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ダーヴィッツ

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1章 『国崩し』

人造人間(ホムンクルス)

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『完全回復薬(エリクシール)』の蘇生によってサナは無事に回復した。ジンはしばらくサナの身体中を心配していたが、なんとか納得したようだ。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』からサナの服を出し、血塗(ちまみ)れの服を着替えさせる。その間も、まるで仔犬のようにサナの傍を離れなかった。

さて、問題はまずヴィンセントだ。まさか、こんなにあっさり手に入るとは思わなかった。いや、確かにこれまでの過程や先刻の事はあったが、まさかダイダロスが既に倒されているとは……。フェイムスがヴィンセント『Daedalus』を地面から抜き、刀身を観察する。

「……本物だな」
「使えるのか?」
「あぁ、古いヴィンセントだが上等だ。ダイダロスが守っていただけのことはある」
「結局、どう使うんだ。ヴィンセントって」
「その依代(よりしろ)になる場所を選び、エネルギーを込めれば契約が発動する。だから、ガルサルムに戻ってからだな。って言っても、俺もやるのは初めてだから、正直どうなるか分からない」

フェイムスが『Daedalus』にエネルギーを軽く込めると腕輪に形を変えて、フェイムスの右手に収まった。再度エネルギーを込めれば刀身に戻る仕組みのようだ。

「この後はどうするんだ?ガルサルムに戻るのか、ギュンターの計画を先に潰すのか」
「……正直、迷っている」

フェイムスは視線をサナに移す。当然だ。今しがた自分の娘を失いかけたところなのだがら。

「テラの存在もある。今は無理に戦力を削らなくてもいいんじゃないか?」
「……サナのルートでは、いずれギュンターが造った人造人間による軍隊がコキュートスで組織され、ガルサルム王国に反乱を起こす未来がある」

つまり、今がガルサルム王国から離れた未開拓領土(アンタッチャブル)にある程度の戦力を固めた状態で施設を叩く絶好の機会であるということである。力を蓄えていずれ未来で脅威になるのであれば、確かにこれほどのチャンスはないだろう。

「俺たちはフェイムスについて行くぜ」

フェイムスの判断には筋が通っている。状況的にも、倫理的にも。俺たちは今までそこに納得しなかったことはなかった。間違ったことがなかったからだ。そこに死ぬ可能性があったとしても、迷わないだろう。

「嬉しいねぇ」

フェイムスはトレンチライターを取り出すが、煙草が切れていることに気づく。

「禁煙するかな」
「無理だろ」

フェイムスは苦笑する。

「よーし、ギュンターの施設を潰すぞ」

フェイムス曰(いわ)く、ギュンターが人造人間を研究し始めたのは18年前のことだった。『前世界』と呼ばれる、世界が5等分される前の話。前世界は当時の『最強』が存在した『イグザ帝国』によって、武力行使による軍事的な世界統一がなされようとしていた。世界最大だったガルサルム王国は世界統一の対象としてイグザ帝国から宣戦布告を受けて、後に語られる『最終戦争』で『英雄』達によって、イグザ帝国をなんとか退ける。その決戦の地こそが、『未開拓領土(アンタッチャブル)』。

最終戦争による多くのエネルギー衝突により、『魔王』クトヴァリウスを呼び寄せてしまう。魔王クトヴァリウスは『英雄』イヴが最後の力を振り絞り命を賭して封印をする。その際に世界はイヴによって5等分に分けられた。イヴの力は『核(フレア)』と呼ばれ、5つの世界の均衡を保つ力として各世界のどこかに存在するという。『英雄』達は戦いが終わると散り散りになり、その後、世界のひとつはガルサルム王国、ひとつはイグザ帝国が統治していくことになる。残り3つに関しては未だに確認されていない。世界が分断されたため、その『核(フレア)』による境界線を超えることは今も出来ない。

ギュンターはガルサルム王国に尽くす貴族の家系に生まれた。若くして最先端の技術開発研究に携わり、小国だったガルサルム王国がやがて大国になるまでの産業革命に大きく貢献した。当時はギュンターはイグザ帝国や外敵への対抗するために『英雄』達に技術の提供を行っていたそうだ。貴族の在り方よりも彼らと共にいることを何よりも大切にしており、献身的で『英雄』達からも信頼を置かれる技術者だった。
彼が変わったのは最終戦争後だった。それまでは貴族という家系に生まれたにも関わらず、政治参加や貴族の在り方には無頓着だった彼だったが、人が変わったようにガルサルム王国の運営に尽力をし、今の『三賢人』にまで上り詰めた。

ある日、ギュンターは1度だけフェイムスに語ったことがあったそうだ。

ーー『魔王』クトヴァリウスか。何も知らない者がその名を口にするのは腹立たしいな。

ジンは星の守護者(ガーディアン)ダイダロスの回収に行った。回収というのも、前回の星の守護者(ガーディアン)バルトロをジンの『無限剛腕(ヘカトンケイル)』に吸収してから、明らかにジンは強化された。フェイムスからの提案で、もし今後星の守護者を回収できる機会があれば、『無限剛腕(ヘカトンケイル)』に封印をしておく。星の守護者(ガーディアン)に関してはまだまだ不明なことが多い。ジンが強化されていく原因もまだ分からないが、ギュンターの手に渡るよりはいい。ジンは『無限剛腕(ヘカトンケイル)』にダイダロスの巨体を流し込んでいる。

「無事でよかったよ。サナ」

血塗れの服から着替え終わったサナがジンを遠くから眺めている。横に並ぶとサナは顔を反対側に背けた。それに気付くと耳が赤く、サナが赤面していることわかる。

「……お姉さん、どしたの」
「な、なんでも、な、いです……」

サナがしどろもどろになっている。なんだ。サナがこんなになってるのは珍しい……ははーん。

「お前もしかして……さっきの」
「わー!それ以上言わないでください!」

サナが赤面しながら眼を閉じたまま手をじたばたさせた。なんのことはない。未来から来たとはいえ、なんだかんだ歳頃の女の子なのだ。

「未来でも……、ジン君から、私にしてもらったことなくて……、しかも、皆の前で、口移しなんて……」

カーッ、とサナの顔がさらに赤くなる。自分で口にして余計に意識してる。普段は素っ気なくジンを転がしてるように見えるが、その意識下で実はあんまり余裕はないようだ。このお姉さんときたら。

「お前ら、かわいいのな」
「な、な、なん……」
「いや、お前の人間らしいとこ見れてちょっと安心したわ」

ジンがダイダロスを回収し終えたのか、こちらに気付き手を振っている。俺とサナはそれに気づいて手を振り返す。

「いつでも死ぬ準備出来てますって顔だな」
「え?」
「やっぱりあの合図なし。お前ちゃんと自分のために生きろよ」
「は、はい?」
「そのために未来から来たんだろ。でもそれがいつの間にか俺たちを護ることに変わってる」
「そ、それは」
「分かってる。俺たちがまだ弱いからだ」

でも、それじゃ変わらない。強くならなければ。レム、テラのような存在が道を塞いだ時、あいつらの命を脅かす者がいるなら、俺が護らなくては。

「お前がジンを護るなら、俺がお前ら2人を護るよ」
「じゃあ、じゃあゼロを、誰が護るんですか……?」

違う。俺が1番外側だ。俺はまだまだ弱い。だからこそ、今回のクーデターで『最強』になる。

ジンがダイダロスの回収を終えると、俺たちはサザンドラ砂漠の東にあるギュンターの施設を目指した。かつて『前世界』で英雄達が拠点に使っていた場所をギュンターは人造人間を造る研究施設にしているという。幸いにもその施設まではここから距離はそれほど離れていなかったため、すぐに見つけることが出来た。砂漠を少し歩くと岩壁の端に崖があり、そこの下に小さな白い教会があった。三角の屋根が特徴的で、その教会の周辺にはたくさんの花畑が広がっていた。厳しい環境の砂漠地帯に、花畑……?

警備はいなかった。俺たちは警戒しながらも、確実にその白い教会に近づいていった。教会の入口まで来ると、扉は開いていた。罠か……?

中を伺うと高い天井に祀られている十二支の像があり、正面には『十二支教』の最高神『星喰(メテオラ)』の偶像が祀られ、それを崇められるように長椅子がいくつか並べられていた。最高神『星喰(メテオラ)』はこの宇宙が造られる際に星々に住み着いた神聖な存在で、星を守る為に星の守護者(ガーディアン)を造った創造神として信仰されている。

中に入ると床はキシッと乾いた音をたてる。天井にはステンドグラスがあり、サザンドラ砂漠からの陽射しによって屋内にカラフルな光の影を映している。教会の中は外よりも陽射しが遮られている分、いくらか涼しかった。

「……誰?」

教会の奥から小さな声がした。俺たちは思わず身構える。小さな影が教会の柱に隠れながら、こちらを伺っている。子供のようだ。かなり、警戒している。この施設の関係者か……?

「……勝手に入って悪かった」

俺はひとまず子供の警戒を解くことを優先した。

「ちょっと道に迷ったから、ここに立ち寄らせてもらったんだ」
「お兄ちゃん、迷子なの……?」
「ま……、迷子か。そうだな」

声の主はおずおずと聞いてきた。どうやら影にかくれていたのは少女のようだった。しばらく間があった後に、柱の影から返答が返ってきた。

「私が教えてあげようか……?」

金髪の髪に病衣を着ている少女は柱の影から顔をゆっくり出した。

その顔には見覚えがあった。

「な、なんで……?」

そこにいたのは、ベアトリクスだった。

「……お兄ちゃん?」

ベアトリクスの顔で、ベアトリクスの声。
最悪の推察が頭をよぎる。

ーーベアトリクスも、人造人間だったのか。

サザンドラ砂漠の教会にジンの『無限剛腕(ヘカトンケイル)』を通じて、東の元素発電所からエネルギーを供給する。そのエネルギーを利用して人造人間を造り、奴隷化して無理矢理闘技場(コロシアム)で闘わせることで、その戦闘能力を確かめていたのか。確かに、ベアトリクスの戦闘能力は高かった。だとしたら、彼女の生まれ持った記憶も造られたものなのか。

「あぁ、ようやく来たか」

ベアトリクスの後ろから声がした。

「ギュンター」

フェイムスがその男の名を呼ぶ。
こいつが……、三賢人ギュンター……。
俺はギュンターを睨み付ける。

「そう睨まないでくれ。今は『無限剛腕(ヘカトンケイル)』がないから、ベアトリクスはこれ以上造れないよ」
「お前……!」
「わざわざガルサルム王国からよく来たね。だが、君達の旅もここまでだ」

ギュンターは指を鳴らすと奴隷のタトゥーを光らせたベアトリクスが新たに4人出てきた。俺は咄嗟に最初に出会ったベアトリクスの腕を引いて背後に隠す。

「試作品(プロトタイプ)のレムは物理特化型、2号機のベアトリクスは魔法特化に仕上げた。どちらも実証実験済みだ。次の3号機はそのどちらも兼ね備えた存在になる。そして、やがてはクトヴァリウスを作り上げる」
「ギュンター!お前、何故そこまで……」
「フェイムス……。何故だと?」

ギュンターは声を荒らげた。

「ふざけるな!お前達が、この世界が!彼を裏切ったのではないか!私は、彼を慕っていた。最終戦争の際にもお互いに死力を尽くして大切なものを護るために戦った。だが、世界は彼を裏切った!共に戦った『英雄』達でさえも!世界を護るだと?お前達の世界をだろう!その世界に、彼は何故入っていない!」
「……お前」

ギュンターは教会の天井を仰いだ。

「『星喰(メテオラ)』『星の守護者(ガーディアン)』『魔王クトヴァリウス』。その存在意義を勘違いしているままの世界など私が壊す。彼を、『メテオ』を『約束の場所』に導くために、私は人造人間を造り、星の守護者(ガーディアン)を奴隷にして、コキュートスを独立させる」

再度ギュンターが指を鳴らすと4人のベアトリクスは『超越(トランス)』状態になり始めた。一定量元素が溜まった状態に既になっているが、彼女達は元素の吸収をまだ止めない。これ以上吸収し続けると……。

「まずい!」
「きゃっ」

俺はベアトリクスの手を引き『縮地(ソニック)』で教会から飛び出す。ジン、サナ、フェイムスも各々教会からなんとか脱出をした。その瞬間、教会の中から白い光が輝き、大爆発が発生し爆風と共に教会は弾け飛んだ。俺たちも、その衝撃でさらに吹き飛ばされる。ベアトリクスを抱き締めていたので、なんとかベアトリクスに怪我はなかった。周囲を確認すると、他の3人も同じように吹き飛ばされていた。瓦礫が飛散し砂塵が周囲を包み込む。

ーー自爆させやがった。

人間の器の容量は人によって決まっている。その一定量ギリギリの状態が『超越(トランス)』だった。だが、その限界値を超えると器は崩壊し、身体に溜め込まれたエネルギーは暴走して身体は弾け飛ぶ。ギュンターは奴隷のベアトリクス達に迷うことなく、それを強いたのだ。砂煙が落ち着く頃に視界が晴れ、教会があった場所には白い花畑が広がっていた。

ーーあの花は。

ここに来る前に教会の周りに咲いていた花だ。まさか、これまでも同じようにベアトリクスを造り、奴隷にして、自爆させていたのか。

「美しいものだろう?」
「ギュンター……!!」
「古代種の花だ。高エネルギー環境下でなければ咲かない。いや、命の花というべきか」

ジンが『縮地(ソニック)』でギュンターに近づき『一閃(スライス)』で斬りつける。ギュンターは脇差しを抜き『剛打(ブレイク)』で弾く。

「お前、命を、なんだと思ってる……!」
「『無限剛腕(ヘカトンケイル)の番人』……。君が協力し続けていれば、彼女達はこんな運命にならなかったかもしれないよ?」

フェイムスが『剛極(スマッシュ)』でギュンターの背後から攻撃するが、ギュンターはギリギリで避けて『縮地(ソニック)』で距離をとる。その着地の瞬間にサナが『一閃(スライス)』を放つが、ギュンターの『剛打(ブレイク)』で弾かれる。そのまま流れるように腰のもう一本の刀を抜き、サナに『一閃(スライス)』を放つがジンが間に入り『剛打(ブレイク)』で弾いた。

「ジンの存在意義は、お前の我儘に付き合うことじゃない。ジンはお前のものじゃねぇんだよ。それ以上侮辱するな」

攻撃が弾かれたギュンターに畳み掛けるようにフェイムスが『貫通(ランス)』を放つが、躱されてしまい、ギュンターは『縮地(ソニック)』でそのまま岩壁を上り詰め、崖からこちらを見下ろした。

「フェイムス。君だけは……残してあげたかったんだけどね。仕方ない。いよいよ計画を実行する時が来たようだ。レム」

ギュンターは再び指を鳴らすと、どこからともなく『紫苑』のレムが現れた。

「はい、はーい!\\\└('ω')┘////」
「あとは任せる」
「もう殺していいんだよね?・:*+.\(( °ω° ))/.:+」
「好きにしろ」
「٩(ˊᗜˋ*)و」

レムはククリナイフを抜くと
超越(トランス)状態に入る。

ーーさぁ、死ぬまで殺し愛しましょう(*´ω`*)

「私は先に行く」

ギュンターが転送装置(テレポート)で姿を消すとレムは崖からひらりと舞い降りてきた。レムを囲む様に俺たちは身構える。

「4対1かぁ♡そそりますねぇ(*Ü*)」

俺はベアトリクスを岩陰に隠すと即座に『超越』(トランス)状態に入った。そのまま『縮地(ソニック)』で加速してレムに飛び掛かり『剛打(ブレイク)』を見舞う。レムも『超越(トランス)』状態に入り、『一閃(スライス)』で受ける。こいつは……、この女だけは許さない……。

「反逆者君んんん。良い顔ですねぇ。闘技場(コロシアム)ではクライン達に邪魔されちゃいましたから、ねぇ!!(・∀・)」

レムは剣をククリナイフで弾くと回し蹴りをかます。雷属性のエネルギーによって瞬発力が跳ね上がっていたため、俺は脇腹にモロに喰らってしまう。数m吹き飛ばされ顔を上げると視界にレムはいなかった。

「ゼロ!上だ!」

フェイムスの声がした。俺は身体を起き上がらせてすぐさまバックステップをする。先程まで身体があった地面にククリナイフが刺さり、レムが空から現れる。レムはそのままククリナイフを抜くと雷属性の『縮地(ソニック)』で残像を残しながら追撃をしてきた。俺は鞘を抜き『絶技(エッジ)』の体勢に入る。剣に『一閃(スライス)』鞘に『剛打(ブレイク)』を溜めてレムを迎え撃つ。それに対してレムが笑いながら闇属性の『剛極(スマッシュ)』を放つ。

「あはあはあはあはあは(*Ü*)」

同じ『超越(トランス)』状態でも、ステータス、戦闘能力は全て向こうが上手だった。加えて全属性上から2番目の攻撃力闇属性に完全に火力負けしている。攻撃は弾かれ、後方に吹き飛ばされる。岩壁に背中から衝突して吐血する。痛みに堪えきれずに、その場でうずくまる。

「大丈夫ですかー?まだ始まったばかりですよー。簡単に壊れない出くださいね٩(ˊᗜˋ*)و」

ケラケラ笑うレムの背後からジンの『一閃(スライス)』が飛ぶ。

「おっと(°д°)」

レムがしゃがみこんでギリギリでかわす。だが、それはフェイクだった。今度はサナが『十一枚片翼(イレヴンバック)』をレムに叩き込む。レムはニヤッと笑みを浮かべ直撃する。『一閃(スライス)』『剛打(ブレイク)』『閃刃(スラッシュ)』『発砲(ショット)』『照射(ブラスト)』『貫突(ランス)』『爆陣(バースト)』『乱打(ラッシュ)』『絶技(エッジ)』『神威(かむい)』『剛極(スマッシュ)』。1動作で怒涛の11連撃を放ち、そのまま『超越(トランス)』状態に入る。

ーー避けなかった?!

レムは全ての攻撃を受けて体勢を崩す、サナはそのまま『超越(トランス)』を繰り出す。

「大和式、壱の型、『葵』」

人間離れしたその連撃はレムの体勢を完全に崩したところで、3つの風属性の『閃刃(スライス)』が勢いよくレムを刻む。

「……あはぁ♡」

ーー倒れない、だと?

「良いです!実に良いです!もっと!もっと楽しませてくださいぃぃぃ!傷を!血を!叫び声を!戦い愛しましょう!殺し愛しましょう!(*°∀°)」

血塗れになったレムは笑いながら自分の血を舐めて、光悦の表情を浮かべている。こいつ、わざと喰らったのか?レムはサナに雷属性と闇属性を織り交ぜた黒い稲妻を纏った『一閃(スライス)』を構える。

「神鳴(カミナリ)♡」

ククリナイフを構えたレムは一瞬で『神速』の領域に入り、反動で動けないサナの懐に入る。速い!瞬きをした瞬間にはレムは移動していた。黒い稲妻を纏ったままのククリナイフでサナの首元を裂く。

「サナ!」

俺が叫ぶと同時にジンが『無限剛腕(ヘカトンケイル)』で空間移動をして、サナとレムの間に入る。その時に気づく。ジンも『超越(トランス)』状態に入っていることに。無属性は闇属性より攻撃力が高い。『剛打(ブレイク)』を構えた状態でジンがレムの『一閃(スライス)』を受ける。やはり、バルトロ、ダイダロスを吸収した効果なのか、なんとか持ち堪えている。以前とは明らかに比べられないほど強くなっている。

「ぐっ…………、~~~~っ!」

だが、それ以上の踏ん張りがきかなかった。ジンは体勢を崩し、レムの『一閃(スライス)』の衝撃でサナ共々飛ばされてしまう。レムは『一閃(スライス)』から発生した『閃刃(スラッシュ)』によって追撃をかけようとするが、フェイムスが『超越(トランス)』状態で地属性のバリアを貼り、それを弾く。

すかさずレムは『神速』で近づき、フェイムスの胸ぐらを掴み、闇属性、雷属性の『掌底(インパクト)』をフェイムスに打ち込む。

「……っ!!」

フェイムスが膝を着いたところで、レムの『神速』の回し蹴りで岩壁まで吹き飛ばされる。

「3人とも、せんとーふのー」

強過ぎる。ガルサルム王国騎士団4番隊隊長であり、人造人間の試作品(プロトタイプ)、レム。その人形は自分に付いたフェイムスの血を啜ると、俺に視線を移す。

「あは」

レムは『神速』で俺に笑いながら急接近する。コンマの間にレムの姿が視界の中で大きくなる。俺は『Beatrix』を構える。身体の前に突き刺し、リーチを活かして少しでも距離を取ろうとする。視界の端にレムの姿を捉えていても、それは既に残像になったレムで、こちらの攻撃は一切当たらず、レムのナイフから致命傷を避けるのが精一杯だった。

「ほらほらほらほらぁ?!」

途中で足をかけられて体勢を崩すが攻撃しながら立て直すが、レムは何手先も読み、俺が攻撃に移る頃には次の攻撃体勢に入っている。こちらの攻撃が間に合わない。だったら!

「……っ!」

負傷覚悟。左手でレムのククリナイフの攻撃を直撃しながら、同時にレムの右手を素手で掴む。

「捕まえた」

思いっ切り振りかぶった頭突きをレムの鼻にお見舞する。体勢が崩れたところを逃さない。

「雲雀(ひばり)」

レムの右肩に『Beatrix』を突き刺し『縮地(ソニック)』で急加速してレムの身体ごと剣を貫通させる。左手に痛みが走り、ギリギリの瞬間にレムがククリナイフで俺の左手を斬ったのを見た。そのせいで威力は半減した。だが、1発入れてやった。

「いったぁ」

鼻と肩から血を流しながらレムはケラケラ笑っている。コイツに痛覚ってものがないのか。再びレムの姿が『神速』で消える。

「しまっ」

目の前に現れたレムに『掌底(インパクト)』を5発打ち込まれ、体勢を崩されると『剛極(スマッシュ)』まで繋げられる。

「神楽(かぐら)」

黒い稲妻によってトドメを喰らう。全身に焼くような痛みが走り、俺はとうとう膝から崩れる。

「……もう終わりかなぁ?」

レムは周りを見る。ジン、サナ、フェイムスも瓦礫の中でピクリとも動かない。俺は何とか立ち上がろうとするが、『超越(トランス)』も限界を超え、身体に元素が入ってこない。それでも立ち上がることは諦めない。レムに再び蹴り飛ばされて首筋にククリナイフを突き付けられる。

「君なら殺してくれると思ったんだけどなぁ」

レムは失望の眼差しを俺に突き付ける。
俺は睨み返すことしか出来なかった。

「ベアトリクスさーん」

レムが指を鳴らすと、岩陰に隠れていたベアトリクスが奴隷のタトゥーによって使役され出てきた。俺の目の前まで歩かされると、そこで立ち止まる。

「げーむおーばー。ですね」

レムは再び指を鳴らす。

「はい。じゃあ、自爆してください」

ベアトリクスの顔が引き攣る。だが、奴隷のタトゥーによってベアトリクスの身体は勝手に動き、『超越(トランス)』の体勢に入る。

「これで、失うのは2回目ですよね」
「やめて……」

ベアトリクスは『超越(トランス)』をレムに強制されたまま、涙を流している。レムは俺の顔を見ながらククリナイフを首筋から離さない。徐々にベアトリクスの臨界点に近づいていく。

「助けて……」

そのベアトリクスの姿が、闘技場(コロシアム)のベアトリクスと被る。『わからなくなるから』と自分のことより俺の身を案じてくれた少女をまた、また、俺は、救えないのか。あの時出来なかった奴隷のタトゥーからの解放……。

気付いたら手をベアトリクスに伸ばしていた。『超越(トランス)』状態のベアトリクスは濃いエネルギーによって爆発寸前だった。だが、なんとか首元のタトゥーに手が届く。

「何のつもりですかぁ」

レムがククリナイフで俺に『一閃(スライス)』を放つと、俺は左手でそれを素手で止めた。

「!」

ほとんど無意識だった。レムの存在よりもベアトリクスの泣き顔が焼き付いていたため、なんとかしてやりたい。レムの攻撃は見ないでも太刀筋が分かった。

ーー今度こそ助けるんだ。

ククリナイフを握っている左手から白い光が溢れてくる。それはベアトリクスのタトゥーに触れている右手にも表れる。奴隷のタトゥーは浮かび上がり反発のエネルギーで俺を攻撃してくる。

『……けいやくしゃ、が、ちがうの……レムがちょくせつむすんだけいやくだから、いまのゼロじゃとけないの……』

あの時のベアトリクスの言葉が蘇る。タトゥーを確かに握り締めると、俺はもう一度だけ息を吸い込み、ベアトリクスと目を合わせた。

「大丈夫。もう、何も失わない」

俺はベアトリクスのタトゥーを握り潰した。白く温かい光は、赤かった俺の炎と混ざって、銀色の炎に生まれ変わる。その炎はベアトリクスを優しく包むと、遠くに引き離した。そしてジン、サナ、フェイムスにも同じ銀色の炎を飛ばす。

「……光属性?」

レムがククリナイフを俺から引き剥がし、『神速』で距離を詰めた。

「無駄だ」

『Beatrix』で『神速』状態のレムに「一閃(スライス)」を入れる。レムの右腕は吹き飛び、銀色の炎で焼き尽くされていく。レムは『神速』で距離を取り、ククリナイフを残った左手に持ち替えて『あはは♡』と笑っている。

ーー俺は光属性と炎属性の『覚醒者』になった。





決着はすぐだった。レムは残った腕でククリナイフを握る。片腕から出血は止まらず、それでも尚笑いながら『神速』で稲妻のように移動するが、速度は半減している。当然だ。俺はレムの左腕も光属性の『一閃(スライス)』で切り落とす。ククリナイフが宙を舞う。

「がっ!」

レムは腕を切り落とされながらも、空中でそのククリナイフの柄の部分を口で咥えて俺の首筋に突き刺す。

「……フーッ!フーッ!」

ナイフは届かなかった。俺は素手でそれを止めた。レムの口から無理やり引き剥がすと、『掌底(インパクト)』でレムのみぞおちに打ち込む。レムは受け身をとれるわけもなく、飛ばされた場所でとうとう動かなくなった。

「終わりだ……レム」
「はぁ……はぁ、終わり、ですかぁ……あはは」

こんな状況でさえ、レムはケラケラと笑っている。死の淵にいるというのに。どうしてそこまで。死ぬまで笑っている。レムの周りには血溜まりが出来ていた。

「……お前、なんで、笑っていられんだよ」
「……なんで、ですか?」

レムは溜め息を吐く。

「だって、そのためにギュンターに、……造られたんですもん。ギュンターのために闘う、それだけが私の生きる意味、……存在意義……、ですよ。そ、れが……なくなった、ら……。私に何が……残る……ん……ですか……」

レムの声が遠くなっていく。

存在意義。その言葉が耳から離れなかった。コイツは確かに許されないことをやってきた。だが、ギュンターに造られたレムにはその道しかなかったんじゃないのか。生まれてくることを強制され、障害になる者を殺して生きていく意義を勝手に与えられ、レムの道はここで終わる。それがレムの存在意義……?

「えー……なんで、泣いているん……ですか」
「うるせぇ……」

理不尽だ。レムもベアトリクスのようなルートがあったかもしれない。いつか誰かに助けられて、普通に生きていく意義を見つけるような、そんなありふれた日常。だが、たまたまレムは、ギュンターの計画を実行するために、人造人間レムとして造られ、その与えられた使命を自分の存在意義と認識して生きてきたんだ。こんな哀しいことあるのか。同じ人造人間なのに、こんなにも違うのか。俺は涙を拭うと、レムの頭を撫でた。

「おやすみ、レム。お前、強かったよ」
「……あはは。まっ……たく……」

レムの生涯は終わった。与えられた役割を終えた。倫理観は欠落していたが、真っ向勝負が好きで、よく笑うやつだった。死に際、レムは小さい声を振り絞って確かにこう言った。

やっと……、ほめ……られ……まし……た……。
うま…れて…き…て……よ……か…………。
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