【完結】夢診薬師リセの調方録

なみゆき

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 ユーメリアの街は、夢喰いの暴走が収束したことで表面上は平穏を取り戻していた。
人々は再び夢晶を枕元に置き、眠りにつく。
だがリセの胸には、師匠の最後の言葉が重く残っていた。

【夢の外に……本当の世界がある】

その言葉は、まるで街そのものが偽物(夢)であるかのようだった。


**
夢薬庵の朝、ノアが夢晶を整理しながら、ちらりとリセを見た。

 「先生……顔色が悪いです。昨日から、ずっと考え込んでますよね?」


リセは窓の外を見つめた。
街の人々は笑い、夢晶を抱えて歩いている。
だがその光はどこか均一で、不自然に整っていた。


「……皆の夢が整いすぎている。まるで誰かが調律しているみたい」


ノアは首を傾げた。

 「夢喰いが消えたから、夢が安定してるんじゃ……」


リセは首を振った。 

「違う。これは“安定”じゃなく“制御”。夢そのものが、誰かの意思で均一化されている」


その時、夢警団の制服姿のセイレンが夢薬庵に姿を現した。
彼の表情は一段と険しい。 

「リセ、また事件だ……。市庁舎の地下から奇妙な波形が検出された」

「市庁舎……?」

「夢晶のような波形じゃない。もっと深い……記憶の層に近い波形だ」


リセは息を呑んだ。 
(師匠の言葉……夢の外……。まさか、市庁舎の地下に“夢の外”への入口があるの?)



三人は、急ぎ市庁舎の地下へ向かった。
そこは石造りの広間で、壁一面に巨大な夢晶が埋め込まれていた。
淡い光が脈打ち、まるで街全体の夢を吸い込んでいるかのようだった。


ノアが解析器を操作し、波形を映し出す。

 「……これは……確かに夢晶ではないですね。夢核そのもの。そして、街全体の夢を束ねている」


リセは震える声で呟いた。

 「……ユーメリアは、夢核の中に作られた街なの……?」


セイレンが剣の柄に手をかけた。 

「つまり、この街そのものが夢だというのか」


リセは夢晶に手を触れた。
途端に視界が揺れ、意識が引きずり込まれる。

夢の中ーリセは見知らぬ風景を前に立っていた。
そこはユーメリアに酷似しているが、色彩が淡く、音も薄い。
人々は同じ動きを繰り返し、まるで人形のようだった。

「……ここは……街の“外側”?」



背後から声が響いた。 

『ようこそ、夢の外へ』


振り返ると、黒衣の男が立っていた。
夢技師と呼ばれていた人物だ。
だがその瞳は以前より澄んでいた。

「あなた……まだ生きていたの?」


男は微笑んだ。 

「私は駒にすぎない。だが、この街の真実を知っている。ユーメリアは夢核が作り出した仮想都市。人々は夢を見ているのではなく、夢の中で生きている」


リセの心臓が強く打った。 

「……じゃあ、私たちは……夢の住人?」


男は頷いた。 

「君も、私も。だが君は特別だ。君は夢核が生み出した“夢薬師”という役割そのもの。君の存在は、この街の均衡を保つために作られた」


リセは後ずさりし、胸を押さえた。 

「作られた……違う!……私は人間よ!」


男は静かに言った。

 「夢は嘘をつけない。君も知っているだろう? そして、君は夢核の産物だ」


現実に戻ったリセは、膝をついて震えていた。

 「師匠の言葉……確かめるしかない」



* **

市庁舎地下の巨大な夢核。
リセは、現実に戻り、その前に立ち尽くした。
胸の奥に、先ほど言われた言葉が引っかかり、冷たい恐怖を抱いていた。


「……これが、ユーメリアの心臓」


ノアが解析器を操作し、波形を映し出す。 

「先生……この夢核は、街全体の夢晶を結びつけている。つまり、ユーメリアは、この夢核の中に存在する仮想都市ということです」


リセは、再び、夢核に手を触れた。
途端に視界が揺れ、意識が引きずり込まれる。


**
夢の中、リセは、またユーメリアに酷似している風景の前に立ったが、明らかにユーメリアとは何かが違う。

前回沈んだ時と同じように人々は同じ動きを繰り返し、ロボットや人形のようだ。

「……ここは……また、街の“外側”?」


背後から声が響いた。 

「ようこそ、夢核の真実へ」

振り返ると、師匠アルスの影が立っていた。
だがその姿は揺らぎ、黒い霧に包まれていた。

「師匠……あなたは……」



アルスは静かに微笑んだ。 

「ユーメリアは夢核が作り出した仮想都市。
人々は夢を見ているのではなく、夢の中で生きている。私も……そしてお前は生み出された存在」


リセの心臓が強く打った。 

「……私は……夢核が作ったの?」


アルスは頷いた。

 「お前は、夢核が生み出した“夢薬師”という役割そのもの。人々の夢を守るために作られた。だが、夢核が暴走すれば、お前の存在も消える」


リセは後ずさりし、胸を押さえた。 

「違う……私は、師匠に育てられたわ!」


アルスの影は静かに言った。 

「嘘じゃない。お前は夢核の産物だといっただろう」


いつの間にか、現実に戻ったリセは、知らぬうちに涙が頬を伝っていた。


セイレンが肩を支える。 

「リセ……何を見た?」

「……ユーメリアは夢核の中に作られた街。私たちは……夢の中で生きる住人」


ノアが青ざめた顔で呟いた。

 「じゃあ……現実はどこにあるんですか?」


リセは拳を握りしめた。 

「“夢の外に本当の世界がある”。外の世界を確かめるしかない」


セイレンが低く言った。 

「夢核を壊せば、どうなるか分からない。だが、真実に辿り着くにはそれしかない」


リセは震える声で答えた。 

「……私は確かめたい。(私が何者なのか?)そして、この街が何なのか」



* **

市庁舎地下の夢核は、淡い光を放ちながら脈動していた。
だがその表面に、微かな亀裂が走り始めていた。
まるで街そのものが限界に近づいているかのようだった。


リセは夢核を見つめ、胸の奥に冷たいものを感じていた。 

「……夢核が……壊れかけてる」


ノアが解析器を操作し、波形を映し出す。

セイレンが剣の柄に手をかけた。 

「夢核が壊れ……つまり、夢の外へ繋がる裂け目を作ろうとしているのか」


リセは震える声で答えた。 

「師匠の言葉……“本当の世界”。その入口が……ここに」


夢核の亀裂から黒い霧が漏れ出し、地下室全体が揺れ始めた。
壁が歪み、床が割れ、現実と夢の境界が曖昧になっていく。


ノアが叫んだ。 

「リセさん! 波形が急激に変動しています! このままじゃ街全体が裂け目に呑まれる!」


セイレンがリセの肩を掴み、真剣な瞳で言った。 

「リセ。もし裂け目が“夢の外”に繋がっているなら……俺たちも踏み込むしかない」


リセは拳を握りしめた。 

「……確かめたい。この街が何なのか」


亀裂が広がり、光が漏れ出す。
そこには見たことのない風景が垣間見えた。 
灰色の空。無数の塔。夢晶ではなく、巨大な機械が並んでいる。


「……あれは……」 

ノアが息を呑む。 

「夢核を制御する装置……?まるで研究施設のようだ」


リセは震える声で呟いた。 

「……夢の外は、研究所……?」


セイレンが剣を構え、裂け目を見つめた。


裂け目から声が響いた。 

「……リセ……来い」

その声は師匠アルスのものだった。
だが、夢喰いの時とは違い、澄んだ響きだった。

「師匠……!」


リセは裂け目に近づいた。
光が彼女を包み、意識が揺れる。


ノアが必死に叫んだ。 

「リセさん、危険です!夢核の外は未知の領域です!」

セイレンが低く言った。 

「だが、行かなければ真実は掴めない」

リセは振り返り、二人を見つめた。 

「……一緒に来て。夢の外へ」


三人は裂け目に足を踏み入れた。
途端に視界が反転し、重力が消え、意識が引き裂かれるような感覚に襲われた。

次に目を開けた時、そこはユーメリアとは全く異なる世界だった。 
灰色の空の下、無数の機械が並び、巨大な夢核が鎖で繋がれていた。
人々の姿はなく、冷たい金属の音だけが響いていた。

「……ここが……夢の外」


リセは息を呑んだ。胸の奥に冷たい恐怖が広がる。 
(師匠……本当のあなたはここにいるの?)



* **

灰色の空の下、無数の機械が並ぶ広大な施設。
冷たい金属の匂いが漂い、夢核を鎖で繋ぐ巨大な装置が唸りを上げていた。
ユーメリアの街とはまるで別世界。
ここが“夢の外”――研究所だった。


リセは足を踏み入れた瞬間、胸の奥に冷たい痛みを覚えた。 

「……ここは……師匠が、昔研究していた場所だわ……」



ノアが解析器を操作し、壁に刻まれた文字を読み取る。 

「“夢核実験施設・第零区”。……ユーメリアは、研究所の実験都市」


セイレンが険しい表情で周囲を見渡す。 

「つまり、街そのものが研究の産物……俺たちは実験体だったということか」


施設の奥へ進むと、古びた記録端末が並んでいた。
リセが一つを起動すると、師匠アルスの映像が映し出された。


『夢核理論は、人の精神を永遠に保存する。だが、保存された精神はやがて夢を喰らい、都市を覆うだろう』


リセは息を呑んだ。

 「……師匠……あなたは最初から知っていたの?」


映像のアルスは続けた。

 『私は夢核に取り込まれた。だが、私の精神はまだここにある。リセ……お前は夢核が生み出した存在だ。だが、お前だけが夢核を壊すことができる』


ノアが震える声で呟いた。 

「リセさん……は夢核の産物……なのですか?」


リセは拳を握りしめた。 

「……でも、私は人として……。師匠に育てられ、街を守ってきた。それが夢核の役割だとしても……私は私よ!」


その時、施設全体が揺れた。
夢核の鎖が軋み、黒い霧が漏れ出す。
霧の中から師匠アルスの影が現れた。


「リセ……」

その声は優しくも、どこか哀しげだった。

「師匠……!」

「私は夢核に囚われた亡霊だ。だが、お前に会えたことで……最後の希望を見た」


リセの目に涙が溢れる。

 「師匠……あなたを救いたい」


アルスは微笑んだ。 

「救うのではない。眠らせてくれ。夢核を壊し、私を解放してくれ」


セイレンが剣を構え、リセに視線を向けた。 

「リセ。決断の時だ。夢核を壊せば街は消えるかもしれない。だが、真実に辿り着くにはそれしかない」


ノアが必死に叫ぶ。 

「……でも、夢核が消えたら……リセさんは?」


リセは震える声で答えた。 

「……わからない。でも、師匠の言葉を信じる。“夢の外に本当の世界がある”。街の人々も、そこへ導かれるはず」



夢核の鎖が砕け、黒い霧が広がる。
アルスの影が揺れ、消えかけていた。

「リセ……最後に伝えよう。お前は夢核が生み出した存在だ。だが、その心は本物だ。人間として生きろ」


リセは涙を流しながら頷いた。 

「師匠……必ずあなたを眠らせる。そして、夢の外の真実を掴む」


アルスの影は微笑み、霧に溶けて消えた。

夢核の鎖が軋み、黒い霧が広がる。
アルスの影が現れ、揺らいでいた。

「リセ……最後の選択だ。夢核を壊せば、私も、お前も消える。だが、真実をみることはできる」


リセの目に涙が溢れる。 

「師匠……あなたを失いたくない。でも……街を守るために」


アルスは微笑んだ。 

「お前のその心は本物だ」


リセは調合台に向かい、震える手で薬草をすり潰した。
夢晶の欠片を混ぜ、瓶に注ぎ込む。淡い光が揺れ、薬が完成する。


「……夢を壊す薬。これで夢核を眠らせる」


瓶の光が強まり、夢核を包み込む。鎖が砕け、黒い霧が崩れ始めた。

「……師匠……!」


アルスの影が微笑み、霧に溶けて消えた。

 「夢の外に……本当の世界がある。リセ……目を覚ませ」


夢核が崩壊し、世界が光に包まれた。
ユーメリアの街は揺れ、人々の夢晶が砕け、光が空へ昇っていく。

リセは意識を失い、闇に沈んだ。

目を開けると、そこは見知らぬ世界だった。
 青い空。緑の草原。
ユーメリアとは全く異なる、鮮やかな現実。


ノアが息を呑んだ。 

「……ここが……本当の世界?」

セイレンが周囲を見渡し、剣を下ろした。 

「夢の外……俺たちは辿り着いた」


リセは胸に冷たい恐怖と温かい希望を抱きながら呟いた。

 「……師匠……あなたの言葉は本当だった。ここが……真実への扉」
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