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第一章 青き誓い
8、最高で最低の日(5)
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セルゲイは愛馬を巧みに操り、ゆっくりとグレイズの近くで止まった。
「俺、見てくる」
「あ、ああ……」
騎士が真新しい金の拍車をかけて去ると、馬車の周りと行列の先頭にそれぞれシュタヒェル騎士が集まってきた。
剣を鞘から引き抜き警戒を強めるグレイズの耳に、奇妙な声が聞こえてきた。
「やあやあ、ご機嫌よう!」
わざとらしい抑揚のついた男の声だ。耳につくそれが、どこからするのかはわからない。
「本日はお日柄もよく――」
「グレイズ、上だ!」
チェスナを走らせてきたセルゲイが、天に弓を構えていた。そのほうを咄嗟に見上げる。
そこには、建物よりも背高に伸びた蔓が蠢いていた。
蔦がミミズのように犇めく上には、全身をローブで覆った人物が立っている。
目深にかぶったフードと逆光で、顔まではわからない。
「魔術師か……!」
騎士たちは編成を変え、観衆を避難させる一方、不審者を撃退するために動き出した。
魔術師に向かって、次々と矢が注がれる。
「おいらに話をさせておくれよ」
と、声がした、その瞬間だった。
「いやっ」
グレイズは、少女の悲鳴に思わず振り返った。
マルティータに蔦が迫っていた。
彼女の足元からにょきにょきと伸びているそれは、細い足首に巻き付いている。
「マルー!」
咄嗟に剣を引き抜く。
グレイズが剣で切るのも追いつかず、蔓はどんどんと太く長く伸びては花嫁に巻き付く。
諦めずに剣を入れ続るも、蔓はマルティータを隙間なく包み小さな籠のようになった。
「グレイズ様!」
籠の隙間から必死に伸ばしている手を掴む。
グレイズがぎりぎりまで握りしめていた手はするりと抜けて、王子の手の中には、レースの小さな手袋だけが残された。
異常な速度で成長する蔓が二人を引き離し、マルティータの籠は矢の雨の中に向かってどんどん登ってゆく。
「打ち方、止め!」
シュタヒェル騎士団長デ・リキアの命令が轟いた瞬間、騎士たちはその手を一斉に下ろした。
あたりには、しゅるしゅるという蔓の成長する音だけが残った。
「ようやく聞く態度になったね」
花嫁を奪った魔術師は一同を見下ろして、満足げに頷いた。
「おいらはルジアダズ海賊団ヴィルコ・オルノスの左腕、土の魔術師キールヴェク!」
グレイズはぞっとした。
ルジアダズ海賊団のヴィルコといえば、父ブレンディアン五世の宿敵だ。
私怨を拗らせて、嫌がらせに来たのだろうか。
グレイズの頭が真っ白になる。先ほどまでの幸せが、嘘のようだ。
「マルティータ姫を返してほしくばペローラ諸島はサフィーラ島に来い! どちらがペローラを治めるにふさわしいか、そこで決着をつけよう! それまで、姫は預かっておく!」
魔術師キールヴェクは、グレイズが苦戦した蔦をあっという間にほどくと、その中に囚われていたマルティータの腰をとり、その場から姿を消した。
「誘拐だ!」
「なんてこと……!」
ある者は泣き、ある者は猛り。まさに阿鼻叫喚、大事件の発生にあたりは騒然とした。
傍にいる騎士団を直接糾弾する者もいる。
「軟弱者!」
心無い誹りにグレイズの肩が落ちた。
民衆のするように、泣きも叫びもできない。できたら、どれだけよかったのだろう。
「マルー……」
最高の日は、たちまち最低の日になってしまった。
***
ルジアダズ海賊団による王太子妃マルティータの誘拐に一番腹を立てたのは、国王ブレンディアン五世だった。
怒り心頭の彼は、王太子グラスタンを大将に、シュタヒェル騎士団副団長、ユスタシウス・ドーガスを副将に据え、海賊団の殲滅と王太子妃の救出を命じた。
あらゆる支度が滞りなく進んだ。
国民の見送りを背に王太子のための新造ガレオン船〈栄光なる王子〉(プリオンサ=グローマ)号とその一団は、ヴァニアス島の西岸、港町セウラを西へと出航した。
目指すはファーラシュ海を包むペローラ諸島、サフィーラ島だ。
「俺、見てくる」
「あ、ああ……」
騎士が真新しい金の拍車をかけて去ると、馬車の周りと行列の先頭にそれぞれシュタヒェル騎士が集まってきた。
剣を鞘から引き抜き警戒を強めるグレイズの耳に、奇妙な声が聞こえてきた。
「やあやあ、ご機嫌よう!」
わざとらしい抑揚のついた男の声だ。耳につくそれが、どこからするのかはわからない。
「本日はお日柄もよく――」
「グレイズ、上だ!」
チェスナを走らせてきたセルゲイが、天に弓を構えていた。そのほうを咄嗟に見上げる。
そこには、建物よりも背高に伸びた蔓が蠢いていた。
蔦がミミズのように犇めく上には、全身をローブで覆った人物が立っている。
目深にかぶったフードと逆光で、顔まではわからない。
「魔術師か……!」
騎士たちは編成を変え、観衆を避難させる一方、不審者を撃退するために動き出した。
魔術師に向かって、次々と矢が注がれる。
「おいらに話をさせておくれよ」
と、声がした、その瞬間だった。
「いやっ」
グレイズは、少女の悲鳴に思わず振り返った。
マルティータに蔦が迫っていた。
彼女の足元からにょきにょきと伸びているそれは、細い足首に巻き付いている。
「マルー!」
咄嗟に剣を引き抜く。
グレイズが剣で切るのも追いつかず、蔓はどんどんと太く長く伸びては花嫁に巻き付く。
諦めずに剣を入れ続るも、蔓はマルティータを隙間なく包み小さな籠のようになった。
「グレイズ様!」
籠の隙間から必死に伸ばしている手を掴む。
グレイズがぎりぎりまで握りしめていた手はするりと抜けて、王子の手の中には、レースの小さな手袋だけが残された。
異常な速度で成長する蔓が二人を引き離し、マルティータの籠は矢の雨の中に向かってどんどん登ってゆく。
「打ち方、止め!」
シュタヒェル騎士団長デ・リキアの命令が轟いた瞬間、騎士たちはその手を一斉に下ろした。
あたりには、しゅるしゅるという蔓の成長する音だけが残った。
「ようやく聞く態度になったね」
花嫁を奪った魔術師は一同を見下ろして、満足げに頷いた。
「おいらはルジアダズ海賊団ヴィルコ・オルノスの左腕、土の魔術師キールヴェク!」
グレイズはぞっとした。
ルジアダズ海賊団のヴィルコといえば、父ブレンディアン五世の宿敵だ。
私怨を拗らせて、嫌がらせに来たのだろうか。
グレイズの頭が真っ白になる。先ほどまでの幸せが、嘘のようだ。
「マルティータ姫を返してほしくばペローラ諸島はサフィーラ島に来い! どちらがペローラを治めるにふさわしいか、そこで決着をつけよう! それまで、姫は預かっておく!」
魔術師キールヴェクは、グレイズが苦戦した蔦をあっという間にほどくと、その中に囚われていたマルティータの腰をとり、その場から姿を消した。
「誘拐だ!」
「なんてこと……!」
ある者は泣き、ある者は猛り。まさに阿鼻叫喚、大事件の発生にあたりは騒然とした。
傍にいる騎士団を直接糾弾する者もいる。
「軟弱者!」
心無い誹りにグレイズの肩が落ちた。
民衆のするように、泣きも叫びもできない。できたら、どれだけよかったのだろう。
「マルー……」
最高の日は、たちまち最低の日になってしまった。
***
ルジアダズ海賊団による王太子妃マルティータの誘拐に一番腹を立てたのは、国王ブレンディアン五世だった。
怒り心頭の彼は、王太子グラスタンを大将に、シュタヒェル騎士団副団長、ユスタシウス・ドーガスを副将に据え、海賊団の殲滅と王太子妃の救出を命じた。
あらゆる支度が滞りなく進んだ。
国民の見送りを背に王太子のための新造ガレオン船〈栄光なる王子〉(プリオンサ=グローマ)号とその一団は、ヴァニアス島の西岸、港町セウラを西へと出航した。
目指すはファーラシュ海を包むペローラ諸島、サフィーラ島だ。
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