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第三番 〜光の交響曲《リヒトシンフォニー》〜
終楽章〜騎士たちの始動《エクエス・アンファング》
しおりを挟む光紀は異常に綺麗に切り分けたバームクーヘンを俺たちに配った。大誠さんは、バームクーヘンをツーホール持ってきてくれていたため、全員に回すことが出来た。どんなものかはわからないが、甘い香りだけで砂歌さんは目を輝かせる。本当に甘いものが好きなんだなと思う。病室が上品なお茶会に変わる。
光紀は、紅茶を一番最初に砂歌さんの前に置いた。ほかは時計回りに置いていく。もちろん一人だけベッドにいる兄貴は最後である。ちょっと兄貴が拗ねてはいる
「良い香りだ」
「ゴールデン・ティップス入りのアッサムティーでございます」
「最高級品じゃないの?」
兄貴が引いた。紅茶なんてあまり飲まない俺は紅茶の種類なんて知らない。意味不明な値段だろうと兄貴が言う。飲みなれている黎や暁、もちろん慣れている砂歌さんは、構わず上品に味わっている
「黎ちゃんはミルクティがよかったかな?」
「なんでわたしだけこんなに砂糖多いのさ」
「・・・ストレート飲める?」
ブラックが飲めない黎である。コーヒーはカフェオレを飲む。紅茶は砂糖をドバドバ入れたミルクティ。味覚がちょっと
「ミルクティ向きだぞ、アッサムは」
「じゃ、じゃあミルクティにする」
光紀が苦笑しながらミルクティを作った。どうやらミルクティは美味しい基準があるらしく、しっかり調整していた。
「どうぞ」
「うん、美味しいよ」
光紀も紅茶に詳しいのか。まぁそりゃ使用人となればそれくらい知っていないといけないのか
「よく知ってんな」
「ここだけの話・・・紅茶ソムリエの資格とったんだ」
使用人の鑑だ。わざわざ砂歌さんにおいしい紅茶を飲んでほしくてソムリエの資格を取ったのだ。本当に尊敬というか忠誠を誓っているのだろう。だろうというか誓っている。
「うわぁ、このバームクーヘン美味いな」
「兄ちゃんが店で働き始めたんだ。菓子の留学したって」
「あぁ言ってたね。継ぐんだ。和菓子と洋菓子混同させるわけだ。よく許したよね、お母さん」
老舗和菓子屋が急に洋菓子まで売り始めたのだ。よく許した。しかし大誠さん曰く、時代のニーズに合わせたとのこと。和菓子も洋菓子も砂歌さんは好きだとのこと。
「今度霧乃堂に買いに行こう」
「よっしゃ俺がついて言ってやるぜ、姫さん。俺は一応この街について詳しいんだ」
「いやいや、君は昔の街しか知らないでしょ」
「おぉ言うじゃねぇか琥珀」
そうだ忘れていたが、この二人は友人だけでなくライバルだった。どちらが和菓子屋に連れていくかという言い争いが始まった。砂歌さんが困っている
「砂歌さん、俺ん家だし俺と行きません?」
「そうだな。君の方が詳しいな。お店の品について」
「えぇ。俺バイクしかないんすけど、大丈夫ですか?後ろになりますけど」
「人が操縦する後ろに乗るのは兄様ぶりだな」
兄貴とヴェーダさんが大誠さんを睨んだ。バイクに二人乗りイコール砂歌さんは後ろに乗るイコール密着度が高い。光紀や暁まで睨んでいる。しかも、お兄さん以来だという爆弾発言。つまり、お兄さん以外で初めての二人乗りの相手ということ。砂歌さんに対して思いを寄せる二人からすれば気が気でなく、砂歌さん守り隊の光紀と暁も気が気ではない。
「あの・・・作戦は?」
一瞬病室に沈黙。そして全員の「あ」という今思い出したという反応。
「すみません、空気が読めず」
「いや、本題を思い出させてくれたという点では感謝だよ」
砂歌さんの街案内を誰がするかという生産性のない話ははっきり言ってどうでもいい。全員で行けば?というのが俺の意見だ。
「でも思ったんだけど、作戦に関してなんだけどよ、場所によって作戦変わるよな?」
俺は兄貴に尋ねる。なんだ、そんなことかと目で言ってきた。完全にそんな問題はとっくに解決済みだと言わんばかりだ
「いいか、焔。変わったところでやることは変わらないんだ」
「場所が違うのに?」
作戦を遂行するためには、まず何か企んでいると思われないようにすることが重要だという。つまり、いつも通り戦うということだ。しかし今回違うのは、班に分けることだという。
オンブル及びアンチ討伐班は俺、光紀、犀。
狙撃班はまさかの恋のみ。
穴を見つけるのはヴェーダさんと 、ホムンクルスの紅音さんと葵さん、今回のメインと言ってもいいレベルの海景くん、そして穴を閉じる黎だ
ジェード捜索班は千里眼が使えるという海景くんのホムンクルス紫苑さん、サポートする暁
兄貴は指令しなければならないので、全体を見る。ここが一番大変そうだな。全部見ることは出来ないため、兄貴の次に頭の良い大誠さんがカバーする。
兄貴のことだから適当な班編成はしないだろうとは思ったが、かなり的確な編成だった。考えられない俺が偉そうに入れる立場ではない。オンブル及びアンチ討伐班は実質五人だが、こちらは攻撃力の高い者が担う。俺は高い者として入れてもらえたのだ。ちょっと嬉しい。
「穴を見つけ次第作戦を実行する。それをこれから説明するから、叩き込んでね。特に焔」
「は、はい」
見つけるまで俺たち討伐班は実質時間稼ぎだ。確かに時間稼ぎをするにしてもこのメンツならば怪しがられることは無い。しかもいつも通り恋が射て、兄貴が全体を見通して狙撃もする。本当にいつもどおりだ。兄貴のほぼ勘だそうだが、穴を開けているのもジェードだという。
「まず、黎ちゃんたちは穴を見つけたら合図頂戴」
「合図は、敵から見えない信煙弾でいいかい?」
「それは分かりやすくていいね」
青い信煙弾を打ち上げたら穴が見つかった合図だ。そのあと俺たちはどうにかして作戦だと思われないようにアンチを穴まで誘い込む。誘い込み方はその時に考えるとのこと。
「そのアンチを押し込んだあと、黎ちゃんが穴を閉じるほぼ直前に海景くんが錬金真言で何か作って穴の中に飛ばしてくれ」
「わかりました」
ジェードは穴を閉ざすと戻ってしまうことが常であるため初めに仕留める必要がある。オラトリアのヴェーダさんは必須。そしてその次に強い暁も配置。押し込んだあと兄貴も参戦。兄貴の相棒である大誠さんも参戦。オールラウンダーに光紀。ジェードを仕留めてようやく闇の中へ侵入できる。
さらに、そのジェードを仕留めるまでにアンチを弱らせ、いつでも押し込めるようにしておかなければならない。その際にアンチの相手をするのは、六人。前衛に俺と犀。前衛も後衛もいけるオールラウンダー糸使いのホムンクルス葵さんと関節剣使いの紫苑さんはジェード探しから転身だ。後衛に恋とまさかのボーガンを使うホムンクルス紅音さんだ。いつでも穴を塞げるように浄化真言を完成させる黎と、いつでも飛ばせるようにホムンクルスを完成させる海景くんは、兄貴がどこが戦場になろうと完璧に隠すという。兄貴怖い。
ジェードを仕留め、弱らせたアンチを穴に押し込み、海景くんがホムンクルスを飛ばし、黎が塞いでこの作戦は終わる。
「ジェードのことなんだが」
「はい、ヴェーダくん」
「アイツ、オラトリアに属していないだけで実質オラトリアレベルのアンチだ。言っちゃあれだが、姫さんの兄貴まで仕留めてる」
砂歌さんのお兄さんは、お兄さんが亡くなった時に覚醒するまで最強レベルの真言使いだった。しかし、その真言使いをジェードは一度仕留めている。ただ、この間現れた時、ジェードは砂歌さんに対して今のあなたには勝てないとはっきり言っていた。ジェードが勝てないのは砂歌さんだけだと言っているようなもの。お兄さんが冷静さを失っている状態で戦っていたとしても倒せたジェードはかなり強い。下手すれば、これまで出てきたアンチオラトリアよりも強い可能性もある。ヴェーダさんよりも強い可能性だってある。
「・・・一応、最終手段はある」
兄貴が若干絞り出したような低い声で言った。しかし、そのあと不敵な笑みを浮かべるとある本を出した。またしても古そうだ
「古代の融合真言だ。難易度はかなり高い。五人分のクラフトを集めてやっと完成できるレベルだけど」
それだけのクラフトを集めなければ完成できないほどの難易度と強さを誇る最大真言。それが最終手段。内容は俺たちには教えてくれなかった
「ただね・・・その穴を開ける存在がいなくなったあとが怖いんだよなぁ」
「あと?」
「もしもだけどね・・・組織が・・・スピリト国にあったらどうする?」
兄貴の嫌な予感に全員が目を見開く。しかし、砂歌さんだけは驚いていない
「・・・この国は、お父様の時代だがスピリト国の王と、アンチとオンブル総勢1050人と戦争済みだ。あれがレクイム教団の団員であった可能性も・・・なくはない」
ただ、スピリト国の城ということは、ジェードの城。そしてその城は砂歌さんが誘拐され、そのなかでお兄さんも殺された。そんな場所だ。海景くんのホムンクルスの行き着く先がその城だったとしたら。こんなゾッとする話はない
「フィンスター国だって言う可能性も捨てきれないけどね。フィンスター国との戦争はありましたか?」
「・・・」
「あるんですね」
「ある」
何がとは言わないが、砂歌さんはフィンスター国と戦争済みだった。
「まぁ、最悪の事態を予測しておくのは最低限のことだよ。今は、一つの作戦を完遂させよう」
黎は強くはっきり言いきった。俺たちもそれに頷いた。
「我々も、本格的に始動するわけか」
「砂歌さま、何か知っておられますか?」
「いつだったか、わたしがオンブルを退治している時に謎の男が現れた」
砂歌さん曰く、国境辺りに不気味なローブの男が現れ、砂歌さんに名乗らずに消えた。既にその時にフィンスターニスが目覚めればということは言われていたという。そして、その男はアンチと繋がっていることもわかっている
「フィンスターニス直属の部下である可能性がある」
「あれか?ヴェーダが襲うぞこのヤロウって言った日か?」
「ん?なんだそれは」
ヴェーダさんの禁句は砂歌さんには聞こえていなかったらしい。幸いだったと胸を撫で下ろしていた。バレてしばかれればよかったのに、とか思う俺である
「ジェードのことは、よろしく頼む」
「うんお姉ちゃん。任せてよ」
「じゃあ、このあとは姫さんの独白会ってことでいいか?」
それはなかったことにしないか?と砂歌さんは困ったような微笑を浮かべた。それを見た俺たちも笑う。これから俺たちは動く。その前に、色々と知るべきことがあるんだ。俺たちはそれぞれ頷いた。そして、俺たちは手を重ねる
「奏でよう」
「パルティータ!」
砂歌さんは知っているが、ヴェーダさん、そして大誠さんは知らなかった。少なくとも大誠さんには教えておけばよかった。
「お、俺も混ぜろ!」
俺たちは大誠さんも加え、オクテット・パルティータとして本格的に気を引き締めた
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