雨音ラプソディア

月影砂門

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第六番 〜七色の交響曲《アルコバレーノ・シンフォニー》〜

第四楽章〜赤き月の夜の受難曲《パッション》─2─

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 「あ、そうだ。初代と二代目の話教えて」

 「そうだったね。あ、そう言えば・・・どうやら土の真言使いはみんな心臓疾患だったらしい。数名死亡してるし、シャレにならない。ぶっちゃけ僕としてはここが一番怖いんだけど」


 兄貴だけじゃなくて全員怖いからな。黄玉さんも心臓疾患で衰えていたというし、兄貴に至っては生まれつきという。重い心臓病に関しては赤ちゃんの頃に治療したものの、生活するにあたり不便なことはあるわけだ。長時間の運動ははっきり言って自殺行為。真言使いの補正によりだいぶ緩和されているらしい。補正ってすごい。ラプソディアの力が凄いのか?


 「まず初代。一人目、火の真言使いフィアンマ=コンティネントさん。後で出てくる土の真言使いの弟だね」


 早速共通点。火の真言使いフィアンマ=コンティネントさんと土の真言使いエルデ=コンティネントさん。実の兄弟。仲は良かったらしい。仲はと強調した。


 「このフィアンマさんはもう、戦うために生まれたんじゃない?っていうくらい守聖としての適性を持っていた人だ」


 攻撃力、スタミナ、筋力、防御力に優れた絵に描いたような熱血系健康優良児だったらしい。一番最初に守聖として選ばれたのがフィアンマさんだったという。シンフォディア騎士団の団長を務め、何万人にも及ぶ騎士たちを纏めあげたカリスマ性の持ち主でもあった。


 「戦隊モノのリーダー感がすごいわね」

 「焔もこうなってほしいものだな」

 「焔くんならなれるよ」


 黎からの励まし。言ってもらえるだけでなれそうな気がしてくるレベル。実際は努力しないとどうにもならないんだけどな


 「さてさてお次は二番目の守聖。この人は風の真言使い。シンフォディアの大親友。オラージュ=フリューリングさん」


 さっきから名前長いんだよな。光聖国の起源の話なのに、明らかに外国人の名前なんだよな。
 この女性はシュトラール帝国有数の大学の法学部に17歳で卒業し、その後22にして最高裁判所の裁判長となり、その後辞めるなりシンフォディアに憲法の立案についてアドバイスをしている。スーパーキャリアウーマン。法律に関することと精神的な面で支えたわけだな。


 「理想の女性ね。わたしもこうなりたい」

 「恋ちゃんはすごいキャリアウーマンになりそうだね」


 光紀から一言。確かに、恋がこうなったときの安心感は凄まじいと思う。フィアンマさんは武力に優れ、オラージュさんは法律的な観点と思考の柔軟性に優れていた。ここまででも凄いんだけどな。


 「続いて3番目。水の真言使い、フルーヴ=ソルジェンテさん。彼は、オラージュさんと夫婦関係です」

 「わーお」

 「なんだろう、すっげぇ恥ずい」

 「わたしもよ」


 カップルですじゃなくてそれを超えて夫婦か。   
 このフルーヴさんは、オラージュさんの大学の同級生。フルーヴさんも飛び級で卒業している。頭いい人しかいないのか?脳筋はフィアンマさんだけなのか?このフルーヴさんは、司法を学んでいたのだが、教師になりたいと意気込み教師になり、教師をしながら騎士団にも所属。ちなみに、オラージュさんも騎士団に所属していた。フルーヴさんが第一部隊隊長。オラージュさんが第二部隊隊長。


 「そして次4番目。金の真言使いオーロ=シュネーヴァイスさん。この人は、騎士団に僅か14歳で入団。とにかく防御力とスピードに優れていた。実力で年上を黙らせるタイプだね」


 防御力とスピードといえば、光紀だな。個人的に一番名前がカッコイイと思うこのオーロさん。最年少で第三部隊隊長に就任している。素早いから敵も一瞬で片付けられるんだな。フィアンマさんや最強夫婦にめっちゃ可愛がられていたらしい。ちなみに、余談らしいがオラージュさんは騎士団に入団した5年後に出産しており、後に復帰しているそうだ。母強し。


 「オーロさんの鎧はマジで硬かったらしい。暗黒と戦うまで罅すら入らなかったとのことだよ」

 「罅すらっていうのが凄いな」

 「速すぎて当たらなかった可能性も無きにしも非ずだな」

 「それはあるでしょうね。スピードもあって防御力にも優れているなんて、敵からすれば最悪ですね」


 全く出てこない、土の真言使いはどうなってるんだ?四人までは文句なしだったのに、急にどうした


 「次ね、僕が大嫌いな土の真言使いエルデ=コンティネントさん」


 世界有数の大学に11歳の時に入学し、13歳で首席で卒業。色々な世界を旅してめぐり、帰国するなりシュトラール帝国の大学に入学して官僚に。政治の世界に進んだのか。忖度ナニソレオイシイノ的な人で、国益にならないような組織は国民投票の結果を見て解体。その後民営化へ。25歳・・・え?まぁいい。25歳で辞任して、シンフォディアではなくその父親に見初められて参謀へと登り詰める。


 「わぁ、すごい」

 「キャリア全部おかしいとは言わないけど、25歳での辺りで首を傾げたよ」

 「有望すぎるだろ。しかも参謀って・・・側近中の側近」


 そこまで登り詰め、シンフォディアが即位すると自動的にシンフォディアの参謀となり、戦の面や行政など様々な面で支えた。兄貴が言うには、王を支える立場としてこれほど有能な人はいないと思うほど、参謀としての適性が高かったそうだ。シンフォディアによる女帝の王政を、常にエルデさんがいることを条件に認めさせたという。だったら砂歌さんもいいじゃねぇか。税金なんて使わないし、なんなら自分で会社建てて金稼ぐし。歴代の国のなかで最盛を築いた人だぞ。認めていいだろう。


 「で、当時の戦績。無敗だ」


 嫌いだが戦略は天才的だったらしい。兄貴が嫌うとか普通に考えてやばい事なんだけどな。警察は嫌いといいながら、全体を嫌っている訳ではなく、その刑事を嫌っている。

 
 「僕が本当に嫌いになった作戦。暗黒との戦いの時、弟であるフィアンマさんを爆弾にしてぶつけて倒す」

 「うわぁ、一気に評価さがったんですけど」


 恋に同意する。弟を爆弾の辺りでマジで他人事とは思えない。兄貴はそんな事しないが、共通点があるから余計だ。フィアンマさんの全マテリアルを固めたゲリンゼルとやらを体内に埋め込み爆破。そんなことしなくても倒せただろ。そのマテリアルを取り除いてぶつければいい。俺でもわかる


 「これに関しては焔と同じ意見だな」

 「ボクもです」

 「次、セレナディアとの戦い。これは大量の戦死者を出した。両軍ともにね」


 もう吐き気がするレベルで最悪の事態を引き起こしたというこの戦い。当時妊娠中だったオラージュさんを遺してフルーヴさんが最初に戦死。囮にしたという。自分がなれよと喉元あたりまで来ている。エースであるはずのフィアンマさんは爆弾にしたせいでいないしな。


 「で次、まだ未成年だったオーロさんが骨さえ残らず熱風に飲まれて死亡」


 残ったのは鎧だけ。熱に触れるとさらに硬くなる鎧だったため、壊れなかったという。オーロさん本人は耐えられなかったんだな。酷すぎるだろ


 「もう喋るのも嫌になってきたね。二代目に行っても笑えるところほぼないよ」

 「姫さんの話もラプソディアの話も笑えるところ無かっただろ」

 「初代と二代目は本当にエグいんだよ。読みながら吐き気したから」


 知的好奇心旺盛な兄貴が吐き気するレベルで嫌悪感を覚えたセレナディア戦。シンフォディアは光そのものになって光聖国の地下に眠っている。セレナディアはシンフォディアのとどめの一撃で封印。ファディアと、ファディアの子であるラプソディアとカンタータ以外残らなかったという。


 「が、しかし。歴史的大敗と言ってもいいこの最悪の対戦により陸がボロボロ。それを修復したのが・・・二代目土の真言使いであった」


 全員黙った。なんか凄いこと言ったよな。二代目土の真言使いが、壊滅的な状態だった大陸を修復した。もはや神なのでは?
 ファディアは時が戻ったために0歳になってしまった双子と半年ほど穏やかに暮らし、勿論子どもも連れて娘を守る守聖を探す旅に出る。力を使いすぎて持っていた千里眼があまり使えなかったようで効果はなく、強い能力者の特定には至らなかった。真言使いなので文字通り飛び回っていたらしい。ミルクをあげても全く成長しない双子を連れ、シュトラール帝国に帰ってくると、ボロボロだったはずなのに綺麗に修復されており、何故か賑わっていた。


 「ここからすごーくいやーな話が始まるよ。最初は平穏なんだけど。賑わっている理由が一つ。教会の存在。結界があったらしく、綺麗に残っていたらしいね。その教会を中心に街が出来て行ったんだ」
 

 いや、もうすげぇ。神の力というよりシンフォディアの力が教会を守ったのか。なぜ城でなく教会なんだろう。


 「ベーテン教っていうんだけど」

 「すげぇ、歴史が急に繋がった。世界史だけどな」


 光聖史ではなく、世界史で習ったらしい。俺たちはこれから習うと思われる。もう習っていたらどうしよう


 「現光聖国のあたりに栄えたのがベーテン教の新派。この時代は、王ではなく教皇が強い力を持っていたんだ。特にベーテン教は強いよ。大誠は知ってるね、新派側の教皇といえば」

 「ヨハンナ=アンブル=シュヴェールト女性教皇だよな」

 
 女性だったのか。当時は女性も男性も関係なかったんだな。そして旧派対立勢力になるのかな、ハザール教皇がいた。ヨハンナさんは、貧しい人々に救いの手を差し伸べたもはや女神のようなひと。新派を名乗るつもりはそこまでなかったが旧派に不満があり、独立。手を差し伸べるなり新派の信者が増えた。信じるものは救われるとかそんなことは言わない。そこに困る者がいるなら救います。これがヨハンナさんのモットー。


 「ファディアは、一応シュトラール帝国の王だからね。ほとんどアポ無しでヨハンナさんに会いに行った。どんな教会だったか、大誠かシャロン様覚えていますか?」

 「要塞・・・だったな。強大な要塞国」

 「え、待てよ。まさか」

 「そう。目の前にいるヨハンナ教皇は・・・土の真言使いでした」


 大陸を修復した上に、国を囲むレベルの要塞を作り、そこで国民を保護したのか。移民に関しては厳しい審査があったらしい。まぁ、普通だな。全てのものを救うが、全てのものを受け入れるなんて一言も言ってないんだから。


 「当時、教皇どころか枢機卿自体認められていなかった。ヨハンナさんはそこを突破した。世界一有名な引きこもりとかいう二つ名が付けられていたとかいないとか」

  「結構失礼な二つ名だよな」

 「そんなすごい人をよくそんな揶揄できたな、当時の人」

 「当時じゃなくて後にだよ。で、ちなみにヨハンナさまが初代オラトリアでもある。オラトリアはそもそも祈る人だからね」


 こんな所にオラトリアが現れた。さすがに歴史じゃ習わないところだ。聞いていて俺は楽しいんだけどな。砂歌さんのイメージからラプソディアの育児係という印象が強いが、本来の役割は世界平和に向けて力を使う人だったわけか。


 「出たいのに出られなかったシャロン様とは違い、ヨハンナさまは謁見と祈祷の時間以外は読書していたらしい」


 引きこもりと言われるのも間違っていない気がしてきたのは俺だけか。


 「オラトリアが育児係っていうイメージがなんとなくついたのは、飛び回るファディアの代わりに育ててくれたからなんだろうね」


 それでオラトリアがそんな役割を担うことになったのか。砂歌さんの時は育児係が多すぎた件については突っ込まないけどな。
 

 「そして、ここから正義を名乗らぬ読書好き教皇VS正義を名乗る権力とお金大好き教皇の戦いが始まる。もはや宗教戦争」


 読書好き教皇と権力とお金大好き教皇って、すごいネーミングだな。旧派の教皇がなんか嫌だな俺は


 「光と光・・・わたしは嫌だよ。そんなの」

 「たしかに。どちらも尊重しあえばいい。ヨハンナさまはその考えもありですという考え方だからな」

 「叡智のヨハンナさまですから」


 ヨハンナさんは、千里眼が使えないあなたでは何年経っても見つけられそうにないのでと言って、なんと真言使いの友人一人を紹介してくれるという神対応もしてくれたらしい。


 「この友人の名前・・・ミストって言うんだよねぇ」

 「おう、ストレートに霧かよ」


 ヨハンナさんの友人は霧の使い手?なんか凄いな。


 「どんどん仲間は増えていく」


 親友であるミスト=ウィステルさん。霧の真言使い。次、ミスト=ウィステルさんからの紹介でゴルト=アルジェンテさんが快く手を貸してくれることになった。この人は金属性の真言使い。さらに次、ヴィアベル=マーレさん。この人は水の真言使いでゴルトさんの従兄弟。そして次、ヴァン=フラワーリングさん。今度は男性で風の真言使い。以上
 あれ、完全に火属性がいないんですが。俺たちは首を傾げる。その反応に対し、兄貴の表情は何故か曇る


 「ラプソディアたちの様子を見に、ファディアは仲間を連れて教会へ。なんと、帰ってくると国の門の前で・・・ヨハンナ様とハザール教皇が対峙していた」


 とんでも展開なんなんだよ。すでに五人くらい幹部を揃えていたハザール教皇と、一人で戦うヨハンナ様の図。がしかし、ヨハンナさまは超強い。つま先で地面をつつくだけで攻撃出来る。しかし、法皇であるため人に怪我を与えてはならないという戒律があったため、ヨハンナさまは傷つけなかった。しかし、ハザール教皇に着いてきた半数以上が新派に流れたという。


 「感化されたんだよ。あとめっちゃ強いし。ファディアたちも加わり大戦開始。しかし、ここで緊急事態発生。教会の中に裏切り者がいたんだよ」


 旧派の人間が紛れ込んでいたのだ。しかし、ここはヨハンナさまだ。全く焦らない。ファディア陣営から途中で離れたミストさんが教会にいたのだ。その裏切り者からラプソディアとカンタータを無事保護できた。今の兄貴と大誠さんみたいに息がピッタリ。


 「ファディアとヨハンナ様たちが出逢ってから2年、そう簡単に宗教戦争は治まらないよね。さすがにミストさんたちも戦いに加わる事態に直面する。その時はヨハンナ様が教会にいた」


 守りのヨハンナさまの本領発揮。裏切り者は全てヨハンナさまの魅力なのか新派へ。ファディアたちが戦っている間に事件が起こる


 「ハザール教皇が教会に侵入した」


 教皇直々においでなさったわけが。完全にラプソディアを人質に取られてしまい、逃げられない。


 「ヨハンナ様は目的がわかっていたんだね。自分の身を差し出した」


 衝撃だ。ヨハンナ様のことを狙ってたのかよハザール教皇は。そもそも女性が教皇をすること自体反対していた人だ。無理やりやりやがってではなく、恋愛対象として見ていたわけだ


 「戒律によると恋愛ダメらしいけど・・・教皇がそんな事やっていいのかな」


 恋愛対象として見ているだけならいいが、その相手を連れ去るとは。さすがに旧派の人間も見過ごせないはずだ。


 「そのハザール教皇の教会で・・・彼女は処女喪失」


 絶句。特に女子である恋や砂歌さんなんてもっと胸糞悪い案件だろう。処女喪失のあげく、強制妊娠ときた。しかし、中絶は殺人にあたる。そんなことは関係なく、ヨハンナさまは出産したという。妊娠時の症状に襲われながらも逃げ、シュトラール帝国の教会に篭る。出産したあとは、ラプソディアとカンタータそして産んだ息子の3人を育てた。ラプソディアとカンタータは当時成長スピードでいえば、3歳。本当なら6歳とか7歳だと思う。時を戻すとやっぱり弊害があるんだな


 「息子を産んで13年後。ヨハンナさまが逮捕される」

 「はぁ!?なんで」

 「逆にされるのはハザール教皇だろ」

 「そういや、歴史じゃヨハンナさまの最期習ってねぇな」


 そこ隠すのか。シュトラール帝国なら自国の歴史だ。そこを隠してしまうとは。それは授業も面白くなくなるよな。兄貴くらいの話し方じゃないと寝る可能性はあるけど
 

 「罪は後で言うけど。ヨハンナ様は、処刑されるんだよ」

 「いやいやいや、そんなもん魔女裁判かよ」

 「何もしていないのに・・・」

 「心臓を一突き。そして火炙り。即死にも関わらず、心臓に毒を流し込んだ。わかる?土の真言使い最大の弊害である心臓疾患の原因」


 永代に渡り、罰を与えたということか。兄貴が生まれつきということは、土の真言使いであることが決まっていたからなのか。ということは

 
 「そういうこと。ただの心臓疾患ではなく、毒だ。しかも2000年くらい前の影響が今も来てる。もはや呪いだね」


 それで病気とか、なんていう罪を犯したらこんなことに。というか、多分犯してない。気に入らないからよく分からない理不尽な罪で消したんだろう。女性教皇が気に入らないとか


 「知りすぎた罪だ」


 もはや呼吸が止まった。多分兄貴以外全員だ。物凄い他人事とは思えない。兄貴大丈夫なのか、知りまくっていて


 「そしてこの処刑される瞬間を見ていた人のなかにある人がいた。それが息子。その時・・・火の真言使いが覚醒した」

 「最悪のタイミングじゃねぇか・・・」

 「お母さんが処刑された怒り・・・ボクでも全員殺したくなるでしょうね」


 多分俺でも我慢きかないと思う。俺からしたら兄貴が知りすぎた罪で処刑されるようなもの。多分全員暴れると思う。手がつけられなくなるレベルで


 「ハザール教皇が自ら処刑した。つまり、戒律違反」

 「殺生どころか人を傷つけてもいけないっていう戒律だから・・・」

 「違反しまくってんじゃねぇか」

 「そうだね。処刑に賛同した旧派の人間、ハザール教皇はもれなく闇堕ち。そして生まれた存在を・・・アンチオラトリアという」


 こんなところでアンチが登場。最悪の登場の仕方じゃないか
 世界の平和や人々の幸せの祈る人を殺した者。すなわちアンチオラトリア。その後セレナディア派が登場。旧派ともろ闇側であるセレナディア派が同盟を結び、できたものがレクイム教団。


 「ヨハンナさまを失った代償は大きすぎた」


 しかし、ヨハンナさまは自分が処刑されるかもしれないってどこかで分かっていたのだろうと兄貴は言う。そのうえで抗っていたのだと。知ることが罪なんて、そんなものが認められるわけが無い。どこかでそう思いながら、旧派の人間により叡智の女神は追い詰められ、命を落とす


 「しかし最強は最強。ヨハンナさまの愛息子フラムさんを加え、対立は激化する。光と闇の対立構造はここからかもしれない。やっぱり、参謀って大事なのかも。自分でやっていて言うのはあれだけど。これまでの戦いはね、ヨハンナさまが作戦を立てていたんだよ」


 やっぱりそうだ。知りすぎただけじゃない、賢すぎたのだ。ヨハンナ様は戦場の様子を見なくとも予測できた。相手からすれば恐怖だろう。最強たちが力で押したところで限界は来る。真言使いの力は有限だから。


 「世界の全ての真実があると言われた図書館は燃やされた。この国にもう教会はないからね」

 「そういえば・・・」


 教会自体が図書館だった。何百年も生きてきたからこそ、読めていたのだろう。そんなヨハンナさまが集めた本は焼かれた。


 「ヨハンナさまの時代にあった本のリストを見たんだけど・・・読んでみたかったよ」


 知識欲には勝てないのか?喉から手が出るほど読みたい本がリストアップされていたらしい。ヨハンナさまの書評のようなものらしい。これが面白かったとか、これはあまり好みではなかったとか、主観的に書かれていたが、それも含めて興味深かったという。


 「さて、続きだ。シュトラール帝国側はヨハンナさまの遺言からある行動に出る。まずは、結界を広げるゲリンゼルを起動した。そうすることで当時そこまで強くはなかったセレナディア側は侵入出来なくなった」


 おぉ、今回兄貴がやった結界みたいなものだろうか。それを実行した兄貴も凄いけど、遺言を思い出して起動したファディアたちも凄い。


 「そして・・・何故か成長し切れず5歳だったラプソディアとカンタータを、守るためだけに封印した」

 「そんなことしたらあとの世代どうすんだよ」

 「ラプソディアの半分の力を次の世代に移すんだ。それが譲渡だ」


 ファディアは、愛娘と愛息子を封印し、ラプソディアの力の半分をヨハンナ様が手塩にかけて育てた弟子に譲渡した。その子は当時16歳だったらしい。


 「ずっと隠してきた・・・ラプソディアとカンタータの名前を言おうか」

 「え?」

 「ラプソディアの名を・・・レイ=ハルフェフォリアという」


 今度こそ声も出なかった。部屋がシーンとなる。今、レイって言わなかったか?


 「ということは・・・ラプソディアを封印した場所は・・・」

 「あの・・・聖堂」


 気がついたらその聖堂にいた。何千年もの時を経て、黎はラプソディアとして再び目覚めたのか。でも、なんで暁は隣にいなかったんだろう。なぜ楽器?


 「カンタータの名前はオロール=ハルフェフォリア。光聖語で・・・暁だね」


 そうか。黎と暁は絶対に巡り会う運命だったんだな。光が瞬いたのは、封印が解けたからだったのか。二代目が一生懸命護ってくれたラプソディアが、今ここにいる。つまり


 「黎は初代ラプソディア・・・」

 「そうです。半分の力を譲渡した。少しずつその力は強くなっていく」


 もはや完成体。でも、なんとなく黎が初代だって言われても疑問には思わなかった。当然びっくりしたけど、きっと優しかったんだろうな。幼い時も


 「オロールくんは、何があってもレイちゃんのそばに居たかった。うん、その通りだ」


 トワイライトをすれば一つになって戦える。オロールくんの身体は残念ながらレイちゃんと違って保てなかった。でも、こうして魂だけでも出逢ったのだ。あの暁が泣いてる。黎はもちろん泣いてるけど。その二人を砂歌さんが撫でた。優しい空間だ。


 「お兄ちゃん・・・わたしのこと、しらべてくれていたの?」

 「もちろん調べていたよ。あの聖堂に行ったり、色々回った。本を読みながら調査した結果から見ても、間違いない。君にはお母さんもお父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも兄弟もいた。独りじゃないよ」


 黎がさらに泣いてしまった。まぁ、これを言われれば俺も泣く自信がある。救われるよな、独りじゃないよって。ずっと独りじゃなかった。魂だけでも暁はそばにいて、包み込むように地下にはお母さんの光が満ちている。


 「ちなみにって言ったらあれだけど・・・僕らが出会うのも必然だ」

 「え?」

 「黎ちゃんが起きて、黎ちゃんが守聖として選んだ人たちに自動的に与えられるスキルのようなものが存在する」


 なんじゃそりゃ。確かにアンブルは琥珀で、フラムは炎。ミストは霧で、風とか水とか金とか色々ある。見た目はほとんど変わらないという。これこそ生まれ変わりなんだろうか。


 「焔は味方の士気を高めるある種のカリスマ的な力。犀は敵を沈静化させる力。恋ちゃんは、植物を含む生き物を再生する力。光紀くんはあらゆるものを硬質化する力。大誠は天気を操る力。で、僕は恥ずかしいけど叡智の力とのこと」

 「恥ずかしくねぇだろ」

 「事実だし」


 なんかすごいスキルが付与されてる。俺はカリスマ的なスキル。犀は敵からやる気を失わせたり物理的に押さえたりできるらしい。恋はまさかの再生能力。風の真言使い。大きくみれば木属性だからか。光紀は少し意識して触れるだけで空気さえ硬質化できる。大誠さんはもはや神の御業としか思えない天気の操作。


 「あっ、だから雷を覚えられたのか、俺は」

 「あ、気づいたね。犀に覚えさせた木真言なんだけど、沈静化のなかにはどうやら物事の悪化を食い止めるという意味もあるらしい。犀がその力を使えばちょっと意識するだけで木の100本や200本いや、何万本でも生やせる」


 木真言が使え始めているということは、犀は無意識のうちにその力を使っていたということなんだろうか。それとも不完全すぎるほどの不完全なんだろうか。


 「暁は、どうも初代ファディアの力も継いじゃってるみたいだから、いくつも属性が使えてもおかしくない。調律系真言使いだし」


 シンフォディア、ファディア、セレナディア、ラプソディアは調律系の真言使い。無い真言があるなら作ってしまえばいいじゃないというノリで作れてしまうとんでも真言使い。


 「ヴェーダはどうなんだろうと思ったけど、雷ってことは・・・風と天が使えるね」

 「お、おお?」

 「ヴェーダ・・・聞いていたのか?」


 砂歌さんに窘められている。兄貴による解説。同じ属性もしくは同じような部類に含まれている力なら使える。ヴェーダさんの雷属性は大きくみれば木属性に含まれる。つまり、木属性の真言が使える。特殊なスキルがなくてもここは融通がきくのだ。あれ、火は?


 「火はもう使いこなせたらなんでもありだ。太陽の熱も借りられる、星の熱も借りられる、熱があったらそれを燃料にできる。火山があったらマグマだって余裕だ」


 太陽も星もありのままに使える。そんな可能性があったのか、火の真言には。沢山覚えられる属性もあれば、覚えられない属性もあるが。ないならないで技なんていくらでも考えられる、と叡智の兄貴が言ってます。


 「本当に存在する怖い話が一個あるんですけど」

 「ん?」

 「砂羅は・・・旧派なんだってさぁ」


 ゾッとした。王家は新派に属すはずなのだが、旧派が混ざり込んでいたのか。思いっきり闇側じゃねぇか


 「この国の政府が散々女性王制度禁止とか言っているのは、旧派の思想の名残。オラトリア会議で個々に聞いてみたらいいよ。女性王制賛成ですか反対ですかって」


 恐ろしい結果が待っていそうだな。ちゃんと理由があって反対ですならいいが、そういう環境でしたので、とか言われた日にはもう。ちょっと調査に踏み込んだ方がいい


 「ありがとうお兄ちゃん」

 「オレからも言っとくぜ・・・一応」


 暁めっちゃ照れてる。泣きじゃくって二人とも潤んでるけど。


 「琥珀の叡智の力とは具体的になんなんだ?急に考えが降ってくるとか?」

 「記憶力が一気に向上とかもあるんだけど、本に触れただけで内容が全て頭に入ってくるとか。夢に本棚が出てくるとか。頭の中を整理したいなぁって時にそれに関する情報が纏めて刷り込まれたり」


 とにかく知識だな。本に触れただけで内容が分かるのか。それ欲しいな。夢に本棚が出てくる。兄貴にとって楽園じゃないか?


 「頭の中を整理したいなぁってときにびっくりするくらいの頭痛が起こる。多分だけど、罰が継続しているのかも。これ以上知るな的な警告なのかな」

 「罰と知識欲がぶつかっているとも考えられる」


 知りたいんだよっていう気持ちが罰なんて知るかよって言うかのごとく押し退ける。しかし、頭痛や目眩や吐き気や動悸など色々な症状が出るリスクあり。それいいんだろうか。


 「なぁ、焔たちがスキルを持ってるのは分かるんだけどよ、俺にはねぇのか?」

 「あるよ、ヴェーダにも。スペシャル補助スキルが。ペアを組んだ人の防御力を底上げする」

 「そりゃいいな」

 「ボクは?」

 「君は時間操作。自分の目で見える範囲の時を進めたり戻したりできる」


 海景くんの場合は領域系の眼があるからその範囲の時を止めたり戻したり進めたりできる。そのスキルすげぇな。ヴェーダさんはヴェーダさんで防御力を上げて仲間たちが怪我をするのを防ぐことができるという補助スキルがある。俺たちなんだかんだすごいんじゃないか?


 「全世代のなかで平和だった時代はないのかい?」

 「平和だったら守聖いらねぇよな」

 「光と闇の対立が一度もなかったっていう時代はあるよ。お互いの参謀が穏やかな性格だったそうだ。どちらかと言えば休戦状態」


 戦いをしないでおこうねと約束し合う参謀と、その参謀の言う通りにしたボスたち。参謀の信頼度具合がすごいと思う。しかし、途中で亀裂が入る。新たに参謀の補助的な役割を担うことになる存在が闇側に加入した


 「それがまさかの、後にスピリト国を建国する男アニマ=スピリト=ルチーフェロ。ジェードの祖父だ」

 「家族揃って何してくれてんだおい」


 ジェードの本名ってジェード=スピリト=ルチーフェロなのか?長すぎる。その前に、スピリト国を建国は自由だから置いておいて、亀裂を入れる原因を作ったという点は放っておけない。


 「ジェードの本名はオルコだよ。光聖語で直訳すると、祖父は霊魂、魂、堕天使。ジェードは悪魔、魂、堕天使」


 まず親はどういう理由でそんな名前を付けたんだろうか。明らかに悪い方向に行かせようとしていないか?言霊の影響は強い。名前なんて生まれ
た頃から呼ばれるわけだから、その影響はかなりのものだろう。悪魔になれって洗脳されていたんだろうか。同情はしないけど


 「まぁ、昔話はこんなものかな。というわけで・・・読書の時間・・・過ぎてるじゃん」


 時計を見てガッカリしたように項垂れた。色々収穫出来たのだからもう良いだろ。光紀も頑張ったし


 「さ、お兄ちゃんも寝るよ」

 「う、うん」

 「文句あんのか?」


 黎の言葉に反対しようものならタダじゃ置かねぇとばかりに睨む暁。全員揃って苦笑するしかない。今日は大人しく寝るしかないな。ていうか寝ろよ

 
 
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