上 下
231 / 579
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

71-2.聖魔法と闇魔法

しおりを挟む
「だから、そんなに苦しそうなのね。辛そうなのね」

 リオの言葉掛けに一瞬我に返ったノアだったが、ベルフェゴールの言葉を合図にその瞳に昏い淀みが浮かぶ。
 魔力制御の訓練時、彼が言葉を偽った時に見せた淀み。
 クリスティーナはそれを見逃さなかった。

「……可哀想」

 ベルフェゴールの呟いた一言。
 それが彼女に既視感を芽生えさせる。
 同時に感じたのはノアと初めて出会った時、幻覚を見て抱いた嫌悪と同様の――否、その何倍も明確な不快感だった。

 クリスティーナはノアからベルフェゴールへと咄嗟に視線を移す。
 だからこそ気付いた。
 ベルフェゴールから伸びる黒い煙に。

 先程、前衛三人へ向けられた『闇』。
 それがノアへ向かって伸びていた。

「……っ!」

 クリスティーナは鋭く息を呑む。
 『闇』から感じる悍ましさ。先程よりも近くで視認しているからこそ感じるより深い嫌悪。
 相変わらず、リオとノアにはあれが見えていないようだ。

 あれをノアに触れさせてはならないとクリスティーナは悟らされる。
 先程は三人へ触れることなく霧散した『闇』だったが、今回は放っておけば確実にノアへ辿り着くだろうという確信があった。
 根拠はない。ただ、直感的に感じた危機感と確信。

 だがそれが危険なものだとわかり、尚且つ視認が出来ていたとしても対処法はわからない。

(そもそも、あれの正体だってわからないんじゃ――)

 対処のしようがない。そのクリスティーナの考えはその結論へ至る手前で停止する。
 脳裏を自分の知識と記憶がいくつも過っていった。

 聖女の伝承、有名な言い伝え、目の前に立ちはだかる『闇』。
 自分だけがそれを視認できる事実。ベルフェゴールがクリスティーナを『本物』だと確信した理由。

(……いいえ、正体の見当はついていたはず)

 クリスティーナは自分の考えを改めた。そして意を決してから地面を蹴る。

 これは賭けだ。後で聞かされれば恐らくリオやエリアスはクリスティーナを咎めるだろう行動に出ようとしている。
 だが可能性を捨ててその場で立ち尽くすことはできなかった。

 クリスティーナは両腕を広げてノアの前へ立つ。

「クリスティーナ様……!?」

 誰よりも前に立った主人の行動に対し、リオが弾かれるように顔を上げた。
 その顔には動揺の色が滲んでいる。
 それに対し、申し訳なさを感じつつもクリスティーナはベルフェゴールを睨みつけた。
しおりを挟む

処理中です...