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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

9-3.騒々しい騎士

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 エリアスの名を呼ぶ声が後方から飛んだ。どうやら彼を探している様だ。

「げっ」

 自身の名を呼ばれたエリアスは反射的に背筋を伸ばして振り返り、バツの悪そうな顔になる。

「魔物の姿が見えたんで、班抜けてきちゃったんですよねー……そろそろ戻らないと。こりゃげんこつ食らいそうだなぁ」
「……団体行動を乱す騎士なんて、自覚が足りないのでは?」
「柔軟な思考はどんな戦場でも必要じゃないですか? 団体行動に重きを置きすぎて判断が鈍くなりゃ意味がないでしょう」

 確かに一理はある。事実、エリアスが駆けつけなければ怪我人が出ていたことは間違いないのだ。
 なるほどとクリスティーナが頷いていると、未だエリアスの姿を探しているらしき声の方角を向きながらリオが口を挟む。

「リンドバーグ卿、そろそろ行かれた方がよろしいかと。幸い馬車までの距離もそこまでありませんし、お嬢様は俺が責任をもってお連れ致します」
「おー、そうだな。まだ他にも魔物がうろついてるかもしれないし、一応気を付けろよ」
「畏まりました。ご忠告ありがとうございます」

 リオの発言にどこかむず痒そうにしつつもエリアスは敬礼をしてその場を離れる。
 しかし結局その途中で勢いよく振り返ったかと思えばリオに対して指をさしながら叫んだ。

「ほんっと……次会うときまでにそのかたっ苦しい口調何とかしろよな! 卿とか……聞いてるこっちがむずむずするって!」

 そう吐き捨てるや否や、今度こそ走り去る赤髪の騎士。一方でリオは彼の言葉に返事をするでもなく誤魔化すように微笑みを浮かべている。
 その姿を離れた場所に立つ騎士団の団員達と合流するまで見届けてからクリスティーナは口を開く。

「頭の悪そうな騎士ね」
「否定はしません」

 エリアスは確かにリオに懐いている様だが、一方で懐かれている側はといえば聊か辛辣な態度である。
 それは親しみから来るものでも嫌悪から来るものでもなく、恐らくは単純に彼に対して興味がないのだろう。
 リオは元来他人に興味を示さない、そういう男である。故に客観的な評価を下しているに過ぎない。

「腕は確かなようね」
「騎士団の中でも特に秀でた剣術の才を持つという噂もありますね」
「優秀なのね」
「そうですね。……ただ」

 リオは騎士達の集まる方角を見たまま目を細める。
 一方で視線の先のエリアスはというと、本人が危惧していた通り班長らしき人物の拳を脳天から受けて悶え苦しんでいる最中だ。

「何か?」

 クリスティーナの問いにハッと我に返ったリオは首を横に振る。

「何でも。それよりも移動しましょう。彼がおっしゃっていたように他にも魔物がいるかもしれませんから」
「わかったわ」

 使用人の内情についてはリオの方が圧倒的に詳しい。彼には何か思うことがあるようだが、本人がクリスティーナに話す必要がないと判断していることについていちいち言及する必要もあるまい。
 クリスティーナはリオに手を引かれてその場を離れた。
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