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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

107-2.叱責と思惑

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 夕食を済ませたクリスティーナ達が店を後にする時、見送りと夕方の礼を改めてしたいからと女性が見送りに出た。
 店の前で足を止める三人へ、女性は改めて頭を下げる。

「今日はどうもありがとう」
「いいえ」
「こちらこそ。結局食事もいただいてしまって」
「美味かったです」

 口々に言葉を交わす四人。
 その後広がる話題も特になく、そのまま会話が途切れる。
 しかし解散の運びとなり、宿へ向かって足を進めようとした一行を女性は再び呼び止めた。

「貴女達、この辺りでは少し珍しい格好だけれど、もしかして旅人さん?」
「そうですね。そんなところです」

 女性の問いに応じたのはリオだ。
 ボロが出ないようにと詳しい話を避けて彼は頷いた。
 ある程度予測していたらしい彼の返答に女性は頷きを返す。そして柔らかに微笑んだ。

「だと思ったわ。もしそうだったらと考えていたことがあるのだけれど」

 何かと問うようにクリスティーナが視線を投げる。
 女性は扉の奥――オリヴィエや店員の男性が働いている店へ視線を移してから呟いた。

「もしよければ滞在中の宿泊先にうちはどうかしら」
「……不可解だわ。荷物持ちの礼が無償の食事と宿泊では釣り合わないでしょう」

 流石に違和感を覚えたクリスティーナが異を唱える。
 その主張は尤もなものであり、提案した本人も自覚があるのだろう。小さな頷きを返しながら女性は続けた。

「お礼と言うよりは、商売の延長だと思ってくれればいいわ。お客さんを自分の店へ引き込むための手段として、相場より少し安く宿泊費を提示する」
「なるほど」

 他の競争相手より安い値を提示することで客を引き入れるという手段自体は商売でよく使われるものだ。女性の言い分も理解できる。

「因みにお値段は?」
「そうね……」

 リオの問いに女性は一泊当たりの金額を提示する。

「俺達の現在の宿泊先よりややお値打ちではありますね」

 見たところ、クリスティーナ達が宿泊先に選んでいる宿と女性の店の質は同等だ。
 更にこの旅路がいつまで続くかわからない以上、金銭を浮かせられるのであればそれが望ましい立場に三人はある。
 故に彼女からの提案はクリスティーナ達にとっても都合が良いものであった。

 しかし女性の提案の中に腑に落ちない点を見つけたクリスティーナは僅かに頭を悩ませる。
 だがそれもほんの一時のこと。

「……わかったわ。金銭的に助かることは事実でしょうし、断る必要もないでしょう」

 結局、クリスティーナは首を縦に振ったのだった。
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