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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

epilogue-2.取捨選択の先延ばし

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 アレットはかつて学院に通っていたオリヴィエという生徒を良く知っている。
 否、彼のことは学院の者であれば誰もがよく知っているはずである。

「彼は学院の連中が血眼になって探している重要人物だ。それはお前もよく知っているだろう。もし、お前がそれを秘匿しているのであれば――」
「おっと、待った待った。どうして急にリヴィの名前が出るのさ」

 アレットの言葉を静かに聞いていたノアはオリヴィエの名前が出た途端即座に口を挟む。
 不思議そうに目を丸くし、重苦しい空気に相応しくない明るい声を発する。それは彼が白を切る時の常套手段だ。

 そして彼は頭が切れ、口が良く回る。故に彼がこの方法を取る時、決まって厄介な方向へと話が進む。
 それを悟ったアレットは吐き出したくなるため息を何とか堪えながら説明を続けた。

「迷宮『エシェル』の最深部、地面には不自然な凹みがいくつも生まれていただろう。あれは彼が魔法を使用した時に残る痕跡だ」
「あー、なるほど」

 ノアはわざとらしく大仰に頷きを返す。
 そこに浮かぶのは腹の底を見せない笑みだ。

「確かにあれと似てるかもしれないね。ベルフェゴールが大槌で作った凹みは」
「……何?」
「大槌さ。ベルフェゴールは劣勢を強いられたときに大槌を振るってきたんだよ。そりゃもう、地面が大きく凹むくらいすごい勢いでさ。あんなの食らってたらぺちゃんこだっただろうなぁ」
「ノア、お前……」

 どうやら彼は地面の凹みは全てベルフェゴールの攻撃の仕業だと言いたいらしい。
 しかしアレットは国でもトップクラスの実力を誇る魔導師だ。地面に残された痕跡が物理的な要因によって齎されたものであるか、魔法によって齎されたものであるか程度の判別は出来る。

 確かにいくつかの凹みは物理的要因で形成されたものであった。だがそれとは異なるものが含まれていたのも事実。不自然な力の加えられ方をした痕跡の存在にもアレットは気付いていた。

「先生。リヴィはきちんと手続きを踏んで休学したはずだ」

 その言い訳は通用しないと指摘しようとすれば、すかさず遮られる。

「俺、基本的には先生達のことを尊敬してるよ。でもその中に、国の為学問の発展の為と最もらしい理屈を以て身勝手に規則を歪めようとする人が一定数いる事も知ってる。その点に於いては、彼らのことを軽蔑している」

 日頃温厚な彼の雰囲気が急激に冷えていく。
 うっすらと笑みを浮かべてはいるものの、その瞳が孕むのは冷たい憤りだ。

「言葉は選んでくれよ。間違っているのは本当に俺の方かな? 先生」

 調査の結果だけを見るのであれば、迷宮の最深部を損傷させたのがベルフェゴールだけの仕業であるというノアの主張は間違っていると言える。
 しかしそれを明言することを否定するように、そしてアレット側の間違いを仄めかす様にノアは問いかけた。
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