元魔王おじさん

うどんり

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二章

第64話 少年は自問自答する

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もう日は傾いてきていた。
シオンは自宅までの家路をとぼとぼと歩いていた。

ゆっくり木々の間の道を歩きながら、父親がさらわれた時のことを思い出していた。

あの時のことは、よく覚えていた。


男二人組に父が押さえられたとき、父は抵抗を試みた。
魔法らしきものを使われ、土が盛り上がりまとわりついてくるところを腕を振り回し、全身でもがいていた。

それを見て、シオンはすでに踵を返していた。

今なら父親を見捨てて逃げられると、心のどこかで思ったゆえの行動だった。

だが後ろめたさから足を止めた。
自分はなんてことをしようとしていたのかと逡巡が生まれた。

そのとき――

「そうだ、逃げろシオン!お前だけでも!」

父は男たちを押さえつけるように掴んでそう叫んだ。

「!」

すぐにシオンの足が動いた。

森の中だった。
やみくもに逃げれば、木々や茂みに紛れられるおかげで撒くことはできるだろうと思った。

父や男二人――《賢者》と《騎士》から遠ざかりながら、シオンの心持ちはおだやかだった。

逃げろと父から言われて、許されたような気がした。
父を見捨てて逃げてよかったのだ、と。
これで心置きなく逃げられる、と。
安堵さえしていた。

家について、母親にそのことを報告して、母の涙を見たとき、はじめて後悔した。
自分の心と、自分の行動を。

自分が強ければこんなことにはならなかった。

いや、今からでも間に合うはずだ。
男たちから父を無事に取り戻せれば、あのときの自分の行動は清算できるような気がする。

そう思って、たまたま見かけたコーラルに教えを請いに行った。
情けなくて、詳しい事情はコーラルたちには言えなかった。

そして結局、シオンの願いはかなわないらしい。
父が死んでしまっていては、自分が強くなる意味も、戦い方を教えてもらう意味もない。

自分は父の仇を討ちたいのだろうか。
それもわからない。


「ただいま……」

タロンハルティア村の自宅まで帰ってくる。

誰にも聞こえないような小さい声で言って、家に上がる。

「……?」

木造の、こじんまりとした家だった。

――母しかいないはずの家の中に、男の声がした。

「……!?」

笑い声が、聞こえた。
男が二人、奥の寝所で会話をしている。

ここからでは、何を話しているかまではわからない。

「…………」

シオンはそろそろと忍び足で寝所へ近づく。
壁を背にして、顔半分だけを室内へ晒し、様子を窺った。

「!」

母が、胸から血を流して倒れていた。
服は無残にも破かれ、身体のところどころに打撲のあともみられる。
母は、動かなかった。

暴行を加えられた後、胸を刃物で一突きにされたのは明らかだった。
光を失った母の瞳と目が合った。

おかあさ……。
声に出そうとして、シオンはとっさに口をつぐむ。

ガラの悪い男二人が室内を荒らしているのが目に入ったのだ。

「しかし、よかったんですかい?」

「何がだ?」

男二人は、強盗らしい。
金目のものがないか探しながら、男二人は機嫌よさげに話していた。

「たしかあいつらの話だとタロンルティア襲撃は三日後くらいだったでしょ?」

「ああ、あの名前がないとかいう、雇い主か」

「襲撃前に先走ってこんなことしちまっていいんですかい?」

「なに、いずれこの村ひとついただくんだ。今、家の一つや二つ物色していても問題あるめえ」

「まあ、そうですねえ」

話を聞きながら、シオンはゆっくりと寝所から遠ざかった。

心臓が早鐘を打っていた。
村を襲うと言っていたが、それより息絶えた母の姿が脳裏に焼き付いていた。

――ぼくは、どうすれば?

声を潜めて歩きながら、外に出た。

「…………」

また逃げるのか。
なすすべもないまま、母を殺されても、家を物色されても、黙っていることしかできないのか。

シオンは自問した。

のどがカラカラに乾いていた。
シオンは立ち止り、こぶしを強く握った。

……そんなのはもうごめんだ。もう逃げたせいで後悔するのは、ごめんだ。

シオンは、流れそうになる涙を歯を食いしばって止めた。

大人を呼びに行っている時間はない。
そうしている間に相手に逃げられるかもしれない。

シオンは勇気を奮い立たせて、軒先に置いてあったくわを持つ。
いや、鍬は柄が長すぎる。
小さい自分では取り回しが悪いうえに、家の中では振り回せない。

だったら、これにしよう。

同じように置いてあった草刈り鎌。
攻撃力は低いが、傷をつけて無力化するくらいはできるはずだ。
台所に包丁もあったはずだが、それも持ち出せるなら持ち出そう。

シオンは再び家の中に入っていく。

だが、怖い。
大人二人を相手に、対応できるのだろうか。

「そ、そうだ。作戦を――」

強盗を捕まえるための作戦を練ろう。

とシオンは思った。

コーラルの言葉を思い出す。

準備をしよう。
戦う前に、戦いに勝つための準備を。

立ち向かうための準備をしよう。
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