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ダーヴィッツ

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1章 『国崩し』

英雄アーク

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その男は白いコートに赤髪の長髪をしていた。かつて、前世界の『最終戦争』にて『魔王』クトヴァリウスを討ったとする7人の英雄達。世界を救った英雄には『固有能力(オリジナルスキル)』という独自の能力(スキル)がある。『英雄』イヴには『核(フレア)』、『英雄』ベガには『時間制御(クロノス)』、そして目の前で玉座に座している『英雄』アークには『創造神(クリエイター)』。『完全回復薬(エリクシール)』を創ったのはーー英雄アーク。

「あぁ、イヴの『核(フレア)』が来るみたいだね」

アークは玉座から立ち上がり南東の方を見る。玉座の間は戦いの衝撃でいつの間にか天井と壁は崩壊し、外が見える。『巨人』はガルサルム大国騎士団からの迎撃を受けているが、相変わらずこちらに向かって来ている。

「あの『巨人』は君が作ったんだな。アーク」

レックス王が立ち上がりアークに向き直る。同時にシュバ隊長が『縮地(ソニック)』で隣に現れる。

「レックス王。気に入って貰えたかな?リア火山を素材に創った僕の作品だよ」
「何故君がここに……?」
「言わずもがな、だろう」
「なるほど……。ここまで、君の台本(シナリオ)というわけか」

英雄アークはふっと笑う。

「僕たち、のかな」

アークの隣に異次元のゲートが開く。『転移装置(テレポート)』から2人の男が出てくる。1人は三賢人ギュンター、そしてもう1人。

「……レイ、隊長?」

ゼロが亡霊を見るような目で銀髪で黒コートのレイ隊長を見る。レイ隊長は腰から愛刀を抜き、玉座の階段から一歩一歩こちらに向かってくる。

「そうか、君もか……レイ」

レイ隊長の抜刀行為でレックス王は全てを悟る。シュバ隊長と目を合わせると2人は頷いた。

「ジン、すまない。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』からシュバに剣を一本渡してくれないか」

ゼロと僕もまたその言葉の意味を悟る。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』から上等な業物を引き出すとシュバ隊長に渡す。「ありがとう」と彼に言われたから、「お願いします」と僕は言う。この2人は死ぬつもりだ。

「レックス王!『完全回復薬(エリクシール)』を……!」
「それは君たちが持っていてくれ。きっと、これからまだ使う時が来るだろう」
「今がその時ではないのですか!」
「残念ながら……まだその時ではないよ。君達2人はこの国の未来の光だ。この場は任せて欲しい。そして申し訳ないが、……あとは頼むよ」

レックス王の『最強』の称号は徐々にうすれ、完全に消失する。かわりにそれはレイ隊長の左腕に引き継がれる。3人は『超越(トランス)』状態に入る。

「さぁ、もう行こうかギュンター。コキュートスを掌握しに行こう」
「イヴの『核(フレア)』はいいのか?」
「……アレは僕達を選ばない。放っておけばいいさ。まだ僕達の手に入らないんだよ」
「分かった。あとは任せたぞ。レイ」

英雄アークと三賢人ギュンターは僕達を一瞥すると転移装置(テレポート)のゲートをくぐり、この場から去っていった。

「さぁ、行きなさい」

僕達は2人の背中を見つめる。残ったレイ隊長は闇属性・無属性の『覚醒者』で、間違いなく現代『最強』。僕達を逃すために、レックス王とシュバ隊長はここで『最強』に立ちはだかるのだ。僕達は繋げなければならない。彼らの意志を。彼らの意味を。

「ゼロ……」
「あぁ、行くぞ。ジン……」

僕達は2人の姿を心に焼き付けた。そして、イヴの『核(フレア)』を手に入れるために、玉座の間を後にした。




玉座の間を後にすると、城の東に高くそびえ立つ見張り用の塔があり、僕達はそこを目指す。石造りの階段を駆け上がり、最上階に辿り着く。そして、そこに『それ』はあった。それは光る球体の形をしていて、大きさは直径が数百メートルほどあり、その存在はまるで太陽のようだった。

「これが、イヴの『フレア』……」

異質なエネルギーを持った『フレア』は城の上空を周期的な動きで旋回していた。まるで、何かを探しているように。突如、フレアは変形して高エネルギーをこちらに照射してくる。

「……?!!」

咄嗟に『無限剛腕(ヘカトンケイル)』のゲートを最大限に開き、その攻撃を吸収する。だが、エネルギーが高過ぎて量が多く、吸いきれない。駄目だ。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』が崩壊してしまう。

「……っ!!」

『無限剛腕(ヘカトンケイル)』の臨界点を突破する前に新しくゲートを開き、フレアの照射を放出する。その方向には英雄アークによって創られた『巨人』が立っていたため、転送したフレアの照射が貫通して『巨人』のその腹に風穴を開ける。そして、それは雲を吹き飛ばして大気圏外に放出されていく。フレアの照射はまだ終わらない。

「……う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」

南東の方向にゲートをもう1つ開き、それを最大放出で解き放つ。それは何処かの大地にぶつかり、遠くの方で大爆発が巻き起こる。大陸が1つ吹き飛んだ。僕の記憶はそこで途切れた。




目が覚めるとガルサルム大国の城の中だった。あれからどれだけの時間が経ったのだろう。周りを見ると、多くの人が部屋を行き来している。隊服を着ているがガルサルム大国騎士団の隊服ではない。誰しも肩に十一枚の片翼のエンブレムが付いている。

「ゼロ!起きたよ!」
「あぁ!ジン!よかった!」

女性の声とゼロの声が聞こえる。目線を移すと、ヨーク村で見かけたサナさんの同僚の女性とゼロがいた。

「シュウ。ジンは動けるのか?」
「うーん。消耗してるけど、命に別状はないかな」
「なら、行くぞジン!『未開拓領土(アンタッチャブル)』に!」

ゼロに担がれて、何処かに連れて行かれる。そこはガルサルム大国の飛空場で、大きな飛空艇がすでにエンジンをかけていた。フェイムスさんとベアトリクスも既に駆けつけていて、どうやらヴィンセントの変換も無事に終わったようだ。ゼロに担がれたまま僕は飛空艇に乗せられて空へ飛び立った。

飛空艇の中で、事の顛末を聞いた。玉座の間にレックス王とシュバ隊長の死体があったこと。ガルサルム大国のヴィンセントを交換をした時、コキュートスもヴィンセントを使い大陸を切り離すことで、三賢人ギュンターを王に立て独立を宣言したこと。フレアは消失したこと。ガルサルム大国の領土の一部が吹き飛んだこと。『十一枚片翼(イレヴンバック)』という、サナさんとフェイムスさんが組織していた団体がその後の処理をしてくれていること。

そして、この飛空艇はサナさんのところへ向かっている。あれだけ時間をかけて旅をした距離を半日程度で辿り着くそうだ。道中、切り離された要塞化するコキュートスを見た。新しいヴィンセントに適応しているのか、英雄アークが創り変えているのか、今は元の街並みとは異なる姿をしていた。

『未開拓領土(アンタッチャブル)』が見えてきた頃、僕はある事実に気付いてしまう。そして涙腺は崩壊し、止め処なく涙が溢れ落ちる。ゼロに抱き締められながら、ただ呆然と空から眺めることしか出来なかった。飛空艇が高度を下げ始めると、遠くから『未開拓領土(アンタッチャブル)』を覆われていて、それが何だったのかはっきり分かった。僕達は『未開拓領土(アンタッチャブル)』に上陸する。

ーー『命の花』。誰だったか、あの花のことをそう呼んでいた。生命エネルギーでしか咲かないその花は、僕にある現実を突き付ける。それはサザンドラ砂漠を覆い尽くす程の破壊力があったことを、辺り一面に咲く花が示していた。そして、抉(えぐ)れた大陸から、僕が飛ばしたフレアの着弾が確認出来た。テラとの戦闘が始まってから、あの後サナさんに何が起きたのか僕にはわからない。でも、おおよそ想像することは出来た。

サナさんの自爆。
そして、フレアの被弾。

サナさんの所持品や死体が見つからなかったが、状況証拠からその結論に至った。

僕は、最後にサナさんの名前を小さく呼んだ。命の花を優しい風が撫でる音に、それは掻き消された。
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