雨音ラプソディア

月影砂門

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第四番 〜守護者たちの行進曲《シュッツエンゲル・マルシュ》〜

第四楽章〜日常の交響曲《シンフォニー》

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 兄貴たちジェード討伐班は、取り敢えず自分たちのクラフトを固め解放する練習をしていた。センスの塊である五人でさえ梃子摺るほど難しい融合真言。融合真言の中でも二つではなく五つ。しかも五人で一つの真言を完成させなければならない。そこにさらに攻撃力も追加される。少なくとも俺には無理で、自由な真言の方が輝く犀にも少し辛い。恋は協調性もあるためできるかもしれないが、最後の二人で崩れるかも知れないということで兄貴はクインテットを選ばなかった。
 一方俺たちは、師匠の指導の下に何通りもの可能性を考え何度も何度も実践した。師匠が作り出したアンチがわりの人形。さらに銀河真言で作り上げたオンブルたちが出てくる穴。しかもそこから生命体やアンチを出してくるというリアルさを追求したような実践が出来た。途中でチラッとこちらを見ていた兄貴たちが呆然としていた。
 「姫さんやっぱやべぇわ」
 「ものすげぇ再現率」
 「シャロンさまの真言で生み出された銀河の何と美しいことか」
 兄貴は今日何度変な暴走をすれば気が済むのか
 「さて、汗もかいたし風呂入ろうぜ」
 「そうだね」
 ジェード討伐班は一旦休憩に入るらしい。師匠が住む城には大浴場があるそうで、男湯と女湯が別れていないらしい。ちなみに言えば、それぞれの客室にも浴室は完備されているとのこと。つまり、今日は泊まっていいぞと言っているのだ。ジェード討伐班が入るなら俺たちも入る
 「じゃ、行こう」
 「大浴場は俺も初めてだぜ。普段部屋の入るし」
 「わたしも入る~」
 黎が一緒に入る宣言。まぁ、身体は男でも女でもないというのでこちらはギリギリオーケーだ。
 「ではわたしも」
 「さ、砂歌さま・・・」
 最近は俺たちの前では時々女性の姿になってくれる。ほとんどが男装であるとはいえ。
 俺たち男はさっさと入った。兄貴と光紀と海景くんは先に洗ってから入る。三人に見習って俺たちも先に洗った。汗だくの状態で風呂に入るのは確かに申し訳ない。そういえば旅行に家族で行ったことがない。兄貴と一緒に入った覚えもない。男女別れていないためなのか、洗うための半透明のなんか遮るやつがある。数分後にはしっかり洗った男どもはようやく風呂に入った
 「へぇ、着痩せするタイプなんだな、琥珀って」
 「そう?君デカすぎるよ。戦闘服だってこれ見よがしに筋肉見せて」
 「自由とはいえあんな服よく着れるぜ」
 兄貴と暁がヴェーダさんの戦闘服に対していちゃもんをつけている。筋肉質な腕を見てくれと言わんばかりの服であることは否定しない。見てくれというか見て欲しいのか
 「お前運動部かなんかいたのか?意外と筋肉質だよな」
 「僕ずっと文化部だよ」
 「え、マジか。なんでそうなる」
 「琥珀は色んな部から助っ人で呼ばれるんだぜ」
 何をさせても確実に熟す兄貴。サッカー、剣道、テニス、バドミントン、バレー、バスケなど様々な部活で必ず決勝にのし上がる
 「野球は呼ばれなかったね、なんでだろ」
 「純粋に髪だろ。そんな髪型の野球部いねぇよ」
 だいたい丸坊主のイメージがある野球部。兄貴は襟足を伸ばしているということもありあまり向かない。
 「どこの主人公だよ。頭がいい。身体能力抜群。強い。何させてもできる。欠点ねぇの?」
 「欠点?あるぜ」
 兄貴のことを俺よりも知っている大誠さんは兄貴の欠点を知っているらしい。俺も知りたい。兄貴の弱みを握りたいというのが本音である
 「え、マジで教えろ」
 「大誠、絶対言うなよ」
 「男にとっては屈辱だよなぁ。あれは」 
 とんでもない話になりかけたとき、天使が現れた。黎、恋、砂歌さんだ。黎は本当に中性なのかとここで実感が湧いた。三人も先に身体を洗うようだ。横は隠れるが後ろは隠れないということを忘れていた俺たちである。
 「あれ遮るやつじゃなくて部屋にした方がいいと思うぞ。鼻血出るから」
 「見なきゃいい話だろ」
 「あれを見ねぇなんて男じゃねぇよ」
 「ヴェーダの男の定義がわからないよ」
 見なきゃいい話だろとか言っている兄貴も見ているのだが。もちろん視線はあちらです。凍て付かせてほしい。弁護士がセクハラだ
 「というか・・・身体に髪が張り付いているのがまた・・・」
 「上手いこと隠れているのがまた・・・」
 兄貴とヴェーダさんの変態具合が加速していく。洗い終わったらしい黎と恋が砂歌さんの方に行った
 「お姉ちゃん髪の毛長いから時間かかるね」
 「そうなんだよ。ちょっと髪の毛長くなってきたから切りに行かないと」
 「サラサラなうえに、清潔感があるから何故か鬱陶しく感じないんですよね」
 「そうか?」
 「琥珀兄さん切るの上手いよ。わたし切ってもらったもん」
 兄貴が暁に睨まれた。黎の髪を整えただけとのこと。器用すぎるのをそろそろどうにかしてほしい。神がいるのなら兄貴から何かを・・・運か
 「では頼もうか」
 砂歌さんは顔をこちらに向けるなり微笑んだ。天使を通り越して女神。濡れているためか妖艶さが増している。普段残した少女感が消え、大人の女性になった。完全に笑顔を向けられた兄貴が顔を真っ赤にする事態となった。ようやく終わったらしい砂歌さんは、タオルを巻き登場。黎と恋が砂歌さんが転けないように支える。姫君と魔女に女王が支えられる図が完成した
 「誰が魔女なのよ!」
 「自覚してんのかよ」
 「恋ちゃんいいじゃん。凛とした雰囲気だし、ダラシない焔なんて叩き直してもらえるよ」
 兄貴の言葉に恋が照れた。女を持ち上げるのがやたらと上手いのだ。
 それよりも砂歌さんが気になって仕方がない。俺の隣にいるのだ。嫌でも目に入る。たた嫌ではない。言っておくが俺は十五歳である。思春期真っ盛りである
 「人に裸を見せるのはお父様と兄さまと・・・うん、以来だな」
 絶対二人の次に誰かいる。見ている。お父さんは小さい頃に一緒に入っているという可愛げのある思い出だ。お兄さんもおそらく可愛げのある思い出だ。そして次に入ってくるであろう奴らは可愛げどころか悪夢だ
 「は、裸にされてたのか?」
 「感覚的に服が変わっていたからな」
 着せ替えたということか。ジェード許すまじ。
 「ヴェーダ」
 「なんだ」
 「マジでアイツ半殺しにしないか?」
 「え、俺殺す気だったんだが」
 「あ、そうなんだ。僕のヘリオドールは一度の装填で五十発撃てるんだ。頑張れば蜂の巣にできる」
 「そうか。協力するわ」
 「僕も協力します」
 「任せろ、俺もやる」
 ジェード討伐班が怖すぎる。兄貴たちは砂歌さんの裸を見たジェードの完全抹殺を謀ろうとしている。そこに大誠さんも便乗した。ヘリオドールはそこまで撃てるようになったのか
 「海景くんすごいんだ。僕のベルンシュタインもヘリオドールもケルブクライノートも当たるまで音が鳴らないんだ。つまり、僕がどこから撃っているのか相手はわからないんだ」
 兄貴の銃弾怖すぎる。光紀たちはそれを完璧に弾けるのだ。凄すぎる。さらに兄貴は新しい真言を覚えようと思っていると告白した。
 「爆破系の真言があったんだけどね、それを銃弾として使ったらどうなるんだろ」
 「・・・やべぇだろうな。お前が使ったら」
 曰く、兄貴が爆破しろと言うまで爆破しない仕組みの真言。
 「金属性の天に入る真言だ。エアでもいいと思うが」
 「エアですか?」
 エアとは、圧縮空気のようなものだと思ってくれ、とのことだ。空気を圧縮したものを剣のように利用したり、ドリルのようにして使ったり、それで浮いたりすることも可能。使い勝手も良く応用も利く真言だという。
 「それはいいですね。金属性の天ですか」
 「そうだ。さっきの君のエア弾もエアで作ったものだ」
 「シャロンさまは一体幾つ真言が使えるのです?」
 それは確かに気になる。光が使えるうえに銀河が使える。この時点で容量的にはいっぱいになりそうだ。しかし師匠はそこに氷を使いエアまで使う。この時点で四つ。五つの属性は網羅しており、火に関しては白色だという。つまり太陽と同じくらいの温度だ。さらに浄化が使える。復活も使える。シンフォディアの特権かと思えるほどの数だ
 「フィンスターニスも凄かったな。あちらは破壊を使うからな。セレナディアの特権だぞ」
 再生する砂歌さんと、破壊するフィンスターニス。本当に対照的な二人だ。表裏一体だとのこと。光は闇にもなるし闇は光にもなる。
 「神話だったか何かの本に、光と闇は本来概念はなかったと書いてありました」
 明るい暗い。光る消える。概念ではなく現象。そこに光と闇そしてそこから作られる影という概念をシンフォディアたちがいない頃に名付けられた。光と闇は本来あったがそこに名前はなかったのだ。明るくするのは光。暗くするのは闇。光と闇の間に存在するのが影。人はそう認識した。と本には書いていたらしい。
 「人は様々な現象を陰陽で分けた。受動的な性質と能動的な性質で分類」
 受動的な性質として闇、暗、柔、水、冬、夜、植物、女が挙げられ、こちらは陰。能動的な性質として光、明、剛、火、夏、昼、動物、男が挙げられ、こちらは陽。古代の人は、様々な性質に分けるということをしたのだ。澄んだ光は天となって、濁った闇は地となった。兄貴が何者かわからなくなってきた。色々な、いるのかいらないのかよくわからない知識も含めて広く深い。狭く深くならわかるし、広く浅いもわかる。兄貴は広いうえに深いという。すべてにおいて追求したいという性がある。ないよりはマシだが知りすぎだ
 「しかし、銀河があるのに宇宙はないのですか?」
 「いや、宇宙コスモスがある。黎だってあるぞ。調律真言だが」
 あらゆるものを無から作るという創造真言とあらゆるものを整える調律真言。シンフォディアが作った形のないものをラプソディアが整えようやく形になる。砂歌さんはどちらの性質も持つため、創造して調律もできる。黎はすでに創造された森羅万象を調律し言霊を届け真言を使う。黎はラプソディアなのでなんでも自由に使える。砂歌さんはシンフォディアなのでなんでも作れて自由に使える。どちらにせよ万能だ。ただし、闇や光という人間が本来持つ性質に関しては、黎と砂歌さんが使えるのは光のみ。闇はアンチたちが使っている通りである
 ふと、なぜかヴェーダさんが気になることがあったようで話を変えてきた
 「なぁ、光紀」
 「は、はい」
 「お前ちょっと鍛えた方がいい。細すぎる。お前何キロ?」
 「喧嘩売ってます?62キロですよ」
 これまでの真面目な話は完全に放り投げられ、結構どうでもいい光紀の体型の話となった。ただ、普通に思ったよりも細いとは思っていた。180センチ近いのに60キロちょっととは。本当に鍛えた方がいい
 「ヴェーダ、デリカシーなさすぎる。光紀くんは無駄に筋肉をつけてないだけだよ。君より倍近く速いだろ」
 兄貴が言いたいのは、無駄な筋肉は落とし、出来るだけ身体を身軽にしているため戦闘において適した体型だということだ。たしかに光紀は俊敏性がかなり秀でている。砂歌さんは除く
 「もう少し筋肉ほしいです・・・」
 「しなやかでいいと思うけど」
 兄貴はポジティブシンキング派だ。筋骨隆々なヴェーダさんに対し、細いがしっかり最低限の筋肉が付いている体型の光紀。中性的なほうが優しそうでいいと思うよ、と兄貴は言った。貶さないのがすごい。
 「琥珀兄ちゃんは銃だから鍛えなきゃヤバいんだよな?」
 「銃の衝撃に堪えなきゃいけないから腕は鍛える。しっかり脚で支えなきゃいけないから足も鍛える。腹筋は知らないうちにできてた」
 筋骨隆々なわけでもないのに、肉体はかなり強靭的。逆三角形と呼ばれる肩甲骨の部分のラインの美しさは男でも驚く。そんなに綺麗につくのかと思うほど。砂歌さんはまたしても兄貴に触れていた。
 「ヴェーダ、何故そんなにも睨んでいる?」
 「えっ、いやぁ・・・」
 兄貴は目も向けなかったが、砂歌さんがその視線に気付いた。
 「いつになく怖いぞ」
 「こ、こわい!?」
 「そして琥珀は何故そんなに笑っている?」
 「いえいえ、こんなにも愉悦に浸れるほど面白い友を持ててよかったなと」
 狼狽えるヴェーダさんに対して兄貴がニヤついていたのだ。それを砂歌さんが指摘した。理由もまた酷い。狼狽える友を愉悦の対象として見るという腹黒さ。さすが兄貴と言わざるを得ない
 「・・・光紀、何か不安なことがあるのか?」
 「砂歌さま・・・」
 光紀の心のなかが手に取るように分かったのだろう。
 「そうですね。母が、国外に旅行へ行ったっきり帰ってこないのが気掛かりで」
 俺たちは全員目を見開くしかなかった。光紀がいうには、光紀の母は実母がいる国へ帰ったという。光紀は勉強もあるし、アンチのこともあるし、砂歌さんの使用人ということもある。そして母が旅行に行くのを見送ったのが一ヶ月前。元々活発で旅行好きだったという母
 「お父さんはどうしてるの?」
 「離婚しました。アルコール中毒で暴力を振るってきたってこともあって、危ないからって」
 アルコール中毒で、光紀やお母さんに暴力を振るようになったという。それが幼少期。お母さんの行動は早く、エスカレートする前にお父さんを病院に預けたのだ。それと同時に離婚。息子を守るための行動だった。
 「二週間で帰ってくる予定だったので、少し遅いなって。まぁでも、勝手に予定延ばして帰ってくることはザラにありますから」
 「無事に帰ってきてほしいってことか。お母さんが心配だってことなんだ」
 「そうです」
 お母さんがなかなか帰ってこないことに気を揉み、それが砂歌さんに聞こえるほど大きくなったのだ。ただただいい奴。こんな息子を持てたお母さんは幸せだろうな
 「とんでもないことが起こってたとかそういうことじゃないんだね。お父さんがちょっと怖いけど」
 「この間久しぶりに実家に帰ったらお父さんがいて驚きました」
 「怖っ」
 なんでお母さんのいない実家にお父さんがいるんだ。何しに来たとしか言いようがない
 「というか、ずっと居るみたいで。メールもの凄い数が来るんだ。毎日」
 お父さんではなく下手すればストーカーの類に入りそうなレベルだ。兄貴と大誠さんという恐ろしい情報収集能力を持つ二人が気になって仕方がないらしい。
 「あとで見せてもらってもいいかな?」
 「はい。本当に迷惑なのでどうにかしてもらいたいです」
 心から迷惑だと思っているらしい。顔が嫌だと言っている。母に暴力を振るところを見ているから嫌いなのだろう。
 「変なことしてたらマジで有り得るからね」
 「事件性か?」
 「それで巻き込まれちゃったらそれこそ最悪だし。警察が取り扱ってくれるかは知らないけどね」
 兄貴は警察が嫌いなので、疑念を抱いている。ろくに取り扱ってくれないのが警察。重要な事件でも動いてくれないのが警察。というとんでもない偏見を抱いている。ミヤマというとんでもない警察を生み出した場所がおかしいと思うのだが。
 「それでは上がるか」
 「うん、そうだね。お姉ちゃんって・・・細いのに大きいよね」
 黎がおかしくなった。風呂に入ってる時も興奮しかけたが、タオルが張り付いてラインがわかってしまう今は俺でも死にそうだ。兄貴とヴェーダさんが悶絶した。ラインが異常に綺麗だ。
 「どうやったらあんなふうに育つのか」
 「肩の筋肉を鍛えたらいいらしい」
 「肩の筋肉あるはずの恋はどうなってんだよ」
 「あれ平均だと思うぜ」
 全員でヴェーダさんを軽蔑するような目で見た。恋は平均で、そのとなりの砂歌さんが豊満なだけだと言い切った。
 「よくあれだけ張りを」
 「ヴェーダ、お前一回黙れ」
 兄貴が乱暴に言い放った。マジで黙ってほしい。
 「あ、琥珀。髪切ってくれ」
 「はい?あぁ、承知いたしました」
 「で、大誠。琥珀の弱点ってなんだよ」
 「まず酒くそ弱え。で小さいな」
 大誠さんが放った二つ目の弱点は爆弾だ。兄貴が恥ずかしさに顔を覆うレベルだ。ヴェーダさんと暁が大笑いだ
 「たしかにな」
 「はぁ!?」
 兄貴は隣の奴を見た。思いっきりそっぽ向いた。
 「日常に支障ねぇし!マジで脳に直接弾丸浴びせたい」
 殺人でしかない。確かに恥ずかしいとは思うが。日常に支障ねぇしと兄貴とは思えない言葉遣いだ。
 「髪切れるということは、シャロンさまの髪に触れることが出来る」
 兄貴は振り切るようにして風呂から上がった。ヴェーダさんがニヤニヤしている。子どものような行動をヴェーダさんが取り出した。スライディングで兄貴を転かす作戦だ。しかし、それを予想していたのかスマートに躱した。そのまま勢いに乗ってこれから外に出ようと扉に手をかけた師匠たちのところまで滑っていった。よし、凍らされろ。この中の誰もが祈った
 「ヴェーダさん!何をしてらっしゃるんですか!?」
 「お姉ちゃんに当たったらどうするのさ!」
 「なんだヴェーダ・・・凍らせてほしかったのか?」
 恋はわかるが、黎も師匠もめちゃくちゃ怖い。恋は小さい竜巻を作るわ、黎は光の塊を作るわ、師匠に関してはパキパキと音を立てて湯気が凍りつく。ヴェーダさんがビクビクしながら正座した。
 「まったく、誰にやろうとしたんだか」
 兄貴を不意打ちなんてできる訳が無いわけで。
 「まぁお前に不意打ちは無理か」
 「黎、恋さっさと上がろう」
 「そうだね」
 
 俺たちはようやく風呂から上がった。デカい洗面所の前で髪の毛を切るようだ。
 「好きな髪型にしてくださいな」
 「は、はい」
 ウキウキしたような様子の師匠に、兄貴が一瞬石になった。ここで兄貴が本領を発揮することになる
 「前髪は切るのか?」
 「切りませんね」
 「なぜ?」
 「髪質はまっすぐなのに前髪はくせっ毛で可愛いので」
 可愛いと言われた師匠は少しむくれた。確かにくせっ毛だし愛らしいと思うが、それを口に出すとは思わない。切っていきますねーと言って兄貴が真剣な顔になった。いや、そんな戦う時のような顔にならなくても。手つきが美容師のようだし、ハサミの使い方はもはやプロ。美容師のマネだとのこと。観察眼はどうなっているのか
 「すげぇな」
 長さを調節すると、今度は空かしていく。ハサミや櫛を巧みに使う
 髪全体は切り終えたようで、今度は髪の毛をアレンジするようだ。滝編み風のハーフアップとのこと。師匠の魅力を最大限に引き出してきた。
 「兄貴すげぇよ」
 「よし、これでオッケー」
 さっぱりしたらしい砂歌さんは機嫌良さそうに立ち上がった。
 「ありがとう」
 間近で師匠の笑顔を見てしまった兄貴は再び悶絶した。
 「琥珀、光紀のことはいいのか?」
 そして次は光紀の親父さんのことだ
 「あぁそうだったね。メール、見せてもらってもいい?」
 「どうぞ」
 兄貴は、光紀から携帯を借りるとメールをチェックした
 「この写真、君の家だよね?」
 「はい。それが・・・」
 「これ、お父さんのメアド?」
 兄貴が見せたメアド。光紀は首を縦に振った。お父さんのメアドで間違いなさそうだ。兄貴と大誠さんが首を傾げている
 「何でお父さんがわざわざ写真送ってくるんだろうね」
 「絶対一点を撮っているように見えるぜ」
 「・・・家行っていい?」
 「え、はい」
 お父さんがいるのではないのかと聞けば、お父さんはこの時間帯はいつもパチンコか酒を飲んだくれているか競馬に明け暮れているかだという。アルコール中毒が治ってない
 俺たちは光紀の家にお邪魔することになった。とんでもない事件に巻き込まれるなど誰も想像していなかっただろう



 
 





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