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第一章 青き誓い

5、従騎士、ふたり(4)

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王子にはこれまで友だちがいない。このように意思疎通がこんがらがるなど人付き合いが不器用なので薄々そうではないかと思っていたが、確信に変わった。高貴な身の上のために交流が制限されたなど理由はいろいろ挙げられるだろうが、とにかく友だちを作った経験がないのだろう。友だちがいなくなったことも。ちくりとセルゲイの腹が傷んだ。
 いや、まてよ。セルゲイは一つ訝った。
 王子には婚約者――サンデル公女マルティータ姫がいたな。
 マルティータ姫は恐らく彼にとって初めての友であり恋人なのだろう。
 男のセルゲイ相手にともすれば恋人のように心と体を寄せてくる理由がわかるというものだ。
 逆に言えば、友人関係に失敗したこともないはずだ。
 そう考えた瞬間、セルゲイの首が閉まり、胸がどくどくと嫌な音を立てはじめた。

「……別に、殿下のことも、殿下を友だち扱いするのも嫌じゃないです」

 それから逃げるように、気づけば声を絞り出していた。いじけた声音が情けない。

「でも物事には順番ってのがあるんですよ。俺の気持ちを置いてけぼりにしないでください」

「ではどうすれば?」

 知らねえよ! と一年前のセルゲイならすぐに返していただろう。それをごくりと飲み込む。
 実際、セルゲイ自身も友だちの作り方などよくわからない。説明されることもすることもなかった。なんとなく知り合って、顔を見れば挨拶して、暇が合えば食事で愚痴を分かち合い、ときに衝突しては仲直りをして、ほんの小さなすれ違いに断絶する人もみた。
 そんな他愛もない日常を繰り返すうちに増えたり減ったり、そして続いていくのが友だちだと思っていた。人々と関わるうちに勝手に構築されるもの――人間関係を意図的に作るだなんて考えたこともない。
 いや。心当たりが一つある。人肌恋しい夜にたまたま女の子と出会ったときに使うテクニックはある。酒を飲みかわして話を聞いてやるとか、あらゆる美点をでっちあげるとか、歌ってやるとか。すると、たちまち心と体を許して一気に距離を縮められる。だがそういう付け焼刃な関係は男女に限るものだし、大抵一晩きりで終わるものだった。

「少しずつ相手のことを知っていくんです。相手の好き嫌いを知るとか、一緒にいる時間を増やすとか――」

「この一年共に過ごし君を知った。共に座学も訓練も受けた。私と違い、筋骨逞しく武芸の勘がよい反面、興味のない話を一つも覚えない。好色家が玉に瑕。これで十分ではないのか?」

「十分?」

 たったの一年で? セルゲイはかちんときた瞬間に吠えていた。

「それで俺のすべてを知ったつもりかよ? 一緒に酒も飲んだことないのに?」

 一つ本音を言ってしまうと、もう駄目だった。

「それは殿下の言い分だろ。さっきからずっと対話のふりして俺の話は全然聞いてないだろ。友だちだと思うなら相手の話は聞けよ! そんでお互いの言い分を擦り合わせるとかするもんなの! それでよく恋人ができたよなァ! ッカーッ! 信じらんねえ!」

 叫んだ少年に、ゼ・メール街道を行く人々の注目が集まる。だがそれすらも気にならない。

「対話の、ふり……」

「そう。望む答えが出るまで意見を押し付けてさ。人を自分の思い通りにしたいんだろうけどそういうのすぐ見透かされるからな」

「君の、言い分……」

 きょとんと、あるいは呆然とする王子の顔に、セルゲイは我に返った。
 苛立ちに任せて失礼を言葉にしてぶつけてしまった。だが今さら引き下がることもできない。

「……そう。別に全部肯定することもねえけど、ちょっとは聞いてくれって……そういう話」

 頑張って言葉を濁したが、反対に冷汗が滝のように溢れる。やばい。
 この国で二番目に偉い少年に首を刎ねろと言われれば、誰も反対しない。
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