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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

155-1.悪女たる微笑

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 ディオンが今、求めているのはジョゼフが隠し持っていると考えられる古代魔導具の詳細な情報、もしくは潜入した際潜伏の時間を最短に留める為に目標の魔導具を即座に見抜く手段だ。
 クリスティーナにだけ見る事の出来る『闇』を利用すれば後者の役割は問題なく果たせるだろう。

 更に前者についても貢献できる可能性はある。
 シャルロットに纏わりついていた闇の動きは恐らく古代魔導具が齎した影響だ。『闇』が発生する理由とそれが齎す効果を更に詳細に追及することが出来れば魔導具回収の際のリスク回避にも繋がる。

 自身が持ち得る聖女としての才は古代魔導具絡みの事件にも十分に通用する物だろうとクリスティーナは判断した。

 ならば選択は一つである。

「良いわ。乗ってあげる」

 クリスティーナの返答に頭を上げ、目を見開くディオンとジルベール。
 その姿を見つめ返しながらクリスティーナは鼻で笑った。

「リスクだとか危機だとか……そういうものは既に何度も乗り越えてきたもの。いちいち躊躇うことにも飽きてしまったわ」

 その笑みは客観的に見ればとても誠意を感じる様なものではなかっただろう。
 薄く弧を描く唇に、不安を決して見せない目。それは物語の登場人物であるならば悪役が似つかわしいと感じる、どこか歪な微笑だ。
 それはクリスティーナが笑うことに慣れていないが故の物であるのだが、その事情を知るのはその場でリオのみ。

 だが、それでもその堂々たる佇まいは焦りを生じさせているディオンとジルベールに心強く映るものであった。

「私の連れはどちらも腕利きだから万一のことなんて起こらせないでしょう。それに加えて……彼も守ってくれるらしいものね?」
「……っ! はい、勿論」

 細められた目がジルベールを捉えると、彼は深々と頭を下げ直した。
 それに頷きを返してから、クリスティーナはディオンを見る。

「そういう事よ。彼の実力は道中で把握したし、護衛である二人に彼が加われば私が危機に瀕することもそうないでしょう。安心して動くことが出来るわ」
「そうかい。随分な信頼と自信だな……正直心強いが」
「ただし。条件があるわ」

 詳細を問う視線に応えながらクリスティーナは指を一つ立てる。

「私達が協力関係を結ぶのは一時限り。互いの利害が一致している時のみ手を組むわ」
「館のことの片が付けばそれっきりってことか」
「ええ」

 聖女や魔族の情報を集めること、魔族と対峙するだけの戦力の調達を求めていること……。この旅路に様々なことを求めているクリスティーナ達は足を動かし続ける必要がある。
 それに、クリスティーナ達が長居することは魔族を引き寄せる可能性を高めることにも繋がる。大きな危機が迫る可能性はディオン達にとっても望ましいことではないだろう。

 元より足を止めるつもりはない旅路である。ディオンには長期的な協力関係を諦めてもらう必要があった。

「……構わない。正直惜しい気持ちはあるが、目先のでかい問題の解決が進みそうなだけありがたい話だ。それに判断は嬢ちゃん達に任せると言った言葉も嘘じゃあないからな。……他は大丈夫そうか?」

 ディオンは自身の問いにクリスティーナが頷きを返したのを確認してから席を立つ。
 そして彼女の前に立つと手を差し出した。
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