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一章
第35話 騎士の死闘
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突然空気の揺らぎがぶつかって弾けた壁から、破片がパラパラと落ちた。
「なんだ、いきなり……!?」
体勢を立て直したウォフナーが、あっけに取られている。
この魔法の魔力量、人間と判ずるには、あまりに強大なように思える。
「――こそこそ町を嗅ぎまわっていただけあって、それなりに勘はいいようだ」
暗闇から、しわがれたような声が俺に向けて発せられた。
壁際から歩いてくる影が、しだいにろうそくの薄明かりに照らされてくる。
灰色でささくれた樹の幹みたいな肌、深く暗い紅の瞳、やたら長い両手には、鋭い爪を携えた四本指。
そこにいたのは人外の姿。
魔物とは違い知能を備えている、魔界よりの者。
「――貴様、魔族だな」
「ご名答だ」
魔族は口許をつり上げて笑った。
魔族――いるかもしれない、という懸念はあったが、こうもしっかり姿を現すとは。
数の多かった魔物と違って、人間界に来ていた魔族は先の戦いより駆逐されたと思ったが……どうやら生き残りがいたようだな。
「ウォフナーよ、ブックメリア卿はまかせるぞ。俺は魔剣よりも厄介な相手をせねばならなくなった」
「……さきほどから私がやると言っている。そちらこそ死ぬな」
ブックメリア卿しか目に入っていない様子のウォフナーは、剣を構えて床を蹴った。
「お前がブックメリア卿をそそのかしたんだな?」
魔族はくつくつと笑い声を漏らした。
「――その男は領主になるのが夢だそうだ。我はその夢に少し力を貸してやっただけのこと」
「人間を使って、人間の住む地を侵略することにしたのか」
「何、アダルディと私は一蓮托生なのだ。使うなどとはとんでもない」
「しらじらしい……今放ったそれは衝撃の魔法だな」
「いかにも。我がシャム・ハザの魔法は空気を伝い接触すると衝撃を与える。少しは魔法を知っているようだな」
「まあな」
「しかしたかが人間の魔法使いが、我が衝撃魔法にかなうとでも思っているのか?自惚れも甚だしいわ!」
魔族――シャム・ハザの手から虚空へ魔法印が展開される。
再び衝撃を与える波が放たれるも、俺は半身ずらしてそれをよける。
「……ん?」
いや、待て、こいつの言っている『人間の魔法使い』とは俺のことを指しておるのか?
……ほう、そうか。
ほうほう、そうか。
「あれは使い手の命を吸って力を行使できる魔剣だな?」
「左様。人間にも扱える代物よ」
「やはりか。相当な業物のように見える」
「――魔剣《ヘキサクリスパー》。六角形の刃は持ち主より吸いだした魔力をまとわせて一つ一つ切り離せる。そのコアを埋め込むことによって、死体生物問わず魔物に変化させることができる――が、死体の方が作りやすく使役しやすい。力を使っていると少々使い手への精神汚染が伴うが、まあ些細な問題よ」
俺をすぐに殺せる他愛ない敵とみなしているのか、親切に説明をしてくれる。
「どこで手に入れた?」
「手に入れたも何も、我が初めから持っていたものよ」
「あちら側からこちら側へ来るときに持ってきていたか」
俺はブックメリア卿とウォフナーのいる方を振り向く。
ウォフナーは苦々しげに後方へ跳んだ。ブックメリア卿が哄笑しながら魔剣を振るう。
振るっている途中で、小さい六角形の刃が一つ一つ切り離され、縄のように細長い形状へと変化する。
それから刃は鞭のようにしなりながらウォフナーを襲う。
「なんと。六角形一つ一つを操ることもできるのか。魔物化させるほかにそんな使い方もできるとは」
ウォフナーの方は旗色が悪い。
左右にうねりながら迫る切っ先が、ウォフナーの右腕を捉えた。
鎧の隙間を縫って深々と肘関節あたりにつき刺さる《ヘキサクリスパー》の刃。
「――っ!」
深手だ。
切っ先が引き抜かれると、鮮血が吹き出した。
剣の軌道とは一線を画すもので、人間界ではなかなかお目にかかれん攻撃手段だろう。
やりにくいに違いない。
助勢不要と言われているし、どうしたものかな。
「見ろ、あのじじいの必死の形相を」
シャム・ハザはささやくように俺に語りかける。
ブックメリア卿の瞳は、夢を目指す若者のように澄んでいる。
しかしそれでいて、顔はやつれてきている。
魔剣を使えば使うほど疲労が蓄積されていっているようだった。
いや、魔剣を使っているというよりは、魔剣に使われているといったほうが正しいな。
「ひたむきよなあ。やつは自分の残りの命を捧げてまで、魔剣で魔物を量産し領主に戦いを挑もうとしている」
くくくくっ、とシャム・ハザからこらえきれぬような嗤いが漏れた。
「じつに滑稽でしかたない。老いぼれが残りの命を使って愚かに踊っている様をみるのはな。あらかじめ『使いすぎれば寿命を縮めることになる』と忠告してもこれだ。人の欲とは、かくもおもしろきものよ」
ウォフナーがかかってきた魔物を切り裂く。
だが、それは陽動だ。
死角から鎧ごと、ウォフナーの脇腹を抉る。
「くうっ!」
ウォフナーはうめく。
だが、浅い。
鎧のおかげか内蔵にまでは、達していなかった。
だが防戦一方で、ウォフナーの攻撃圏内にブックメリア卿を捉えることができないでいる。
このままではなぶり殺しだ。
「……そろそろ、こちらも始めようか」
俺は鉈を構える。
やつの信念を曲げることになるが、はやく援護してやらねばウォフナーがもたんからな。
「なんだ、いきなり……!?」
体勢を立て直したウォフナーが、あっけに取られている。
この魔法の魔力量、人間と判ずるには、あまりに強大なように思える。
「――こそこそ町を嗅ぎまわっていただけあって、それなりに勘はいいようだ」
暗闇から、しわがれたような声が俺に向けて発せられた。
壁際から歩いてくる影が、しだいにろうそくの薄明かりに照らされてくる。
灰色でささくれた樹の幹みたいな肌、深く暗い紅の瞳、やたら長い両手には、鋭い爪を携えた四本指。
そこにいたのは人外の姿。
魔物とは違い知能を備えている、魔界よりの者。
「――貴様、魔族だな」
「ご名答だ」
魔族は口許をつり上げて笑った。
魔族――いるかもしれない、という懸念はあったが、こうもしっかり姿を現すとは。
数の多かった魔物と違って、人間界に来ていた魔族は先の戦いより駆逐されたと思ったが……どうやら生き残りがいたようだな。
「ウォフナーよ、ブックメリア卿はまかせるぞ。俺は魔剣よりも厄介な相手をせねばならなくなった」
「……さきほどから私がやると言っている。そちらこそ死ぬな」
ブックメリア卿しか目に入っていない様子のウォフナーは、剣を構えて床を蹴った。
「お前がブックメリア卿をそそのかしたんだな?」
魔族はくつくつと笑い声を漏らした。
「――その男は領主になるのが夢だそうだ。我はその夢に少し力を貸してやっただけのこと」
「人間を使って、人間の住む地を侵略することにしたのか」
「何、アダルディと私は一蓮托生なのだ。使うなどとはとんでもない」
「しらじらしい……今放ったそれは衝撃の魔法だな」
「いかにも。我がシャム・ハザの魔法は空気を伝い接触すると衝撃を与える。少しは魔法を知っているようだな」
「まあな」
「しかしたかが人間の魔法使いが、我が衝撃魔法にかなうとでも思っているのか?自惚れも甚だしいわ!」
魔族――シャム・ハザの手から虚空へ魔法印が展開される。
再び衝撃を与える波が放たれるも、俺は半身ずらしてそれをよける。
「……ん?」
いや、待て、こいつの言っている『人間の魔法使い』とは俺のことを指しておるのか?
……ほう、そうか。
ほうほう、そうか。
「あれは使い手の命を吸って力を行使できる魔剣だな?」
「左様。人間にも扱える代物よ」
「やはりか。相当な業物のように見える」
「――魔剣《ヘキサクリスパー》。六角形の刃は持ち主より吸いだした魔力をまとわせて一つ一つ切り離せる。そのコアを埋め込むことによって、死体生物問わず魔物に変化させることができる――が、死体の方が作りやすく使役しやすい。力を使っていると少々使い手への精神汚染が伴うが、まあ些細な問題よ」
俺をすぐに殺せる他愛ない敵とみなしているのか、親切に説明をしてくれる。
「どこで手に入れた?」
「手に入れたも何も、我が初めから持っていたものよ」
「あちら側からこちら側へ来るときに持ってきていたか」
俺はブックメリア卿とウォフナーのいる方を振り向く。
ウォフナーは苦々しげに後方へ跳んだ。ブックメリア卿が哄笑しながら魔剣を振るう。
振るっている途中で、小さい六角形の刃が一つ一つ切り離され、縄のように細長い形状へと変化する。
それから刃は鞭のようにしなりながらウォフナーを襲う。
「なんと。六角形一つ一つを操ることもできるのか。魔物化させるほかにそんな使い方もできるとは」
ウォフナーの方は旗色が悪い。
左右にうねりながら迫る切っ先が、ウォフナーの右腕を捉えた。
鎧の隙間を縫って深々と肘関節あたりにつき刺さる《ヘキサクリスパー》の刃。
「――っ!」
深手だ。
切っ先が引き抜かれると、鮮血が吹き出した。
剣の軌道とは一線を画すもので、人間界ではなかなかお目にかかれん攻撃手段だろう。
やりにくいに違いない。
助勢不要と言われているし、どうしたものかな。
「見ろ、あのじじいの必死の形相を」
シャム・ハザはささやくように俺に語りかける。
ブックメリア卿の瞳は、夢を目指す若者のように澄んでいる。
しかしそれでいて、顔はやつれてきている。
魔剣を使えば使うほど疲労が蓄積されていっているようだった。
いや、魔剣を使っているというよりは、魔剣に使われているといったほうが正しいな。
「ひたむきよなあ。やつは自分の残りの命を捧げてまで、魔剣で魔物を量産し領主に戦いを挑もうとしている」
くくくくっ、とシャム・ハザからこらえきれぬような嗤いが漏れた。
「じつに滑稽でしかたない。老いぼれが残りの命を使って愚かに踊っている様をみるのはな。あらかじめ『使いすぎれば寿命を縮めることになる』と忠告してもこれだ。人の欲とは、かくもおもしろきものよ」
ウォフナーがかかってきた魔物を切り裂く。
だが、それは陽動だ。
死角から鎧ごと、ウォフナーの脇腹を抉る。
「くうっ!」
ウォフナーはうめく。
だが、浅い。
鎧のおかげか内蔵にまでは、達していなかった。
だが防戦一方で、ウォフナーの攻撃圏内にブックメリア卿を捉えることができないでいる。
このままではなぶり殺しだ。
「……そろそろ、こちらも始めようか」
俺は鉈を構える。
やつの信念を曲げることになるが、はやく援護してやらねばウォフナーがもたんからな。
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