13 / 119
一章
第13話 元魔王はごろつきどもをわからせる
しおりを挟む
空間転移の魔法が間に合ってよかった。
俺がマヤに上着をかけ優しく頭を撫でてやると、マヤは瞳を涙で潤ませながら微笑した。
転送の魔法印を中空に展開する。
家に置いていた治癒の魔法薬が入った瓶を取り出した。
「飲めるか?」
マヤが小さくうなずいた。
すぐに口内へ流し込むと、傷がみるみるうちに癒えていく。
「なんだが、痛みが引いていきます……」
「俺の故郷から持ってきた特製の薬だ。ほかに悪いところはないな?」
マヤはうなずいた。顔の傷と体の打撲は、もうすでに完治していた。
「でも、なんだか、眠く……な……」
「あえて治癒の魔法薬を少々多めに飲ませた。副作用だ」
よくきくんだが、用量が多いと、魔法耐性のない者ほど痛みをほとんど感じなくなり、だんだんと眠くなってくる。
「眠っていろ。少々手荒な真似をせねばならんのでな、見ない方がいい」
「………………」
マヤが目をつぶり寝息を立てはじめる。
「昨日店にいた農家のおっさんじゃねえか」
「いつの間に、どっから出てきやがった?」
「邪魔すんじゃねえ!」
近づいてきた男の一人を殴りつけると、男は声をあげながら転がり石畳に顔をつけた。
「野郎やりやがった!」
ナイフを出した三人が同時にかかる。
だが、遅い。
攻撃をかわしながら踏み込み、二人に拳を見舞い、一人の腕を掴んで強引に投げ飛ばす。
男たちは苦悶の声を上げながら横ざまに吹き飛んでいく。
「おとなしくしておいた方が身のためだぞ」
ラミナがもうすぐ到着するからな。
そうしたらもう容赦がない。
もっとも、俺とて容赦をするつもりはないんだが。
「てめえ」
「どけ。俺がやる」
最初に俺が投げ飛ばしたリーダーらしき男が前に出た。
「なにもなかった振りをして今すぐ帰るなら許してやってもいいぞ、おっさん」
男は手を掲げると、そこを中心に魔法印が展開する。
「ほう、魔法が使えるのか」
人間にしては珍しいんだったか。
魔法印が次第に熱を持っていったかと思うと、炎が集まって火の玉を形成する。
それはまさしく炎魔法の《火球召喚》だった。
炎熱操作でも下の段――初級者が習得するのに適した魔法だ。
「独学で習得したがな、精霊教会の上等僧兵と同程度くらいにはできるんだぜ。俺には才能があったらしいからな!」
「なるほど、火種――触媒を用いずに点火するとは。独学ならば確かに上出来だな……人間にしては」
「逃げてもいいんだぜ、焼け死にたくなければな。それとも怖じ気づいて足が動かないか?」
「ごたくはいい。はよそれを放って見せろ」
「言ってろ!」
男の手から火球が放たれる。
燃え上がる炎の球は、投てきされた石つぶてほどのスピードで俺に迫る。
「速度は悪くはない、が」
俺に直撃しようとしていた火球を手で無造作に払う。
火球はまるで風に吹かれたろうそくの灯火のように、あっけなく掻き消えた。
「何っ!?」
「この程度の熱量では俺の故郷じゃハエすら焼き殺せんぞ」
火球は速度より熱量の方が重要だ。
人間は簡単に火傷させられても、魔法耐性のある魔族を傷つけるならもっと魔力を練らねばならない。
「何をしたのかしらねえが――」
男はさらに魔法で火球を作り出す。
今度は一つではない。
男の眼前に炎の球が六つ。
それが別々の方向から俺に飛来する。
とはいっても狭い路地だ。
軌道は読みやすいし、そもそもよける必要さえない。
俺は炎の玉を一払いで掻き消す。
「――と」
火球のほかに、ナイフが混じって飛んでくる。
これは魔法耐性では防げない。
俺は飛んで来たナイフの刀身を掴んで止めた。
「なっ!?」
「魔法攻撃の中に物理攻撃を紛れさせるか。考えたな。褒めてやる」
男はにわかに狼狽した。
これで思い付く攻撃は全部らしい。
「俺は弱かった」
「………は?」
「昔の話だ」
少し、若いころを思い出した。
思い通りにいかなくて苦しみながら生きてきた頃だ。
「魔法は適性がある属性なら習得が早い。向き不向きによって上達速度に差が出るのだ。俺にはどの魔法の適性も見いだせなかった。才能がなかったのだ。おまけに体も弱かった。俺の故郷じゃ、生きていくのに致命的だった」
「…………?」
「だからとにかく自分を鍛えた。魔法の練習も体術も、とにかくほかの楽しいことを犠牲にしてでも、他人より鍛えるように努めた。周りに馬鹿にされながら、死にそうな目に遭いながらな。昔は自分自身にいやけがさしてばかりだったが、今じゃ誇ることができる。若い頃積み上げてきた研鑽の密度を。だから――」
俺は深い眠りについているマヤを見た。
「俺はそれを否定する者は、許すべきではないと思っている」
俺は目の前に火球を召喚した。
ただし、熱量は男のものより遥かに勝る。それを中空に六、上空に十出現させる。
これも同じ魔法である。
ただし、魔力の質が違う。
魔力の質は魔法の質に影響する。
ごろつきの放ったそれとは、もはや石ころと隕石くらいの違いが出ている。
離れていても熱は伝わったらしい。
男の表情がみるみる青ざめていく。
「なんだよその魔力は……」
「何か言い残すことは?」
「た、助けて。い、命だけは……」
火球が一斉に男に向かって飛んでいく。
「ひいっ」
火球は男の周囲に落ちると石畳を瞬く間に融解させる。
スプーンでくりぬかれたような周囲の地面を見て、男は尻餅をついた。
「……俺はマヤを運びたいんだが」
「お、お前ら道を開けてやれ!」
俺はマヤを抱え上げるためにしゃがみこむ。
ちょうど、男どもに背を向けて。
「いっ、今だ、一斉にかかれ!囲んで魔法を出す暇なく袋にしちまえばこっちのもんだ!」
さっきから顔を引きつらせながら見ていることしかできなかった仲間四人に、男は命令する。
そうそう。
そうこなくては、こちらも面白くない。
まだ勝てると希望を持っていてくれなければ、な。
こちらも叩き潰し甲斐がないというものだ。
「おおおおおっ!」
隙を見せたことをチャンスと思ったらしい。
男たちは一斉に俺に飛びかかってくる。
「……来たかラミナ」
一番早く俺につかみかかろうとする男の腕が、跳ねるように体から離れた。
遅れて来たラミナが、手に持つ銀色のナイフを目にも留まらぬ速度で振るっていた。
ラミナには少々頼み事をしてもらっていた。
戻ってきたということは首尾よくいったらしい。
腕を手首から切断されたごろつきの男から悲鳴が上がり、地面をのたうち回った。
ほかの男どもの動きも止まる。
「あとはわたしがやる」
「あー、くれぐれも生かしたままにしておけ」
「わかった」
魔法印の走るラミナの腕にヒビが入っている。
そこがナイフと同じ銀色に淡く輝いていく。
よく見ると、ナイフは持つ手に根を張るようにうっすら同化していた。
「なっ、なんだ!?今、一体何をしたんだ!?」
「あんな小さいナイフで、なんでこんな切れ味が……!?」
よくみると、石畳もナイフの軌道に合わせて切り裂かれていた。
「もうだめだ!逃げろ!」
逃げ出そうとした男たちは、しかしなにかに阻まれているように、狭い路地を出られなかった。
透明な壁があるかのように、何かが道を遮っている。
ラミナがすでに、ナイフを使って見えない壁を作り出していた。
――魔族は時に、ほかの魔族にはないそいつだけの、固有の魔法を持っているものがいる。
彼女の持っているナイフがそれにあたる。
これはラミナの体内で生成された特殊な一振りだ。
ナイフは魔力を込めれば空間そのものに干渉できる能力を持つ。
空間を固めたり、空間そのものを切ったり、転移魔法と同じように空間間を移動できたりする。
壁のように空間を固め、逃げ場を奪うことも容易だ。
逃げようと見えない壁でもがくごろつきの男どもに、ラミナはゆっくりと近づいていく。
氷河のように冷たい瞳が男たちを見据えている。
腕のヒビが大きくなり、ナイフに走る魔法印の形状が変化していく。
「殺される……!」
「ゆ、ゆるしてくだ」
「《空間干渉》――」
ラミナはナイフを構え、男どもに踏み込んだ。
「《一刃十爪》」
一振り。
切り裂くエネルギーはナイフの魔力で空間をいびつに複雑に歪め、一撃を十撃に分割されたように周囲に伝わる。
動きを最大限奪う程度の十の斬撃が同時多発的に繰り出される。
周囲の建物ごと男どもが切り刻まれる。
削られた壁の一部が返り血とともに宙を舞った。
ラミナのナイフが銀色の灰になりながら崩れていく。
立っているごろつきはもういなかった。
「誰も死んでない」
ラミナは涼しい顔で俺の方を振り向く。
「うむ。ちゃんといいつけ守ってえらいぞ」
「………えらい」
まあかろうじて生きている程度なんだが。
俺がマヤに上着をかけ優しく頭を撫でてやると、マヤは瞳を涙で潤ませながら微笑した。
転送の魔法印を中空に展開する。
家に置いていた治癒の魔法薬が入った瓶を取り出した。
「飲めるか?」
マヤが小さくうなずいた。
すぐに口内へ流し込むと、傷がみるみるうちに癒えていく。
「なんだが、痛みが引いていきます……」
「俺の故郷から持ってきた特製の薬だ。ほかに悪いところはないな?」
マヤはうなずいた。顔の傷と体の打撲は、もうすでに完治していた。
「でも、なんだか、眠く……な……」
「あえて治癒の魔法薬を少々多めに飲ませた。副作用だ」
よくきくんだが、用量が多いと、魔法耐性のない者ほど痛みをほとんど感じなくなり、だんだんと眠くなってくる。
「眠っていろ。少々手荒な真似をせねばならんのでな、見ない方がいい」
「………………」
マヤが目をつぶり寝息を立てはじめる。
「昨日店にいた農家のおっさんじゃねえか」
「いつの間に、どっから出てきやがった?」
「邪魔すんじゃねえ!」
近づいてきた男の一人を殴りつけると、男は声をあげながら転がり石畳に顔をつけた。
「野郎やりやがった!」
ナイフを出した三人が同時にかかる。
だが、遅い。
攻撃をかわしながら踏み込み、二人に拳を見舞い、一人の腕を掴んで強引に投げ飛ばす。
男たちは苦悶の声を上げながら横ざまに吹き飛んでいく。
「おとなしくしておいた方が身のためだぞ」
ラミナがもうすぐ到着するからな。
そうしたらもう容赦がない。
もっとも、俺とて容赦をするつもりはないんだが。
「てめえ」
「どけ。俺がやる」
最初に俺が投げ飛ばしたリーダーらしき男が前に出た。
「なにもなかった振りをして今すぐ帰るなら許してやってもいいぞ、おっさん」
男は手を掲げると、そこを中心に魔法印が展開する。
「ほう、魔法が使えるのか」
人間にしては珍しいんだったか。
魔法印が次第に熱を持っていったかと思うと、炎が集まって火の玉を形成する。
それはまさしく炎魔法の《火球召喚》だった。
炎熱操作でも下の段――初級者が習得するのに適した魔法だ。
「独学で習得したがな、精霊教会の上等僧兵と同程度くらいにはできるんだぜ。俺には才能があったらしいからな!」
「なるほど、火種――触媒を用いずに点火するとは。独学ならば確かに上出来だな……人間にしては」
「逃げてもいいんだぜ、焼け死にたくなければな。それとも怖じ気づいて足が動かないか?」
「ごたくはいい。はよそれを放って見せろ」
「言ってろ!」
男の手から火球が放たれる。
燃え上がる炎の球は、投てきされた石つぶてほどのスピードで俺に迫る。
「速度は悪くはない、が」
俺に直撃しようとしていた火球を手で無造作に払う。
火球はまるで風に吹かれたろうそくの灯火のように、あっけなく掻き消えた。
「何っ!?」
「この程度の熱量では俺の故郷じゃハエすら焼き殺せんぞ」
火球は速度より熱量の方が重要だ。
人間は簡単に火傷させられても、魔法耐性のある魔族を傷つけるならもっと魔力を練らねばならない。
「何をしたのかしらねえが――」
男はさらに魔法で火球を作り出す。
今度は一つではない。
男の眼前に炎の球が六つ。
それが別々の方向から俺に飛来する。
とはいっても狭い路地だ。
軌道は読みやすいし、そもそもよける必要さえない。
俺は炎の玉を一払いで掻き消す。
「――と」
火球のほかに、ナイフが混じって飛んでくる。
これは魔法耐性では防げない。
俺は飛んで来たナイフの刀身を掴んで止めた。
「なっ!?」
「魔法攻撃の中に物理攻撃を紛れさせるか。考えたな。褒めてやる」
男はにわかに狼狽した。
これで思い付く攻撃は全部らしい。
「俺は弱かった」
「………は?」
「昔の話だ」
少し、若いころを思い出した。
思い通りにいかなくて苦しみながら生きてきた頃だ。
「魔法は適性がある属性なら習得が早い。向き不向きによって上達速度に差が出るのだ。俺にはどの魔法の適性も見いだせなかった。才能がなかったのだ。おまけに体も弱かった。俺の故郷じゃ、生きていくのに致命的だった」
「…………?」
「だからとにかく自分を鍛えた。魔法の練習も体術も、とにかくほかの楽しいことを犠牲にしてでも、他人より鍛えるように努めた。周りに馬鹿にされながら、死にそうな目に遭いながらな。昔は自分自身にいやけがさしてばかりだったが、今じゃ誇ることができる。若い頃積み上げてきた研鑽の密度を。だから――」
俺は深い眠りについているマヤを見た。
「俺はそれを否定する者は、許すべきではないと思っている」
俺は目の前に火球を召喚した。
ただし、熱量は男のものより遥かに勝る。それを中空に六、上空に十出現させる。
これも同じ魔法である。
ただし、魔力の質が違う。
魔力の質は魔法の質に影響する。
ごろつきの放ったそれとは、もはや石ころと隕石くらいの違いが出ている。
離れていても熱は伝わったらしい。
男の表情がみるみる青ざめていく。
「なんだよその魔力は……」
「何か言い残すことは?」
「た、助けて。い、命だけは……」
火球が一斉に男に向かって飛んでいく。
「ひいっ」
火球は男の周囲に落ちると石畳を瞬く間に融解させる。
スプーンでくりぬかれたような周囲の地面を見て、男は尻餅をついた。
「……俺はマヤを運びたいんだが」
「お、お前ら道を開けてやれ!」
俺はマヤを抱え上げるためにしゃがみこむ。
ちょうど、男どもに背を向けて。
「いっ、今だ、一斉にかかれ!囲んで魔法を出す暇なく袋にしちまえばこっちのもんだ!」
さっきから顔を引きつらせながら見ていることしかできなかった仲間四人に、男は命令する。
そうそう。
そうこなくては、こちらも面白くない。
まだ勝てると希望を持っていてくれなければ、な。
こちらも叩き潰し甲斐がないというものだ。
「おおおおおっ!」
隙を見せたことをチャンスと思ったらしい。
男たちは一斉に俺に飛びかかってくる。
「……来たかラミナ」
一番早く俺につかみかかろうとする男の腕が、跳ねるように体から離れた。
遅れて来たラミナが、手に持つ銀色のナイフを目にも留まらぬ速度で振るっていた。
ラミナには少々頼み事をしてもらっていた。
戻ってきたということは首尾よくいったらしい。
腕を手首から切断されたごろつきの男から悲鳴が上がり、地面をのたうち回った。
ほかの男どもの動きも止まる。
「あとはわたしがやる」
「あー、くれぐれも生かしたままにしておけ」
「わかった」
魔法印の走るラミナの腕にヒビが入っている。
そこがナイフと同じ銀色に淡く輝いていく。
よく見ると、ナイフは持つ手に根を張るようにうっすら同化していた。
「なっ、なんだ!?今、一体何をしたんだ!?」
「あんな小さいナイフで、なんでこんな切れ味が……!?」
よくみると、石畳もナイフの軌道に合わせて切り裂かれていた。
「もうだめだ!逃げろ!」
逃げ出そうとした男たちは、しかしなにかに阻まれているように、狭い路地を出られなかった。
透明な壁があるかのように、何かが道を遮っている。
ラミナがすでに、ナイフを使って見えない壁を作り出していた。
――魔族は時に、ほかの魔族にはないそいつだけの、固有の魔法を持っているものがいる。
彼女の持っているナイフがそれにあたる。
これはラミナの体内で生成された特殊な一振りだ。
ナイフは魔力を込めれば空間そのものに干渉できる能力を持つ。
空間を固めたり、空間そのものを切ったり、転移魔法と同じように空間間を移動できたりする。
壁のように空間を固め、逃げ場を奪うことも容易だ。
逃げようと見えない壁でもがくごろつきの男どもに、ラミナはゆっくりと近づいていく。
氷河のように冷たい瞳が男たちを見据えている。
腕のヒビが大きくなり、ナイフに走る魔法印の形状が変化していく。
「殺される……!」
「ゆ、ゆるしてくだ」
「《空間干渉》――」
ラミナはナイフを構え、男どもに踏み込んだ。
「《一刃十爪》」
一振り。
切り裂くエネルギーはナイフの魔力で空間をいびつに複雑に歪め、一撃を十撃に分割されたように周囲に伝わる。
動きを最大限奪う程度の十の斬撃が同時多発的に繰り出される。
周囲の建物ごと男どもが切り刻まれる。
削られた壁の一部が返り血とともに宙を舞った。
ラミナのナイフが銀色の灰になりながら崩れていく。
立っているごろつきはもういなかった。
「誰も死んでない」
ラミナは涼しい顔で俺の方を振り向く。
「うむ。ちゃんといいつけ守ってえらいぞ」
「………えらい」
まあかろうじて生きている程度なんだが。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
613
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる