訳あり救世主が天上から降臨されたようです

月影砂門

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第二章~外ツ国怪奇譚~

第五話〜お互いの思い

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 一哉は慈の客室の前で焦っていた。何分経っても慈が扉を開けないのだ。まず、鍵は開けておくと言っていたのだ。しかしいざ来れば鍵は施錠されていた。
 最近覚えた念話で明や光、優姫に伝達した。状況を話すより前に全員が扉の前に集まった。


 「で、開かないの?よし、こじ開けるぞ」

 「待ってください、何故そうすぐに壊そうとするのです?わたしも同じ部屋ですから」


 不動明王がキンナリーの一人である蘭に思いっきり叱りつけられた。聖はその姿に目を見張る。そして心のなかで「女強えな」と苦笑した。
 扉を開けてすぐに異常を察知した。カーペットが濡れていたのだ。


 「水を零したわけではな・・・慈さま!」

 
 女子の部屋に許可なく入るのも憚られて入れなかった男性陣も慌てて部屋に駆け込んだ。慈がベッドで倒れていたのだ。蘭が脈を確認する。菩薩が死ぬわけもないが、心配になったのだ。脈に異常はない。この部屋に水属性の敵が入ってきたことは濡れたカーペットを見ればわかる。


 「気を失っているだけみたいだけど・・・まず何で一人で行動させてるの?」

 「本人が言ったのだよ。かくれんぼをしようと」


 重苦しい空気を和ませようとしても、融通の利かないバナンがすぐに壊してしまうため気を遣って慈がかくれんぼをしようと提案したのだ。融通が利かないはずのバナンがなぜ単独行動は良いと許可したのかは不思議ではあった。かくれんぼで鬼になって数えようとする前に慈にメモを渡された。そのメモには「今回の敵について話したいことがある。わたしの部屋に来てくれ」と書かれてあった。一分間律義に数え、直行で部屋に向かったのだ。慈が辿りつけたのかという点についてはかなり不安だったが、信じて部屋の扉を開けようとドアノブを捻ろうとすると、鍵がかかっており、不安になって念話で明たちを呼んだのだ。結界を頼んでいる仁王については、優姫がそのまま結界を張っていろと指示し、今でも三人は外で見張っている。


 「なるほどね」

 「犯人はわかったのかね?」

 「慈ちゃんを狙う犯人かどうかは別だけど、ラーヴァナ羅刹の王がこのホテルにいるって部下から聴きだした」


 一昔前の警察のような聴き出し方だったということは蘭と聖は言わないでおくことにした。
 一哉たち全員の意見として、慈が羅刹たちにやられた可能性はかなり低いということだった。群がったとしても慈が光の結界で吹き飛ばすために羅刹では慈には近づけない。


 「ラーヴァナは、強いかもしれないけど光は絶対の弱点だしね」

 「心当たりはありますか」

 「バナンはどこにいったのだ。まだ隠れているのではあるまいな。バナンは念話が使えぬからな」


 一哉でも使える念話を何年生きてるのかと文句を言いたくなるほど生きて来たうえに術を使ってきたバナンが、未だに念話が使えないというのだ。それならば使えるようになったばかりの一哉の念話には気付けないのかもしれないな、と仕方がないかと明たちは諦めにも似た気分で納得した。
 気を失っている慈は、蘭と奈美が見てくれている。すると


 「皆さん、慈さまが目を覚まされました」

 「そう、よかった」

 「しかし・・・様子がおかしくて・・・」

 
 心配そうに呟く蘭に明と光は顔を見合わせベッドの周りに集まった。奈美が上体を起こし、支えてくれていた。黙りこくったままだ。


 「ひ、かる・・・」


 光はただ一人名指しされ、動揺した。慈に何かしたことはないうえに、身に覚えがないからだ。光は慈のすぐそばに寄り浅く座った。慈は、その光の裾をか弱い力で引いた。


 「どうした、慈さま」


 光は明かに様子がおかしい慈に優しく問いかけた。慈は話すか話さないかに迷い、声に出そうとするも、喉まで出て来るのに言えなくなってしまう。傷つくと思うから。そして、兄弟や師弟で喧嘩などしてほしくないから。しかし同時に話さなくてはいけないということも分かっている。


 「ごめんなさい・・・ひかる・・・」


 一言、そう呟くことしかできなかった。一番近くにいてくれる人の大切な人を救うこともできなかった。二人が傷つくと思うから。どうしても、兄弟で争う未来が頭に過ぎっていく。


 「あなたの弟が・・・バナンが、光と戦いたいって・・・」

 「えっと、バナンがかの?」

 「ごめんなさい」


 顔を上げた慈にそこにいる全員が目を見開いた。そして、言葉さえも失った。何か声をかけようとしていた光でさえも、何も言えなくなった。慈の目に大粒の涙が零れ落ちた。ごめんなさいと言った瞬間に堰き止めていたものが一気に崩れたのだ。


 「ごめんなさい。わたし、あなたの弟とあなたの弟子を止めてあげられなかった・・・」

 「慈さまが謝る必要はない、どうした」

 
 弟が何をしたかの前に、泣きながら謝る慈に何と声をかけてやればいいのかわからなくなる。謝らなくていいとしか言ってあげられなかった。


 「バナンと娑伽羅が・・・煩悩に呑まれた」

 「なっ・・・」


 さすがの光も慈の言葉には愕然とした。バナンだけでも驚くのに、そこにさらに娑伽羅まで加わっていたのだ。しかも煩悩に呑まれたというのだから。この世にある水という自然そのものを司る光が、大海の王として海を統治させた娑伽羅と湖を統治させた弟。その二人がここに来て呑まれたと。


 「煩悩の種類は?」

 「嫉妬と・・・憎しみと・・・劣等感」


 誰に対するなど、問わなくてもわかる。自分だ。しかし、嫉妬や憎しみを向けられるようなことはした覚えがないのだ。弟子として二人を受け入れたし、さまざまなことを教えた。


 「お願い・・・争わないでくれ」

 「あぁ。わかっている」

 「戦いたいって言ってるんでしょ?喧嘩でしかないけど」

 「ただの喧嘩では・・・済まぬ」


 いつもよりも低い声音に、明は口を噤んだ。喧嘩では済まないということは、弟だろうと容赦できないということだ。そうなるくらいならば戦わないとそういうことだ。


 「話したいことは山程あるがな。まずは・・・統治者から退いてもらわねば」

 「余計憎まれるって」

 
 そんな愚か者に育てた覚えはない。幼い頃に両親を亡くした光とバナン。光は何度も母親や父親になろうとしてくれた者を拒否した。信頼できなかったからだ。信頼できない者に自分たちの命を預けられなかった。ずっと二人で生きて来たのだ。バナンを育て上げたのは自分だ。自信を持って言う。しかし、その弟が煩悩に呑まれたというのだ。そんな存在に育てた覚えはない。


 「明、私の弟は莫迦でも阿呆でもない。どうしようもない、愚者になってしまった。お前の言ったとおりだ」

 「ねぇ光」

 「なんだ、明」

 「その戦い受けたら?」


 明の言葉に驚いたのは光だけではない。慈も同じだった。戦ってほしくなかったから止めようとしたのだ。しかし明は戦いを受ければいいと言ったのだ。


 「客観的に見て、バナンくんはキミを憎んでいるんじゃなくて、自分なんじゃない?」

 「そうなったのはあなたのせいですからね」


 「人を憎むくらいなら、弱い己を憎め」そう言った記憶が奇跡的に残っていた。強くなるまで己を憎みながら生きろと吐き捨ててしまったことが記憶の片隅に残っていた。だとすれば、バナンは未だに強くなれない己を憎んでおりそれ故に兄に対しての劣等感や嫉妬心が大きくなってしまったのではないか、と明は言った。


 「慈ちゃん、兄弟喧嘩ってね、普通するものなんだよ」

 「そ、そうなのか」

 「うん。慈ちゃんはびっくりするかもしれないけどね、お菓子の領土争い、二段ベッドの二段目争いとか、どうしようもないことで喧嘩するんだよ」


 兄弟がいない慈からすれば衝撃だった。しかし、この世で喧嘩を人生で一度もしたことがない兄弟などいないのではないかと明は大げさながらも言ってみせた。


 「意外とスッキリするよ。オレもアマテラスとよく喧嘩したし」


 よその国の兄弟なのか兄弟じゃないのかも危うい二人が喧嘩をしていたという。大日如来の化身と神仏習合で謳われている二人。太陽と破壊神の喧嘩という天上界最大の危機的状況が起こっていたのだ。慈は小首を傾げ、蘭は呆れていた。日本神話界の頂点のような存在と、明王界の頂点がなにが原因で喧嘩をするのか。


 「でもね、光とバナンくんは喧嘩したことないんだよ。仲良すぎるっていうのも考えものだよ。光ってね、バナンくんに怒ったことが一度もないわけ。一番最初に怒ったのがオレと言っても過言ではないね」

 「お前はどれだけバナンを翻弄しておるのだ」
 
 「ちょっと許してあげてくれないかな。慈ちゃん」


 慈は、明の説得によりコクリと頷いた。兄弟の絆をさらに深めるためのものであると理解したのだ。


 「楽しそうなところいいかしら?」

 「優姫、なにか分かったの?」

 「ラーヴァナについての情報よ。ラーヴァナの正体がわかったのよ」


 ホテルの周りにある木から情報を得たという。ラーヴァナの気配はあまり知らない気配だったが、意外にも近しい存在だった。


 「校長よ」

 「校長が羅刹の王だったの?そんな気配しなかったけどなぁ」


 優姫曰く、校長室の周りには不浄の結界を張っており、その不浄の結界の中で身を潜めていたという。それに守られて校長は気配を消していたのだ。


 「まぁ、ここで片付ければ、校長は修学旅行先で行方不明になりました的なことになるわね」

 「トラブルが起きたために辞職ってことにすればいいんだよ。自分で辞めることを決意しましたっていう書類にも印鑑を押してもらえばそれで終わりじゃん」


 不動明王は、破壊することも救うことも出来るが、辞めさせることも出来るのだ。破壊するだけならいいのだが、頭も良いため天上界は困っているのだ。影のボスと言ってもいいくらいには牛耳っていた。


 「慈ちゃん、もう少し休んでたら?疲れたんじゃない?」

 「十分寝たさ」


 泣いたせいか瞼が腫れている。少し優し過ぎるのかもしれないと思う。彼女は、同調しやすい特質もあるが、相手に寄り添おうとして傷つくことが多いのだ。


 「今回は、光に任せる。バナンや娑伽羅については其方が一番よく知っているだろう」

 「あぁ、そうだな」


 光はそこで決意した。最愛の弟がそれを望むというのなら、兄としてその挑戦を受けてやろうと。そしてもし弟子が自分を倒そうとしてくるのなら、それを全霊をもって迎え撃とうと。ラーヴァナについては明が潰すと言っている。不浄についてはすべてが終わったあとに慈に祓ってくれる。


 「見せてもらおう、其方がどれだけ強くなったのかを」

 「いいねぇ。オレもラーヴァナとなったらさすがに油断はできないね」


 二人はまだ本当にするとも決まっていないのにウォーミングアップを始めた。いつも通りの空気感に戻ると、慈もいつもの微笑を取り戻した。


 「慈さまは笑顔がいいです」

 「慈くん、今度こそ僕と行動するのだよ。信じてくれたまえ」

 「わかった。信じよう」


 亜矢の一件とは違い、慈は一哉を信じるようになった。一哉の覚悟と勇気は凄まじい力を発揮するのかもしれないと、明も期待している。


 「意外と楽しみなんじゃないの?」

 「バナンの剣を受けるのは久方ぶりなものでな。どれだけ強くなったかは、気になる。娑伽羅はまだしも」


 普段は仲のいい兄弟。しかし、特訓になると師弟関係になる。どんなに叩かれても何度も何度も立ち上がって自分に立ち向かうバナンの姿は記憶に新しい。自分を一度でも倒せたら褒美をやろうと言えば、バナンと娑伽羅が仲が悪かったのに手を組み出したのだ。それが可笑しくて若干半笑いで二人を叩いた。毎日の特訓では百回以上自分と剣を交えるのだ。そうして特訓して数百年以上。強くなっているのだろうと思う。煩悩に呑まれたとしても、強くなった弟と弟子の剣を受けることが少し楽しみではある。もし仮にバナンと娑伽羅に対して強くなったと思ったら、その時は素直に認めるつもりだ。
 ──コンコン


 「来たかの」

 「ラーヴァナも共犯かな?」


 一哉とキンナリーが慈を守るように前に出る。聖も一年前よりもずっと逞しくなった一哉に倣って慈の前に来る。


 「え、其方は」

 「大丈夫、明師匠のお墨付きだ」

 「不動くん、聖を弟子にしたのかね!?」

 「だってさ・・・素質あるんだもん」


 蘭も大きく頷いた。彼の戦いの素質は不動明王が認めてしまったのだ。何よりも、初めてで羅刹の雑魚たちに恐れもせずに斬れるあたり、相当肝が座っているだろうと二人は思った。


 「慈ちゃん、物凄い逸材が仲間になったみたいだよ」

 「お前がそこまで言うとは」

 「あなた本当に明さんですか?」

 「明の気配だぞ」


 悪戯っぽく微笑みながら疑うような目をして告げてくる蘭に対し、慈は相変わらずの天然で言った。


 「ラーヴァナに集中しろ、明」

 「うーん、校長ってあんな感じだったかなぁ」

 「本来の姿を取り戻したらしい」


 ラーヴァナが学校に何の用があったのかはさて置いても、校長の本来の姿が鬼になると迫力が違う。確かに鬼の王というには相応しいのかもしれない。阿修羅よりはマシだが。


 「羅刹の王、相手は明王が一尊不動明王が務める」

 「ほほぉ、これは凄い。人生で不動明王と相見える日が来るとは思わなんだ」


 相見えるどころか、戦うことになるとはさしものラーヴァナも想定外だっただろう。そもそも、生徒に大物ばかりが集まっていたということにも驚きを隠せない。まさか前沢までもが天上界の存在だったとは。


 「やろうか、元校長先生」

 「受けて立とう、不動明くん」


 自分より目下の羅刹から君付けで呼ばれ、明が少しだけ顔色を変えた。あまり君付けで呼ばれたくないのだ。


 「どこでする気なんですか、あなたたち」

 「え、こ、ここ?」

 「わたしが異空間結界を張るから、そこでなら構わないだろう」

 「慈さまの異空間はほとんど光の国。彼らには不利ですわ」

 
 慈以外全員が同意した。慈の結界は本人にそのつもりがなかったとしても光属性のものでしかない。相手は圧倒的に不利だ。最強とも言える二人を相手をする時点でほぼハンデである。しかしそこにさらに不利になる条件でしかない慈の結界は相応しくない。


 「屋上に庭があったわね。そこでしたらどうかしら?」

 「おぉ、そんなのあったんだ。じゃあそこでしよう。龍くんたちもいい?」

 「私はどこでも。ここには、水があるからな」


 このホテルはそもそも海が近いうえに、プールと噴水もある。水がある場所での光は明にも引けを取らないとまで言われるほどに強くなる。というかそもそも普段でも互角に近い。その光に対し、弟子である二人がどう出るかだ。
 そして、明の方はここはほとんど問題は無い。ラーヴァナは木属性。つまりは明はその木を燃やし尽くせる。さらに剣もあるため、金属性と言っても差し支えはない。圧倒的に属性上は明が有利だ。


 「さぁて、倶利伽羅、暴れようか」


 明がその声とともに右手を挙げると、明の背後に炎が現れる。迦楼羅炎だ。その迦楼羅炎が鷹の形を成し、明の右手を炎が覆い尽くす。その炎は、明の髪の毛一本さえも燃やさない。そして、不死鳥の姿をしていた炎が消え去れば、明の手に炎を象ったかのような剣が握られていた。激しく、熱くも美しい明の戦いが始まる合図だ。
 対して


 「蒼き生命の源よ、我に力を」


 光の声とともにこの国にある全ての水という水が光の頭上に集まってくる。それが明の迦楼羅炎のように渦巻き、深くも透明な蒼い渦からすっと刀が降りてくる。光は降りてきたそれを躊躇いなく抜き取った。蒼色の柄に金色で彩られたつばと柄頭。青混じりの透明な刀身。どれをとっても美しい剣だった。激しく熱く美しい炎に対し、静かで澄み切った水が空間を潤していく。


 「バナン、娑伽羅、私の武器をお前たちは見たことがなかったな」

 「はい」

 「そのだな。それを今日解禁か?」

 「そういうことだ。喜べ、私がこの武器を使うことはほとんどないからの」


 光の言葉に二人の表情に緊張が宿る。師匠がほとんど抜かない剣を自分たちの挑戦のために使ってくれるのだから。
 バナンは翡翠色をした透明な刀を、娑伽羅は薄紫色に彩られた刀を構えた。見本のような構え方のバナンと、マニュアル通りにはしない娑伽羅。二人は構えからしても正反対だった。しかし、二人が協力し合った時の力は知っている。
 

 「行くぜバナン」

 「あぁ娑伽羅」

 「来い」


 バナンと娑伽羅は同時に地面を蹴り、光は彼らが来るのを待った。二人の動きは単純だと分かっている。そして笑む。
 しかし


 「昔の俺たちだと思うなよ」


 二人は同時に剣を地面に刺し素早く旋回し、左右に分かれた。


 「ほぉ」


 ・・・これまでの二人だと思って油断してはいられぬか
 左右から恐ろしいスピードで迫り来る二人の剣を光はスレスレのところで躱し、上体を一気に下げ、剣の下をスライディングして潜り抜ける。さらに左足を軸にして回転し、二人を膂力だけで薙ぎ払う。


 「ぐぁっ!」

 「くっ」

 
 二人は凄まじい膂力に薙ぎ払われるも、宙返りをし体勢を整え、着地した。しかしやはり動揺する。光がここまでの動きを見せるのに一秒さえ経っていなかった。


 「やっぱ速いな」

 「さすがのスピードだ」


 スピードだけでは師匠には勝てない。


 「余所見は命取りと言ったはずだがの」

 「そう来ると思ったぜ」


 ──ザンッ
 考えながら動けと言った。次に師匠がどう来るかを計算する。恐るべきスピードで背後に回る光を振り向きざまに腰から肩にかけてを斬った。しかし


 「ふぅ、危ないのぉ」

 「ちっ、水かよ」

 「残念ながら」


 ──ギィンッ
 鈍い金属音を立てて光と娑伽羅の刃が交われば、地面が抉れるほどの衝撃波が生まれ、二人は同時に後退し、さらに攻める。


 「お前の動きは私とよく似ている」

 「あぁ、何回も言われたねぇ。めっちゃ躾られたもんで」


 そう、光の動きに付いてきたのは弟ではなく娑伽羅だった。光の教えはまず、教える存在の動きを手本として真似ることだった。それを身につけたのは娑伽羅。


 「ふっ、そうか。これは意外だった」

 「なんだ?」


 お互い懐かしい遥か昔に思いを馳せつつ会話をし、さらに刃を交える。


 「お前は、双刀だったのか」


 光の言葉に娑伽羅は嬉々とした表情を見せた。このような形で戦うしか方法は無いと思いながら、光は自分と正面から向き合おうとしてくれている。それが証拠に、娑伽羅の動きや癖から見抜いたのだ。会わなかった空白の時間など感じさせないほどに。


 「やっぱ、アンタは師匠だよ」

 「あぁ、お前は私の弟子だよ。紛れもなくな」

 「はぁっ!」


 ──ガキンッ


 「・・・何のつもりかの、バナン」


 光と娑伽羅。師弟の会話の間に亀裂を入れるかのようにバナンが刀を振り下ろして来たのだ。当然それは光がいとも簡単に弾き返した。


 「こちらは昔話に花を咲かせていたというのに」

 「これは昔話をする時間じゃない」

 「あのなぁ、今いいとこなんだよ、邪魔すんじゃねぇ」

 
 バナンと娑伽羅は協力し合おうということになっていたのだ。しかしそれに対して師匠との久しぶりの手合わせがあまりにも楽しかったのだ。そこをしっかり約束を守っていたバナンが割って入る形になったのだ。


 「バナン」

 「はい」

 「これはな、師弟の対決なのだ。それに、お前とシャーガの戦術は違う。お前は一刀でシャーガは双刀だ」


 三本の刀に対して一本の刀で迎え撃つのは光であっても少し難儀だった。


 「お前は後でいくらでもしごいてやる。私とシャーガが戦っている間に私の動きでも見ておれ」


 兄にそう言われて何も言えなくなる弟。バナンは仕方なく引き下がった。


 「さ、続きをしようか。私も双刀でお前の挑戦を受ける。得意な方でするほうがよかろう」

 「あぁ、そうだな。アンタが一刀だけ使う人じゃねぇのは知ってる」


 娑伽羅は本当によく光の動きを観察していた。そして観察してはその動きを真似て身につける。吸収する能力が高かったのだ。


 「では、我が宝刀二本目と行こう」

 「二本目?」

 「この刀だけで蒼水ではない。蒼水というのは私が持つ宝刀の総称だ。この刀の名は神葵という。そして二本目が千紫苑」

 
 光は二本目を抜き取ると、その双刀を両方とも逆手に持ち、顔の前で交差させた。それに対し、娑伽羅は片方のみを逆手にし顔の前で固定すると、もう片方を前に突き出した。


 「あの構えって・・・」


 その構えに驚いたのはラーヴァナと交戦中の明だった。光の戦い方を知り尽くした明でも分かる。娑伽羅の構えは紛れもなく光のものだ。


 「なぁ、勝った時とか、あんたが認めてくれた時の褒美ってなんだよ」

 「それはお楽しみだよ」


 光は心底可笑しそうに言った。


 「その構えや動きはどこで覚えた?」

 「あんたのをずっと見てた」


 娑伽羅は、光に追いつくためにずっと光の特訓を影から見ていたのだ。そして、それを見たあとにどうやって自分で身につけようかと試行錯誤した。


 「こんな形でなくても、したいと言えばいくらでもしてやったのに」

 「でも、本気ではやってくれねぇよな」

 「うむ・・・確かに」


 しかし、光は思った。彼は、本気で自分に追い付こうとしていると。追いついて追いついて、最後に追い抜くような。その気でいる。


 「では、本気でやろう。殺す気で来い」

 「当たり前だ。でりゃあ!」


 殺す気で来いと言いながら、光は楽しそうに笑っていた。


 「紫水・竜王破!」

 「竜王水陣ノ舞」


 ・・・本当に、強くなったよお前は
 光は本当に嬉しそうに微笑んだ。美しい蒼色の竜と紫色の竜がぶつかり合った。


 「晴れやかな気分だの」


 光は、最大出力で迫る娑伽羅の竜を蒼色の龍で飲み込んだ。


 「はぁーあ、参りました。お姫様の腹殴ってすいませんでしたぁ」

 「ほぉ、慈さまの腹を?怒るのは私ではなく、今燃えているあの男だぞ」


 物凄い気迫でこちらを睨みながら、迦楼羅炎が轟々と音を立てているのが見え、娑伽羅は慌てて立ち上がろうとした。しかし


 「うえ、立てねぇ」

 「あんな技を放てば立てなくもなるさ」

 「ちっ、結局勝てねぇし」

 「そう拗ねるな。お前は強くなったよ、驚く程にな」


 光は本心からそう言った。それに対して娑伽羅は、照れ臭そうに頬を掻いた。照れると頬を掻く癖は変わっていないらしい。


 「じゃあ褒美くれんだろうな?」

 「そうだな。約束なのでな。これをやる」

 「え?」


 光が娑伽羅に渡したのは紫色の刀。千紫苑だった。宝刀と言ったこの刀が褒美だというのか。


 「鍔を見てみよ」


 娑伽羅は光に言われて慌てたように鍔を見た。そこには『サーガ』と彫られてあったのだ。一気に記憶が蘇る。光はシャーガではなくサーガと呼んでいたことを。早く強くなれよ、サーガと悪戯っぽく笑みながら言ったのだ。


 「こ、れは・・・」

 「お前が強くなったら譲ってやろうと思っておったのだ。この刀は、覚悟と正義を持つ者しか使えぬ。だからこの刀に誓え、これからは覚悟と正義と忠誠心でもって、我らが主のために働くとな」

 「あ、りがとう・・・ございます、師匠」


 娑伽羅は、光が振り続けた刀を大切に抱き締めた。冷たいはずの水属性の力なのに、温もりがあった。


 「次は負けねぇぞ、師匠」

 「あぁ、待っている」

 「海は俺が見とく。ミロクさん、さっきはすいませんでした」

 
 娑伽羅は、慈の前まで来て頭を下げた。当然慈が行動に対して怒るはずもなく、微笑を浮かべて構わないと頷いた。


 「バナン、お前の番だぜ。きっちりやって来いよな」

 「シャーガよりは追い詰めてみせる」


 バナンと娑伽羅はすれ違いざまにハイタッチをし、選手交代とばかりに前に出た。そして、まっすぐに兄を見据えた。



 







 
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