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ダーヴィッツ

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3章『革命』

トリガー

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エバンスゲートさんが失踪した数時間後、ようやくダイダロス新大国で発生した事態は沈静化され、今回の襲撃の実態が明確になってきた。発端は午前4時頃のコキュートスのギュンターによる『前人未到領域(サクリファイス)』の発動。効果は『逆転』、範囲は『第1世界(ファースト)』全体。オストリア難民にコキュートスの工作員が紛れていて、ダイダロス新大国も領域の対象範囲に入ると一斉に暴動を煽動した。レジスタンスを含め、貴族至上主義の一部がそれに感化されて街中で暴れ回り、市民達にも被害が出た。10番隊のレイヴンさん達がいち早く対応してくれたが、『逆転領域』では戦闘能力の低い相手だと、相手方に『天啓』が優先され、逆に戦闘能力の高い者は『天罰』の対象となる。つまり、ギュンターの『前人未到領域(サクリファイス)』は『世界の理』の恩恵をコントロールしているのだ。そんな領域は未来史でも聞いた事が無い。ましてや世界が範囲対象で強弱が逆転する超巨大な特殊領域だ。触媒はきっと『核(フレア)』だろう。アレは数少ない『世界の理』という式からはみ出す例外。でなければ魔術式を編んで組み立てて発動しているだけでも凄いのに、今も安定して発動しているのだ。普通なら脳の酷使で廃人、いや、死んでいる筈。

「……奴(やっこ)さんの『領域』は確かに俺達の戦闘能力を逆転させている。加えて、弱者にはバフ、強者にはデバフと、まさに『革命』状態だ」

暴動を沈静化をしたレイヴンさんは現場を部下のカカさんに指揮を任せて十一枚片翼(イレヴンバック)本部まで引き返してきた。身体は傷だらけで引き連れて来た部下も身体中ボロボロだった。市民を身体を張って護ってくれたのだ。幸いにも、市民に死傷者は出なかったが、10番隊と6番隊に数十名の殉職者が出てしまった。これは明らかなテロ行為だ。

あの後、コキュートスは世界に向けて、いや、正確にはドン・クラインに向けて宣戦布告をした。1週間後に攻撃を仕掛けると。あのギュンターがこれほど迄に緻密な計画を立て、戦力を掻き集め、倒そうとしているのが最古の国ドン・クラインだったとは。

コキュートスがやがて『第1世界(ファースト)』に侵攻するという展開は未来史でも同じだった。正規のルートでは既にサウザンドオークスが落とされており、オストリアは力を付けた上にコキュートスに統合されていた。残されたダイダロス新大国は懸命にもコキュートスの世界侵攻に抗っていた。だが、その際は今回のような『革命』は発動せず、それでも、『人造人間(ホムンクルス)』第一世代レム、第二世代ベアトリクス、人造機械(ゴーレム)、そして『人造神機(アンドロイド)』第三世代エリザベスによる代理侵攻でダイダロス新大国も徐々に衰退していった。

やがて、コキュートスによる世界侵略で『第1世界(ファースト)』は大きな局面を迎える。それが『神の帰還』と呼ばれる『人造神』の開発成功だ。人造人間(ホムンクルス)、人造機械(ゴーレム)、人造神機(アンドロイド)を経て、遂に人間は『人造神(デセックス・マキナ)』第四世代アリスを完成させてしまう。

ギュンターは考えていた。『創造神が人間を創ったように、人間が神を造れないだろうか』と。彼は繰り返した。生命の複製から、命の改竄。それがやがて生命活動からの脱却という結論に繋がり、やがて機械文明との究極融合という結論に達した。彼の神の定義はこうだ。『完全な計算能力。完全な永久機関。自己完結能力。完全な存在』。それに意志は無い。ただ、ギュンターに設定されたプログラムを実行しているだけ。

そのアリスに未来史では多くの人が殺された。お父さん、お母さん、レイヴンさん、エバンスゲートさん、ロバート君、シキさん。アリスは未来史ではもっと後にギュンターが開発する筈だった。それなのに、もうこの時代に開発されているのはどうして……?それに何より、どうしてエバンスゲートさんが……。

「正直、俺の攻撃も効果が薄かったし苦戦はした。だが、対応出来ない訳では無い。最終的には木属性で遮蔽物を造ることで相手方の戦力を分散することは出来た」

レイヴンさんが深い溜め息を吐きながら続ける。

「此方の攻撃も決して効いていない訳では無い。威嚇射撃をしながら牽制していたが、オストリア難民が一気に流れ込んで来た際、緊急事態ということもあって範囲攻撃をしたのだが、完全に無効化はされなかった。相手方も負傷をしていたし、攻撃自体は無意味では無い。だが火力も効果も激減している。せいぜい1割程度だろう」
「……」
「故に、この領域下でも相手は殺せる。だが、弱者には逆転の『天啓』のバフがかかる。此方の『天罰』によるデバフを考慮すると弱者にかかるバフは10倍くらいか……?」
「この領域は『世界の理』すらも制御しているか……」
「……そうなると、前代未聞の領域だな」

十一枚片翼(イレヴンバック)本部のホールには医療棟に入りきれなかった負傷者で埋め尽くされている。軽傷者が殆どだが、頭部や手足など、身体のあちこちを包帯で覆っている姿は痛々しかった。今は私とジン君、レイヴンさん、ロバート君、ルシュさんの各隊長格が集まって今後の方針を話し合っているところだ。3人にも謎の数字が浮き上がっていた。レイヴンさんの左手には『SWORD(剣) 10』、ロバート君には『PENTACLE(金貨) 7』、ルシュさんには『SWORD(剣) 9 STRENGTH(強さ)』。

お父さんは『副王』を招集して会議中。シュウは重傷者の治療で手が離せない。ゼロは一命は取り留めたがまだ意識が戻らず、傍らでベアトリクスがずっと離れないでいる。

「……エバンスゲートはどうする」

1番避けたかった、それでも1番議論しなければならない事をレイヴンさんが切り出してくれた。レイヴンさんにとってエバンスゲートさんはガルサルム騎士団の時から苦楽を共にした同志だ。かつての上司に撃たれたゼロにとってもそれは同じ筈。

「これは大スキャンダルだぞ。十一枚片翼(イレヴンバック)の信頼がガタ落ちだ」
「けど、それはコキュートスの領域が問題だろ?これは明らかな世界規模のテロ行為だ」

ロバート君が口を挟む。

「世間はそうは見ないだろうよ……。国民から見ればオストリア難民の暴動の鎮圧化に苦戦した挙句、十一枚片翼(イレヴンバック)の隊長の凶弾に現総隊長が倒れたと知られたら、ダイダロス新大国内でも不信感が募るってもんさ」

2人は表面上は冷静に議論しているように見える。だけど、内心は相当混乱している筈。それは私も同じだ。ここ数時間で様々な事があり過ぎた。コキュートスの前人未到領域、ダイダロス新大国内部での暴動、クロエとジェスターによる襲撃、エバンスゲートさんの裏切り。

「……エバンスゲートはアーク『創造』されているのか?サナ殿」
「……断言できません。これまでの報告だと、英雄アークから『創造(クリエイター)』の攻撃を一撃でも被弾すると、自分の意志とは関係なく相手にコントロールされる」
「解除方法は無い。自決出来ない場合は殺すしかない、か……」
「……はい。……ですが、先刻は私達はエバンスゲートさんと意志の疎通が出来ていました。ですので……」
「エバンスゲート自身の意志でダイダロス新大国に反逆したということか……」

レイヴンさんは予想通りの結論となり項垂れる。

「……待てよ。エバンスゲートはお前らの仲間だろうが」
「だからこそだ。身内の不始末は俺らがつけなくてはならない」
「違ぇよ!……仲間の潔白を晴らして信じてやることがテメェらのやるべき事だろうが!」
「違う。ダイダロス新大国民の安全を護り、失墜した騎士を断罪する事が十一枚片翼(イレヴンバック)の使命だ。明らかに状況証拠が揃い過ぎている。エバンスゲートが祖国を裏切ったのは間違いない。……冷静になれ、熱くなるな。ロバート隊長」

ロバート君とレイヴンさんの論争がいつの間にか静かになっていた十一枚片翼(イレヴンバック)本部のホールに響く。レイヴンさんは途中で自分達の論争が部下達に聴かれ、士気を下げている事に逸早く気付いていた。

6番隊のエバンスゲート隊長が反逆したって。
それって、隊律違反……?
ニルヴァーナ家って言ったら名家じゃないか。
どうして……。
大丈夫なのか……?
『あの』総隊長もやられたらしい……
今は敵国の領域範囲内らしいぞ……
あぁ、なんでも強弱が反転しているらしい
だから、オストリア難民は手強かったのか……
つまり、今は隊長達より俺達の方が強いのか?

……不味い。士気が下がった事に加えて、隊員達の中で混乱と不和が生じている。総指揮を執るゼロも昏睡状態。このままでは十一枚片翼(イレヴンバック)が組織として機能しない。

英雄アークは人を操れるらしい……
ってことは、エバンスゲート隊長も……?
でも、あんなに愛国心があった隊長が……
いや、自分の意志とは反して強制的にらしい
だが、今回は違うらしいぞ?
あれ、じゃあ、ベアトリクス隊長の暴走って……
馬鹿っ、やめろ……
でも、


『ガンッ』


荒波立った空気を静めたのはジン君だった。響き渡ったのは、彼が椅子に腰掛けたまま刀の鞘でホールの床を突き刺した音だった。隊員達の注目がジン君に集まる。

「やめろ」
「ジン殿……」
「……ジンさん」
「総員、緊張感を解くな。我々は攻撃されている側だぞ。……エバンスゲート6番隊隊長の謀反容疑を確認するため捕縛する。先遣隊を編成後、潜伏場所と思わしき箇所を調査し、隊長格が捕縛実行にあたる。それまでの期間、6番隊隊員は9番隊のルシュ隊長の傘下に入って貰う」
「……」
「皆が今抱えている不安は必ず俺達が払拭する。少々、後手に回り過ぎた。実態を明らかにするためにも、今度は此方側から動く。これ以上、コキュートスの思い通りにさせるな。同じ事を繰り返さないため」

ジン君は鞘の部分を持ち上げながら刀を皆に見えるように水平に掲げた。まるで彼自身の意思表示のように。

「潰す」

普段のジン君はあまり人前には積極的に出ない。それなのに、今のジン君はまるでかつての『執行者(エクスキューショナー)』だった頃のジン君のようだった。そのジン君の左手には『英雄矜恃』の証が。浮き足立っていた隊員達はジン君の言葉で少しずつ落ち着きを取り戻し始め、隊の指揮系統も徐々に機能し始めた。

その後、先遣隊が編成された。コキュートスの逆転の『前人未到領域(サクリファイス)』を考慮に入れた編成にする必要があった。タイダロス新大国での更なる襲撃・テロ行為の予防と、既に発生したオストリア難民による暴動の完全沈静化を図らなければならないことも急務だ。その戦力を温存しつつ今回の編成をするとなると、正直そこまで戦力を割くことは難しい。最終的には私、ジン君、ロバート君の3人編成となった。

だが、エバンスゲートさんの捕縛をするとなると不安は拭えない。私は恐らく『逆転』の影響を受けてはいる。だが、『存在否定(カオス)』があればエバンスゲートさん以外の敵や攻撃なら排除することができるかもしれない。『最強』なんて名ばかりだ。今回は2人の支援に周る後衛としてサポートに徹する。ロバート君はエバンスゲートさんと戦闘能力が酷似しているので『逆転』の影響を受けていたとしても強者にも弱者にもさほど影響を受けないだろうということで採用。

ジン君は今回の編成にこれ以上無い適任者だということで満場一致で決まった。彼の場合、比較的に各隊長格の中でもまだ戦闘能力が未熟な方だったが、今の領域下ではそれもあべこべになっている。『逆転』の効果はこちらにも有利に発動し得るということだ。未確定戦闘力のジェスターを制止出来たこと、『英雄矜恃』が発現したことなど、恐らく今の『逆転』領域下のダイダロス新大国における1番まともな戦力はジン君なのかもしれない。

本部にはレイヴンさん、ルシュさんの部隊が残り引き続き混乱の収拾にあたるために残る事になった。お父さんは副王との会議が先程完了して、現況と今後の方針を決めた。各衛星都市での治安維持と入国審査などの見直し、領域への具体的な対策方法を模索すること、そして、コキュートスの今回の世界的な攻撃にサウザンドオークスと共同声明を発信した。ワイマール同盟のそれもあり、サウザンドオークスから派遣隊がダイダロス新大国に来ることになっているらしい。今回の任務にも間に合えば派遣隊が合流して協力してくれるそうだ。そう言えば、サウザンドオークスは大丈夫だったのだろうか。他国もダイダロス新大国のように『逆転』の領域によって混乱が生じているのだろうか。

「……すみませんでした」

東の都アトラスの郊外にある旧ギルバート邸宅付近に十一枚片翼(イレヴンバック)の簡易テントを張り、そこを今回の任務の仮本部にした。エバンスゲートさんから得た情報を元に、空き家となっていたかつての研究貴族邸宅をまずは下調べすることにした。その先遣隊の帰りを待つ私とジン君にロバート君が陳謝する。

「俺、感情的になってました」
「こんな状況なら誰だって気が立つよ。気にしないで」
「……なんか、ジンさん変わりました?」
「そう?」

ジン君はロバート君からの質問に首を傾げる。確かにロバート君からすればジン君は変わったかもしれない。口調も雰囲気も以前より違う。余裕と覇気があり、どこか頼もしく感じる。私からすれば変わったというより、以前の『執行者(エクスキューショナー)』だった頃に戻った感じなのだけど。……この胸の内に残る焦燥感はなんだろう。

しばらくすると旧ギルバート邸宅先遣隊が帰ってきた。ロバート君の部下のコレット君が状況を報告する。

「報告します。付近に警備などはなく、入口も施錠されておらず自由に入れます。表向きは貴族の空き家ということでしたが、どうやら地下に大きめな施設があるようです。サーモグラフィーカメラで観察したところ熱源を感知。内部に3名いることを確認しました。エバンスゲート隊長かは不明です」
「……どうします?ジン君」
「俺とサナさんとロバートさんで索敵の後、施設に侵入。優先事項はエバンスゲート隊長の捕縛で。どんな敵がいるか分からない。気をつけて行きましょう」

私とロバート君は頷くと緩やかに旧ギルバート邸宅に近づいて行った。コレット君の報告通り、外には特に何も無く、あっという間に入口にたどり着いた。確かに施錠されておらず、古びた扉を開けると暗がりの大広間が広がった。正面には奥に続く大きな階段があったが、熱源は地下施設にあったから、その入口を探さなければ。

「!」

ロバート君がライトを点滅させて私とジン君に合図を送る。どうやらいち早くその入口を見付けたようだ。流石ロバート君、こういう場に慣れているのか鼻が利くみたい。そこは一見普通の扉で入ってみるとやはり普通の居間だった。不自然な点と言えば、窓が無い。ロバート君は壁に手を滑らせて探索していると、ある本棚でその手が止まる。そこだけ空気の流れがあった。

「……ビンゴ。隠し扉ですね」

カチッとロバート君がスイッチを起動すると本棚は横にスライドして地下施設への下り階段が現れた。

「……コレット君達にここを警備してもらいましょう。万が一を想定して、脱出経路を確保しないと」
「了解です。サウンドオークスからの派遣隊も間に合うかもしれないですしね。連絡します」
「ジン君?」

ロバート君が無線でコレット君達に連絡している時、ジン君は地下施設へ続く真っ暗な階段の方をじっと見ていた。

「……大丈夫?」
「……解らない。この先に今まで感じたことの無い大きな存在がいる。畏怖感なのかな……。そして、血の匂いがする」

あのジン君は冷や汗をかいている。微かに震える彼には何が視えているのだろうか。それはまるで、私達が見えない何かを見ているようだった。私はジン君の手をそっと握る。

「大丈夫、何があっても私が護るから」

少しして、ジン君は頷いた。
大丈夫だよ。私が何があっても護るから。

ーー例え、エバンスゲートさんを否定することになっても。

しばらくするとコレット君達が合流したので、この場の警備を任せて私達3人は地下施設へと降りて行った。ロバート君が先行してジン君が殿(しんがり)を務める。あの『国崩し』の1件以来、ジン君は私にその役目を任せてくれなくなった。まぁ、私が悪いんだけど。

ロバート君は夜目が効くみたい。慎重にただ着実にトラップの探知や索敵に失念しない。結果的にロバート君を連れてきて良かった。…というのも、十一枚片翼(イレヴンバック)の中でエバンスゲートさんの離反に一番納得していないのが彼だった。それを本人に直接聞くと言って聞かなかったというのが、今回のメンバーに組み込んだ理由だ。

「……誰かいる」

階段を降り切ると広いスペースに辿り着いた。そこで、ロバート君は手で私達を制止する。確かに奥に誰かが佇んでいる。暗くてよく見えないがその人はフラフラと身体を揺らしながら、時折何かをブツブツと呟いている。なんだろう、形容し難い不気味さだ。

ロバート君が意を決してライトでその人を照らす。そこにいたのはエバンスゲート隊長の副官ミラさんだった。
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