元魔王おじさん

うどんり

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四章

第117話 滅ぶか奪うか

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町一つ消し飛ばせるほどの魔力量が、ダストの操る黒い剣に収束している。

反撃の余裕はない。
まずダストの魔法を防がなくては、周囲の町もろとも確実に消し炭になる。

移民街の住人たちが慌てふためき、逃げまどっている。

ひざまずき、祈りをささげている者もいた。

「き、貴様ら!この領邦を亡ぼすつもりか!」

外殻の拘束から逃れたらしいウォフナーとラミナが、俺の近くに駆け寄る。

――オオオオオオッ!

屋敷よりも巨大になったダストの咆哮が周囲に響く。

同時に、回転する黒い剣の周りに魔法印が展開された。

――来る!

ラミナが構えるも、

「よい。ラミナには負担が大きすぎるだろう。俺に任せておけ」

俺は魔力障壁を展開する。
上空に、町一つ守れるほどの大きさで。

剣で集められた巨大なエネルギーの奔流が、障壁に直撃する。

俺が防がなければ、移民街も城下町も丸ごと焦土と化すほどの威力だった。

つまり、魔法を撃ってきていやがる。

「ダスト――境界を壊すとは、つまりか?」

戦いの中でダストの真意をつかみかけるも、思案している余裕はない。
いまだに魔法は地上へ向けて注がれている。すべて防ぎきらなければならない。

「ダストは、本当に人間界を侵略するために――!?」

ウォフナーは戦慄しながら障壁に衝突する魔法を見つめて言った。

「いや、どうかな」

俺は考えながら答えた。

「だが、本気で貴様を殺そうとしているだろう」

「それは否定できんが、俺も同じだからな」

殺す気でかからねば殺される。

「あれは、つまりは駄々をこねているだけだ」

「駄々!?」

「自分の考えを通そうとしてな、力に訴えているだけだ。よくあることだろう」

「こんな規模の駄々がよくあってたまるか!」

まあ、ただのわがままで都市ひとつ滅んでは大ごとだからな。
それはどうにか防がなければ。

「止めるすべはあるのか」

「ああなったダストは誰にも殺せんよ」

一個体の戦闘力としては、もはや魔界に並ぶものはおらんだろう。
攻撃面でも防御面でも完成されていて隙がない。
殺す気でかかってはいるが、俺が本気でいっても、おそらく殺すことはかなわない。

十三幹部を結成させた俺のようにちまちま仲間を集めて周囲を固める必要もない。絶対的な力を持った、まさに魔王としか言い表せられない強大な存在。

ウォフナーがじっとりと睨みつけている。

「貴様があんな風に育てたのかコーラル」

「まあ、俺だな」

「…………」

「いや、素質は最初から持っていた。たとえ俺が育てなくても魔王の器にはなっていただろう。それだけは言わせてくれ」

ダストの魔法がだんだん弱まってくる。

「それで、どうするんだ」

「勝利条件は、ダストを倒すことではなく、俺が書物を奪うことだ。ダストを殺すことは魔界の誰にもできんかもしれんが、殺さないでいいなら楽なものだ」

膨大なエネルギーの塊は、魔力障壁の力で周囲に散って、消えてなくなる。ダストの魔法が止んだのだ。
同時に、俺は上空に展開していた障壁を解除する。

俺は少しふらつく。防御で魔力を使いすぎた。

だがダストも同じで、立て直しに時間を要している。
今が好機か。

重い身体に鞭打って、俺はダストに向けて走り出した。

狙いは、ダストの体――外殻の中に隠されているであろう、《魔王》の書物『魔計抄』だ。

跳躍し、ダストの体に拳を入れる。
外殻の表面が砕ける。

この調子で、地道に外殻を掘って書物を見つけ出すしかない。

「おおおおっ!」

砕かれた外殻が修復しようとするが、さらに拳を当てて砕いていく。

修復する暇は与えない。

俺は連続で拳を打ち込みながら、ダストの体を破壊していく。

「――させませんよ!」

周囲に黒い剣が出現し、俺を切り裂こうと振るわれた。

俺はそれを避けて、さらに一撃――

「がはっ!?」

一撃入れようとして、胸のあたりに鋭い痛みが走ったのがわかった。

黒い剣が胸を貫いていた。

外からではない。俺の体内から生えたかのように刃が胸から突き出ていた。

血反吐を吐きながら、黒い刃を見つめる。

目に見えないほど小さい塵状になった外殻が、呼吸から体内に入り込み、内部から俺の体を破壊したのだ。

――だが、

「そんな小細工ではなあっ!」

それでも俺は攻撃を続行する。

致命傷になりえる攻撃だが、まだ動ける。

殴っている間にも、二本目の外殻の刃が俺の体を貫く。

血潮が舞う。

俺は笑った。

防御不可能の攻撃が来ることは目に見えていた。
ようは動けなくなる前にどうにかすればいいだけだ。吸引する塵の量が致命傷になる前にダストの外殻を砕き切ればいい話である。

ダストの刃で俺が動けなくなるのが先か、書物を外殻から掘り出し奪い取るのが先か。

命をかけた根比べだ。

「ダストよ、お前リィサと隠れてこそこそ何かをやっていたな!それはこの世界で、境界の綻びがないか探していたのだろう!」

「――!」

ダストの動きが鈍った。

鎌をかけてみたが、この反応で確信する。

「調査していたのは、境界が綻びを生む、その周期か!」

「――ええ」

外殻をはぎ取られながら、ダストは肯定する。

同時に、出現した黒い剣が、俺の右腕を切り飛ばした。

切断された腕から血が流れる。

が、まだ動けないわけではない。俺は攻撃を続行する。

「たしかに父上は境界を封じました。が、父上の封じた場所とは別の場所で、今後大きな綻びが生まれる可能性があるのです」

ダストの外殻を破壊しながら、俺はその話を聞く。

ダストも、周囲に黒い剣を出現させて襲わせている。
かわしている暇はない。魔法の物理障壁である程度防ぎつつも、防ぎきれなかった剣が体に刺さるのも構わず、俺は攻撃を続行する。

「魔界と人間界の境界は、時間経過によって定期的に綻びが生じるのではないか、というのがリィサの立てた仮説でした。それが人間界と魔界、どちらからほころんでいくのか、何年単位の周期でほころんでいくのか、まだほとんどわかっていません」

たしかにそう考えれば、千年以上前人間界にいたルニルにも説明がいくな。
千年以上前にも同じように境界がほころんでいた時代があり、ルニルの祖先の龍たちはそこから人間界に渡ってきた、ということがいえる。
今魔界にいる竜鬼たちとルニルは、ルーツをたどれば同じ祖先に行きつくのかもしれない。

魔王軍が境界を封じる封じないにかかわらず、長い時間をかけ周期的に境界がほころんだり修復されたりするのだとしたら――

「もし近いうちにまた自然発生的に境界がほころぶなら、また境界戦争が始まるかもしれんな」

「下手をしたら、次の綻びは封じられないほど大きなものかもしれない。そうなったとき、何も手がないでは、魔界も人間界もめちゃくちゃになってしまう」

「数百年後か、数千年後か――最悪の事態を想定したうえでの、お前の答えがそれか」

「ええ。取り返しがつかなくなる前に準備をする。争いが始まる前に」

「目標は、人間界との共存。それを実現するために境界を破壊するか」

「それには長い時間がかかるでしょう。研究も足りないし、慎重に事を進めなければならない。だからこそ、《魔王》が持っていた書物は目的のために必要なのです」

俺はダストの外殻に一撃を入れる。

外殻が粉々に砕かれ、ようやく書物があらわになった。

「なるほど、よくわかった」

俺は書物を手に取って奪った。

だが、そこで集中力が切れ、体に力が入らなくなる。

意識がもうろうとして、足で踏ん張れないまま、ダストの外殻から足を踏み外し、滑り落ちて落下した。

ダストの表情に落胆が混じる。

「――まだ、超えられませんか」

「いいや、十分超えている。そこまで世界の将来を考えているならな。俺では考えつかなかったことだ」

地面に激突する。
起き上がる力がなかった。血を流しすぎている。体はボロ雑巾よりもひどい有様だった。

「……父上には期待しているのですよ。人間と魔族をつなぐ架け橋になっていただけるかもしれない。なればこそ、父上にはもっと人間界で過ごして人脈を作っていただかなくては」

「くはははっ、親さえ自分の野望のために利用する――そうでなくてはな」

「魔力で封じて事なきを得た父上には悪いですが、私はいずれ境界などすべて取り払ってしまいたいのです」

「よいよい。俺がやったことはあくまで一時しのぎだ。そうやって魔王として俺を超えてくれるのは素直にうれしい……。がはっ、ごほっ!……実現してくれ。お前ならできるさ」

「乗り越えるべき障害は多いでしょうがね」

「いいじゃないか。戦争をやるよりずっといい。がんばれ。この書物は、お前のものだ」

破棄するのはやめだ。
俺は横になりながら、書物をダストに渡す。

「いや、お前がいきなり攻撃してきたときはびっくりしたが……なんだ、普通の手合わせだったな……」

ダストの外殻がぼろぼろと崩れて、もとの形態に戻ったすっぴんのダストが顔を出した。さわやかに笑っている。

「ええ、私は久しぶりに全力を出せたので満足ですよ……」

ダストが書物を受け取ったところで、ダストも魔力を使いすぎて消耗していたのだろう、その場にぶっ倒れた。

「だからおかしいだろうが規模が!」

と、すかさずウォフナーがドン引きしながら走ってきた。

治癒の魔法薬を使うこと前提で行われた親子喧嘩。

それで領邦が亡んだらどうするつもりだと、死にかけの俺がダストともどもウォフナーにこっぴどく叱られたのは言うまでもなかった。……いや、俺怒られる必要あるか? ダストだけでいいだろ。
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