真夏に咲いた恋の花

朝食ダンゴ

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夜の校舎にて

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 夜の学校というものは、昼間とは違う異様な雰囲気を纏っていて不気味である、と思っていたが特にそんなことはなかった。とはいえ消灯された校舎を前に暗澹たる気分であることに変わりはない。
 時刻は午後十時。いくら生徒といえど、学内にいてはいけない時間である。校舎に侵入こそするつもりはないが、敷地内に入らなければ七緒が満足しないようなので、俺はしぶしぶ閉ざされた校門に手をかけた。七緒に倣って制服に着替えてきたのだが、もっと動きやすい服装の方が良かったかもしれない。まあ、制服ならいざという時に言い訳がききそうではある。
 七緒はわくわくしているようだ。表情にも仕草にも、幽霊を目撃することへの期待が表れていた。校門をよじ登り、七緒と共に敷地内に侵入する。ちなみに裏門である。正門に比べて、裏門は低いので簡単に越えることが出来た。

「よーし、行こう!」

「あ」 

 俺の手を引っ張り、ずんずんと進んでいく七緒。辺りを見回しながら、校舎の周囲を巡っている。俺はそれについて行くだけだった。当然、幽霊など現れることもなく、暗い学内をただ散歩しているだけだった。
 一通り歩き回った頃に、七緒は難しい顔をしてぽつりと呟いた。

「どうして出ないのかなー」

「だから言ったでしょう? 幽霊なんかいませんって」

「でも、火のないところに煙は立たないよ?」

「煙に見える靄だったのかもしれません」

「むー」

 唇を尖らせる七緒。

「まあいっか。次は中庭だね」

 まだ探す気なのか。

「もう帰りませんか? どうせ見つからないですよ」

「だめ。ちゃんと見つけるの」

 なんたる根性。俺の手を引いて、七緒は中庭に突入する。いつも俺が本を読んでいる場所だ。今日の昼に生徒会役員に因縁をつけられた場所でもある。

「昼だろうと夜だろうと、幽霊なんていませんよ」

 中庭の中ほどまで来た辺りで、俺は嘯いた。

「いる。きっといるよ」

 何かに祈るように、七緒は言う。
 狭い中庭を温い風が過ぎていく。数本しかない木々が葉を揺らす音が頭上に響いた。
 七緒の長い髪が舞い、甘い香りが漂う。彼女は校舎を見上げ、どこか一点を見つめていた。
 視線の先を追ってみるも、真っ暗な校舎内には何も見えない。

「どうして、そんなに幽霊を見たいんですか?」

「ん」

 七緒は視線を固定したままだ。

「七緒?」

 俺の呼びかけに答えず、ずっと同じ場所を見つめ続けている。
 もう一度視線を辿ってみるも、やはり何もない。
 七緒は何かを見ているようだった。七緒には見えているのだろうか。俺には見えない何かが。
 実は七緒には霊感があったのだ、とか。バカバカしい。
 しばらくすると、俺の手の中で、七緒の手が脱力したように揺れた。

「帰ろっか」

 彼女は、蝶のはばたきの様な息を漏らした。
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