真夏に咲いた恋の花

朝食ダンゴ

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やっていいこと、悪いこと

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 放課後。
 学級委員長と図書委員を兼任する私は、今週いっぱい図書室の貸出係だ。と言っても、図書室を利用するのは専ら受験生なので、貸出の手続きをすることはほとんどない。高校の図書室に来なくても、近くに立派な図書館がある。そのせいか、わざわざここで借りる生徒は少ない。
 そんなわけで暇を持て余した図書委員は司書室で読書に耽りながら、いつの間にかぎっこぎっこ船を漕いでいた。曖昧なまどろみの中で視界が揺れる様はなんとも心地よい。けれどそれも、肩に置かれた手によって終わりを告げる。

「ほら、起きて」

 優しげな女性の声。私の睡魔は嘘のように霧散した。
 ミサキちゃんかな? いや、この時間は部活だから違うはず。目をこする。ぼやけた視界で微笑むのは、学校に知らぬ者はない、若くして生徒会顧問を務める美人教師、桃城先生だった。
 時計を見る。すでに七時を回っていた。私は慌てて帰り支度を始める。くつくつと笑う桃城先生に見送られ、私は司書室を後にした。空は薄暗い。ほんの少し夕陽の紅が残っているけど、それもすぐに見えなくなるだろう。

「ちょっと、そこのあなた」

 校門をくぐろうとしたところ、私は聞き覚えのある声に呼びとめられる。振り返る。気品があるのかないのか、夕陽に煌めく金髪を揺らす女子生徒がこちらに歩いてきた。色々な意味で目立つ容姿と、独特の話し方で学校一有名な生徒会書記さんである。

「こんな時間まで何をしておいでで?」

 まさか居眠りをしていたと言うわけにもいかず、図書委員として司書室の戸締りをしていたと告げる。嘘は言ってないよね。

「そうでしたの。それはご苦労様」

「ありがとうございます。先輩も遅くまでお疲れ様です」

 完全下校時刻を過ぎても生徒会の活動は続いているらしい。他校と比較しても、うちの生徒会は多忙と聞く。

「それじゃ、私はこれで」

「お待ちになって」

 踏み出した一歩を止める。まだ何かあるのかと、視線で問いかける。

「あなた、たしか藤島ミサキさんと仲がよろしかったですわね?」

「はい」と首を傾げ「それが何か?」

 書記さんは夕日を映す金髪を大げさな所作で払う。本人は自然体でいるつもりなのだろうが、ここまで高飛車な仕草が似合う人もいまい。

「彼女には学内に恋人がおられるとの嫌疑がかけられています」

「そうみたいですね」

 ミサキちゃんから生徒会がしつこいってよく愚痴を聞かされている。ミサキちゃんくらいかわいくて男友達が多いと、そう思われても仕方ない気もする。校内恋愛厳禁を徹底する生徒会が過敏になるのは解るけれど、ミサキちゃんの恋路を邪魔して欲しくはない。

「誤解ですよ、それ」

 そもそも校内恋愛禁止なんていう時代錯誤の校則、撤廃するべきなのだ。多感な時期に恋愛を抑圧して何の意味があるのだろう。

「証拠はありますの?」

「恋人がいないことを示す証拠ってなんですか?」

 ミサキちゃんならここで膜とか言うんだろう。
 しかし書記さんにそんな発想は無かったらしく――あったらあったで困るけど――俯いて口を閉じたままだ。

「私が証人です。ミサキちゃんに恋人はいませんよ」

 今夜できるかもしれないけどね。

「失礼します」

 やっと帰れると思いきや。

「もう一つだけよろしいですこと?」

 書記さんは背を向けた私の前に早足で回り込み、どこに隠し持っていたのか一枚の写真を突き出してきた。そこに写った人物を見て、私は眉間の奥に暗い靄が生まれたように感じた。
 私とニコのツーショット。二人は仲睦まじげに腕を組み、人混みの中を歩いている。それだけなら微笑ましい光景だ。問題はこれが写真であり、二人の視線はこちらに向いていないこと。

「悪趣味ですね」

 きっ、と書記さんを睨みつける。威圧的な態度をとったつもりだったけど、私の容姿じゃ迫力なんか無いも同然。頭一つ高い先輩は何ら変わらぬ調子で私を見下ろしている。

「いつもこんな事やってるんですか?」

 なるほど、ミサキちゃんが愚痴を言う気持ちも解る。たかが高校の生徒会にしてはやりすぎである。

「盗撮に関しては謝罪いたします」

 書記さんはまったく悪びれた様子なくそう言った。

「ご安心を。画像データは既に削除していますわ。生徒会役員以外は見ていませんし……いえ、そういう問題ではありませんわね」

「すっごく不愉快です」

 私は奪い取るようにして写真を受け取る。数秒の沈黙ののち。

「これが我々の仕事。ですから次はこう尋ねます。この写真に写る男性とは、どのようなご関係で?」

 言う必要はないはずだ。禁止されているのは校内恋愛であって、それに当てはまらないプライベートな問題に踏み込まれる言われはない。

「あなたにお兄さまはいらっしゃらないようですけれど」

 私は大きく息を吐いた。棘を飲み込んだような不快感。息苦しい苛立ちが充満する。いやいや、落ち着け私。ここで感情的になっても損しかない。
 そして相手が誰であろうと、この質問をされた時の答えは決まっているのだ。

「彼は親戚です」

 言い慣れた言葉は喉から滑り出る。

「小さい頃から仲良くしてるんです。やましい関係じゃないので、安心してください」

 書記さんの訝しげな碧眼が私を捉えて離さない。何を考えているのだろう。

「わかりましたわ。品行方正なあなたが仰るのですから、信じるに足ります。藤島ミサキのことも含めて」

 それまで張りつめていた空気が一気に弛緩した。ような気がした。書記さんの顔には色っぽい微笑が浮かび、その長い睫毛に目を引かれた。今更ながら、とびきりの美人であることに気付く。

「手間を取らせてしまいましたわね。不快な思いをさせてしまったこと、今一度謝罪いたします」

 謝ってくれるのは良いのだけれど。
 これでもかと言わんばかりに主張する先輩のプロポーションに、私はなんとも複雑な気分になった。
 溜息。
 それは明らかな劣等感だった。
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