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第一話~どうか、この居場所だけは
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また、夢を見た。身に覚えのない罰を与えられるという夢だ。これがただの夢でないことは、もう十二分に理解していた。幼少の頃からこの夢を見てきた。それでも、慣れるものではなかった。起きれば大粒の、ゾッとするほど冷たい汗をかいている。そろそろ安らかな夢が見たいと思うほどには、怖かった。
カーテンから差す太陽のまぶしい光に、童顔の少年は目を覚ました。太陽に照らされ艶やかに輝く漆黒と、毛先が血塗れたようなセミロングの髪と、血を映したような瞳の少年。彼の名は、世羅修鬼。すべてのことをオールマイティーに熟す天才肌の少年だ。修鬼は、さっさと布団を畳み寝室を出た。一人で住むには広すぎる屋敷の長い廊下を歩き、茶の間に入ると簡単な朝餉を作って食べた。「おはよう」と笑顔で挨拶する習慣は、この家にはない。修鬼は、用意を全て済ませ、玄関に出た。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
「天后・・・」
修鬼は、静かで物腰の柔らかな声に振り向いた。そこには、見目麗しい女性が立っていた。彼女は、十二神将の一人天后である。優しい微笑を湛え、寂しそうに行ってきますと言った修鬼を見送りに出て来てくれたのだ。
「行ってきます」
今度は明るい声音で言った。陰陽師となって、十二神将を仲間にしていなければ、自分は毎日寂しい朝を迎えていただろう。それは今も変わらないが、十二神将が気紛れに出て来てくれるのだ。それは、修鬼にとっては励みだった。
修鬼は、比較的楽しいと思える学校へ向かう。これまで散々な人生を歩んできた修鬼にとっては、この生活は掛け替えのない幸せな時だった。何も変わらない、平凡な生活がどんなに幸せなことか、知っているものはこの世界でどれだけいるのだろう。修鬼にとっては、この学校生活が辛い現実から逃げるためのツールとなっていたのだ。
しかし、その生活に天の悪戯か、修鬼にとって光となるのか、闇となるのかもわからない転校生とは名ばかりの刺客が来るのだ。やはり、自分は運がないと想いながら溜息を吐いた。その転校生とも、クラスメイトと接するようにしていればいいのだ。親友などと言うものは、一部でいい。今のところは、転校生とは親友にならない作戦を決行することにした。
ざわざわとし始めた通学路
・・・マジでツイテない
心のなかで呟いた。修鬼は、立ち止まりその様子を見ていた。転校生は二人だ。一人は、淡い金色の緩いウェーブがかかった長髪と、翡翠色の双眸の絵に描いたような美少女。もう一人は、赤茶色の短髪と、瑠璃色の双眸の少年だった。
「どちらでしょうか・・・」
「だからこっちじゃねぇって言ったんだ」
「絶対こちらなのです」
その自信はどこから生まれるのだろう、と修鬼は呆れたように見つめていた。これは、放っていては一日経っても学校に辿り着かない。
・・・このご時世に紙地図って
紙地図を広げ、現在地を見ている二人。流石に放っておけなかった。関わらないようにと想うのに、いつも結局自分から関わるのだ。それが今まで自分の首を絞めて来た原因だというのに。それでも、己の性分はどうにも変えられないのだ。
修鬼は、何も見ていなかったように装い、声をかけた。
「どうかしたの?」
「あ、あの、夜明学園高等部を探しておりまして」
「オレその学校の生徒だし、案内してあげるよ」
「ありがとうございます。この地図で言うと、ここはどちらになるのでしょう」
真面目な顔をして地図を差し出して来る少女に、修鬼は苦笑を浮かべた。そして、その地図に目を落とし、愕然とした。
「君たちさ・・・学校に来る気ある?」
「もちろんです」
眩しいくらいの少女の笑顔から目を逸らし、少年の方を見た。少年のほうは、普通にこのあたりの地図を広げてみていた。無論、紙地図だ。
「世界地図広げても、きっとこの学校見えないよ。ちょっと待ってねぇ」
修鬼は、カバンから学校から支給されるタブレット取り出し起動した。そして、すぐに地図アプリを立ち上げると、二人に見せた。二人は、初めて見る機器に心踊らせた様子で、タブレットを見ていた。修鬼は、そんな二人に、丁寧にわかりやすく道を教えてあげた。
・・・これくらい普通だよね
人に道を案内するくらい誰だってするはずだ。そう自分に納得させた。
「ありがとうございました!」
「これくらい当然だよ。気にしないで」
鬼は、二人に笑いかけ手を振ると、通学路を再び歩き始めた。これ以上は、お人好しだと思われてはいけないので、辞めておく。この後、二人は職員室に行かされる。絶対その場所まで地図で探そうとするだろう。
そして、数十分後に学校についた。今日は全国模試の結果が帰ってくる日だ。いい点数を取ったとしても、褒めてくれる親はいないが、クラスメイトがすごい、すごいと笑うので、それだけで良かったと思える。先生も褒めてくれる。褒めてもらいたくてするわけではないが、褒められるのは嫌ではなかった。
修鬼が学校に着くと、校門から声が掛かる。明るい「おはよう」という挨拶だ。修鬼も明るくおはようと返す。この挨拶から、ようやく一日が始まる。
「失礼します、世羅です」
「世羅、今日転校生に学校案内をしてもらいたいんだが、任せてもいいか?わたしは職員会議で、な」
昨日、修鬼の担任である佐伯 玲寧に、明日の朝職員室に来て欲しいと告げられたのだ。その内容を聞いて、内心で溜息を吐く。
・・・ツイテナイなぁ~ホントに
職員室を出てすぐ、修鬼は肩を落とした。
「あ、さっきの人!」
「おい、姫さん!いきなり走るなよ」
「ん?あ、紙地図の転校生」
修鬼は、ふと脳裏に浮かんだ呼び方を口に出した。少年は頭を抱え、間違ってない、と頷いていた。少女の方は、
「紙地図の何が悪いのですか」と聞いてくる。世界地図にこの学校が載っていると思っている少女には、呆れるしかなかった。
「教室どこ?」
「一年A組です」
・・・この感じで優秀クラスなのか
この学校は、クラスによって学力のレベルが分かれている。Aレベルは偏差値六十を超える優秀な生徒が集まり、Fクラスは、偏差値四十ほどの生徒が集まる。夜明学園は進学校だ。このまま夜明学園大学部に行く者もいれば、国立の大学に行く者もいる。
「俺と同じクラスなんだね。コッチだよ」
「朝から悪ぃな」
「気にしないでよ」
・・・この性格、どうにかならないかなぁ
困っている人をどうしても放っておけない、自分でも呆れるこの性格を、どうにかして直したいが、どうにもならない。人から見れば、良い人なのだが、修鬼はこの性格が自分を追い詰めてきたものだと自覚しているのだ。
「ここだよ。まだ入ってきちゃいけないんだよね?隣の部屋で待機しといて」
「はい、わかりました」
修鬼は、転校生二人を隣室に案内し、待機するよう指示すると、クラスの扉を開け、挨拶をした。
「おはよう」
「委員長、おはよう!」
ここにいる者たちは、修鬼の性格を知ってくれているし、彼が戦えることも知っている。ただ、修鬼がどんなことをしてきたかは知らない。しかし、彼の人の良さ故か、彼を嫌う者はいなかった。ここでは人気者だ。いつ身に付けたのか定かではないカリスマ性で、人を惹き付けた。しかし、彼自身は無自覚だ。
自分の席に座り、他愛もない話をする。この時間が、修鬼には癒しだった。彼に気を遣う必要がないことを、彼らは知っているから、居心地がよかったのだ。
「転校生、どんな子だろ?」
「今朝会ったよ」
「えぇっ?どんな子だった?」
「変わった子たち::っていう認識で合ってると思うよ」
修鬼は、苦笑を浮かべて言った。紙地図で懸命に現在地を調べていた少年と、世界地図で懸命に学校を探す少女という、初対面からツッコミどころしかない二人と出会ってしまい、何となく、束の間の幸せに闇が差した気がした。あの二人が悪ではないことは知っているとはいえど、光とともに闇まで連れてきたとしか思えなかった。
そして、ショートホームルームの時間。
玲寧先生の呼びかけに応じて、クラスの扉が開いた。修鬼からすれば、運命の扉だ。どうか、自分と関わってこないことを願う。こうした願いを、自分は何度天に無下にされてきたことか、わかっていながら願った。
「火良 灯夜です。これから三年間ヨロシクお願いします。灯夜でもヒラでも呼び方はどれでもいいです」
ぶっきらぼうに言い放ったが、悪気はないことをクラスメイトは察し、拍手をした。
「光蓮 砂遠です。宜しくお願いします。分からないことがたくさんあるので、教えてくれると助かります」
・・・タブレットも分からないからなぁ
たくさんという表現は間違っていないだろう。クラスメイトは、美しい少女に息を吐く。確かに綺麗だが、武器と言っても過言ではない本性を知れば残念でならない。
「砂遠は・・・世羅の隣の席だ」
・・・ウソだろ
今日は朝から何という運のなさ、と内心頭を抱えた。灯夜が来るなら別によかった。しかし、砂遠には隣に来て欲しくなかった。眩しすぎるくらいの笑顔が嫌な訳では無い。ただ、この少女には関われない。
・・・光のお姫様。絶対何かある
この天然さは計算ではなさそうだ、と判断した。その点に関しては信じる。実に、人に対する信頼などこのクラスメイト以外にはほとんど持ち合わせていないが。
「放課後、時間空いてる?」
「あ、はい」
「学校案内するから」
「お願いします」
眩しいくらいの笑顔を向ける少女に、修鬼はいつもの微笑で応対した。この二人に関わるのは、これ以上は危険であると頭の良い修鬼は判断した。
ショートホームルームが終わると、修鬼は窓辺のスペースに座る。窓にもたれかかり、気持ちのいいそよ風に目を細める。そして、胸元に隠している十字架のネックレスを握り締めた。十字に加工されたシルバーの美しいネックレスの中心には真っ赤なルビーが埋め込まれていた。
・・・そうか、今日だったね
修鬼は、外に目を向けていた顔を背けると、俯き目を瞑った。
一方、その一挙一動を一つも逃さずに観察していた者がいた。砂遠と灯夜だ。窓に凭れ掛かるだけで絵になる少年が、十字架のネックレスを取り出す様子を見ていた。
「姫さん」
「はい。間違いなさそうですね」
「名前聞いてねぇけど、聞いてみるか?」
「寝てますよ?」
灯夜は、そんなことは気にせずに窓辺に近づいた時
「灯夜くん、寝てるから近づいちゃダメ」
「はぁ?そんなの知るかよ」
「何かあっても知らないよ?」
砂遠は、忠告するクラスメイトを見つめたあと、すぐに修鬼に目を向けた。そんな忠告も聞かず近づいていく灯夜。何かあっても、灯夜ならば問題ないだろう、と様子を見ることにした。そして、修鬼の肩に触れた。その時
──ガッ!
「っ!?」
素早く先程まで寝ていたはずの修鬼が動き、灯夜が押し倒された。灯夜も突然のことに脳が追いつかなかった。しばらくして、自分が押し倒されていることに気づいた。
「テメっ、何すんだよ!」
「灯夜!殴っちゃだめで・・・え?」
砂遠の警鐘とほぼ同時に、修鬼は灯夜の重い拳を受け止めていた。
──ギリッ
「ぐっ」
「あ、すみません!修鬼さん」
「え?::ご、ごめん!灯夜くん、大丈夫?」
「はぁ?テメェ」
・・・この人、人格変わった時の記憶が無いの?
自分の意識とは別に動く別人格が目覚め、かなり強い部類に入る灯夜が簡単に抑え込まれた。この少年を侮りすぎたか、と砂遠は苦汁を飲んだ。別の人格があることなど、プロフィールには記されていなかった。
「情報屋が誤った?」
「そんなことあるかよ・・・」
砂遠の国の情報屋によれば、優しく穏やかな性格の少年である。黒と赤の特徴のある髪をしているからよくわかる、と言われてここに来ている。プロフィールどおりの顔立ちだが、情報屋が掴めていない情報があったというのか。
「ごめん、怪我はなかった?」
「いや、ねぇけど。ビックリしたぜ」
「俺、二重人格なんだよ」
サラッと重要なことをカミングアウトしてきた修鬼に、驚いて灯夜は目を見開いた。
「に、二重人格?」
「俺の心にもう一人いるんだよ。主に寝てる時に発動するから。あとは、よっぽど腹立った時」
人格性同一性障害の人間は、自分が二重人格であることを自覚していないことが多いものだ。しかし、この少年は自分の中に別の人格が住んでいることを自覚していた。その人格をコントロール出来ているのだ。
「寝てる時は無意識だからねぇ」
「突然起こしてすみません」
「いいよ。風気持ちよくてさ、寝ちゃった」
優しく穏やかに包み込む風に、砂遠は確かに気持ちいいと感じた。それは灯夜も同じだった。確かに、これは眠たくもなるだろう。
「名乗るの、まだだったね、世羅修鬼だよ」
「宜しくお願いします」
聞かれてもないのに名乗ってしまった。砂遠たちは名乗ったのに、自分が名乗らないのは失礼か、とここで自分の真面目さが仇となってしまった。
「二重人格であることは、クラスメイトは知っているんですね」
「付き合い長いからね」
少なくとも何年も修鬼のクラスメイトである者は知っている。だからといって、敬遠しない。
「先生が知らないからねぇ。言っても信じてくれないし」
「教師が信じねぇんだな」
「玲寧先生は違う気がしますけど」
「まぁ、そこはね::問題は主任と校長や教頭だ」
学園の上に立つ者たちは、修鬼が人格性同一性障害である可能性があることを告げても信じなかったという。それは、いつも別人格が出てこないからだ。修鬼がコントロールしているからこそ、出てこない別人格。その教師陣は、修鬼に別人格がいるというのなら、今すぐ別人格になれ、と言ってきた。
「別人格になれって::そんなこと」
「意思で別人格出せるとか、有り得ないだろう。そっちの方がおかしいって思うだろ、普通」
修鬼は、灯夜の言葉に首肯した。自分のことを教えるのは、クラスメイトと玲寧だけと決めてある。それ以外は、本当に信頼に値すると判断した場合のみだ。
「大人なんて、そんなものだよ。脳が固くなってくるんだ。偏見に縛り付けられているんだよ」
「テメェ、なんで笑ってんだよ」
灯夜は、素直に感じたことを言った。修鬼は、それでも笑っていた。その笑顔があまりにも痛々しい。
「笑ってなきゃ、やっていけないでしょ。学校生活は楽しい。でも、玲寧先生以外の先生と話をするときは、憂鬱でしかないね」
学校生活は楽しい。それは修鬼の本心だ。ここしかないのだから。しかし、大人からの人間としての信頼はない。優秀な生徒という信頼だけがある。それまで失くせば、この学校にはいられなくなるだろう。修鬼は、そう思って大人と接してきた。それも、クラスメイトと玲寧は知っている。大人のなかでも、玲寧だけは親身になってくれた。
「玲寧先生とクラスメイトだけは、裏切らない」
確固たる信頼を、修鬼は、この場所でようやく手に入れたのだ。
「趣味はなんだ?」
「唐突に聞くんだね、灯夜くん」
「灯夜、そこじゃないです」
「はぁ?まず親しくなってからだろ。ってか、俺はコイツと親しくなりてぇ」
修鬼にとっては悲劇である。友人ができることは、喜ばしいことなのだ。まぁ、灯夜ならばいいか、と腹を括った。きっと、どう接してもこの二人と親しくなるという修鬼の予測が、違えることはないだろう。
「趣味はね・・・カジノと麻雀」
「は?」
灯夜が目を点にした。玲寧を除く教師陣以外には、周知の事実であった。玲寧は、それだけは目を瞑ってくれる。金品を賭けた瞬間少年院行きだ。
「入っただけで補導なんだけどね」
「じゃあなんで入るんだよ」
「ストレス発散?」
「ということは、姫さんが相手をしたらストレス発散にならねぇってことか。姫さん、これでも賭け事強ぇんだぜ」
「へぇ~」
修鬼の目が、興味深そうに光った。優しく穏やかな笑顔から、人を試すような不敵な笑みに変わった。賭け事に関することになると、修鬼は若干人が変わる。人格とは違うが、性格が変わる。
「ぜひ、お相手願いたいね。きみが勝ったら、なんでも言うことを聞こう」
「その勝負乗ります!」
修鬼の、砂遠に対する見方が変わった。大人しく変わった少女という見方から、賭け事のライバルという見方へ。
「勝負に乗るということは、俺に何か用があるということかな?」
「うっ・・・」
・・・コイツ、マジで賭け事強そうだな
灯夜は、砂遠以外で初めて親しくなれそうな少年を見ながら、シミジミ感じていた。
「運、強いのですか?」
「真逆だよ」
「姫さんは引くほど強いんだぜ」
「へぇ、引くほど」
サイコロを振ればゾロ目で六が出る。それも三回連続で。宝くじをしてみれば一枚目で一等を引き当てる。
「窓から落ちても打撲で済む」
「それは、運関係あるの?身体能力の問題じゃないかな」
修鬼は頬杖をつきながら言った。
「まぁ、賭けごとしていようと、親切なイイヤツだから、俺は嫌いじゃねぇ。若干人間っぽくねぇけど」
・・・見抜いてるわけじゃないねぇ
修鬼は、無意識で言ってくる灯夜を見つめながら思った。灯夜は、自分で言って虚しくなるようなことも、微笑を浮かべて言うあたり、この少年は人間らしさが欠けている、と感じた。親切に道を教えてくれたことは、人間らしくもある。それが本心から来る優しさであることもわかる。
「もうすぐ授業始まるし、放課後にね」
修鬼にとっての脅威は、隣の席に座る砂遠に自分の正体を見破られることだ。この少女は、今朝こそ兵器並みの破壊力を持つ天然を炸裂させていたが、真実を見破る眼がある。人を疑うほどネジ曲がってはいないと感じるが、それでも不安でならない。クラスメイトにさえ言っていない、自分を、この少女に知られることだけはあってはならないのだ。
「束の間の幸せ、か」
「修鬼さん?」
「砂遠ちゃん、どうした?」
「いいえ、何でも。そういえばこれから模試返ってくるんですよね?」
「きみ、受けてたの?」
「受けろって言われまして」
・・・まぁ、受けてなかったらこのクラスにはいないよねぇ
最初の模試で、ここにいるあたり、この二人の知能は低くないことはわかる。
「世羅」
「あ、はい」
「全国一位だ、おめでとう」
「おぉ!」
クラスがざわついた。当たり前だ。この学校で一位を飾る人間がいるのだから。クラスメイトは、いつも驚いて拍手する。修鬼は、暖かいクラスだと思う。
「光蓮」
「はい」
「全国二位だな、いきなりすごいな」
「ウソ、きみ賢いの?」
今朝のボケは何だったのか。修鬼はさすがにこの少女のことを疑った。灯夜は、順位も言ってもらえてなかったので、そこそこだったのだろう、と修鬼は少し安心した。
「運があって、賢い・・・これは、本気にならないとねぇ」
「わたしも本気ですからね」
「いいねぇ~。楽しみにしてるよ」
この勝負、互いに絶対に負けられない。その二人が密かに火花を散らせている様子を灯夜は、苦笑を浮かべながら見ていた。
「修鬼、勝負するのはいいが、この二人を案内しろよ」
「わかってるってば」
校門を出てからが、勝負の始まりだ。修鬼は、心の中で唱えた。それは砂遠も同じだった。
カーテンから差す太陽のまぶしい光に、童顔の少年は目を覚ました。太陽に照らされ艶やかに輝く漆黒と、毛先が血塗れたようなセミロングの髪と、血を映したような瞳の少年。彼の名は、世羅修鬼。すべてのことをオールマイティーに熟す天才肌の少年だ。修鬼は、さっさと布団を畳み寝室を出た。一人で住むには広すぎる屋敷の長い廊下を歩き、茶の間に入ると簡単な朝餉を作って食べた。「おはよう」と笑顔で挨拶する習慣は、この家にはない。修鬼は、用意を全て済ませ、玄関に出た。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
「天后・・・」
修鬼は、静かで物腰の柔らかな声に振り向いた。そこには、見目麗しい女性が立っていた。彼女は、十二神将の一人天后である。優しい微笑を湛え、寂しそうに行ってきますと言った修鬼を見送りに出て来てくれたのだ。
「行ってきます」
今度は明るい声音で言った。陰陽師となって、十二神将を仲間にしていなければ、自分は毎日寂しい朝を迎えていただろう。それは今も変わらないが、十二神将が気紛れに出て来てくれるのだ。それは、修鬼にとっては励みだった。
修鬼は、比較的楽しいと思える学校へ向かう。これまで散々な人生を歩んできた修鬼にとっては、この生活は掛け替えのない幸せな時だった。何も変わらない、平凡な生活がどんなに幸せなことか、知っているものはこの世界でどれだけいるのだろう。修鬼にとっては、この学校生活が辛い現実から逃げるためのツールとなっていたのだ。
しかし、その生活に天の悪戯か、修鬼にとって光となるのか、闇となるのかもわからない転校生とは名ばかりの刺客が来るのだ。やはり、自分は運がないと想いながら溜息を吐いた。その転校生とも、クラスメイトと接するようにしていればいいのだ。親友などと言うものは、一部でいい。今のところは、転校生とは親友にならない作戦を決行することにした。
ざわざわとし始めた通学路
・・・マジでツイテない
心のなかで呟いた。修鬼は、立ち止まりその様子を見ていた。転校生は二人だ。一人は、淡い金色の緩いウェーブがかかった長髪と、翡翠色の双眸の絵に描いたような美少女。もう一人は、赤茶色の短髪と、瑠璃色の双眸の少年だった。
「どちらでしょうか・・・」
「だからこっちじゃねぇって言ったんだ」
「絶対こちらなのです」
その自信はどこから生まれるのだろう、と修鬼は呆れたように見つめていた。これは、放っていては一日経っても学校に辿り着かない。
・・・このご時世に紙地図って
紙地図を広げ、現在地を見ている二人。流石に放っておけなかった。関わらないようにと想うのに、いつも結局自分から関わるのだ。それが今まで自分の首を絞めて来た原因だというのに。それでも、己の性分はどうにも変えられないのだ。
修鬼は、何も見ていなかったように装い、声をかけた。
「どうかしたの?」
「あ、あの、夜明学園高等部を探しておりまして」
「オレその学校の生徒だし、案内してあげるよ」
「ありがとうございます。この地図で言うと、ここはどちらになるのでしょう」
真面目な顔をして地図を差し出して来る少女に、修鬼は苦笑を浮かべた。そして、その地図に目を落とし、愕然とした。
「君たちさ・・・学校に来る気ある?」
「もちろんです」
眩しいくらいの少女の笑顔から目を逸らし、少年の方を見た。少年のほうは、普通にこのあたりの地図を広げてみていた。無論、紙地図だ。
「世界地図広げても、きっとこの学校見えないよ。ちょっと待ってねぇ」
修鬼は、カバンから学校から支給されるタブレット取り出し起動した。そして、すぐに地図アプリを立ち上げると、二人に見せた。二人は、初めて見る機器に心踊らせた様子で、タブレットを見ていた。修鬼は、そんな二人に、丁寧にわかりやすく道を教えてあげた。
・・・これくらい普通だよね
人に道を案内するくらい誰だってするはずだ。そう自分に納得させた。
「ありがとうございました!」
「これくらい当然だよ。気にしないで」
鬼は、二人に笑いかけ手を振ると、通学路を再び歩き始めた。これ以上は、お人好しだと思われてはいけないので、辞めておく。この後、二人は職員室に行かされる。絶対その場所まで地図で探そうとするだろう。
そして、数十分後に学校についた。今日は全国模試の結果が帰ってくる日だ。いい点数を取ったとしても、褒めてくれる親はいないが、クラスメイトがすごい、すごいと笑うので、それだけで良かったと思える。先生も褒めてくれる。褒めてもらいたくてするわけではないが、褒められるのは嫌ではなかった。
修鬼が学校に着くと、校門から声が掛かる。明るい「おはよう」という挨拶だ。修鬼も明るくおはようと返す。この挨拶から、ようやく一日が始まる。
「失礼します、世羅です」
「世羅、今日転校生に学校案内をしてもらいたいんだが、任せてもいいか?わたしは職員会議で、な」
昨日、修鬼の担任である佐伯 玲寧に、明日の朝職員室に来て欲しいと告げられたのだ。その内容を聞いて、内心で溜息を吐く。
・・・ツイテナイなぁ~ホントに
職員室を出てすぐ、修鬼は肩を落とした。
「あ、さっきの人!」
「おい、姫さん!いきなり走るなよ」
「ん?あ、紙地図の転校生」
修鬼は、ふと脳裏に浮かんだ呼び方を口に出した。少年は頭を抱え、間違ってない、と頷いていた。少女の方は、
「紙地図の何が悪いのですか」と聞いてくる。世界地図にこの学校が載っていると思っている少女には、呆れるしかなかった。
「教室どこ?」
「一年A組です」
・・・この感じで優秀クラスなのか
この学校は、クラスによって学力のレベルが分かれている。Aレベルは偏差値六十を超える優秀な生徒が集まり、Fクラスは、偏差値四十ほどの生徒が集まる。夜明学園は進学校だ。このまま夜明学園大学部に行く者もいれば、国立の大学に行く者もいる。
「俺と同じクラスなんだね。コッチだよ」
「朝から悪ぃな」
「気にしないでよ」
・・・この性格、どうにかならないかなぁ
困っている人をどうしても放っておけない、自分でも呆れるこの性格を、どうにかして直したいが、どうにもならない。人から見れば、良い人なのだが、修鬼はこの性格が自分を追い詰めてきたものだと自覚しているのだ。
「ここだよ。まだ入ってきちゃいけないんだよね?隣の部屋で待機しといて」
「はい、わかりました」
修鬼は、転校生二人を隣室に案内し、待機するよう指示すると、クラスの扉を開け、挨拶をした。
「おはよう」
「委員長、おはよう!」
ここにいる者たちは、修鬼の性格を知ってくれているし、彼が戦えることも知っている。ただ、修鬼がどんなことをしてきたかは知らない。しかし、彼の人の良さ故か、彼を嫌う者はいなかった。ここでは人気者だ。いつ身に付けたのか定かではないカリスマ性で、人を惹き付けた。しかし、彼自身は無自覚だ。
自分の席に座り、他愛もない話をする。この時間が、修鬼には癒しだった。彼に気を遣う必要がないことを、彼らは知っているから、居心地がよかったのだ。
「転校生、どんな子だろ?」
「今朝会ったよ」
「えぇっ?どんな子だった?」
「変わった子たち::っていう認識で合ってると思うよ」
修鬼は、苦笑を浮かべて言った。紙地図で懸命に現在地を調べていた少年と、世界地図で懸命に学校を探す少女という、初対面からツッコミどころしかない二人と出会ってしまい、何となく、束の間の幸せに闇が差した気がした。あの二人が悪ではないことは知っているとはいえど、光とともに闇まで連れてきたとしか思えなかった。
そして、ショートホームルームの時間。
玲寧先生の呼びかけに応じて、クラスの扉が開いた。修鬼からすれば、運命の扉だ。どうか、自分と関わってこないことを願う。こうした願いを、自分は何度天に無下にされてきたことか、わかっていながら願った。
「火良 灯夜です。これから三年間ヨロシクお願いします。灯夜でもヒラでも呼び方はどれでもいいです」
ぶっきらぼうに言い放ったが、悪気はないことをクラスメイトは察し、拍手をした。
「光蓮 砂遠です。宜しくお願いします。分からないことがたくさんあるので、教えてくれると助かります」
・・・タブレットも分からないからなぁ
たくさんという表現は間違っていないだろう。クラスメイトは、美しい少女に息を吐く。確かに綺麗だが、武器と言っても過言ではない本性を知れば残念でならない。
「砂遠は・・・世羅の隣の席だ」
・・・ウソだろ
今日は朝から何という運のなさ、と内心頭を抱えた。灯夜が来るなら別によかった。しかし、砂遠には隣に来て欲しくなかった。眩しすぎるくらいの笑顔が嫌な訳では無い。ただ、この少女には関われない。
・・・光のお姫様。絶対何かある
この天然さは計算ではなさそうだ、と判断した。その点に関しては信じる。実に、人に対する信頼などこのクラスメイト以外にはほとんど持ち合わせていないが。
「放課後、時間空いてる?」
「あ、はい」
「学校案内するから」
「お願いします」
眩しいくらいの笑顔を向ける少女に、修鬼はいつもの微笑で応対した。この二人に関わるのは、これ以上は危険であると頭の良い修鬼は判断した。
ショートホームルームが終わると、修鬼は窓辺のスペースに座る。窓にもたれかかり、気持ちのいいそよ風に目を細める。そして、胸元に隠している十字架のネックレスを握り締めた。十字に加工されたシルバーの美しいネックレスの中心には真っ赤なルビーが埋め込まれていた。
・・・そうか、今日だったね
修鬼は、外に目を向けていた顔を背けると、俯き目を瞑った。
一方、その一挙一動を一つも逃さずに観察していた者がいた。砂遠と灯夜だ。窓に凭れ掛かるだけで絵になる少年が、十字架のネックレスを取り出す様子を見ていた。
「姫さん」
「はい。間違いなさそうですね」
「名前聞いてねぇけど、聞いてみるか?」
「寝てますよ?」
灯夜は、そんなことは気にせずに窓辺に近づいた時
「灯夜くん、寝てるから近づいちゃダメ」
「はぁ?そんなの知るかよ」
「何かあっても知らないよ?」
砂遠は、忠告するクラスメイトを見つめたあと、すぐに修鬼に目を向けた。そんな忠告も聞かず近づいていく灯夜。何かあっても、灯夜ならば問題ないだろう、と様子を見ることにした。そして、修鬼の肩に触れた。その時
──ガッ!
「っ!?」
素早く先程まで寝ていたはずの修鬼が動き、灯夜が押し倒された。灯夜も突然のことに脳が追いつかなかった。しばらくして、自分が押し倒されていることに気づいた。
「テメっ、何すんだよ!」
「灯夜!殴っちゃだめで・・・え?」
砂遠の警鐘とほぼ同時に、修鬼は灯夜の重い拳を受け止めていた。
──ギリッ
「ぐっ」
「あ、すみません!修鬼さん」
「え?::ご、ごめん!灯夜くん、大丈夫?」
「はぁ?テメェ」
・・・この人、人格変わった時の記憶が無いの?
自分の意識とは別に動く別人格が目覚め、かなり強い部類に入る灯夜が簡単に抑え込まれた。この少年を侮りすぎたか、と砂遠は苦汁を飲んだ。別の人格があることなど、プロフィールには記されていなかった。
「情報屋が誤った?」
「そんなことあるかよ・・・」
砂遠の国の情報屋によれば、優しく穏やかな性格の少年である。黒と赤の特徴のある髪をしているからよくわかる、と言われてここに来ている。プロフィールどおりの顔立ちだが、情報屋が掴めていない情報があったというのか。
「ごめん、怪我はなかった?」
「いや、ねぇけど。ビックリしたぜ」
「俺、二重人格なんだよ」
サラッと重要なことをカミングアウトしてきた修鬼に、驚いて灯夜は目を見開いた。
「に、二重人格?」
「俺の心にもう一人いるんだよ。主に寝てる時に発動するから。あとは、よっぽど腹立った時」
人格性同一性障害の人間は、自分が二重人格であることを自覚していないことが多いものだ。しかし、この少年は自分の中に別の人格が住んでいることを自覚していた。その人格をコントロール出来ているのだ。
「寝てる時は無意識だからねぇ」
「突然起こしてすみません」
「いいよ。風気持ちよくてさ、寝ちゃった」
優しく穏やかに包み込む風に、砂遠は確かに気持ちいいと感じた。それは灯夜も同じだった。確かに、これは眠たくもなるだろう。
「名乗るの、まだだったね、世羅修鬼だよ」
「宜しくお願いします」
聞かれてもないのに名乗ってしまった。砂遠たちは名乗ったのに、自分が名乗らないのは失礼か、とここで自分の真面目さが仇となってしまった。
「二重人格であることは、クラスメイトは知っているんですね」
「付き合い長いからね」
少なくとも何年も修鬼のクラスメイトである者は知っている。だからといって、敬遠しない。
「先生が知らないからねぇ。言っても信じてくれないし」
「教師が信じねぇんだな」
「玲寧先生は違う気がしますけど」
「まぁ、そこはね::問題は主任と校長や教頭だ」
学園の上に立つ者たちは、修鬼が人格性同一性障害である可能性があることを告げても信じなかったという。それは、いつも別人格が出てこないからだ。修鬼がコントロールしているからこそ、出てこない別人格。その教師陣は、修鬼に別人格がいるというのなら、今すぐ別人格になれ、と言ってきた。
「別人格になれって::そんなこと」
「意思で別人格出せるとか、有り得ないだろう。そっちの方がおかしいって思うだろ、普通」
修鬼は、灯夜の言葉に首肯した。自分のことを教えるのは、クラスメイトと玲寧だけと決めてある。それ以外は、本当に信頼に値すると判断した場合のみだ。
「大人なんて、そんなものだよ。脳が固くなってくるんだ。偏見に縛り付けられているんだよ」
「テメェ、なんで笑ってんだよ」
灯夜は、素直に感じたことを言った。修鬼は、それでも笑っていた。その笑顔があまりにも痛々しい。
「笑ってなきゃ、やっていけないでしょ。学校生活は楽しい。でも、玲寧先生以外の先生と話をするときは、憂鬱でしかないね」
学校生活は楽しい。それは修鬼の本心だ。ここしかないのだから。しかし、大人からの人間としての信頼はない。優秀な生徒という信頼だけがある。それまで失くせば、この学校にはいられなくなるだろう。修鬼は、そう思って大人と接してきた。それも、クラスメイトと玲寧は知っている。大人のなかでも、玲寧だけは親身になってくれた。
「玲寧先生とクラスメイトだけは、裏切らない」
確固たる信頼を、修鬼は、この場所でようやく手に入れたのだ。
「趣味はなんだ?」
「唐突に聞くんだね、灯夜くん」
「灯夜、そこじゃないです」
「はぁ?まず親しくなってからだろ。ってか、俺はコイツと親しくなりてぇ」
修鬼にとっては悲劇である。友人ができることは、喜ばしいことなのだ。まぁ、灯夜ならばいいか、と腹を括った。きっと、どう接してもこの二人と親しくなるという修鬼の予測が、違えることはないだろう。
「趣味はね・・・カジノと麻雀」
「は?」
灯夜が目を点にした。玲寧を除く教師陣以外には、周知の事実であった。玲寧は、それだけは目を瞑ってくれる。金品を賭けた瞬間少年院行きだ。
「入っただけで補導なんだけどね」
「じゃあなんで入るんだよ」
「ストレス発散?」
「ということは、姫さんが相手をしたらストレス発散にならねぇってことか。姫さん、これでも賭け事強ぇんだぜ」
「へぇ~」
修鬼の目が、興味深そうに光った。優しく穏やかな笑顔から、人を試すような不敵な笑みに変わった。賭け事に関することになると、修鬼は若干人が変わる。人格とは違うが、性格が変わる。
「ぜひ、お相手願いたいね。きみが勝ったら、なんでも言うことを聞こう」
「その勝負乗ります!」
修鬼の、砂遠に対する見方が変わった。大人しく変わった少女という見方から、賭け事のライバルという見方へ。
「勝負に乗るということは、俺に何か用があるということかな?」
「うっ・・・」
・・・コイツ、マジで賭け事強そうだな
灯夜は、砂遠以外で初めて親しくなれそうな少年を見ながら、シミジミ感じていた。
「運、強いのですか?」
「真逆だよ」
「姫さんは引くほど強いんだぜ」
「へぇ、引くほど」
サイコロを振ればゾロ目で六が出る。それも三回連続で。宝くじをしてみれば一枚目で一等を引き当てる。
「窓から落ちても打撲で済む」
「それは、運関係あるの?身体能力の問題じゃないかな」
修鬼は頬杖をつきながら言った。
「まぁ、賭けごとしていようと、親切なイイヤツだから、俺は嫌いじゃねぇ。若干人間っぽくねぇけど」
・・・見抜いてるわけじゃないねぇ
修鬼は、無意識で言ってくる灯夜を見つめながら思った。灯夜は、自分で言って虚しくなるようなことも、微笑を浮かべて言うあたり、この少年は人間らしさが欠けている、と感じた。親切に道を教えてくれたことは、人間らしくもある。それが本心から来る優しさであることもわかる。
「もうすぐ授業始まるし、放課後にね」
修鬼にとっての脅威は、隣の席に座る砂遠に自分の正体を見破られることだ。この少女は、今朝こそ兵器並みの破壊力を持つ天然を炸裂させていたが、真実を見破る眼がある。人を疑うほどネジ曲がってはいないと感じるが、それでも不安でならない。クラスメイトにさえ言っていない、自分を、この少女に知られることだけはあってはならないのだ。
「束の間の幸せ、か」
「修鬼さん?」
「砂遠ちゃん、どうした?」
「いいえ、何でも。そういえばこれから模試返ってくるんですよね?」
「きみ、受けてたの?」
「受けろって言われまして」
・・・まぁ、受けてなかったらこのクラスにはいないよねぇ
最初の模試で、ここにいるあたり、この二人の知能は低くないことはわかる。
「世羅」
「あ、はい」
「全国一位だ、おめでとう」
「おぉ!」
クラスがざわついた。当たり前だ。この学校で一位を飾る人間がいるのだから。クラスメイトは、いつも驚いて拍手する。修鬼は、暖かいクラスだと思う。
「光蓮」
「はい」
「全国二位だな、いきなりすごいな」
「ウソ、きみ賢いの?」
今朝のボケは何だったのか。修鬼はさすがにこの少女のことを疑った。灯夜は、順位も言ってもらえてなかったので、そこそこだったのだろう、と修鬼は少し安心した。
「運があって、賢い・・・これは、本気にならないとねぇ」
「わたしも本気ですからね」
「いいねぇ~。楽しみにしてるよ」
この勝負、互いに絶対に負けられない。その二人が密かに火花を散らせている様子を灯夜は、苦笑を浮かべながら見ていた。
「修鬼、勝負するのはいいが、この二人を案内しろよ」
「わかってるってば」
校門を出てからが、勝負の始まりだ。修鬼は、心の中で唱えた。それは砂遠も同じだった。
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