8 / 24
①
夜の校舎にて
しおりを挟む
夜の学校というものは、昼間とは違う異様な雰囲気を纏っていて不気味である、と思っていたが特にそんなことはなかった。とはいえ消灯された校舎を前に暗澹たる気分であることに変わりはない。
時刻は午後十時。いくら生徒といえど、学内にいてはいけない時間である。校舎に侵入こそするつもりはないが、敷地内に入らなければ七緒が満足しないようなので、俺はしぶしぶ閉ざされた校門に手をかけた。七緒に倣って制服に着替えてきたのだが、もっと動きやすい服装の方が良かったかもしれない。まあ、制服ならいざという時に言い訳がききそうではある。
七緒はわくわくしているようだ。表情にも仕草にも、幽霊を目撃することへの期待が表れていた。校門をよじ登り、七緒と共に敷地内に侵入する。ちなみに裏門である。正門に比べて、裏門は低いので簡単に越えることが出来た。
「よーし、行こう!」
「あ」
俺の手を引っ張り、ずんずんと進んでいく七緒。辺りを見回しながら、校舎の周囲を巡っている。俺はそれについて行くだけだった。当然、幽霊など現れることもなく、暗い学内をただ散歩しているだけだった。
一通り歩き回った頃に、七緒は難しい顔をしてぽつりと呟いた。
「どうして出ないのかなー」
「だから言ったでしょう? 幽霊なんかいませんって」
「でも、火のないところに煙は立たないよ?」
「煙に見える靄だったのかもしれません」
「むー」
唇を尖らせる七緒。
「まあいっか。次は中庭だね」
まだ探す気なのか。
「もう帰りませんか? どうせ見つからないですよ」
「だめ。ちゃんと見つけるの」
なんたる根性。俺の手を引いて、七緒は中庭に突入する。いつも俺が本を読んでいる場所だ。今日の昼に生徒会役員に因縁をつけられた場所でもある。
「昼だろうと夜だろうと、幽霊なんていませんよ」
中庭の中ほどまで来た辺りで、俺は嘯いた。
「いる。きっといるよ」
何かに祈るように、七緒は言う。
狭い中庭を温い風が過ぎていく。数本しかない木々が葉を揺らす音が頭上に響いた。
七緒の長い髪が舞い、甘い香りが漂う。彼女は校舎を見上げ、どこか一点を見つめていた。
視線の先を追ってみるも、真っ暗な校舎内には何も見えない。
「どうして、そんなに幽霊を見たいんですか?」
「ん」
七緒は視線を固定したままだ。
「七緒?」
俺の呼びかけに答えず、ずっと同じ場所を見つめ続けている。
もう一度視線を辿ってみるも、やはり何もない。
七緒は何かを見ているようだった。七緒には見えているのだろうか。俺には見えない何かが。
実は七緒には霊感があったのだ、とか。バカバカしい。
しばらくすると、俺の手の中で、七緒の手が脱力したように揺れた。
「帰ろっか」
彼女は、蝶のはばたきの様な息を漏らした。
時刻は午後十時。いくら生徒といえど、学内にいてはいけない時間である。校舎に侵入こそするつもりはないが、敷地内に入らなければ七緒が満足しないようなので、俺はしぶしぶ閉ざされた校門に手をかけた。七緒に倣って制服に着替えてきたのだが、もっと動きやすい服装の方が良かったかもしれない。まあ、制服ならいざという時に言い訳がききそうではある。
七緒はわくわくしているようだ。表情にも仕草にも、幽霊を目撃することへの期待が表れていた。校門をよじ登り、七緒と共に敷地内に侵入する。ちなみに裏門である。正門に比べて、裏門は低いので簡単に越えることが出来た。
「よーし、行こう!」
「あ」
俺の手を引っ張り、ずんずんと進んでいく七緒。辺りを見回しながら、校舎の周囲を巡っている。俺はそれについて行くだけだった。当然、幽霊など現れることもなく、暗い学内をただ散歩しているだけだった。
一通り歩き回った頃に、七緒は難しい顔をしてぽつりと呟いた。
「どうして出ないのかなー」
「だから言ったでしょう? 幽霊なんかいませんって」
「でも、火のないところに煙は立たないよ?」
「煙に見える靄だったのかもしれません」
「むー」
唇を尖らせる七緒。
「まあいっか。次は中庭だね」
まだ探す気なのか。
「もう帰りませんか? どうせ見つからないですよ」
「だめ。ちゃんと見つけるの」
なんたる根性。俺の手を引いて、七緒は中庭に突入する。いつも俺が本を読んでいる場所だ。今日の昼に生徒会役員に因縁をつけられた場所でもある。
「昼だろうと夜だろうと、幽霊なんていませんよ」
中庭の中ほどまで来た辺りで、俺は嘯いた。
「いる。きっといるよ」
何かに祈るように、七緒は言う。
狭い中庭を温い風が過ぎていく。数本しかない木々が葉を揺らす音が頭上に響いた。
七緒の長い髪が舞い、甘い香りが漂う。彼女は校舎を見上げ、どこか一点を見つめていた。
視線の先を追ってみるも、真っ暗な校舎内には何も見えない。
「どうして、そんなに幽霊を見たいんですか?」
「ん」
七緒は視線を固定したままだ。
「七緒?」
俺の呼びかけに答えず、ずっと同じ場所を見つめ続けている。
もう一度視線を辿ってみるも、やはり何もない。
七緒は何かを見ているようだった。七緒には見えているのだろうか。俺には見えない何かが。
実は七緒には霊感があったのだ、とか。バカバカしい。
しばらくすると、俺の手の中で、七緒の手が脱力したように揺れた。
「帰ろっか」
彼女は、蝶のはばたきの様な息を漏らした。
0
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる