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第四十七話 違和感
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冷たい風が吹いた。木々がざわめく。
一瞬息を止めていたことに気づき、は、と息を吐いた。
アインホルン司祭は調子を取り戻したのか、慣れた手つきで墓石を磨いていた。
「アインホルン司祭、俺は……ロゼッタの死因を調べています」
「ええ、伺いましたよ。どうしたのです?」
「悲しいことを思い出させて申し訳ないのですが………いくつか、質問させていただけないでしょうか」
ぎゅっと胸元の服を握る。
アインホルン司祭が犯人だったら、かなり踏み込んだ内容になる。そもそも大切な人が亡くなったのだから、いい思いのはずはない。
けれど聞かなければならない。
切羽詰まった声で頼むと、アインホルン司祭はゆっくりと振り返った。
「かまいませんよ」
掃除する手を止めて、汚れた布をバケツに入れる。
俺に向き直って柔らかく微笑んだ。いつものアインホルン司祭の表情だった。
俺は背筋を伸ばして、口を開いた。
「ロゼッタの用件はなんだったのでしょう」
「推測ですが、就職が決まったお礼かと考えていました。ちょうど僕が推薦したところに決まったので」
「では、当日のロゼッタはどのような予定だったのでしょうか」
「午前中に近くの宿泊所を出て、お昼頃に馬車でトラオムに到着するとのことでした。十八時に教会で僕と待ち合わせする約束で、それまでは観光すると言ってましたよ。彼女、トラオムは初めてですから」
「それまでは誰とも会っていないのでしょうか」
「どうでしょう……。特に聞いてませんが」
首を傾げながらアインホルン司祭は答えた。
嘘をついているとは思えない。
「アインホルン司祭は……ロゼッタが亡くなったと、いつ知ったのですか」
「……あの日は、十六時に会議が一段落して、十分後に別の会議が入っていました。その間に、従者が駆け込んできたのです。”中央広場で倒れた観光客が、僕の知り合いかもしれない”と。彼女の持ち物に僕が送った面会許可証があったのです。それで、急いで、向かうと、……もう、冷たくなっていました」
アインホルン司祭の表情が曇っていく。
眉根を寄せながらも笑顔を絶やさないようにしていて、かえって痛々しかった。
「彼女の遺体と対面したのですか」
「ええ」
「……なにか、不審な点や、…………その、違和感はありましたか」
死因は心臓発作だとアインホルン司祭も聞いているはずだが。直接見たのなら、なにか気づくこともあるかもしれない。
アインホルン司祭は俺をじっと見つめた。
藍色の瞳に影が差して、どろりとした感情が渦巻いていた。
「では、お見せしましょうか」
彼はすっと立ち上がり、ロゼッタの墓を見下ろす。数歩歩いて一メートルほど距離をとった。
「離れて」と言われたので、俺も数歩下がる。
見せるって、何をするつもりなんだ。固唾を呑んで様子を見守る。
アインホルン司祭はその場でしゃがみ、右手で土に触れた。
「《グランド・シフト》」
短い詠唱ののち、地面が揺れる。俺は「わっ」と叫び、その場で手を突いて転んだ。
アインホルン司祭はしゃがんだまま、うごめく大地を見つめていた。
「え、あ、ああの」
「ちょっと待っててくださいね」
周囲の土が、ぐぐぐ、とゆっくりと波打つように動いた。
左右に土が割れる。まるで大きな生き物が、息を吐きながら地中から這い出すように。
土属性の魔法だ。
何で急に、と混乱していると次第に揺れは収まった。
ロゼッタの墓を囲むように、大きな穴が開いていた。
穴は深さ三メートル、広さ五メートルほど。それなりに広い。
俺たちが入りやすいように、穴へ続く緩やかな段差が作られていた。
アインホルン司祭は手についた土を軽く払って、穴を見下ろす。
「きみもどうぞ」と手を差し伸べられる。
意味が分からないまま手を取り、俺たちは穴に入っていった。
穴の中には棺があった。
アインホルン司祭は何の躊躇もなく棺の蓋を持ち上げようとした。
「え、あ、ま、まずいんじゃ」
「誰も見てませんよ」
がこん、と重い音を立てて、蓋が下ろされた。
棺の中には若い女性が眠っていた。
ミルクティーのようなブロンドに、一目で亡くなっていると分かるほどに白い肌。
皮膚は乾燥しているが、まさに今にも動き出しそうだ。
「ロゼッタです」
俺は呆然としながら見つめた。
……このひとが、ロゼッタ。
防腐処理がされているのだろうか。
生きている時をそのまま人形にしたような姿に、思わず息を呑んだ。
「美しいでしょう。本当に、いまにも起きてきそうなのに」
アインホルン司祭の声は、冷たいようでいて、ぐっと感情が込められていた。
「違和感なんか、全部ですよ。どうしてこんな、いまにも起き出しそうなのに、起きないんですか。どうして動かないんですか。全部、わかりません」
アインホルン司祭はロゼッタの遺体に手を伸ばして、髪を一房、掬う。ブロンドが滑らかに落ちていった。
「一番の違和感は、彼女が”ここ”にいる気がしないのです」
ぽつりと零される。
その意味は、俺にはよくわからなかった。
「僕は今まで何十件もの葬儀を執り行ってきました。亡くなった人の”痕跡”は残ります。棺に入っても、ずっと。それがあるから、故人はそばにいるのだとご遺族たちに伝えられました。……が」
アインホルン司祭の手が、震えている。
「ロゼッタの遺体には、その”痕跡”が、ない。対峙したときから、……ぽっかりと、なくなっているのです」
凜としていた声に、嗚咽が混じる。
「たまに、教会を歩いていると、ロゼッタを感じるときがあります。でも、彼女はここに来たことがない。気のせいだと思っていました。……そう、いるはずがない。会いたいと願う僕が作り上げた、幻なんです。……だって、だったら、どうして”ここ”にいないんですか。どうして……。”ここ”に、いてくれたら。僕はいつだって会えるのに」
深い穴の底で、アインホルン司祭の声が響いていた。
必死の懇願も、土に吸収されて、小さくなる。
ロゼッタは変わらず、瞳を閉じたまま動かなかった。
一瞬息を止めていたことに気づき、は、と息を吐いた。
アインホルン司祭は調子を取り戻したのか、慣れた手つきで墓石を磨いていた。
「アインホルン司祭、俺は……ロゼッタの死因を調べています」
「ええ、伺いましたよ。どうしたのです?」
「悲しいことを思い出させて申し訳ないのですが………いくつか、質問させていただけないでしょうか」
ぎゅっと胸元の服を握る。
アインホルン司祭が犯人だったら、かなり踏み込んだ内容になる。そもそも大切な人が亡くなったのだから、いい思いのはずはない。
けれど聞かなければならない。
切羽詰まった声で頼むと、アインホルン司祭はゆっくりと振り返った。
「かまいませんよ」
掃除する手を止めて、汚れた布をバケツに入れる。
俺に向き直って柔らかく微笑んだ。いつものアインホルン司祭の表情だった。
俺は背筋を伸ばして、口を開いた。
「ロゼッタの用件はなんだったのでしょう」
「推測ですが、就職が決まったお礼かと考えていました。ちょうど僕が推薦したところに決まったので」
「では、当日のロゼッタはどのような予定だったのでしょうか」
「午前中に近くの宿泊所を出て、お昼頃に馬車でトラオムに到着するとのことでした。十八時に教会で僕と待ち合わせする約束で、それまでは観光すると言ってましたよ。彼女、トラオムは初めてですから」
「それまでは誰とも会っていないのでしょうか」
「どうでしょう……。特に聞いてませんが」
首を傾げながらアインホルン司祭は答えた。
嘘をついているとは思えない。
「アインホルン司祭は……ロゼッタが亡くなったと、いつ知ったのですか」
「……あの日は、十六時に会議が一段落して、十分後に別の会議が入っていました。その間に、従者が駆け込んできたのです。”中央広場で倒れた観光客が、僕の知り合いかもしれない”と。彼女の持ち物に僕が送った面会許可証があったのです。それで、急いで、向かうと、……もう、冷たくなっていました」
アインホルン司祭の表情が曇っていく。
眉根を寄せながらも笑顔を絶やさないようにしていて、かえって痛々しかった。
「彼女の遺体と対面したのですか」
「ええ」
「……なにか、不審な点や、…………その、違和感はありましたか」
死因は心臓発作だとアインホルン司祭も聞いているはずだが。直接見たのなら、なにか気づくこともあるかもしれない。
アインホルン司祭は俺をじっと見つめた。
藍色の瞳に影が差して、どろりとした感情が渦巻いていた。
「では、お見せしましょうか」
彼はすっと立ち上がり、ロゼッタの墓を見下ろす。数歩歩いて一メートルほど距離をとった。
「離れて」と言われたので、俺も数歩下がる。
見せるって、何をするつもりなんだ。固唾を呑んで様子を見守る。
アインホルン司祭はその場でしゃがみ、右手で土に触れた。
「《グランド・シフト》」
短い詠唱ののち、地面が揺れる。俺は「わっ」と叫び、その場で手を突いて転んだ。
アインホルン司祭はしゃがんだまま、うごめく大地を見つめていた。
「え、あ、ああの」
「ちょっと待っててくださいね」
周囲の土が、ぐぐぐ、とゆっくりと波打つように動いた。
左右に土が割れる。まるで大きな生き物が、息を吐きながら地中から這い出すように。
土属性の魔法だ。
何で急に、と混乱していると次第に揺れは収まった。
ロゼッタの墓を囲むように、大きな穴が開いていた。
穴は深さ三メートル、広さ五メートルほど。それなりに広い。
俺たちが入りやすいように、穴へ続く緩やかな段差が作られていた。
アインホルン司祭は手についた土を軽く払って、穴を見下ろす。
「きみもどうぞ」と手を差し伸べられる。
意味が分からないまま手を取り、俺たちは穴に入っていった。
穴の中には棺があった。
アインホルン司祭は何の躊躇もなく棺の蓋を持ち上げようとした。
「え、あ、ま、まずいんじゃ」
「誰も見てませんよ」
がこん、と重い音を立てて、蓋が下ろされた。
棺の中には若い女性が眠っていた。
ミルクティーのようなブロンドに、一目で亡くなっていると分かるほどに白い肌。
皮膚は乾燥しているが、まさに今にも動き出しそうだ。
「ロゼッタです」
俺は呆然としながら見つめた。
……このひとが、ロゼッタ。
防腐処理がされているのだろうか。
生きている時をそのまま人形にしたような姿に、思わず息を呑んだ。
「美しいでしょう。本当に、いまにも起きてきそうなのに」
アインホルン司祭の声は、冷たいようでいて、ぐっと感情が込められていた。
「違和感なんか、全部ですよ。どうしてこんな、いまにも起き出しそうなのに、起きないんですか。どうして動かないんですか。全部、わかりません」
アインホルン司祭はロゼッタの遺体に手を伸ばして、髪を一房、掬う。ブロンドが滑らかに落ちていった。
「一番の違和感は、彼女が”ここ”にいる気がしないのです」
ぽつりと零される。
その意味は、俺にはよくわからなかった。
「僕は今まで何十件もの葬儀を執り行ってきました。亡くなった人の”痕跡”は残ります。棺に入っても、ずっと。それがあるから、故人はそばにいるのだとご遺族たちに伝えられました。……が」
アインホルン司祭の手が、震えている。
「ロゼッタの遺体には、その”痕跡”が、ない。対峙したときから、……ぽっかりと、なくなっているのです」
凜としていた声に、嗚咽が混じる。
「たまに、教会を歩いていると、ロゼッタを感じるときがあります。でも、彼女はここに来たことがない。気のせいだと思っていました。……そう、いるはずがない。会いたいと願う僕が作り上げた、幻なんです。……だって、だったら、どうして”ここ”にいないんですか。どうして……。”ここ”に、いてくれたら。僕はいつだって会えるのに」
深い穴の底で、アインホルン司祭の声が響いていた。
必死の懇願も、土に吸収されて、小さくなる。
ロゼッタは変わらず、瞳を閉じたまま動かなかった。
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