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第三十九話 第二の事件【SIDE ギルバート・ルフトシュタット】
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どん、と何かがぶつかる音が廊下に響く。俺は急いで駆けつけた。
「だからっ! お前がやったんだろう!」
トラオム聖教会の奥まった廊下。上級司祭が使う部屋が並んでいる。
ベルトラム司祭がアインホルン司祭の胸ぐらを掴み、壁に押しつけていた。
「ベルトラム司祭、何してるんですか」
咄嗟に止めに入る。
ベルトラム司祭は顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
俺の背後でセオドア司祭が困惑した表情で立っている。今日、俺はセオドア司祭の護衛をしていたのだが、ただならぬ音が聞こえて駆けつけてきたのだ。
アインホルン司祭はというと、しれっとした顔で乱れた胸元を整えていた。
「僕が何したって言うんですか」
「とぼけるなっ! お前が盗んだだろう!」
「人聞きが悪いですね。僕が? 何を? いつ?」
「知るかっ! お前が怪しいんだ!」
激昂するベルトラム司祭をなだめるも、あまり効果はない。
セオドア司祭と視線を合わせ、ふたりを引き離して個別に話を聞くことにした。
「ベルトラム司祭、一体何があったんです」
「お前のような部外者に言えるか!」
「……俺はセオドア司祭からこの件を解決するよう言われています」
近くにあった小さな会議室に、ベルトラム司祭とふたりで入る。中には机と椅子しかない。
ベルトラム司祭に席を促し、前に座った。
窓と扉は閉まっている。誰かに会話を聞かれることはないだろう。
ベルトラム司祭は眉間に皺を寄せて、大きなため息を吐いた。
「……俺の部屋に何者かが侵入した。金庫も開けられて、中身を盗まれた」
掠れる声は小さく、観念したことが伝わった。
いつもはつり上がっている瞳が憔悴している。
「何を盗まれたのです」
「書類だ。内容は言えない。だが、機密文書だ。上級司祭のみが存在を知っている」
「なるほど。今は内容については聞きません。いつ、どのようにして気づかれましたか」
ベルトラム司祭は俺に視線を向ける。
”内容については聞かない”と聞いて安心したのか、ぽつぽつと状況を話し出した。
ベルトラム司祭は七時半にトラオム聖教会に出勤した。
上級司祭はひとりひとりに部屋が与えられており、事務作業や休憩、貴重品の管理などを自室で行っている。
自室に向かうと、部屋の扉が半分開いていた。
慌てて確認すると、金庫の鍵が開いており、中の書類がなくなっていた。
「昨日の夜はしっかり鍵をかけたはずなんだ。俺はそんなミスはしない。盗まれた書類以外にも貴重なものはたくさんあるから……」
ベルトラム司祭がぎり、と歯を食いしばる。
その様子を眺めながら俺はじっと考えていた。
”神の御許”が盗まれた状況と似ている、と。
上級司祭の自室の鍵は”白の間”と同じシステムになっている。登録した魔素が照合した場合に鍵が開く。中の金庫も同じだ。
”しっかりとかけたはずなのに、いつの間にか鍵が開いていた。”
……犯人は同一人物の可能性がある。
俺は気づかれないように、ごくりと唾を飲み込んだ。
「昨夜、教会を出たのは何時頃ですか」
「夜の九時だ。俺は大抵、最後に教会を出る。……だが、昨日は偶然アインホルンと被ってしまってな。あまり話したくなくて急いで出た」
「では、そのあとアインホルン司祭が残っていたと」
「ああ。あいつはいつも八時くらいには教会を出るのに、昨日だけ」
「それで彼が怪しいと?」
「……まあ、そうだが。それだけではない」
ベルトラム司祭は気まずそうに視線を逸らす。俺が促すと、覚悟したように口を開いた。
「ここで話したことは他言するなよ」
「はい」
「盗まれた文書は”歴史書”だ。上級司祭だけが知る機密で、信仰の歴史や神の真実……一般人に知らせてはいけない、残酷な事実も含まれている」
俺は一瞬、身を固くした。
一般人に知らせてはいけない残酷な事実。
ベルトラム司祭は視線を伏せて、説明を続ける。
「歴史書には上級司祭の家系についても記している。人には知られたくない過去も、だ。俺とセオドアのものも例外ではない。互いに歴史を人質に取っているようなものだ」
彼は目を細めた。意味深に、見定めるように。
「アインホルンが上級司祭になったとき、俺はあいつの家系の記録を加えた。それで、感じたんだ」
ベルトラム司祭は一旦息を止め、声を落とした。
「あいつは、”自分の家系の歴史”を消したいんじゃないか、と」
息を呑んだ。
アインホルン司祭は、”ご実家の能力”のせいで結婚を躊躇っている。
それで”家系の歴史”を隠したかったのだとしたら。
「そこまでして消したい歴史とは」
「記載したのは俺だからな。知ってはいる。だが、これこそ軽々しく部外者には言えんよ。いくら犯人の可能性があるとて……隠したがっている秘密を吹聴するのはよくない」
ベルトラム司祭はきっぱりと言い切る。
瞳は力強く、いくら聞いても話してくれなさそうだ。
エルマを真似て俺もハッタリをかけることにする。何気ないような調子で、口を開いた。
「例えば……アインホルン司祭のご実家が、ネクロマンサーの家系だった、とか?」
すると、ベルトラム司祭は一気に目を見開いた。
肩がびくりと動いて、瞳が揺れた。
だが、それも一瞬だった。
すぐに調子を取り戻すように表情を取り繕った。
「ばかな。ネクロマンサーなどいるわけないだろう。そんな、この聖なる教会に」
はっ、と、ベルトラム司祭が鼻で笑う。
だが、その笑顔が空回りしていることは、傍目にも明らかだった。
「だからっ! お前がやったんだろう!」
トラオム聖教会の奥まった廊下。上級司祭が使う部屋が並んでいる。
ベルトラム司祭がアインホルン司祭の胸ぐらを掴み、壁に押しつけていた。
「ベルトラム司祭、何してるんですか」
咄嗟に止めに入る。
ベルトラム司祭は顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
俺の背後でセオドア司祭が困惑した表情で立っている。今日、俺はセオドア司祭の護衛をしていたのだが、ただならぬ音が聞こえて駆けつけてきたのだ。
アインホルン司祭はというと、しれっとした顔で乱れた胸元を整えていた。
「僕が何したって言うんですか」
「とぼけるなっ! お前が盗んだだろう!」
「人聞きが悪いですね。僕が? 何を? いつ?」
「知るかっ! お前が怪しいんだ!」
激昂するベルトラム司祭をなだめるも、あまり効果はない。
セオドア司祭と視線を合わせ、ふたりを引き離して個別に話を聞くことにした。
「ベルトラム司祭、一体何があったんです」
「お前のような部外者に言えるか!」
「……俺はセオドア司祭からこの件を解決するよう言われています」
近くにあった小さな会議室に、ベルトラム司祭とふたりで入る。中には机と椅子しかない。
ベルトラム司祭に席を促し、前に座った。
窓と扉は閉まっている。誰かに会話を聞かれることはないだろう。
ベルトラム司祭は眉間に皺を寄せて、大きなため息を吐いた。
「……俺の部屋に何者かが侵入した。金庫も開けられて、中身を盗まれた」
掠れる声は小さく、観念したことが伝わった。
いつもはつり上がっている瞳が憔悴している。
「何を盗まれたのです」
「書類だ。内容は言えない。だが、機密文書だ。上級司祭のみが存在を知っている」
「なるほど。今は内容については聞きません。いつ、どのようにして気づかれましたか」
ベルトラム司祭は俺に視線を向ける。
”内容については聞かない”と聞いて安心したのか、ぽつぽつと状況を話し出した。
ベルトラム司祭は七時半にトラオム聖教会に出勤した。
上級司祭はひとりひとりに部屋が与えられており、事務作業や休憩、貴重品の管理などを自室で行っている。
自室に向かうと、部屋の扉が半分開いていた。
慌てて確認すると、金庫の鍵が開いており、中の書類がなくなっていた。
「昨日の夜はしっかり鍵をかけたはずなんだ。俺はそんなミスはしない。盗まれた書類以外にも貴重なものはたくさんあるから……」
ベルトラム司祭がぎり、と歯を食いしばる。
その様子を眺めながら俺はじっと考えていた。
”神の御許”が盗まれた状況と似ている、と。
上級司祭の自室の鍵は”白の間”と同じシステムになっている。登録した魔素が照合した場合に鍵が開く。中の金庫も同じだ。
”しっかりとかけたはずなのに、いつの間にか鍵が開いていた。”
……犯人は同一人物の可能性がある。
俺は気づかれないように、ごくりと唾を飲み込んだ。
「昨夜、教会を出たのは何時頃ですか」
「夜の九時だ。俺は大抵、最後に教会を出る。……だが、昨日は偶然アインホルンと被ってしまってな。あまり話したくなくて急いで出た」
「では、そのあとアインホルン司祭が残っていたと」
「ああ。あいつはいつも八時くらいには教会を出るのに、昨日だけ」
「それで彼が怪しいと?」
「……まあ、そうだが。それだけではない」
ベルトラム司祭は気まずそうに視線を逸らす。俺が促すと、覚悟したように口を開いた。
「ここで話したことは他言するなよ」
「はい」
「盗まれた文書は”歴史書”だ。上級司祭だけが知る機密で、信仰の歴史や神の真実……一般人に知らせてはいけない、残酷な事実も含まれている」
俺は一瞬、身を固くした。
一般人に知らせてはいけない残酷な事実。
ベルトラム司祭は視線を伏せて、説明を続ける。
「歴史書には上級司祭の家系についても記している。人には知られたくない過去も、だ。俺とセオドアのものも例外ではない。互いに歴史を人質に取っているようなものだ」
彼は目を細めた。意味深に、見定めるように。
「アインホルンが上級司祭になったとき、俺はあいつの家系の記録を加えた。それで、感じたんだ」
ベルトラム司祭は一旦息を止め、声を落とした。
「あいつは、”自分の家系の歴史”を消したいんじゃないか、と」
息を呑んだ。
アインホルン司祭は、”ご実家の能力”のせいで結婚を躊躇っている。
それで”家系の歴史”を隠したかったのだとしたら。
「そこまでして消したい歴史とは」
「記載したのは俺だからな。知ってはいる。だが、これこそ軽々しく部外者には言えんよ。いくら犯人の可能性があるとて……隠したがっている秘密を吹聴するのはよくない」
ベルトラム司祭はきっぱりと言い切る。
瞳は力強く、いくら聞いても話してくれなさそうだ。
エルマを真似て俺もハッタリをかけることにする。何気ないような調子で、口を開いた。
「例えば……アインホルン司祭のご実家が、ネクロマンサーの家系だった、とか?」
すると、ベルトラム司祭は一気に目を見開いた。
肩がびくりと動いて、瞳が揺れた。
だが、それも一瞬だった。
すぐに調子を取り戻すように表情を取り繕った。
「ばかな。ネクロマンサーなどいるわけないだろう。そんな、この聖なる教会に」
はっ、と、ベルトラム司祭が鼻で笑う。
だが、その笑顔が空回りしていることは、傍目にも明らかだった。
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