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第一番 〜始まりの旋律 〜
第五楽章〜盲目者の子守唄《ララバイ》
しおりを挟むカンタータの伝説を聞いた翌日、俺たちは朝からグリムに出会した。相変わらずの俺の役立たずっぷりに、そろそろ嫌気が差してきた。犀が昨日使えるようになった俺は、少しずつ使えるようにはなっているが、戦えるほど扱え切れない、と暁にバッサリ言い放たれた。犀と兄貴の二人が戦闘に加わるようになり、二人で戦っていた時よりも確実にパワーアップしていたのだ。俺は必要なんだろうか、と不安になってくる。それ以上に、何も言わず応援してくれる黎に申し訳なかった。黎が言ったのは、真言の修行を続けながら、剣術を覚えてはどうか、ということだった。真言が使えなくても、武器が使えれば十分な戦力となる、と。それから、真言の訓練とともに剣をマスターできるように黎に特訓してもらっていた。黎と暁曰く、もう少し剣が使えれば、戦闘に出せるかもしれない、とのことだ。
「お前、大分剣使えるようになったよな」
「マジで?」
「うん。こんな短期間で、凄いよ。剣の才能は、あるんじゃないかな」
若干言葉にトゲがあったことは、突っ込まないでおく。否定出来ないからだ。真言のセンスか引くほどないのだ。想いが空回りしている、とまで言われたのだから。
「アンチの動き、活発になったよな?」
「そうなのだよ。朝に出てくるなんて、今まで無かったのに」
「この世界に何か起こってるってのか・・・」
暁は、そう言うとふと空を見上げた。何も変わりない真っ青な美しい空。黎のおかげだろうか、本当に澄んだものとなっていた。
「きっと空は知っているのだろうね。う~ん、そうだ。あの人のところ行こうよ」
「あぁ、あの人なら何か知ってるかも知れねぇな」
あの人っていったい誰だ。何でも知っていそうな二人が頼りにするような人物だ。きっと恐ろしいほど強力な術者に違いない。
「さあ、行こうか」
おそらくは、あの人という人の所だろう。黎がテレポートを使ったおかげで、約三キロメートル先にある黎の家くらいの大きな屋敷に一瞬で着くことができた。『真言』というものはつくづく何でもありなのだと思えてならない。
「ここに、あの人がいるのか?」
「そうだよ。確かね、私たちと同じクラスの金桐くんがこのお屋敷の主に雇われたらしいよ」
あのキラキラした男がこんな荘厳で静謐で優しい雰囲気を持つ屋敷の使用人だとは俄かに信じ難い。
「あ、黎ちゃん」
「金桐くん。よく気づいたね」
「まあ、結界に簡単に入れるあたり、君くらいしかいないし」
金のセミロングの髪に、青色の瞳の男、金桐光紀。やっぱりキラキラしている。序に言えば、バラまで背後にあるように見える
「ふぅん」
黎は、金桐をじっと見つめた後、息を吐いた。
「お邪魔してもいいかい?」
「主なら今外出しているけど・・・おもてなしくらいならするよ」
「ありがとう」
「一人で歩かせて大丈夫なのかよ」
「大丈夫だよ。迷っても鳥の声を聞くから問題ないってね」
黎のほかにも動物と話が出来る人がいるのか。そうなると、かなり強い真言使いなのだろう。ますますその人について気になってきた。俺たちは、屋敷に案内してもらうと、すぐにドリンクのメニューを渡された。とりあえず俺はコーヒーを頼んだ。ちなみに黎はミルクティーだ。
「ただいま」
凛とした透き通るアルトが聞こえ、俺たちは弾かれるように振り向いた。そこに立っていたのは、青みがかった銀色の長髪を一つに束ねた女性だった。気配の類は全くわからない俺でも、その人の気配の凄さはわかった。氷のような冷たさもあるが、とても温かい月のようなものを感じた。
「綺麗な人・・・」
恋も初めて逢ったようで、その美しさに目を奪われていた。黎と出逢った時のような衝撃がある。ただ、黎に関しては今でも見るたびに軽く吐息が漏れる。
「男性だよ」
「はぁ!?」
俺たちは一斉に腰を抜かしそうなほど驚いた。黎とは違い、性別がはっきりしているのだ。肩も男のように角ばったものではないし、肩幅は弓道をしているために鍛えられた恋よりも狭いくらいだ。おまけになで肩ときた。これは、黎よりもある意味詐欺だ。兄貴まで驚きで震えてるくらいだ。
「はじめまして、私は光蓮砂歌だ。よろしく」
「ウソだろ・・・」
またしても兄貴が震えだした。何があったというのか。
「光蓮家だよ?焔知らないのか?」
「有名なのか」
「王だよ」
俺、犀、恋は三人で後ろに転びそうになった。なぜ王家とこんなにアポも取らずに話が出来てんだよ。テレビでも光蓮という王の名は聞いたことがない。俺はふと、砂歌さんに対して違和感を覚えた。ずっと目を瞑っている。
「ああ、焔の問いに応えよう。私は、目が見えないんだ。目はこのとおり、光を通していない」
美しいアクアマリン色の瞳。その瞳に光は映っていなかった。
「もともと髪は濡れ羽色だったのだが・・・色々あって銀髪になった。ところで、私に何か用か?」
「うん。まぁその前に、具合は?」
「いつも通りだ」
いつも通り具合がいいということだろうか。光紀も笑っていたので、間違いないだろう
「最近世界がどうなってるのか、知っているかい?」
「グリムが朝に出没した、と光紀から聞いた」
「光紀くんって、普通の学生ではないよね」
「普通ではないな」
光紀は、オンブルに取り憑かれそうになったところを砂歌さんに助けられたのだ。それから溺愛と敬愛と忠誠心で以て彼に仕えることをお願いしたのだ。これまで使用人を雇わなかった砂歌さんが、ただの華やかな学生にしか見えない光紀を選んだのだ。
「光紀は、砂歌さんの守聖ってことか?」
「違うよ。彼は、完全神性テノーリディア。ゴールドよりも強く、ラプソディアの保護者のような存在なんだ」
黎には保護者と呼べる人物はいない。でも、この人が親代わりだったとしたら。俺がそう思っていると、砂歌さんが困ったような顔をした。
「私は、黎に楽器を与えただけだよ。それ以外は何もしていない」
「黎に楽器を?」
目が見えないはずなのに、楽器を作り、黎に友だちを与えたのだ。その友人が相棒となり、今暁として存在している。それだけでも十分黎の心を宥めたことだろう。
「神性には、ラプソディアに術の使い方と武術を教える義務がある。しかし、その必要はなかった。黎は、幼児の時から既に開花させていたのだ」
元々ラプソディアは、真言においてかなりの素質がある。しかし、それも修行していくことで身についていく。でも黎の場合、真言のセンスにおいて、どの真言使いよりも群を抜いていたらしい。ただ、黎に真言を覚えさせる神性は、砂歌さんじゃなかった。別のテノーリディアの神性は、不完全で黎に教えるに相応しくなかった。そこで代わりに彼が来た。真言の使い方を完璧にマスターしていた黎に教えたことは、戦い方ではなく、如何にして人の心を浄化するか、ということだった。「戦術は二の次でいい。お前は、その強さを優しさに変えて大切な者を守るのだ」とそう教えたそうだ。黎の優しさは、元々のものと、砂歌さんの教えによるものもあったのか
「黎が言ってた楽器職人って、この人?」
「うん」
「わたしから見ると、王よりは楽器職人さんっていう方が馴染みがあるのだよ」
だからと言って、普通王をそう呼ぶか?
「私は構わないが」
見た目はキレイめの女性だが、話してみれば男前。やはり、詐欺に近いと思う、これであらゆる男子まで騙していたら、と思うと。
「砂歌さま、ヴェーダさまから会議の招待状が」
「会議って、招待されるものだったか?」
暁が光紀に尋ねた。会議は参加しろと促してくるものであったはずだが。砂歌さんは、神性真言使いの会議に出席したのが二回ほどしかないらしい。会議に出席しなくても、情報が入ってくるから必要ない、とのことだ。入ってくるなら他の神性に教えてあげればいいのに、と思う。
「砂歌さんも戦われるのですか?」
そう尋ねたのは恋だ。砂歌さんは、声だけで居場所を特定した。バッチリ目が合っていた
「あぁ」
目が見えない人でも、神性というだけで戦地に立たされるのだ。理不尽な世界だと熟思う。
「人は、与えられた運命を受け入れる義務がある。そして、その運命に逆らう権利がある。運命を受け入れても、辛いと思うのならば、逆らうという権利を行使すればいい。それは、逃げることとは違うのだ」
「なんか、本当に黎みたいな人だな」
犀が言った。言うことも、その言葉の強さもまるで黎のようだと思う。黎の保護者だからか。保護者がこの人なら、黎の強さや優しさも肯ける。
「黎の優しさは、教えずとも身についていたさ。ただ、その優しさを決して弱さだと思って欲しくなかったのだ。それだけさ」
・・・かっけぇ
心の底から思った。幼い黎に、優しさの大切さを教え、その優しさを全ての人たちに向けてあげなさい。そうすれば、「きっとその優しさはお前の強さになるから」それは綺麗事だと言う者もいるかもしれないが、少なくともこの人の言葉は綺麗事ではない。
「僕がこの方に心酔する理由がわかったかな?」
「あぁ。分かるよ」
俺たちが黎に着いていこうと思うように、光紀も忠誠心で以て砂歌さんに着いていくのだ。
「で、光紀」
「はい」
「守聖にならぬか?」
「守聖というのは、黎ちゃんの?」
「あぁ」
「是非!」
守聖は当然だが、コンツェルトでテノーリディアでなければ選ばれない。つまり、光紀はテノーリディアなのだ。
「いいのかい?なってもらっても」
「うん、もちろんさ」
五守聖が揃った。王家の使用人が守聖になったのだ。キラキラしていて若干気に食わないが、かなり頼りにはなるだろう。黎も嬉しそうだ。その隣の暁も、揃ったことで満足気だった。
「でも、砂輝さまから離れてもいいの?」
兄貴が尋ねた。
「学校で部活中だと思って待っているさ」
「ありがとうございます、砂歌さま」
「精一杯戦え。精一杯守れ」
「はい!」
──リーン、ゴーン
来訪を知らせるベルが鳴った。あまりにも来ないからとヴェーダという人が来たのか。
「知らない気配だな」
砂歌さんが立ち上がろうと杖を取る前に彼の近くにいた暁が、手を前に出して止めた。
「俺が出る」
「すまないな」
申し訳なさそうにそう言うと、椅子に座った。
「母子だったから、連れてきたけどよかったか?」
「あぁ、構わない。どうした?」
「息子が、黒い霧に覆われて、痛そうにしていて……」
砂歌さんは、子どもを身長に抱き上げ、子どもの前に手を翳した。
「呪いか・・・すぐに浄化しよう」
砂歌さんが小さく何かを呟くと、たちまち霧が晴れていった。しかも、子どもがすぐに目を覚ましたのだ。
「浄化真言・子守唄だよ」
砂歌さんは、呪いやオンブル、グリムから受けた呪いを、ラプソディアを除いた真言使いで唯一浄化させることの出来る存在らしい。聞けば聞くほど何者かわからなくなってくる。黎や暁もそうだが、この人たちは熟わからない。大喜びでありがとうございますと頭を下げる女性に、砂歌さんは優しく声をかけ、帰らせた。浄化を無償でするのか。ありがとうが何よりの報酬だ、とのこと。
「それで、黎。お前たちの要件はなんだった?」
「オンブルやグリムの様子がおかしいから、何か知ってるかなぁと思ったのさ」
「そうだったな。新たなアンチの組織にオンブルやグリムを生成させる科学者がいるらしい」
「マジかよ」
その科学者がオンブルやグリムを操り、さらに強化させて日光を浴びても消えない新たなオンブルとグリムを生み出しているのだという。しかも、ソプラディアやアルトディアなどが次々と殺されて行く事件も起きているという。
「私も忙しくなってしまって、ティータイムを楽しんでいる暇もなくてな。神性がこれを知ってしまった以上、知らない振りは出来ない。夜になればアルトのゴールドが大量に出てくるのだ」
黎や暁、恋、さらには砂歌さんや光紀も、寝不足になる寸前までオンブルたちの相手をしていたという。特に事情を知っていた砂歌さんは、特に忙しく働いていたのだ。目が見えない彼にとっては、音や気配が敵の居場所を知る手掛かりだ。目が見えないことを利用し、砂歌さんは視覚以外の神経を発達させたという。
「早く使えるようになってくれると助かるのだがな。焔」
ギクッとした。俺たちの近くにいたわけじゃないのに、俺がまだ真言を使えないことを知っていた。
「砂歌さんは、全世界の人の声が聞こえてるいるのさ。悲鳴が聞こえればいち早く察知して救いに向かう。まさにヒーローだと思わないかい?」
騎士というよりかは、姫騎士に近いと思うが、決して言葉には出さない。
「言葉に出さなくても、心の声も聞こえるぞ」
・・・どんな聴覚してんだよ!
一気に何人もの声が聞こえたとしても、まぁそれもおかしいが。それでも人の心まで聞こえるようになるとは思えない。しかも、心の声が聞こえると指摘しながら、悪戯っぽい笑みを浮かべていたのが気になって仕方が無い。この人、綺麗な顔をしてかなりのサディストだ。
「黎ちゃんと砂歌さんになら、鞭打たれてもいいよ」
兄貴が狂った。元々美人の前では狂っているが、マゾとは聞いていない。
「なぁなぁ、黎と砂歌さんってどうやって出会ったんだ?」
犀が、唐突に、目を輝かせながら尋ねた。確かに、俺も気になる。
──2──
砂歌が、黎の存在を知ったのは、およそ100年前。黎が五歳の時だ。
それは、珍しく出席した神性会議でのこと。元々、強い力を持つ子どもが生まれたことを砂歌は知っていた。しかし、砂歌は目が見えないために、ラプソディアを育てるには不適合とされ、候補にも選ばれていなかった。目が見えない者には、何も出来ない。神性真言使いのほとんどがそう決めつけていたのだ。五百年に一度しか生まれてこないラプソディアの養育に失敗する訳にはいかなかったのだ。砂歌とは別の神性真言使いが黎の保育者として選ばれ、その日からその真言使いは黎に与えられた家に住み込んで使い方をマスターさせることになっていた。優秀な人だったために、砂歌は問題ないだろうと何もしなかった。
しかし、黎の保育者が住み込んでから二週間後、神性のための聖堂に戻ってきたのだ。保育者の方から、辞退させてほしいと言ったらしい。選ばれた存在でありながら、その人は保育者を辞めた。一週間後には完璧に使い方をマスターしてしまったうえに自由奔放。心優しいが、動物や植物に話しかけていて気味が悪かったという不合理な理由で辞めたのだ。その他の神性も、流石にそれは手がつけられないと、砂歌以外が辞退してしまった。
「自分たちでいいように利用しようとしていたくせに、気味が悪いと思えばすぐに辞めるのだな」
「なに?」
「心優しく、恐ろしいまでの真言のセンス。これほどまでにラプソディアに相応しいものはいないではないか」
手が付けられない子どもの世話を、目が見えないからという理由で候補にもしなかった者たちが押し付けた。しかし、無論砂歌は断らなかった。
「戦い方だけを教えようとするから、そんな目に遭うのだ。ラプソディアの運命を知らないお前達ではないだろうに」
砂歌は、それだけを告げると聖堂を後にした。
「この聖堂のはずだが……いないのか?」
出してはいけないと言われているはずのラプソディアがいなくなっていたのだ。
「森か……」
砂歌は、人の気配と足音を聞き、誰一人にもぶつからずに森まで来た。そして群を抜いて強い力を感知し、その気配のある場所まで歩いた。一つの場所でその気配が止まった。そっと覗くと、小さな子どもが動物と話をしているようだった。目が見えないので、どんな子どもかは、分からなかった。
動物や木と話をする五歳児の子ども。気味が悪いなどとはとても思えなかった。
「優しいこころのひとがいる?」
ふと幼い子どもが呟いた。木が砂歌の存在を教えたのだ。砂歌にも、木々の声は聞こえていたので、恐れの心など皆無だった。
「こんにちは」
「だれ?」
「驚かせてすまない。私は砂歌、お前の保護者だ」
「お姉ちゃんになってくれるの?」
「私はそれでも構わない」
砂歌の返事に子どもは満面の笑顔でお姉ちゃん、お姉ちゃんと連呼した。周りから見れば可憐な妖精が舞っているようにしか見えなかっただろう。
「お前の名は?」
「黎だよ」
・・・ラプソディアは、こんなにも幼いのか
砂歌は、その声から年齢を判断した。こんな子どもを置いて、役目を放棄した自分の同僚には呆れと、失望しかなかった。
「黎は、たたかわなきゃいけないの?」
「まだいいんだよ」
「え?お姉ちゃんの前の人、早く戦えるようになれって」
子どもは大人の言ったことをまるで洗脳でもされたかのように覚えていく。だが、敢えて教えた。
「人は、強くなるより先に大切なことがある」
「大切なこと?」
「優しくなれ」
「優しくなる?」
「強さは、優しさの後ろに勝手についてくるものだ。人は、優しくなることで強さを得る」
人の優しさを持ちながら、戦いを覚えさせられた子どもに次に教えたことは、優しくあること。優しさだけで守れるものは無い。しかし、その優しさを強さに変えた時、本当の意味で守ることができるようになる。砂歌は黎にそう説いた。
「黎は、戦う運命だって」
「その運命を受け入れるのは、今でなくていい。今は、ただ普通の人のように生きていけばいい。その術を私が与えてやる」
戦う術など二の次にして、言葉や文字、人にとって大切なことを教えよう。砂歌はそう思った。
「何を教えてくれるの?」
「まずは、人に大切な三要素を教えようか」
「衣食住じゃないの?」
「それを知っていることは凄いがな」
五歳が小学生ほどで覚えるようなことを知っている、というのは少し驚いた。
「それは感情、愛情、友情だ」
心、愛、友。それこそ五歳に教えるには難しすぎる事だ。誰も答えを得たものなどいない。それを、幼い子どもに教えたのだ。
「どれも見えずとも触れられる。その意味は、私は教えない。お前がこの意味を見出すのだ」
「うん」
誰も子どもに教えないことを、砂歌は教え、説いた。幼いながらも、黎は考えた。それらの情がどういうものかを。そして尋ねた。
「幸せってなぁに?」
「幸せは、全ての命が平等に与えられる権利だ。幸せになれぬのに生まれる命などない。悲しいことや苦しいことを抱えながら、命は幸せに辿り着く。そういうものだ」
「じゃあ、黎も?」
「あぁ。もちろん。小さな幸せでもいい。雨が止んで虹が架かる。これを幸せだと感じるものもいれば、美味しいものを食べて幸せだと感じるものもいる。幸せと感じるものは人それぞれ。幸せだと心が思えば、それは幸せだ」
幸せに思うことも感情であるとは砂歌は教えなかった。自分が思うことの全てが感情である。その答えは黎が導き出すべきものだと思ったのだ。
「生きるって何?」
「難しいことを聞くのだな」
「お姉ちゃんの前の人がね、お前の生きる意味は戦うことにあるって」
悲しそうに言う黎の頭を、手で探り当て砂歌は優しく撫でた。子供の生きる意味を、他人が決めるな。砂歌はそう思った。
「死ぬ時、人生のビジョンを見た時、その人生をどれだけ誇れるか。そのためにどれだけの人を愛し、愛されるか。それが生きるということだ」
「愛する?」
「全ての人を好きになれとは言わない。でもせめて、お前のそばにいるもののことは好きになれ。それを愛するというのだ。その愛は、お前に帰ってくるのだ。お前が与えた優しさと一緒にな」
戦いを覚えるよりも難しいことを、砂歌は何一つ迷いなく教えていく。
「何か欲しいものは?」
「ともだち」
「ふむ……それでは、これをあげよう」
「これは?」
「ハープという楽器だ」
黎が初めて得た友達。それは砂歌から与えられたハープ。
「このハープに人の形を与える術を覚えるか?」
「うん!そしたら、この子と友達になれる?」
「あぁ」
誰も教えることのなかった、物に人格を与える術。神性会議でこのことを言えばますます白い目で見られることは、見えない目でも容易く目に見えた。人の形を与え、人格を与え、人と同じ感情を与える術を、砂歌は根気強く教えた。同僚の言うように覚えはかなり早い。友達が欲しいという普通の子どものようなことを望んだ黎の思いに砂歌は追放覚悟で応えた。
「できた!」
黎の思いが届いたのか、楽器に感情が宿り、人の形を成した。黎と変わらない歳の少年を生み出した。しかし、術で作った以上、同じように歳を取る訳では無い。まだ覚えたての子供にはさすがに無理だった。
「サービスだ」
砂歌はそう言って、少年に黎と同じ時空を与え、同じように歳を取り、黎を一人にさせないための力を使った。
「名前はどうする?」
「ひかる」
「何故だ?」
「人になる時に、ピカピカ光ったから」
普通の光よりは、寂しい黎の夜を照らす朝日のような印象を受けたため、砂歌は、ひかるという名に『暁』という文字をあてた。
「よろしくね、ひかる」
「よろしく」
「わたしは言ノ葉黎」
「ことは」
誰も呼ばないニックネームで早速呼び始めた少年に、砂歌は優しい目で微笑んだ。いい友人となりそうだ、と安心したような笑みを浮かべた。
ラプソディアの養育は、約三年。その年が経つと、砂歌は黎と暁に砂歌の屋敷の場所を教え、二人の側から消えた。黎に、友情と感情という三要素のうちの二つを覚えさせたあとの事だった。二人は、それからも直直砂歌の家に行って、日常のことを話した。ちなみに、砂歌は追放されることは無かった。
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