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第一章 青き誓い

5、従騎士、ふたり(13)

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 光でいっぱいの外から使用人が開けた扉を通り抜けると、宮殿内は真っ暗だった。
 廊下の端を行く使用人たちや、間借りを許されているスィエル教の司祭たちなども影だけの存在だ。顔が見えたところで、とも思う。今のベルイエン離宮にセルゲイの知己はいない。
 室内の暗がりに目が慣れたころ、〈水の祭壇〉がある中庭へ続く回廊に出た。
 今度は、中庭に惜しげもなく降り注いでいる光に目がくらんだ。
 中庭に憩っているらしい王子の姿は見えない。おそらく東屋に腰を下ろしているのだろう。
 ちらちらと光の粒そのもののように舞い散る花びらを横目にセルゲイは口を開いた。

「ところで俺、大丈夫ですかね」

 さて、落ち着いてみると様々な気まずさに顔が引きつる。王子を手下扱い、姫君を小間使い扱いした挙げ句、国王の次に偉い人を待たせたら、どんな罰があるのだろう。

「いいえ」

 セルゲイが身震いしていると、マルティータは花の揺れるような声で笑った。

「お約束の三時には十分間に合っておいでです。けれどグレイズ様がお持ちになったチェッカーボードケーキをご覧になった神子様が、目の色を変えられたのは確かです」

 セルゲイはぎくりとした。どうして公女は少年の考えがわかったのだろう。
 やはり神子姫が傍に置くほどの霊力を持っているのだろうか。

「えっ。俺、やっぱり牢屋行きですかね」

「牢屋? なぜですの?」

 侍女はきょとんと瞳を丸めて小首を傾げた。ヴェールと巻き毛が一緒になって揺れる。

「セルゲイ様がお戻りになり次第面会をし、何があっても三時にお茶会をするとは伺っておりますけれど」

 マルティータに導かれてやってきたのは、神子姫のサロンだった。
 そこは、皮張りのソファや書き物机、暖炉に至るまで、全てが白で統一されていた。
 壁にも淡い色彩で描かれた百合の紋様があるばかりで、貴人の部屋にありがちな絵画は一つもなく、簡易聖堂と呼ぶのがふさわしいほど生活感が無かった。
 窓からは〈水の祭壇〉を抱く中庭が一望できる。
 祭壇と東屋の天蓋を覆って揺れるウィスティリアの花が室内にまで甘い香りを運んでくる。

「ミゼリア・ミュデリア様、セルゲイ様をお連れいたしました」

 姉を慕うような甘いソプラノが花咲く。
 そして、寝椅子にゆったりと腰掛けていた女性がおもむろに立ち上がった。
 セルゲイは反射的に片膝をつき、頭を垂れた。
 ローブの裳裾が、ささやかな衣擦れの音と共に、セルゲイの視界に入った。
 少年はその隙間から見えるつま先――金糸のサンダルが包む足に恭しく触れた。
 それは神子に対して特別な敬意を表す仕草――スィエル今日の最敬礼だった。

「面(おもて)をお上げ、セルゲイ・アルバトロス」

 セルゲイは言われた通りに顎を擡げた。
 陶器のような面立ちをけぶるような黄金の髪が包み、その中央には、瑞々しい若葉色の瞳が二つ穏やかに煌めいている。その若々しさはまもなく五十を迎えるようにはとても見えない。

「お久しぶりです、神子様」

 幽玄な美しさにぼうっとしているセルゲイを、妖精の女王はくつくつと笑った。

「お前は大きくなりましたね。さ、お話を手短に。お茶までには終わりましょうよ」
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