンが近づいてくる。
「ここにいらしたんですか」
「ああ。少し、静かな場所が欲しくてな」
セリーヌが微笑む。
「座れ」
レオンがセリーヌの隣に座る。
二人はしばらく、黙って庭園を眺めていた。
「レオン」
セリーヌが口を開く。
「お前に、感謝している」
「何をですか」
「全てだ」
セリーヌが答える。
「復讐の旅の時から、ずっとお前は私の傍にいてくれた。支え、守り、時には諫めてくれた」
「それが、俺の役目ですから」
「いや、それ以上だ」
セリーヌがレオンを見つめる。
「お前は、私の最も信頼できる仲間だ。そして……」
彼女が言葉を探す。
「そして?」
「大切な人だ」
セリーヌが静かに言う。
レオンの顔が少し赤くなる。
「陛下……」
「レオン、これからも傍にいてくれるか」
セリーヌが尋ねる。
「女王としてではなく、一人の人間として」
「もちろんです」
レオンが即答する。
「俺は、どこまでも陛下と共に歩みます」
「ありがとう」
セリーヌが微笑む。
二人の間に、静かな理解が生まれた。
それは言葉にする必要のない、深い絆だった。
「陛下」
レオンが言う。
「陛下は、幸せですか」
「幸せ?」
セリーヌが考える。
「難しい質問だな」
「でも、大切な質問です」
「そうだな」
セリーヌが夕陽を見つめる。
「五年前、私は復讐だけを考えていた。幸せなど、考える余裕もなかった」
「今は?」
「今は……」
セリーヌが微笑む。
「ああ、幸せだと思う」
彼女が続ける。
「完璧ではない。まだ問題は山積みだ。でも、民が笑っている。国が栄えている。それを見ると、幸せだと感じる」
「それは、本当の幸せですね」
レオンが言う。
「自分だけの幸せではなく、皆の幸せ」
「ああ」
セリーヌが頷く。
「それが、統治者の幸せだ」
夜が訪れ、星が輝き始めた。
セリーヌとレオンは王城のバルコニーに立ち、王都を見下ろしていた。
無数の灯りが、街全体を照らしている。
「美しいですね」
レオンが言う。
「ああ」
セリーヌが答える。
「この光景を守るために、私は戦ってきた」
「そして、守り抜きました」
「いや、まだ終わっていない」
セリーヌが首を横に振る。
「平和は、守り続けなければならない。一日たりとも、油断はできない」
「それでも、今日は休んでもいいのでは」
レオンが提案する。
「たまには、肩の力を抜いて」
「そうだな」
セリーヌが微笑む。
「今日くらいは、許されるだろう」
二人は並んで、星空を見上げた。
「レオン、星に願いをかけるとしたら、何を願う」
セリーヌが尋ねる。
「俺ですか」
レオンが考える。
「陛下の健康と、王国の繁栄です」
「真面目だな」
セリーヌが笑う。
「陛下は?」
「私は……」
セリーヌが考える。
「次の世代が、戦争を知らない世代になることを願う」
彼女が続ける。
「戦争の記憶は残す。教訓として。でも、実際に戦争を経験する必要はない」
「それは、素晴らしい願いです」
レオンが言う。
「必ず、叶いますよ」
「そうだといいな」
セリーヌが微笑む。
翌朝、セリーヌは再び執務室にいた。
机の上には、新しい計画書が積まれている。教育改革、医療制度、インフラ整備。
「やることは、尽きないな」
セリーヌが呟く。
だが、その顔には疲れではなく、決意が浮かんでいた。
扉がノックされる。
「入れ」
グレゴールが入ってくる。
「陛下、北部から良い報せです」
「何だ」
「新しい鉱山が発見されました。銀の鉱脈です」
「それは朗報だ」
セリーヌが喜ぶ。
「財政再建の助けになる」
「それと」
グレゴールが続ける。
「東部の農業改革も成功しています。今年の収穫は、過去最高になる見込みです」
「よかった」
セリーヌが安堵する。
「民が飢えることはないな」
「はい。食料は十分に確保できます」
グレゴールが報告書を閉じる。
「陛下、この五年間で、王国は大きく変わりました」
「ああ」
セリーヌが頷く。
「だが、これは始まりに過ぎない」
「始まり?」
「ああ。真の繁栄は、これからだ」
セリーヌが立ち上がる。
「我々は、新しい王国を作る。民が主役の、公正で平和な王国を」
「それが、陛下の夢ですか」
「夢ではない」
セリーヌがきっぱりと言う。
「現実にする」
その日の午後、セリーヌは王都の新しい広場を訪れた。
そこには、若い木が植えられていた。「希望の木」と名付けられた木だ。
「この木は、何の木ですか」
セリーヌが植樹を担当した庭師に尋ねる。
「オークの木です」
庭師が答える。
「成長するのに百年以上かかりますが、その後は何百年も生き続けます」
「百年か」
セリーヌが木を見つめる。
「私は、この木が大きくなるのを見られないな」
「ですが、陛下の孫や、その孫は見られるでしょう」
庭師が言う。
「そのために、今植えるのです」
「その通りだ」
セリーヌが微笑む。
「未来のために、今行動する。それが、我々の責任だ」
彼女は木の根元に、そっと土をかけた。
「大きく育て」
セリーヌが木に語りかける。
「そして、未来の子どもたちに、木陰を与えてくれ」
夕刻、セリーヌは執務室に戻った。
窓から差し込む夕陽が、机を照らしている。
彼女は椅子に座り、日記を開いた。
『リオネール王国暦一二三五年、初夏。平和記念式典が無事に終わった。五年前、私は復讐者だった。憎しみに燃え、ただ敵を倒すことだけを考えていた。だが今、私は統治者だ。民を守り、国を導く者だ。この変化は、容易ではなかった。多くの犠牲、多くの涙、多くの苦しみがあった。だが、それらは無駄ではなかった。全てが、今の平和に繋がっている。私は今、心から言える。復讐は終わった。新しい人生が、始まった。そして、私は幸せだ。完璧ではないが、確かに幸せだ。これから、新しい物語が始まる。私一人の物語ではなく、民全員の物語が。その物語の中で、私は自分の役割を果たしていく。統治者として。人間として。そして、一人の女性として』
セリーヌは羽ペンを置き、窓の外を見た。
王都の街に、夕陽が沈んでいく。
新しい夜が訪れ、そして明日、また新しい朝が来る。
その繰り返しの中で、人々は生き、笑い、愛し合う。
それこそが、平和の本質だった。
「ありがとう」
セリーヌが呟く。
「父上、母上、そして全ての人々に」
彼女は立ち上がり、深く一礼した。
そして、顔を上げる。
もう、過去を振り返らない。
前だけを見て、歩いていく。
民と共に。
仲間と共に。
そして、希望と共に。
リオネール王国の新しい物語は、今、始まったばかりだった。
【完】
リオネール戦記 ~復讐の女王と失われた王国~
エピローグの後に
それから十年後。
セリーヌは三十七歳になり、王国は更なる繁栄を遂げていた。
彼女とレオンは結婚し、二人の子どもに恵まれた。
王都に植えられた「希望の木」は順調に成長し、今では大人の背丈ほどになっていた。
民衆評議会は定着し、王国の重要な政策決定機関となっていた。
周辺諸国との平和条約は更新され、この地域に真の平和が訪れていた。
そして何より、戦争を知らない世代が育ち始めていた。
セリーヌの夢は、少しずつだが確実に、現実になっていた。
ある日、セリーヌは娘に尋ねられた。
「お母様、昔、戦争があったって本当?」
「ああ、本当だ」
セリーヌが答える。
「でも、それはもう終わった。お前たちは、戦争を知らずに育つことができる」
「それって、幸せなこと?」
「ああ、最も幸せなことだ」
セリーヌが微笑む。
「だから、その幸せを大切にしなさい」
娘が頷いて駆けていく。
その背中を見送りながら、セリーヌは思った。
これが、本当の勝利だ。
復讐ではなく、平和。
憎しみではなく、愛。
過去ではなく、未来。
それこそが、彼女が辿り着いた答えだった。
そして、その答えは正しかった。
なぜなら、民が笑っているから。
子どもたちが輝いているから。
未来に、希望があるから。
セリーヌは空を見上げた。
青い空に、白い雲が流れている。
平和な、美しい空だった。
王都では、平和記念式典の準備が進んでいた。
戦争終結から五年。この日を記念して、王国全体で祝典が行われることになっていた。
セリーヌは早朝、一人で父王の墓を訪れていた。
朝露に濡れた墓所は静かで、鳥のさえずりだけが響いている。
「父上」
セリーヌが墓標の前に膝をつく。
「今日で、全てが終わります」
彼女は懐から一通の手紙を取り出した。父に宛てた、最後の手紙だ。
「五年前、私は復讐者でした」
セリーヌが手紙を読み上げる。
「父上を殺した者たちへの憎しみに燃え、ただ復讐だけを考えていました」
風が吹き、木の葉が揺れる。
「ですが、今の私は違います」
セリーヌの声が温かみを帯びる。
「私は、統治者です。民を守り、国を導く者です」
彼女は手紙を続ける。
「復讐は果たしました。父上を裏切った者たちは、全て裁かれました」
「ですが、それだけでは足りなかった。真の勝利は、復讐ではなく、平和を築くことでした」
セリーヌが顔を上げる。
「そして今、その平和が実現しました」
彼女は手紙の最後の部分を読む。
「父上、私はもう復讐者ではありません。一人の女王として、一人の人間として、新しい道を歩み始めます」
セリーヌは手紙を墓標の前に置いた。
「見守っていてください。私は、父上が夢見た王国を、必ず実現します」
彼女は立ち上がり、深く一礼した。
これが、父への最後の報告だった。
墓所を出ると、レオンが待っていた。
「陛下、お話は終わりましたか」
「ああ」
セリーヌが微笑む。
「もう、父に報告することはない。あとは、自分の足で歩くだけだ」
「陛下は、本当に強くなられました」
レオンが感慨深げに言う。
「五年前とは、別人のようです」
「人は変わるものだ」
セリーヌが答える。
「経験が、人を成長させる」
二人は並んで王都へと向かった。
街はすでに祝祭の雰囲気に包まれていた。色とりどりの旗が掲げられ、民衆が笑顔で準備をしている。
「賑やかですね」
レオンが言う。
「ああ。平和だからこそ、こうして笑っていられる」
セリーヌが答える。
正午、王都中央広場で平和記念式典が始まった。
数万の民衆が広場に集まり、演壇の上のセリーヌを見つめている。
「我が愛する民よ」
セリーヌが語り始める。
「今日、我々は平和を祝う。五年前、この国は戦火に包まれた。多くの命が失われ、街は破壊された」
民衆が静かに聞き入る。
「ですが、我々は諦めなかった。戦い、耐え、そして立ち上がった」
セリーヌの声が力強く響く。
「その結果が、今日の平和だ」
彼女は広場を見渡した。
「この平和は、誰か一人が作ったものではない。我々全員が、共に作り上げたものだ」
「民衆の努力、兵士の勇気、貴族の協力。全てが合わさって、今がある」
セリーヌが続ける。
「だからこそ、この平和を守らなければならない。我々自身の手で」
民衆が拍手を送る。
「そして、この平和を次世代に継承しなければならない」
セリーヌが演壇の下を指す。
そこには、戦争孤児として育った若者たちが並んでいた。今では立派な大人になっている。
「彼らは、戦争の犠牲者だった。ですが、今は王国の希望だ」
セリーヌが言う。
「彼らが、この国の未来を担う」
若者たちが演壇に上がってくる。
「我々は誓います」
一人の青年が宣言する。
「女王陛下が築いた平和を、必ず守ることを」
「そして、次の世代に継承することを」
別の若者が続ける。
民衆が歓声を上げる。
セリーヌは若者たちの肩を叩いた。
「頼んだぞ」
「はい」
若者たちが力強く頭を下げる。
式典のクライマックスとして、新しく建設された「平和の鐘」が鳴らされることになっていた。
巨大な鐘楼の前に、セリーヌと民衆代表が立つ。
「この鐘は、平和の象徴です」
セリーヌが説明する。
「戦争で命を落とした全ての人々を追悼し、そして平和への誓いを新たにするための鐘です」
彼女が紐を引く。
ゴーンという深い音が、王都全体に響き渡った。
一度、二度、三度。鐘は九回鳴らされた。
民衆は黙祷し、戦没者を追悼した。
鐘の音が消えると、セリーヌは再び語り始めた。
「我々は、忘れない」
彼女の声が静かに響く。
「戦争の痛み、失われた命、残された悲しみ。全てを、決して忘れない」
「だからこそ、我々は誓う。二度と戦争を起こさないと」
民衆が頷く。
「そして、この鐘が鳴るたび、その誓いを思い出す」
セリーヌが鐘楼を見上げる。
「この鐘は、永遠に我々を見守り続けるだろう」
式典が終わると、民衆が祝宴を始めた。
広場には屋台が並び、音楽が演奏され、人々が踊っている。
セリーヌも民衆に混じって、祝宴を楽しんだ。
「女王陛下」
一人の少女が近づいてくる。
「これ、陛下に」
少女が花束を差し出す。
「ありがとう」
セリーヌが花束を受け取り、少女の頭を撫でる。
「綺麗な花だね」
「私が育てました」
少女が誇らしげに言う。
「そうか。大切に育ててくれたんだな」
「はい。陛下に渡すために」
少女の純粋な笑顔が、セリーヌの心を温める。
夕刻、セリーヌは王城の庭園にいた。
静かな庭園で、一人ベンチに座り、花束を見つめている。
「陛下」
レオンが近づいてくる。
「ここにいらしたんですか」
「ああ。少し、静かな場所が欲しくてな」
セリーヌが微笑む。
「座れ」
レオンがセリーヌの隣に座る。
二人はしばらく、黙って庭園を眺めていた。
「レオン」
セリーヌが口を開く。
「お前に、感謝している」
「何をですか」
「全てだ」
セリーヌが答える。
「復讐の旅の時から、ずっとお前は私の傍にいてくれた。支え、守り、時には諫めてくれた」
「それが、俺の役目ですから」
「いや、それ以上だ」
セリーヌがレオンを見つめる。
「お前は、私の最も信頼できる仲間だ。そして……」
彼女が言葉を探す。
「そして?」
「大切な人だ」
セリーヌが静かに言う。
レオンの顔が少し赤くなる。
「陛下……」
「レオン、これからも傍にいてくれるか」
セリーヌが尋ねる。
「女王としてではなく、一人の人間として」
「もちろんです」
レオンが即答する。
「俺は、どこまでも陛下と共に歩みます」
「ありがとう」
セリーヌが微笑む。
二人の間に、静かな理解が生まれた。
それは言葉にする必要のない、深い絆だった。
「陛下」
レオンが言う。
「陛下は、幸せですか」
「幸せ?」
セリーヌが考える。
「難しい質問だな」
「でも、大切な質問です」
「そうだな」
セリーヌが夕陽を見つめる。
「五年前、私は復讐だけを考えていた。幸せなど、考える余裕もなかった」
「今は?」
「今は……」
セリーヌが微笑む。
「ああ、幸せだと思う」
彼女が続ける。
「完璧ではない。まだ問題は山積みだ。でも、民が笑っている。国が栄えている。それを見ると、幸せだと感じる」
「それは、本当の幸せですね」
レオンが言う。
「自分だけの幸せではなく、皆の幸せ」
「ああ」
セリーヌが頷く。
「それが、統治者の幸せだ」
夜が訪れ、星が輝き始めた。
セリーヌとレオンは王城のバルコニーに立ち、王都を見下ろしていた。
無数の灯りが、街全体を照らしている。
「美しいですね」
レオンが言う。
「ああ」
セリーヌが答える。
「この光景を守るために、私は戦ってきた」
「そして、守り抜きました」
「いや、まだ終わっていない」
セリーヌが首を横に振る。
「平和は、守り続けなければならない。一日たりとも、油断はできない」
「それでも、今日は休んでもいいのでは」
レオンが提案する。
「たまには、肩の力を抜いて」
「そうだな」
セリーヌが微笑む。
「今日くらいは、許されるだろう」
二人は並んで、星空を見上げた。
「レオン、星に願いをかけるとしたら、何を願う」
セリーヌが尋ねる。
「俺ですか」
レオンが考える。
「陛下の健康と、王国の繁栄です」
「真面目だな」
セリーヌが笑う。
「陛下は?」
「私は……」
セリーヌが考える。
「次の世代が、戦争を知らない世代になることを願う」
彼女が続ける。
「戦争の記憶は残す。教訓として。でも、実際に戦争を経験する必要はない」
「それは、素晴らしい願いです」
レオンが言う。
「必ず、叶いますよ」
「そうだといいな」
セリーヌが微笑む。
翌朝、セリーヌは再び執務室にいた。
机の上には、新しい計画書が積まれている。教育改革、医療制度、インフラ整備。
「やることは、尽きないな」
セリーヌが呟く。
だが、その顔には疲れではなく、決意が浮かんでいた。
扉がノックされる。
「入れ」
グレゴールが入ってくる。
「陛下、北部から良い報せです」
「何だ」
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「それは朗報だ」
セリーヌが喜ぶ。
「財政再建の助けになる」
「それと」
グレゴールが続ける。
「東部の農業改革も成功しています。今年の収穫は、過去最高になる見込みです」
「よかった」
セリーヌが安堵する。
「民が飢えることはないな」
「はい。食料は十分に確保できます」
グレゴールが報告書を閉じる。
「陛下、この五年間で、王国は大きく変わりました」
「ああ」
セリーヌが頷く。
「だが、これは始まりに過ぎない」
「始まり?」
「ああ。真の繁栄は、これからだ」
セリーヌが立ち上がる。
「我々は、新しい王国を作る。民が主役の、公正で平和な王国を」
「それが、陛下の夢ですか」
「夢ではない」
セリーヌがきっぱりと言う。
「現実にする」
その日の午後、セリーヌは王都の新しい広場を訪れた。
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「この木は、何の木ですか」
セリーヌが植樹を担当した庭師に尋ねる。
「オークの木です」
庭師が答える。
「成長するのに百年以上かかりますが、その後は何百年も生き続けます」
「百年か」
セリーヌが木を見つめる。
「私は、この木が大きくなるのを見られないな」
「ですが、陛下の孫や、その孫は見られるでしょう」
庭師が言う。
「そのために、今植えるのです」
「その通りだ」
セリーヌが微笑む。
「未来のために、今行動する。それが、我々の責任だ」
彼女は木の根元に、そっと土をかけた。
「大きく育て」
セリーヌが木に語りかける。
「そして、未来の子どもたちに、木陰を与えてくれ」
夕刻、セリーヌは執務室に戻った。
窓から差し込む夕陽が、机を照らしている。
彼女は椅子に座り、日記を開いた。
『リオネール王国暦一二三五年、初夏。平和記念式典が無事に終わった。五年前、私は復讐者だった。憎しみに燃え、ただ敵を倒すことだけを考えていた。だが今、私は統治者だ。民を守り、国を導く者だ。この変化は、容易ではなかった。多くの犠牲、多くの涙、多くの苦しみがあった。だが、それらは無駄ではなかった。全てが、今の平和に繋がっている。私は今、心から言える。復讐は終わった。新しい人生が、始まった。そして、私は幸せだ。完璧ではないが、確かに幸せだ。これから、新しい物語が始まる。私一人の物語ではなく、民全員の物語が。その物語の中で、私は自分の役割を果たしていく。統治者として。人間として。そして、一人の女性として』
セリーヌは羽ペンを置き、窓の外を見た。
王都の街に、夕陽が沈んでいく。
新しい夜が訪れ、そして明日、また新しい朝が来る。
その繰り返しの中で、人々は生き、笑い、愛し合う。
それこそが、平和の本質だった。
「ありがとう」
セリーヌが呟く。
「父上、母上、そして全ての人々に」
彼女は立ち上がり、深く一礼した。
そして、顔を上げる。
もう、過去を振り返らない。
前だけを見て、歩いていく。
民と共に。
仲間と共に。
そして、希望と共に。
リオネール王国の新しい物語は、今、始まったばかりだった。
【完】
リオネール戦記 ~復讐の女王と失われた王国~
エピローグの後に
それから十年後。
セリーヌは三十七歳になり、王国は更なる繁栄を遂げていた。
彼女とレオンは結婚し、二人の子どもに恵まれた。
王都に植えられた「希望の木」は順調に成長し、今では大人の背丈ほどになっていた。
民衆評議会は定着し、王国の重要な政策決定機関となっていた。
周辺諸国との平和条約は更新され、この地域に真の平和が訪れていた。
そして何より、戦争を知らない世代が育ち始めていた。
セリーヌの夢は、少しずつだが確実に、現実になっていた。
ある日、セリーヌは娘に尋ねられた。
「お母様、昔、戦争があったって本当?」
「ああ、本当だ」
セリーヌが答える。
「でも、それはもう終わった。お前たちは、戦争を知らずに育つことができる」
「それって、幸せなこと?」
「ああ、最も幸せなことだ」
セリーヌが微笑む。
「だから、その幸せを大切にしなさい」
娘が頷いて駆けていく。
その背中を見送りながら、セリーヌは思った。
これが、本当の勝利だ。
復讐ではなく、平和。
憎しみではなく、愛。
過去ではなく、未来。
それこそが、彼女が辿り着いた答えだった。
そして、その答えは正しかった。
なぜなら、民が笑っているから。
子どもたちが輝いているから。
未来に、希望があるから。
セリーヌは空を見上げた。
青い空に、白い雲が流れている。
平和な、美しい空だった。
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ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
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