元魔王おじさん

うどんり

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三章

第93話 遊んでくれよう子どものように

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馬車の下から這い出てきた俺とルニルとシオンは、同時に動きを止める。

囲まれているとはいえ、背には檻がある。
背後を取られていないだけましだな。

「コーラルちゃん!」

「あんただけでも、逃げればよかったのに!」

子どもたちは檻の中だ。中には敵もいない。

いてもラミナなら救出するのに支障はないが。

「いつの間に潜り込んだのか知らねえが……お友達を助けにでも来たか?」

首謀者らしき髭の男は、護衛に守られながら微笑した。

俺たちを取るに足らない子どもだとなめているのがわかる。
好都合だ。

「一匹も逃がすな!」

指示を出すと、周囲を囲っていたごろつきどもがじわじわと距離を詰めてくる。

護衛も含めれば、敵は七人プラス人売りの男。
人売りの男は、護衛を雇うくらいだから腕っぷしに自信はないとみえる。実質敵は七人だ。

「はははははっ!」

ルニルは、高らかに笑い声をあげた。

まるで、望んでいた時代に戻ってこられたかのように。

「一匹も逃がすな、か。それよく言われたぞ。懐かしいな」

「あー、俺もよく囲まれて殺せ殺せ言われたわ」

なんだかしみじみとしてしまうな。

「そんなとき、余はいつもこう返した」

「奇遇だな。俺もいつも返していた言葉がある」

俺とルニルは笑い合った。
そして同時に、

「面白い!返り討ちにしてくれるわ!」

男どもに言葉を返した。

「なるほど……!」

目からうろこみたいな顔をして、シオンはうなずいた。

「いや、シオンは覚えんでよろしい」

ルニルは両手に手ごろな石を拾い上げ、前に出た。

「無理するなルニルよ」

俺が言うと、ルニルは鼻で笑う。

「千年前はずっと闘争続きだったんだぞ。龍としての力が使えないからって――」

ごろつきのナイフをルニルは石で受けた。
それから持っていたもう片方の石で、男の頭を殴りつける。

「戦闘の技術が衰えてるわけじゃない。こいつらなんて、手ごろな石さえあれば十分だ」

「石ころ万能だからな」

打ってよし投げてよしである。

ルニルの背後を狙おうと、男はクォータースタッフを振り上げた。

シオンは魔法印を展開。魔法印から伸びた影の手で、男からクォータースタッフを奪い取る。

「なっ!?なんだ!?」

影の手からクォータースタッフを受け取ったシオンは、そのまま男の足を薙ぎ払った。

「もう魔法の特性を把握し、使いこなしておるだと……!?」

《黒影召喚》は消費魔力の少ない下位魔法ながら、使い勝手がいい。

それは手の形をしているがゆえに応用や機転が利きやすい点にある。
だた射程は短く、単純な攻撃力もほかの下位魔法と比べれば劣る。

シオンはまだ黒影を一つしか召喚できないが、利点をしっかり理解し戦闘に活かしている。

脳筋の魔族なら黒影の手で直接相手を殴っているところだが、戦闘のアシストにとどめているあたり、シオンはちゃんと有効な使い方を理解している。

「今のうち」

暴れているあいだに、ラミナが空間転移の魔法を使い、檻の中にいる子どもたちを一人残らず村へと戻している。

「シ、シオン!」

転移の裂け目に入る直前、カミラは立ち止ってシオンを見た。

「大丈夫だよ、カミラちゃん。全部済んだら、また遊ぼうね」

「…………」

カミラは泣きそうな顔を作った後、

「け、怪我しないでよ!」

勇気を振り絞ったように言った。

シオンはカミラに頷いて笑いかけ、向かってきた男の視界を魔法の影の手で塞ぎ、

「まっ前が!?」

慌てふためく男の鼻っ柱をクォータースタッフで打ち据えた。


俺は暴れる二人を見ながら、やや後ろの檻の前に陣取っていた。
子どもたちが完全に救出されるまで、俺は檻の守護に専念である。

「……で?俺にはかかってこんのか?」

「くっ」

檻を奪い返そうと、剣を持つ男が俺と対峙しているが、二の足を踏んでいる。

「どうした?相手は幼女一人だぞ」

くつくつと笑いながら挑発する。

「おっ、お前みたいに邪悪な顔で笑う幼女がいるか!悪魔だ!悪魔憑きだ!」

ひどい言い草だった。

「神父ー!神父はいないのか!聖水がいる!」

「むしろその聖水で、自分の心を浄化してもらえよ」

言っているうちに、子どもたちの救助は、すべて済んだ。

「貴様らぁ……!」

人売りは、護衛に守られながら憤慨する。

「よくやったラミナ」

「もっとほめて」

「がんばった!すごい!」

「すごい」

空間転移の入口が閉じる。

これで、気兼ねなく暴れられるというものだ。

「シオン、ルニル、雑魚どもは任せるぞ」

「悪霊、退散!」

やけくそぎみに向かってきた男を裏拳一発で撃沈させ、前に出る。

「なんなんだお前ら、子どものくせに!」

人売りは護衛に守られながら、俺たちを指さして叫んだ。

「ただのやんちゃな子どもだが?」

「嘘をつけ!」

軽口をたたいていると、護衛二人は武器を構える。

鎖分銅と、片刃の剣の二刀流。

素手の少女相手に構える武器ではないな。

シオンたちと闘っているごろつきどもとは違い、しっかり修練を積んだ感じのガチの格闘者だ。

対峙すると即座に、鎖分銅が頭めがけて猛スピードで飛来する。

「甘いわ!」

俺はそれをよけて、距離を詰めた。

二刀の剣が空間を滑る。

攻撃の軌道は振り下ろし。
背が小さいので、そうするしかないわな。じつに読みやすい。

俺はそれも低い姿勢でかわして、護衛二人の懐に入り込む。

右の回し蹴り。
それを受けた護衛の一人が薙ぎ払われ、もう一人の護衛と衝突して、近くの木々へ激突。
木がめりめりと音を立てて倒れた。

「くそがああ!」

護衛二人が気絶したときには、人売りはすでに走り出していた。

「逃げろ!とにかく逃げろ!」

「うおおお!」

人売りと、まだ動けるごろつき二人が馬車へ向かって走り出す。

ごろつきの一人が派手にすっころんだ。

「うわ、うわああ!」

シオンの黒影の手が足首をつかんでいた。

ルニルは持っていた石を全力投球。

「ぎゃああっ!」

逃げていたもう一人のごろつきの足首を破壊し転倒させる。

残った人売りは馬車にたどり着き、馬車は走り出――

「逃がすかあ!」

追いついた俺は馬車が走り出す直前、荷台の鉄格子をつかんだ。

馬車で逃げるなど。

それは愚策だぞ。

そもそも間隔の広い木立の中だとしても、そうそう速度など出せん。

三人いるなら三人がかりでシオンかルニルを人質に取って、自分らの足で退散するべきだったな。

「なんで走り出さねえんだあ!?」

俺は走り出そうとする馬車を足で踏ん張って止めていた。

「なんでだろうなあ!?」

荷台の後ろから、馬車を操ろうとしている人売りの男に、俺は答えた。

「ハッ!?」

「遊んでやろうか!魔界式の鬼ごっこでなあ!お前が鬼な!」

さらに力をこめると、馬車の車体が浮き上がる。

「うおっ!?なっ、何が起こって……!?」

俺はそのまま、自分を支点にして馬車を馬ごと背負い投げのように投げ――

「おらあああっ!」

地面にたたきつけた。

けたたましい音が鳴って荷台が壊れ、馬と男の悲鳴が響く。

人売りが馬の下敷きになっているのを確認して、俺は息をついた。

「めちゃくちゃするなお前」

ルニルたちも終わったようだ。
二人に怪我はない様子だった。

「これで解決しました?」

「いいや、まだ仕上げが残っている」

俺はシオンに答える。

この件には仕掛け人がいる。

とはいっても、一番悪いのは人売りで間違いはない。

それでも後始末は必要だ。

「……まあ今回は俺に任せい。

俺はあくどい笑みを浮かべた。

どこの誰であろうと、罪もない子どもたちを危険にさらした――その報いは受けてもらわねばなるまい。

さあ、仕置きの時間だ。
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