元魔王おじさん

うどんり

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二章

第44話 魔剣蒐集家

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――ボロ小屋へ入ると、ごきげんそうな黒髪の女がラミナと楽しそうにおしゃべりをしていた。

胸元の開いた黒い衣を纏った女だった。
肩が少し出ており、大きな胸元が強調されている。

毛量の多い黒い髪はややクセがあり、腰の下辺りまで伸びている。頭には猫のような獣の耳がついており、尻から黒い尻尾が生えていた。
ややつり目ぎみの大きい瞳と楽しげな表情が、明るい印象を受ける。

「久しぶりだなガルデローヴよ」

魔剣関係なら、こいつが来ると思っていた。

俺はその女――魔王に仕える十三幹部の一人、ガルデローヴに声をかけた。

ガルデローヴは俺の姿を認めるとぱっと顔をあげて手を振った。

「コーラルさんおひさっす!お邪魔してます!」

弾むような声に、にこやかな表情だ。相変わらずで安心した。

「すまんな、わざわざ来てもらって」

「いえいえー」

彼女にはダストの指示で魔剣の回収をしに来てもらったのだ。

「魔剣は魔法でそちらに送ってもよかったんだが、直接預けた方が確実で安全だと思ってな」

「そうっすねえ。それが一番だと思いますよ。それに――」

ガルデローヴはラミナをぎゅっと自分の胸元に引き寄せた。

「ラミちゃんと久しぶりに話せてガルは嬉しいっす!来てよかった!」

端倪すべからざる豊満な胸中に半ば顔を埋めているラミナは、なすがままに抱き締められている。

「…………」

表情には出さないがラミナも楽しそうで何よりだ。

「歓迎するぞ、ガルデローヴよ。まあこの通りまだなにもない家だがな」

「くつろがさせていただくっす。で、魔剣は……?」

「ああ、そこに転がってるのがそうだ」

俺は壁際の床に転がっている魔剣《ヘキサクリスパー》を指差した。

「無造作!めちゃ管理ずさんすぎじゃないっすかこれ!?まるでゴミみたい!」

「いや、すまんなあ。俺もラミナもそのへん頓着ないから」

「もー、仕方ないっすね」

ガルデローヴは床の魔剣を拾い上げると、「ほほー」柄、刃と時には指を這わせながら執拗に観察するように眺める。

「へえー、確かにこれは魔界よりの産物っすね。アダマント鉱っすよこれ。希少金属の塊」

「マジか。道理で丈夫だと思った」

アダマント鉱といったら魔力を伝達できる金属の中でもかなりレアな部類に入る。
それにとにかく、硬い。

「かなりいい感じの拵えっすね。これ鍛えた鍛治師は相当な腕っすよ。アダマント鉱ってまず加工が難しいっすから。――わっ、これ剣の部分の六角形一個一個切り離せるじゃないっすか。すげー、凝ってるなー」

ガルデローヴは目を輝かせて、その剣に魅入っていた。

「シャム・ハザとかいう魔族が持っていたのだ。魔界が原産だとしたら、間違いなく境界戦争のときの遺物だろう」

「ふむふむ」

「とにかく、ここにあってもしょうがないからな。保管のほうは頼んだ」

「了解っす!……でもあの殿方の頭に入ってる欠片はいいんすか?」

ガルデローヴは部屋の隅で腕組みして佇んでいたウォフナーを指して言う。気づいたか。さすがだ。

「ああ、あれはいい。完全に制御を離れて暴走しておる」

「不安定な魔剣すねえ。お気の毒っす」

ウォフナーは自分のことを話されていると察したのか、こちらを一瞥して「……ふん」不本意そうに顔をそらした。

「じゃ、この子はガルが食べちゃうっすよ」

「うむ」

「よいしょっと」

ガルデローヴは自分の胸元に両手を乗せ、魔法印を展開する。

――彼女が持つ固有魔法の出番だ。

「《多重封印機構》解放――たんとお食べ《もぐもぐ君》」

手を離すと胸元に突如黒い穴が開いて、牙の生えた口が形作られる。

ガルデローヴは自分の胸を突くように、大きく開いた口の中へ魔剣を差し入れた。

租借するように、口はもごもご形を変えながら魔剣を飲み込んでいく。

――彼女は体内に多重化空間なるちょっとした隠し部屋のようなものを形成でき、そこに物を収納することができる。収納されたものは質量を圧縮されて封印される。
基本的に魔剣しか収納しないのが特徴的だ。頑張れば他のものも収納できるらしいが、彼女が魔剣コレクターなのもあって魔剣専用の収納箪笥と化している。

幹部にスカウトする前から魔剣コレクターだったので、果たして彼女の体内にいったいどれくらいの魔剣が収納されているのか計り知れない。

「あいかわらず楽しげなネーミングだな」

もぐもぐ君が魔剣をすべて飲み込むと、ガルデローヴは胸に展開していた魔法印を解除した。

「楽しい名前じゃないとやってらんないっすよー。だって失敗したら自殺になっちゃうじゃないすか。胸に突き刺すんですよ」

「あるのか?失敗」

「ないっすけど」

ないんか。

「しかしこの隠宅、なかなかのボロ家っすね。王城の生活とは雲泥の差じゃないっすか?」

ガルデローヴが座って周りを見渡す。

「…………」

ラミナが静かにガルデローヴの膝の上に腰を下ろして寄りかかった。

「これがなかなかに楽しいのだ。こんな場所でも最低限の生活はできる」

「建て直さないんすか?」

「近いうちに予定しているぞ」

言うと、ラミナは首をかしげた。

「少し前コーラルさま自分で建てたらボロボロだったのに?」

「それは言わんでくれ」

取り壊して証拠隠滅は済ませてあるんだから。

「――だがラミナよ、すでにその点で対策は練っておるのだ」

俺は胸を張って、得意気に言った。

「腕のいい建築士を雇い入れる。すでにアテはあるのだ!」

「ほんとう?」

問い詰められて、俺は目をそらした。

「ほん、ほんとうだ……」

「なんで自信なさげになっちゃったんすか」

ノームが見つかればの話なのだ……。

言おうとしたが、

――ドンドンッ

と戸を叩く音がして、俺は入り口を振り返った。

お客だ。

「お前ら客だぞ!」

俺が言うと、ウォフナーはすぐさま木窓から外へと脱出した。

ドアを開けると、

「……おお、なんだ、マヤじゃないか」

マヤが立っていた。

「すいません、またお邪魔しちゃって」

「もう野草はいいのか?」

「はい。商会ギルドに納品してみないとわかりませんけど、とりあえず今日最低限生きていける分くらいは採れました」

相変わらずギリギリの生活か。

「そうじゃなくて、コーラルさんのお客さんを連れてきましたよ」

「俺?」

誰だ?何も心当たりがないぞ。

「なんかこの辺で迷ってたので教えてあげたんですけど……探してるのはこの人でいいの?」

最後の言葉は、マヤの背後にいた人物に向けられた。

ドアとマヤの影に隠れていたので全開にすると、

「は、はい……間違いないです」

小柄なマヤよりもさらに小柄な少年が、俺を見上げてうなずいていた。

十歳から十二歳くらいの、かわいらしい顔つきをした少年だった。
髪は耳が隠れるくらいまであって、声は声変わりする前の高い声色だった。前髪も長めで両目に少しかかるくらい伸びている。
じっと見ていると、少年の心細げな眉が不安げに動いた。

「誰だ?探してたって、俺をか?」

よく見ても、全く見覚えのない少年だ。

そもそも、俺に人間の少年の知り合いなんていない。

……いや、本当に誰なんだ?
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