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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

16-4.思案

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(……頭を抱えるような状態ではあるけど、案外落ち着いているわね)

 クリスティーナは一度深呼吸をする。
 疑念の眼差しを受けた数日前の動揺は鳴りを潜め、彼女の頭は実に冴えていた。今一度自身の中の優先順位を整理するだけの冷静さは存在している。

 死すれば全てが終わり。自身の生存という大前提が成り立ったうえで他の選択は生まれているのだ。
 躊躇いはあるが、彼女の中の優先順位が狂う訳ではない。
 最悪のケースが自身へ降りかかった時には姉を売ってでもこの身を守ることだろう。

 そう結論付けたクリスティーナはそれ以上考えることを辞めた。自分が成すべきことは明確になったからだ。

 思考を停止したクリスティーナの様子を見計らったかのように扉がノックされ、騎士が姿を現す。
 視線で退室を促す彼らへ歩み寄るが、クリスティーナはその途中でふと振り返ってリオを見た。

「貴方は残りなさい」
「クリスティーナ様、しかし……」
「どの道謁見の時は傍に居られないでしょう。そこで待っていなさい」
「…………畏まりました」

 昨日彼の忠義を再確認したからこそ、クリスティーナは彼を連れていくことを拒絶した。
 忠義を尽くす相手が冤罪に掛けられ、責め立てられる様を目の当たりにしながらも口を挟むことすらできないという状況は彼にとっても苦だろう。

「では、帰り支度を手配してお待ちしております」

 視線を落として暫し考えたリオは顔を上げて微笑んだ。
 彼の言葉の意図を理解したクリスティーナは何度か瞬きをした後、その言葉に応えるように薄く微笑んだ。

「ええ、お願いするわ」

 彼はクリスティーナのことをこれっぽっちも疑っていない。そして彼女が無罪であることを知っているからこそありもしない罪で裁かれるべきではなく、何事もなく帰宅が許されるべきであり――何も後ろめたさを感じる必要はないのだと暗に伝えているのだ。

 リオの言葉に後押しされるようにクリスティーナは彼から背を向けて騎士と共に部屋を出た。
 その後姿は凛々しく、自信に満ちている。謁見へ向かう彼女の足取りは堂々たるものであった。
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