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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

205-1.個の犠牲と多の利益

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 魔導師達はオリヴィエの姿を見つけると速足で駆け付け、その周囲を取り囲む。
 そして今にも崩れ落ちそうな容態であるオリヴィエの片腕を掴んだ。

「オリヴィエ・ヴィレット。……もういいだろう。我々と共に戻るんだ」
「……っ、お前ら、奴の手を借りたな」

 毒が齎した麻痺によって既に感覚は殆ど残っていない。だがそれでもオリヴィエは無理矢理腕を動かし、相手の手を振り払う。
 そして主導者である魔導師を睨みつけた。

(……そういうことか)

 ジョゼフが何故ブランシュだけをオリヴィエの元へ送ったのか。その理由に思い至ったオリヴィエは舌打ちをする。
 オリヴィエは女性に対して強い苦手意識を持っている。そしてそれは一部の国家魔導師――幼少のオリヴィエを知る学院の教員達も把握している事実だ。

 恐らくはその内の何者かがオリヴィエに関する情報を事前に目の前の魔導師らへ共有し、魔導師達は更にそれをジョゼフへ共有したのだろう。

 ジョゼフも国家魔導師も、目的はオリヴィエの捕縛。
 ジョゼフはニュイで一番の権利を誇る領主である為魔導師達が動きやすい様融通が利かせられる。
 国家魔導師は魔法の専門家であり、オリヴィエの魔法についても詳しい。ジョゼフが独断で動くよりもオリヴィエを追い詰められる可能性が跳ね上がる。
 互いの利害が完全に一致している双方が手を組むのはおかしな話ではない。

 だがここで問題が一つ浮上する。
 国の為、強硬的な手段を用いる例外があるとはいえ、国家魔導師は基本的に民の味方だ。
 魔導師や冒険者、傭兵などではない一般人であるブランシュにナイフを持たせる事はしないはずなのだ。

 ならば何故このような事態に陥っているのか。

 答えは至って単純だ。
 ――国家魔導師がジョゼフの本質に気付いておらず、彼の掌の上で踊らされている。
 これに尽きるだろう。

 国家魔導師は違法とされる、それも放っておけば甚大な被害を齎す事になるだろう古代魔導具に気付いていればオリヴィエの捕縛より先に古代魔導具の対処に回るはずだ。それをしないという事はジョゼフが何をしているのかに彼らが気付いていないという事だ。

 ジョゼフは自身の悪事を隠した上で魔導師達を都合の良い駒として扱っている。
 魔導師達がここでオリヴィエを捕縛したとして、ジョゼフはそれを横取りする算段を立てているはずだ。

 オリヴィエを連れ戻す為派遣された魔導師達は、オリヴィエが見たところ誰もが若い様に思える。故に国からその実力を認められてから日が浅く、未熟であるのかもしれない。
 だが、それでも実力と知識は確かに備え持っているはずなのだ。

 そんな彼らが黒幕に良い様に操られ、こうしてオリヴィエの前に立ちはだかっている。
 ジョゼフの身近な存在――シャルロットが古代魔導具によって苦しめられている事を知らないだけではなく、その解決へ奔走するオリヴィエの邪魔をする。
 そのことがオリヴィエは許せなかった。

「仮にも国が認めた魔導師だろ!? あいつに接触しておきながらどうして何も気付かな、い……っ」
「……っ!」

 今対処すべきは自分ではなくジョゼフであると訴えようとする。だがそれも続かず、オリヴィエの体から力が抜ける。
 崩れ落ちる体を主導者である魔導師が咄嗟に支える。そしてオリヴィエをゆっくりとその場に座らせた。
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