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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

13-1.推測不可能な思惑

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 英雄と謳われる聖女は遥か昔、彼女のもとに就いた七人の従者を引き連れて世界中を混沌へ陥れた魔王を撃ち滅ぼした。
 魔王や彼に従った魔族と呼ばれる種族は魔法の基盤となる六属性に属さない悍ましい魔法を扱うことに長けており、それを人は闇魔法と呼んだ。

 一方で聖女は世界で唯一闇魔法と対となる強力な魔法――聖魔法の才を言伝と共に神から与えられたという。
 聖魔法とは闇魔法同様、六属性に属さない魔法。闇を打ち消す物や味方へ強力な能力を付与する物などがあるとされているものの、伝説やお伽噺の延長として語られてきた為に聖魔法自体の詳細な情報はほとんど存在しない。

 しかし聖魔法として中でも後世に根強く語り継がれてきたものが――。



 回復魔法。
 怪我や病等、人へ大きな害をもたらす要因を短時間で癒すその魔法を扱うことができるのは神からの寵愛を受けた聖女のみと言われている。

(……どういうこと)

 クリスティーナは自身の手を見つめる。エリアスの声は聞こえなくなり、自身を支配していた感情も鳴りを潜めていた。

 しかし魔法を使った感覚は自身の中に残っており、魔力消費による倦怠感も確かにある。
 そして先程までエリアスの体を裂いていた傷はすっかり塞がっており、この短時間でそれを成せるものといえば回復魔法以外には考えられない。

 そこまで結論が出ていながら、クリスティーナがそれを簡単に認めることが出来なかったのにはいくつか理由があった。

 一つ、神からの寵愛を受けるという聖女は誰よりも清く正しい乙女に神が与える称号だというのが世論であったこと。
 悪名高いクリスティーナは、噂までの悪女とはいかずとも自分が聖女と呼ばれるほどに清き人間だとも思っていなかった。

 更にもう一つ、聖女はこの世に一人しか存在することが出来ない。
 どの時代にも聖女を名乗り、聖魔法を扱うことのできる存在は確認されている様だが同時期に二人以上いたという例がないのだ。
 この世に人間が一体どれだけいるというのだろう。そしてその中の一人に該当してしまう確率がどれだけ低いことか。
 そんな考えが彼女に混乱を与えていた。

 重い沈黙に満ちた場の空気が酷く重い。
 しかし他人に気を配ってやれる程今のクリスティーナに余裕はなかった。

 その時。
 誰かが手を叩く音が周囲の沈黙を破った。
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