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ダーヴィッツ

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1章 『国崩し』

三賢人アドラ

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『闘技場(コロシアム)』を『ドン・クライン』国が運営している1つの意義は、世界各国の法治外の凶悪を裁くためだ。『闘技場(コロシアム)』の下層には囚人達を収監する監獄『霆獄』が存在する。各国で裁けない者はここに収監される。前世界から存在するこの施設は世界で唯一『倫理』という概念が存在しない。そう、全てが許され、全てが赦されない地なのだ。

私は『三賢人』が1人。アドラ。大国ガルサルム王国から『闘技場(コロシアム)』を監視する役割をレックス王から任されている。ドン・クラインがガルサルム王国からも影響を受けないのは、中立国家であり、前世界からの囚人が収監されているからだ。『星の守護者(ガーディアン)』同様、無視出来ない存在が『霆獄』にいる。ドン・クラインがそれらの戦力を暴走させないように監視をしなければならない。

女性だから貴族になれないと思っていた。幼い頃から男性社会で運営されてきたガルサルム王国では、女性の立場がまだ確立されていない。男尊女卑。それはドン・クラインでも同様だった。政治においても女性の参加はまだ珍しい。男は強い。だが、だからといって女が下というワケではないことを私は証明したい。

「アドラ」

私の執務室に女性が入ってくる。タンクトップ姿にガルサルム王国2番隊の隊服を腰巻きにしてる。白色の長髪に眼鏡をかけている女性は『桃源のベガ』2番隊隊長だ。5番隊の『黒凪』レイ隊長と同様に隊員を持たない。ーー強過ぎるためだ。

「フェイムスが来たぜ」
「そう」

私はレックス王から数年前から極秘任務のことを聞いていた。フェイムスがマインに訪れたのが任務が始まった合図だ。レックス王は女性だからといって、他の男達のように私を軽視しなかった。それどころか、私の考えを支持して、新しい制度作りを共に考え、実行してくれた。そして国を護るための役割を私に与えてくれた。王たる人物だ。

「いよいよか」

レックス王の先は永くない。だからこそ、『完全回復薬(エリクシール)』を今回の『闘技場(コロシアム)』での賞品にさせた。アレを手に入れるために世界各地から手練が集まってくるだろう。これまでの大会の中で最もレベルが高い。フェイムスの話では選抜隊が出場するらしいが。

「アドラ。私に出来ることはあるか」

ベガが尋ねる。

「私を護って」
「分かった」

ベガは極秘任務については知らない。レックス王が私にしか話していない以上はベガに内容は伝えられない。ベガもそれ以上は何も尋ねずに私について来てくれる。彼女とも古い仲だ。私の考えも支持してくれる。私は立ち上がり、コートを羽織る。

「主催者の所にいきましょう」



「これはこれは。アドラ様」

『闘技場(コロシアム)』に向かうと主催者であるクラインと鉢合わせになる。彼はドン・クライン国の86代目宰相。歴史的に見ればガルサルム王国よりもドン・クラインの方が古い。『クライン』は名であり、役割でもある。クラインは『闘技場(コロシアム)』の運営と『霆獄』の管理を生涯背負っていかなければならない。

「大変恐縮ですが、ここから先の立ち入りは女人禁制のため、御遠慮願います」
「あぁ、わかっている」

クラインは軽く頭(こうべ)を垂れた。クラインは宰相だが。警備兵を付けない。『霆獄』こそがクラインの能力。そこから抜け出せた者はいない。クラインの間合いに入った時から能力の対象になる。

「今回の目玉はなんだ?」
「あぁ、それを聞きにいらしたんですね」

クラインは微笑む。

「『崩壊鯨(コラプス)』ですよ」
「本気か?」

私の後ろからベガが口を挟む。

「前世界で『アレ』と会ったが、災害そのものだ」
「今回のはまだ子供ですよ」

前世界は『英雄』イヴによって5等分された。その際に世界のエネルギーは『元素(エレメント)』、『源(オリジン)』、『始祖(マナ)』、『生命(エナジー)』、『魂魄(ソウル)』に分けられる。その意義は生物の進化に起因していた。前世界のエネルギーは濃すぎたのである。そのエネルギーを浴び続けた生物は、人間すらも急激に進化の過程を飛び越えた。だからこそ『英雄』イヴはそれを細かく解いた。

『崩壊鯨(コラプス)』
星の外から飛来した生物であり、前世界のエネルギーの影響下で急激に進化した『起源種』の一種である。崩壊と再生を繰り返す化物だ。かつて討伐をしようと試みた大国が、わずか3日で落とされた。

「『完全回復薬(エリクシール)』が賞品なんですから、簡単には勝てませんよ。死刑囚の処刑執行も必要ですからね。ご安心ください。私がいる限り、『闘技場(コロシアム)』から出しませんので」
「……その点は心配はしていない」

私は踵(きびす)を返し、クラインに背を向けてフェイムスを探しに行った。

ーーまぁ、目玉はそれだけじゃないんですが……。

何か聞こえた気がした。



「フェイムス」
「よぉ、アドラ」
「息災か」
「まぁな」

三賢人が1人フェイムスは今回の極秘任務の中心メンバーだ。レックス王の摂政をしていたこともあり、軽薄な外見とは裏腹に王からの信頼も厚い。私の任務は『完全回復薬(エリクシール)』の入手の手助けをすることだ。盗むことも案にあったが、クラインの能力の前では無謀なことは明らかだった。

「今回の大会の難易度は高そうだぞ」
「『崩壊鯨(コラプス)』ねぇ……、一体全体どこから捕まえてくるのかね。『完全回復薬(エリクシール)』といい、クラインって奴はつくづく恐ろしいな」
「だからこそ我々も無視出来ない」

フェイムスがトレンチライターと煙草を私に投げる。1本抜き取ると火を灯し白い煙を吐き出す。

「ギュンターは黒だった」
「……そうか」

トレンチライターと煙草を投げ返すとフェイムスは言った。私が『闘技場(コロシアム)』『霆獄』『クライン』の監視、フェイムスが『国営』のようにギュンターには『コキュートスの統治』『元素発電所の運営』が任されていた。

だが、ギュンターに今回の極秘任務は知らされていない。フェイムスが最後まで信用しなかったためだ。ギュンターの真意を探るためにコキュートスに向かったようだが、彼の考えていた通りだったらしい。

「ギュンターは星の守護者の使役と新兵器のために奴隷制度で人体実験しながら、発電所と4番隊を悪用してる。いつかコキュートスを独立させるつもりだ」
「で、どうする?」
「計画に変更だ。『完全回復薬(エリクシール)』を確保して、ヴィンセントを手に入れたら、奴らの研究施設を叩く」
「……なぁ、いつから私たちは違ってしまったのだろう」

そう言った時に吸っていた煙草を取られ口付けをされる。さっきまで吸っていた同じ煙草の味がした。

「『俺たち』は変わらねーよ」

フェイムスはそう言うと煙草を再び私に咥えさせて姿を消した。私はしばらく、その煙草を空に吐き続けた。
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