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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

epilogue-7.取捨選択の先延ばし

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「……ならばその言葉を信じよう。結論が出るその時まで悩めばいいさ」

 話は終わりだという言葉と共に会話を締めくくるアレット。
 緊張感から解放されたノアは深く息を吐いた。

「はぁぁ……疲れた。真面目な話って空気悪くなるから嫌なんだよねぇ」
「邪魔だ。私の用は済んだ。さっさと出ろ」
「んんー……」

 ノアはアレットの机に突っ伏して泣き言を零す。
 アレットは彼の頭を杖で小突きながら文句を言った。
 しかしこつこつと硬いものが当たる感覚を覚えながらもノアはアレットの言葉を無視して考え込み始めた。

 彼が思い浮かべるのはベルフェゴールと対峙した時の二つの場面。
 少人数でも何とか相手を押さえることが出来た戦闘。そこに彼は違和感を覚えていた。

「ねえ、先生」
「なんだ」
「魔族ってのは、五人前後の人間で押さえ込めるもんなの?」

(皆が強かったから何とかなったってのもあるだろうけど。文献に記された魔族の力は一体が国を亡ぼすことのできる力を誇る程強力だとされていた。それを考えるとまだ何か隠しているのではと疑ってしまうな……)

 ベルフェゴールの反応を鑑みるに手を抜いている様子はなかった。彼女は心の底から腹立たしさを見せていたし、動揺もしていたように見える。
 それに歴史書や伝記などは誇張して物事が記されていたりすることも珍しくはないはずだ。
 未知数の存在に対する警戒心で考え過ぎているだけだろうかと思いつつも、彼の中で不安は拭えない。

「……私も実際に対峙したことがある訳ではないからわからないが。普通に考えれば難しいだろうな」

 ノアの言わんとしていることを悟ったのか、彼の頭を叩く手を止めたアレットは真面目な声音で答える。

「お前の報告にあった、ベルフェゴールの発言についても気になる。関係がないとは言い切れない。調査の際はその辺りも考慮するよう伝えておこう」
「杞憂で済むと……いいんだけどなぁ」
「警戒しておくに越したことはないからな。情報提供感謝する。……それと」

 突っ伏していたノアのフードが優しく持ち上げられる。
 それにつられるように彼が顔を上げれば、至近距離から覗き込む碧眼と視線が交わった。

「……顔色も問題ないな」
「元気だよ」
「無事ならそれでいい」
「わぁ、アレット先生がデレるなんてめっずらし……あいたっ」

 フードが目元まで戻され、視界を遮られながら相手を揶揄うように笑う。
 その言葉は硬いもので頭を殴られたことによって遮られ、ノアは叩かれた箇所を擦りながら口を尖らせる。

 先程までの緊張した空気もすっかり解れた頃合い。他愛もない話を投げかけるノアとそれを雑に聞き流すアレットの会話の途中で研究室の戸が叩かれる。
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