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金糸雀

10. カナリア

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「 … やっぱり、ダメだ。やめよう。

そういう事は、しない方がいい。」

新は、唯音から 顔ごと目を逸らした。

「 どうして?」

「 … … 心臓が 、」


彼女と セックスをしたいと
今まで思った事がなかったのは、

彼女の心臓に 負担をかけたくない、
という理由だけではない事を、

新は、説明できないでいた。


" 性欲 " が、無い訳では ない。


ただ、その " 性欲 " 自体、
新の中で 湧き上がるキッカケが、
彼自身、定まっていなかった。

誰に対して、体が反応するのか。
この体は、何を求めているのか。

自分の体とはいえ、
新は まだ、その 借りてきたような体と、
向き合いきれていなかったのだ。


「  やーーだーーっ! 」

突然 、
彼女が子供のように大きな声を出して、
ベッドの上で寝たまま、
天井に向かって 両足をバタつかせる。

新は驚き、「 馬鹿っ!やめろよ 」
と、その両足を、両手で抑えつけた。


「 見て見て! 今、私 走った!

ベッドの上で走れたでしょ? あははっ 」


「  は? 」


「 ね? 大丈夫! 

私、全然 大丈夫だから 」


俺は、何を見せられているんだろう…。
と、新は ひどく困惑した。


「 おまえ、ほんと… 馬鹿だよな 」


「 私、新と同じ学校に通ってるの。

私も馬鹿なら、新も馬鹿だね♪ 」


ああ言えば、こう言う彼女に、
困りはてる新。


「 … 今、心臓 苦しいだろ? 」

「 全っ然♪ 平気だもん 」


彼女の呼吸が、少し 乱れていた。


「 やめろよ、こういう事すんの 」

「 私、走れるんだぁ。知らなかった 」

彼女は ずっと、ニコニコしていた。


新とは真逆なポジティブ精神を、
前面に押し出してくる。


「 … 新 、おいで、こっち。

一緒に寝よう 」

彼女は、壁側に身をずらし、
人が1人分寝れるぐらいのスペースを
わざわざ作る。


「 … 寝ない 」


「 また、走るよ?」


「 もぉー… 、解ったよ… 」

「 やったぁ♪」


新は 溜め息をつきながら、
彼女が嬉しそうな顔で待つ、
隣に 寝てみる。

こうして、隣同士で眠った事は、
子供の頃から 何度もあった。

だけど、今は 、
その時の雰囲気とは 違う。

新の中で、不安定な感情が揺らめく。

動揺を、隠し通せる自信が奪われていた。


「 新 」 彼女は 仰向けなまま、

天井を見つめて、彼の名前を呼んだ。

「 んー?」

新も、彼女に動揺を悟られないように、
仰向けなまま、
天井を見つめて 返事をした。



       「 私が 、新を守るから 」



「 え、」 新は、唯音の横顔を見た。



       「 新の秘密も、新の事も 」



「 え、… なんだ? 秘密 って… 」


新の心臓の心拍数が、一気に急上昇した。

       
「 ずっと見てきたから、新の事。

私にしか解らない事が、

新には 沢山あるんだよ。」


「 … また、訳の解らない事を 」

新は またすぐに、天井を見上げた。
平常心を、保てなかったから。

「 新 、私は あなたを愛してる 」

「 ……… 」


「 私の胸の傷… 、気になる?

気持ち悪い… よね、こんな傷。あはは 」


「 そんな事ない。

そんなふうに、思った事はない 」

本当だった。

新は、唯音の胸にある大きな傷を、
皮膚が 所々 えぐられている傷を、

気持ち悪い と思った事は、
一度もなかった。


「 … 勃つかなぁ? 胸の傷 見ても 」

唯音が、真剣な口調で ぽつりと呟く。

「 何の心配をしてんだよ、おまえは 」

新は、天井に向かって笑い飛ばした。


「 試してみる?」

ずっと 天井を見ていた唯音が、
くるっと 顔だけを新に向けて微笑んだ。

「 え? えー、 」 言葉に詰まる新。


「 試してみようよ。今、ここで 」

ワクワクした顔を浮かべながら、
唯音は 楽しそうに誘ってきた。


「 ダメだよ。だから、心臓が… 。

激しくしたら、負担 かかるだろ 」

新もまた、くるっと唯音に顔を向けて、
真剣な口調で彼女に伝えた。


唯音は、さっきの新みたいに
天井に向かって 元気に笑い飛ばした。


「 激しくする必要なんてないよ。

優しく、して 」


笑い飛ばした後の 唯音の言い方が、
すごく優しくて、
新の中に ずっと消えずにあった不安が、
徐々に 徐々に溶けていく。


新には、

唯音が、すごく 可愛く見えた。


新は 上半身を起き上がらせ、
彼女の唇に、キスをした。

今朝、
見知らぬ人達に蹴られた痛みなど、
気にならないくらいに。


彼女が応えてくれる 唇や舌でさえ、
泣きたくなるぐらい 愛しく思えた。… …




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