雨音ラプソディア

月影砂門

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第一番 〜始まりの旋律 〜

第三楽章〜光と闇の円舞曲《ワルツ》

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 「結構早かったね」

 「早かったって、なにが?」

 「グリムの出没だ」


 霊といえば夜中というイメージがある俺は、こんな明るい時間にゾンビ軍団が来ることに、すでに驚いていた。


 「逢魔が時だからね、もう」

 「なんだそれ」

 「少しずつ薄暗くなる夕暮れ時のことさ。幽霊が集まるっていう」


 黎の代わりに兄が答えた。よく知ってるな。


 「その時刻になると、屍や亡霊が活発に動き出すのさ。その時刻からアンチも動き出す」

 「昨日は?」

 「出なかったよ。毎日出てこられちゃ、わたしの体力が持たない」


 それはおそらく、敵も同じだろう。自分たちが作り出した部下たちが次々と成仏させられてしまい、打撃を受けるのだから


 「人の無念や悲しみを利用するあの人たちを、わたしは絶対許さない」


 黎にしては意外な言葉だった。黎は、そんな男たちでも許すと言うと思っていたからだ。


 「でもね、きっとあの人たちも、辛いのだと思う」

 「辛い?」

 「真言使いが、突然使えなくなるのだからね。しかも、ヒトならざる者に成り果てるのだから。そんな人たちを悪だとは一概には言えないのだけど。それでも、人の気持ちを利用することは、許してはいけない」


 やはり、黎は黎だった。利用する敵も、悪として見ていない。黎にとっては、そんな人たちも救うべき対象なのだろう。哀れに亡霊となった者たちも、愚かにも闇に落ちた男たちも、黎は癒してあげたいという。どこまでも優しかった。


 「やっぱり、黎は黎なんだな」

 「え?」

 「許すべきこととそうでないことを、区別しながらも、それでも敵を救うべきと見倣すなんて」

 「ふふっ、そうかな」

 「真言使いってラプソディアが開放しなくても、目覚めるものなのか?」

 「先天性と後天性があってね。君たちは後天性だ。因子が生まれてすぐに目覚める者も稀にいるのだよ。ラプソディアは例外なく先天性なのだけどね。さ、そろそろ戦場に向かうとしよう、恋ちゃん」

 「うん。今回は、どんな敵?」

 「オンブルはいないね。グリムとアンチソプラディアのプラチナクラスだ」


 あれ、また新しい単語が出てきた気がするのだが。位のなかにもクラスが存在していたのか。そういうことは、言っておいてほしい。


 「へぇ、結構エリートがくるのね」

 「うん。油断しないようにね」

 「了解」


 恋は、黄色く塗られ、翡翠が埋め込まれた弓を持った。黎は、指揮棒とは名だけの魔法の杖を持ち、普段持ち歩いている楽器たちは、ない。


 「楽器は?」

 「音って言って楽器の名前を詠んだら出てきてくれるの」


 普段持ち歩く意味はあるのか?


 「歩いていくには遠いね。ホルンとレベック呼ぶよ」

 「お願い」


 移動手段に楽器を使うのか?


 「ホルン、レベック出ておいで」


 そこに出てきたのは、かなり大きな白いワシが二頭現れた。黎は、青い瞳のワシに乗り、恋は赤い瞳のワシに乗った。俺と兄は黎のほうに。犀は恋の方に乗った。ペットまで楽器の名前なんだな。
 俺たちは、地上五百メートル上空にいた。飛行機ではないから、静かでいいが、こんな大きなワシに乗ってる姿を見た人はどう思うだろう。


 「これさ、やっぱ見えてるんだよな?」

 「見えてないよ」

 「え、マジで?」

 「見えてたら、敵に察知されてしまうからね」


 そいうことまで考えてるのか。流石ベテランだ。


 「見たことないでしょ、ここから」

 「飛行機でならあるけど、窓越しだったからな。すげぇ!」


 犀が騒いでいた。それに対し、恋が暴れないで!と苦笑気味に言っていた。こっちは天使がいるから、怒りもしない。


 「さて、降りるよ」

 「え?どういうことだ」

 「恋ちゃん!」

 「うん、準備オーケーよ」

 「空飛!」


 黎が指揮棒を振ると突然身体が軽くなり、浮くような感覚がした。どこが指揮棒なのだろう。これはただの魔法の杖だ。
 俺たちは、ワシに乗ったまま黎と恋より先に地上に降り立ち、木の上で待機していた。酷い光景が広がっていた。黒い影のようなものが人々を襲っていたのだ。これがグリムなのか。
 黎が舞い降り、地に足をつけた瞬間に指揮棒を振るった。


 光の輪舞曲ロンド


 先程まで人を襲っていたグリムが、その一撃で消え去った。光属性。黎曰く、光は絶対的な浄化の力だという。


 「恋ちゃん、グリム任せた!」

 「了解!」

 「わたしは穴見つけるから!」

 「穴?」

 「あのグリムってやつらの出口なんじゃないかな」


 そう言ったのは兄貴だった。確かに、この流れで行けば穴といえばそれしかない。


 「いやはや!これはこれは!クイーンじゃないか、待っていたぞ!」


 ……クイーン?
 俺たちは、黎を見た。顔色一つ変えていなかった。


 「わたしのこと、ご存知のようだね」

 「有名だぜ」


 黎は、指揮棒を三拍子で振った。すると、上空で浮かんでいた男が降ってきた。男の身体を浮かせていた何らかの真言を消したのだろう。


 「びっくりしたー、俺の真言見破ったのか」

 「君たちとは使ってきた年数が違う。使えるようになっているということは……何人殺したんだい?」


 黎の口から出てくるのは、物騒な言葉ばかりだった。そういえば、アンチと呼ばれる人たちは真言が使えなくなって、闇堕ちした者達のことだった気がする。確か、使えるようになるには、決められた人数殺さなければならなかったはず。そう、黎から聞いているから間違いない。


 「何人だと思う?」

 「なるほど、殺してないね」

 「なに?」

 「君は、体内に入れたのだろう、真言使いを。真言使いの血を飲むと、その真言が使えるようになる。それをどうして知ったのかは、分からないけれど」


 黎の言葉の中には、どこか悲しみが含まれていることに気づいた。言葉自体には、同情の欠片はないが、瞳に憂いの翳りが見えた。


 「クイーン、お手並み拝見と行こう」

 「これまでわたしに何人迎え撃たれているのか、知らないはずはないのだけど」

 「強い人間と闘うのが好きなんだよ」

 「わたしは好きじゃないけどね」


 黎は、人を傷つけることを良しとしない。むしろ、嫌がる方だ。きっと傷つければ、自分も傷つく。そんな人だと思う。


 「ラプソディアという最高位にいながら、戦いを好まないとはな」

 「わたしのことを知っているなら、そんなこと、分かってると思うのだけど」

 「聞き及んでいるさ」


 黎は、自分の二倍はあろうかというほどの大柄な男を前にしても、後退りすらせず、男をじっと見つめていた。全く近くない俺のほうが、その男から発される殺気を感じて臆していた。


 「お前が戦わなければ、この街の人間は皆殺し──!」


 何故か、男が全ての言葉を発する前に止めた。どうしたのかと黎を見てみるが、黎の表情に変わりはない。そして、もう一度男を見た。男の後ろの壁がめり込んでいたのだ。しかし、すぐに修復した。


 「・・・これは」

 「恋ちゃん、終わったかい?」

 「穴が見つからない!」

 「穴がないの?」


 焦ったような声で叫ぶ恋に、黎は一瞬こちらを向いた。「一瞬の隙は命取り」さっき空で言っていた。今の黎にはどう見ても隙がある。それなのに、男が動く気配は全くなかった。ラプソディア特有の威圧感でもあるのか。いや、黎は威圧感というか、圧倒的な神々しさに近いものにある。


 「相手、してあげる」

 「ふんっ、そうこなくちゃな!」


 黎は、指揮棒を軽く握り締め、指揮棒を横に振るい、迫り来る二メートルに及ぶ大柄な男を迎え撃つ


 「ちっ」


 男が舌打ち。男の拳は真言で作られた壁に遮られた。壁にはヒビが入っている。男の力の強さを思い知る。しかし、それを薄い壁だけで遮る黎も凄い。


 「ラ・ポルテ」

 「グッ、かはっ!」


 歌うように真言を唱え、ピアノを弾くような音をさせながら滑らかに指揮棒を横に振るったと同時に、男を後方に吹き飛ばした。
 ・・・強い
 純粋にそう思った。恋が、黎の強さはこんなものじゃないと言った。


 「強いな・・・やっぱり」


 男がそう言った。あれだけ大きな図体を簡単に吹き飛ばされたのだから、嫌でも思わせられるだろう。


 「戦いって、意味あるのかな」

 「なに?」

 「恨みによる戦いなんて、連鎖させるだけでしかない、虚しいものだ。誰が報われるというの?」


 黎の表情は、また悲しみに満ちたものに変わった。平和主義、そんな一言で片付けられない何かがある。そんな気がした。


 「なぜ、自分から闇へ進むんだい?」

 「もう、そこに進むしかないからさ。止まれないんだよ」

 「止めてあげようか?」

 「俺から生きる意味を奪うのか?」


 男の顔はさっきまでとは打って変わって、辛そうな表情をしているよう見えた。それに対する黎は、優しい表情だ。


 「君の生きる意味は、闇にあるの?」

 「え?」

 「わたし、思うのだよ。生きる意味なんて、本当に必要なのかなって」


 黎の言葉の意味が、俺たちにはよく分からない。人は生きる意味があるから生きるのではないのか。俺もそう思っている。でも、黎はそう思っていない。生きる意味なくして、人間は生きていけるのか


 「生きる意味を探して、それが見つからず誰もが足掻く。生きる意味を探すだけが、人生ではないよ。戦うこと、生きること、死ぬこと。君はどう考える?」


 簡単には答えを出せない難しい問いかけだった。まだ十六年しか生きていない俺達には、とても答えられることではなかった。


 「戦うことに意味は無い。桜が咲き、儚く散るさまを人間は美とする。でも、戦場はどうだろう。君が花だとしよう。その花が人間の手によって引き抜かれるんだ。これを美と思うかい?」

 「思わないが…」

 「君たちは、戦いという闇で生きる意味を探してる。でも、殺される者達はどうだい?生きる意味を探して生きているのかい?それを普段から意識して暮らしているのかい?いないはずだよ」


 そう言う黎は、微笑みながら男に少しずつ近づいていく。聖母のような、穏やかで安らぎのある笑みで、抱きしめるように両手を広げ、歩いていく。こんな場所でも黎は黎のままだ。敵に語りかけ、浄化させる気なのだろう、と兄ちゃんが言った。


 「人はね、なぜ生きているのかを考えることに意味ないんだよ」

 「なに?」

 「生きることに意味があるの」

 「!」

 「死ぬ、ということ自体に意味はないの」


 黎と男との距離は、僅か一メートル。何かあっても恋は止められないし、黎は逃げられない。


 「生きるという言葉自体に意味なんてないの。生きるうちに、なにかすることに意味があるの。でもね、戦いじゃ得られないの。だって、キミは何に大切なものを奪われたの?」

 「 っ!」


 穏やかで暖かな陽だまりのような微笑で、強く問いかけた。


 「戦いは、大切なものを奪っていく。奪われる悲しみは、わたしもわかる。同じことをしちゃいけないの」


 黎の言葉は、どこまでも強かった。真言の強さは想いの強さに比例する。確かにその通りだ。でも、この強さは何かがあったことで教訓となる何かがあったからなのだろうか。それはまだ分からない。


 「死ぬ意味なんてない。生きてきた証に意味があるの。それがつまらないものでもいい。それが無念でも、わたしが晴らしてあげるから、君は、生き続けないといけないの。桜のように散るまで。それが意味のある生き方だ」


 男は、背負っていたものが抜けたようにフッと笑った。話しても変わらないことの方が多いけれど、それでも信じて黎は語りかけてきたのだろう。一人一人に。


 「楽になったかい?」

 「あぁ、少しは。噂通りだった。もう何人もアンチ辞めたんだ」

 「それは、わたしの力じゃないよ。君たちが辞めると決めたからだ。変わろうとしたからだ」

 「ふっ、ありがとう」


  「かわらねぇな、言葉ことは


 俺たちの頭上から男の声が降ってきた。俺たちは、聞こえた方を見た。そこには、黒髪に毛先を赤に染めた、真っ赤な瞳の青年がいた。


 「ひかる!」

 「言葉ことは。元気みたいだな」


 ・・・言葉?
 黎じゃないのか?それに、黎が人を呼び捨てした。よっぽど親しかったのか。


 「お?お前ら、言葉の仲間?」


 隠れてた俺たちに気づいて近づいてきた。


 「俺は暁。相棒だぜ」

 「相棒?」

 俺たちは一斉に黎を見た。友だちは、もう一人いたのか。楽器しか友だちはいなかった。そう言っていたはず。


 「暁は、音なの」

 「はぁ?」


 音、ということは楽器ということになる。暁という男を見たところ、赤が含まれている。黎が持つとは思えない色だ。黒と白で統一しているはずなのに。


 「彼も音だよ。突然いなくなっちゃったんだけど。影のテノーリディアなんだよね?」
 

 元々楽器だったこの男が、人間になって、主の元から離れた挙句、光じゃなくなったのか。それは親不孝というのではないのか。


 「あぁ、影だよ。影は、中立だ。言葉……影の意義は光を守ることにある。そして闇を戻し、あの日に戻すことにある」


 黎も頷いた。光の力で闇を戻して癒す。そして、おそらくかつての平和な世界を取り戻そうとしているのか。この二人が。かつては相棒として行動を共にし、今は互いに違う道を歩みながら、目指す場所は同じだった。親不孝なのではなく、別の中立な立場で、黎の手助けをし、闇の人間を引き上げる


 「黎ちゃん!穴から誰かが来る!」

 「この気配は……」

 「まさかな」


 真っ黒な穴が広げられ、そこから大量のグリムが出てくる。そのグリムたちと一緒に紫色の長髪の男が不敵な笑みを浮かべながら現れた。黎と暁がその男が出て来た途端に構えた。


 「フェルマータくん、こっちへ」

 「え?」

 「早く!」


 黎に心を洗われた男は、伸ばす黎の手を取った。その瞬間に、黎が男をこちら側に引いた。


 「この男は……」

 「アンチテノーリディアのゴールド、紫季」

 「元、俺たちの仲間」


 黎のそばにいながら、紫季という男は闇堕ちしたのか。ゴールドということは、かなり強いということになる。


 「久しぶりだなー、二人とも」

 「「紫季」」


 黎は、紫季を見つめながら、暁の手を引いた。それを合図に、紫季が黎に迫った。そして、それと同時に暁が黎の手を──繋いだ?


 「トワイライト!」

 「あぁ!」


 黎と暁の手が重なり合った瞬間に、暁の身体が光だし、姿が消えた。その代わりあったのは双剣だった。ルビーのように透明感のある輝く剣と、ダイヤモンドのように夕日を浴びてキラキラ輝く剣。白と黒で統一している黎のものとは思えない剣だ。暁は、楽器ではなかったのか?音は、楽器だけじゃないのか?黎は、それを逆手に持ち変えると
 ──キィンッッ!
 乾いた金属の不協和音。紫季の薙刀が黎を襲う前に、黎が左手に握る剣で止めた。二回、三回、四回、五回・・・十回に来た頃、黎と紫季は同時に二メートルほど距離をとった。


 「ふぅっ」


 浅く息を吐くと、今度は黎から仕掛けた。剣は持たないはず


 『おい、黎!剣持ってて大丈夫か!』


 意思を持つ剣が、黎に問いかけた。黎は、剣で舞いながら頷いた。
 ──ギィンッ!
 ──トンッ
 ──タンッ
 一瞬迎え撃たれ、飛ばされた黎が近くの岩に軽やかにショートブーツの硬質な音を鳴らしながら着地し、休むことなく岩を蹴り紫季の懐に入り込む直前双剣に風を乗せ、膂力と回転運動に任せて剣を強く振った


 「ぐっ!」
 

 交響曲シンフォニー第一章・エアアリア!

 
 「ぐあぁっ!」


  その瞬間に紫季が上空まで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。そんなことで倒れるわけもなく、紫季は起き上がり、初期加速から加速度をあげ、最高加速度まで膨れ上がる。恐ろしいスピードで迫り来る相手を、剣と真言による障壁で受け止めた。
 ──ピシッピシッ 
 音を立てながら、障壁に亀裂が入っていく。


 「っ……」


 黎は、すぐに退いた。紫季という男もかなり強い。初心者どころか使うことも出来ない俺たちだけでなく、恋でも手が出せない状況だ。いくらテノーリディアといえどレベルがある。相手はゴールドクラス。ラプソディアを除いて最高位の真言使いなのだ。


 「やっぱり、簡単には受け止められないよね」

 『斬れないようにしてて大丈夫なのか?』

 「大丈夫だよ」

 「喋っている暇はねぇぞ!」


 知らないうちに真言を詠まれていた。喋る時間はそこまで長くなかったから、おそらく、予め読まれていたのだろう。以外なことに、犀が分析した。
 黎は、紫季の言葉にすぐに上空を見る。ブラックホールのようなものが、出来ていた。そこから大量にオーブが放出された。黎は、真言を詠む隙もないために、とにかく躱していた。


 「多すぎるっ」


 黎が苦々しそうな表情で言った。こんな顔初めて見た。まだ二日目くらいだが。


 「どこを見てる?」

 「くっ、あぁっ!」


 黎は、紫季の回し蹴りをギリギリ受け止めたものの、衝撃は免れず、後方へ吹き飛ばされた。


 「っと……」


 地面に叩きつけられる前に立て直し、宙返りをして木を足蹴にし、紫季へ迫る。百八十メートルほどの男に対し、黎も全く引けを取らない。数メートル前で上体を地につくくらい低くし、風の真言でスピードをあげる。


 「ウィングフォルテシモ!」


 逆手に持っていた双剣を正常に持ち替え、斜めに斬りつけた。


 「まさかあれ、ただの剣じゃないのか?」


 兄貴がふと呟いた。


 「あれ、二本の指揮棒だ」

 「なんだって?あんな指揮棒があるか?」

 「あの剣は、人を斬ることを目的とした剣じゃないのかもしれないね」


 この状況で冷静さを欠かない兄はすごいと思う。


 「焔くん、後ろ!」


 恋の警鐘がなければ、後ろにある気配に気づかなかっただろう。俺はすぐに躱し、鞘から抜いていない剣で、叩いた。絶対こんな戦い方じゃないはずだが。


 「焔くん、ナイス!」


 何故か黎からオーケーサインをもらった。


 「くっ」


 ──ギイィィィンッッ!
 俺に剣が振り下ろされる直前で、金属同士が擦れ合う音が、平和だった街の片隅に鳴り響いた。その剣と薙刀がぶつかりあった瞬間、そこに暴風が起こり、俺たちは吹き飛ばされそうになった。ラプソディアとテノーリディア最高位の男との戦いは、こんな重奏を奏でるのか。


 「恋ちゃん!三人を」

 「うん!」

 「周りを気にしている暇はないぞ!」

 「くっ!」


 黎は、俺たちからすぐさま離れた。


 「お返しだ」

 「っ!」

 「貫」

 「くっ、ああぁっ!」


 黎の腹を闇のオーブが貫くように通り過ぎ、その瞬間黎が甲高い悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
 ──ダンッ


 「うっ、ぁ……」


 木に背中を叩きつけられ、小さな悲鳴をあげ、地面に崩れ落ちる。


 『言葉!』

 「だいじょうぶ」


 黎は、小さな身体を震わせながら、剣を地に突き立て立ち上がる。小さな背中が、どこか大きく見えた。


 『折れてないか?』

 「そこまでヤワじゃないよ、わたしの骨」


 こんな状況で、黎はフッと笑った。またしても迫り来る紫季。黎は、動こうともしなかった。


 「黎!」

 「黎ちゃん!」


 俺たちが口々に叫んだ、その瞬間


 「はあぁっっ!」


 黎が美しくも逞しい声で、発声すると
 ──ズバンッ!
 ──ザシュッ!
 二人がすれ違いざまに剣と薙刀を振るった。
 ──ピシッ
 その音は、紫季の方から聞こえてきた。腰から肩にかけて真っ直ぐ斜めに斬られ、斬られた部分から夥しいほどの血が噴き出した。そして、声にならない悲鳴をあげながら、紫季は崩れ落ちた。


 「わたしに、剣を持たせたのは君だよ、紫季」


 黎は小さく息を吐くと、膝から崩れ落ち──そうなところで、誰かが受け止めた。


 「無茶するよな、ホントに」

 「ひ、かる……」


 黎の身体を抱きとめたのは暁だった。黎はホッとしたように、暁の顔を見た。傷がついていないことを確かめるように。


 「痛いところは?」

 「若干二の腕イカれたね」

 「楽器引く大切な腕なのに……まったく」

 「えへへ……あ、穴は?」

 「もう閉じておいた」


 そう言ったのは、フェルマータだった。自分が出したグリムの穴を自分で後始末したということだ。


 「暁」

 「はいはい」


 黎が名を呼ぶと、暁は苦笑を浮かべて頷いた。


 ネイト・ハーファ


 暁は、身体を白く輝かせ、姿を消し、今度はハープの姿となって現れた。


 「あれ、いつものハープと違う」

 「あぁ、これね。初めてもらったハープなの」


 暁は、楽器ならなんでもなれるらしい。こうなっては、ほかの楽器はいるのか?


 「いるよ!」


 怒られた。頬を膨らませ、黎は俺の目を見た。はっきり言う。全く怖くない。兄貴は、それに癒されている。


 「暁だってなれる楽器限られてるもの、ねぇ?」

 『ま、まぁ、そうだな。ハープと指揮棒だけだからな』


 ハープになった暁が困ったような声音で言った。


 「さ、グリムを癒そうか」

 『ホント、無茶するよな。まぁ、いい音になるように頑張らせてもらうさ』

 「うん」


 挽歌エレジー・彼方への餞・奏
 

 あなたへ贈る餞のコトノハを

 風に 木々に 光に乗せて

 わたしは歌う

 生きた証を持つ者を

 いま

 わたしは見送ろう

 瞳の中に闇持つもの

 どうか光の道へ進むことを

 天国かなたへ続く階段を

 いま

 あなたは登る

 黄泉なる国へ進むあなたよ

 わたしは永久にあなたに祈ろう

 葬送の餞を

 ただ安らかに眠れいのち

 悲しみと 愛しさと 優しさを胸に秘め

 あなたは揺り籠に眠る


 美しいハープの旋律と、黎の美しいソプラノが絶妙なハーモニーを作り上げ、独奏ソロを歌い上げた。いつもと違うのは、涼しさはそこにはなく、愛しさとどこかに悲しみがあった。相手は、雨ではなく、死んだ魂なのだから。その魂へ贈る餞の言葉。黎らしい葬送だった。



 




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