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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

65-3.本性

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 彼の一言を合図にベルフェゴールの左腕が瞬く間に捻じれ、圧縮され、変形する。
 肉の潰れる音、骨の砕かれる音を響かせ、彼女は苦痛に顔を歪めて悶える。

 そこに更なる追い打ちを掛けたのは三つ目の人影と彼女を包囲する数十もの氷の剣。
 迎撃の気配を感じ、後退するエリアスやオリヴィエと入れ替わるようにそれらはベルフェゴールへと襲い掛かった。

 先に動くのは氷の剣。それは規則性を持たず予測不能な動きと速度でベルフェゴール一点を狙い撃つ。
 だが相手もまともに攻撃を受けてやることはしない。

 その体を蜂の巣にしようと剣が迫る僅かな時間。その一瞬の間に彼女は魔法で地面を隆起させ、自身を覆うように変形させた。
 それはさながら土で出来た繭。だがその強度は侮ることはできない。

 降り注ぐ剣は繭に当たっては砕け散る。氷魔法による猛攻により、繭に亀裂が走った。
 だがそれは障壁の崩壊へ繋がるような大きなものにはなり得ない。

 更に彼女の守備は止まらなかった。
 ほんの僅かだとしても繭を破られる可能性があることを悟ったベルフェゴールは更に魔法を行使する。
 繭の内側から彼女は無事である方の腕を持ち上げる。
 直後、繭全体を取り囲むような炎の膜が発現する。

 氷と炎は相性が悪い。更に魔族の手掛けた魔法となればその威力の凄まじさも段違いだ。
 故に残された剣は繭に触れる事すら叶わない。それらは溶解し、蒸発して消え去った。

 炎は氷に強い。クリスティーナの魔法では彼女の鉄壁を切り崩すことは出来ないだろう。
 だが――。

「……を下せ。アクア・フラッド」

 猛攻が止んだ空間に詠唱の一節が響く。
 炎へ襲い掛かるのは多量の水を出力した攻撃。巻き込んだ物を容易く吹き飛ばすほどの物量を持つそれは飛沫を散らし、辺りを水浸しにしながら十に渡って繰り出された。

 水が気体と化す激しい音。量の暴力が土塊を殴りつける音。
 水による攻撃と炎の防壁の頑丈さ。それは一見拮抗しているようにも思えた。

 だがしかし。

 炎は氷に強い。だが、水相手ならば?
 子供でも分かる、単純な道理である。

 攻防共にその精度が互角。ならば、この攻防に決着をつけるのは何か。
 それは相性の差であると言えるだろう。

 更にノアの行使した『アクア・フラッド』は魔物の襲撃の際に扱ったものよりも威力が底上げされたものであった。

 上級魔法の連発、更に通常時を上回る威力の上昇。
 それを可能にしているのは魔導師の手中に収まる多大な魔力である。

 相性と効力の上昇。それらの要因が次の一手への道を切り開く。

 当たりの視界を濁らせる程の水蒸気を伴い、苛烈を極める水と炎の攻防。
 やがてそれは終わりを迎えた。
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