後宮の右筆妃

つくも茄子

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第一章

63.犯人3

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 私は直接元宝林とは話したことすらない。けれど彼女が傲慢な態度を取り続け周囲から疎まれていた事ぐらいは知っている。そんな彼女の末路に同情する者は誰もいない。親しくする者がいない中で果たして悪事が出来るものなのだろうか?
 それに……。
 
『違う……何かの間違いだわ。毒なんて盛っていない。薬は……ただの痺れ薬で……そう聞いたから……』

 元宝林の最期の言葉だ。
 彼女は薬が毒だとは本当に知らなかったのでは?
 毒を渡した人物は別にいる。それが誰なのかは分からない。もしかすると内情を公表できなくて伏せている可能性もある。そうなると黒幕は相当の大物……。ダメだわ。心当たりが多過ぎる。私が犯人だと叫んだ徳妃だって十分怪しい。混乱していたからだとしてもあそこまで食い下がるのもおかしい。まるで私が犯人でなければいけないような……。

 考えがまとまらないまま一週間が経ち――
 
「もう出歩いても結構です」とお許しが出た。


 久しぶりの外出。
 気分転換をかねて、庭園の散歩に出た。
 まだ夜が明けたばかりの時刻だったので付き人の侍女は二人にした。彼女達には後でゆっくりと休んでもらおう。本来なら寝ている時刻だもの。日が高いうちに出歩くと他の妃達と接触する率が高い。そうなればアレコレと聞かれるのは必然。面倒は回避するに限るというものだわ。

 私はいつものように池の方へ足を向けていた。池のほとりには東屋があるから休憩にも最適だ。案の定、誰も居なくてホッとした。こんな時間に誰かがいたとしたらそれは間違いなく私と同じ目的だろうけど。それか、一人で寛ぎたいと思っている人くらいでしょうね。
 
「あら?」

 どうやら先客が居たようだ。
 珍しい。こんな時刻に。
 近づくと、そこにいたのは郭貴妃。数人の侍女と共に何かを燃やしていた。なにかしら?

「貴妃様」

「まあ……ご機嫌よう、巽才人」

「こんなに朝早く……何をされていらっしゃるのですか?」

「元宝林の供養をしていたのですよ。彼女の魂が現世を彷徨ってしまわないように……黄泉の国に行けるように祈りながら燃しているのです」

 えっ!?
 驚いてしまった。まさか供養をしているなんて!
 元宝林は罪人として亡くなった。供養どころかその遺体すら親元に帰されることなく……噂では獣の餌にされたとも言われている。

「何故、そのようなことを……。陛下への背信と捉えかねられません」
 
「そうですね。だからこうして、誰もいない時刻にしているのですよ」
 
「貴妃様は元宝林と親しかったのですか?」
 
「いいえ。挨拶程度の関係かしら?」
 
「……それなら何故?」
 
 貴妃はクスリと笑うとジッと見つめてきた。
 何時ものように優し気な笑み。なのに何故か急に恐ろしいものを見ている気がした。
 濡れたような瞳。
 それがまるで深淵の底を見ているかのように感じてしまう。底なしの沼に引きずり込まれるような。得体の知れない恐ろしさに鳥肌が立ちそうになった。
 
「才人……。私はこの後宮には長くいるわ。それこそ人生の大半を過ごしてきたの……十五歳で先代皇帝に入内して、十九歳で今の皇帝の元に来た。ふふっ、後宮にあがって数多の美妃たちが私の前を通り過ぎていったわ。ある者は狂い死に、ある者は自滅。入内したばかりの頃は清らかな女子たちも数年で醜い女に変貌していく様を幾度も見てきたわ。彼女もその一人だった。同じ女として死後の安寧を祈らずにはいられないの。そうでしょう?」

 貴妃が立ち上がると先程までの得体の知れない雰囲気は既に消え去っていた。今はただの慈愛に満ちた女人にしか見えない。さっき感じた恐怖は一体なんだったのかしら。微笑む貴妃に対してただ小さく首を縦に振るしかなかった。聞きたいことは沢山あるのに、何故か聞くことができない。有無を言わさない何かが貴妃にはあった。

 

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