探偵王子とフォルトゥーネ

黒井ここあ

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第二楽章 女神を戴く国-Andante con moto-

2-2 社会科見学(6)

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 変わらなさが、安心感を誘う。
 けれども、とパーシィは気を引き締めた。今日は独りじゃない。
 自動車を降りてナズレとアヴレンカ橋の手前で別れた二人は橋ではなく人だかりを目にした。

「なにあれ。オペラ女優でもいるの?」

 パーシィは見なくとも、隣のセシルが思いっきり顔をしかめたのをわかった。

「さあ。この場所に現れる可能性が高い一番の有名人は――」

「モルフェシア大公!」

 群衆の中から、男の声が一際高く響いた。
 それと同時にパシャリとシャッターが切られる音が始まり、それらは争うように続いた。

「一言! なにか一言!」

「ノーコメントだ。下がれ下がれ!」

 セシルを喧騒の脇へ逃がしたパーシィが少し背伸びをすると、くたびれたジャケットの新聞記者たちと制服の門番たちがせめぎ合っているのが見えた。
 門番の後ろに身柄を保護されているのは、黒髪と同じく髭をうっすらと蓄えた男だ。
 国家元首が先頭に立つことについての是非はともかく、予想は大当たりだ。

「やはり、ジャスティン……!」

 探偵の呟きは不躾な問いによってすぐにかき消されてしまった。

「モルフェシア議会が魔女に乗っ取られているというのは本当ですか!」

「いや、俺が聞いたのはフォルトゥーネ様が地上に降りてこられると!」

「はいはい! 下がって!」

「公式の発表をお待ちください!」

 パーシィの知己のロウとコッツが、あえて鈍らにしてある槍を交差させて、新聞記者たちの猛攻を防いでいる。
 これではとてもアヴレンカ橋なんて通れない。

「君たち――」

 痺れを切らしたパーシィが新聞記者の一人に手をかけようとした。その時だった。

「やめたまえ、グウェンドソン君」

 だが、その左手は何者かに掴まれた。

「自ら事を大きくしに行くのは、バカのやることだろう」

 パーシィが振りほどこうとそちらを睨みつけると、見知った顔があった。
 くっきりと持ち上がった真っ赤な頬と団子鼻、その下に丁寧にカットされた髭。
 大きなパーツの載った大きな頭の上に、小さな帽子がちょこんと乗っている彼のケルム市警の制服が窮屈そうだ。知り合いの登場に、パーシィは少しほっとした。

「ホッフェン警部」

「いやはや。呼ばれて来てみればひどい有様だ。グウェンドソン君、セシル嬢のことは大公伝令より聞いている。端に寄っていたまえ」

 ホッフェンはそう言うと、自分より背も足も長い部下たちに指示を出した。
 新聞記者たちは盾を持つ警官の列に制圧されて、どんどんと馬車広場から遠ざけられる。

「記者諸君、警察の手を煩わせるな!」

 それを胸を張って指揮したホッフェンの背中を、探偵と助手はそっと通り抜けた。

「おじさん、ありがと」

 セシルのささやかな礼に、警部が頬をとろかせたのを、パーシィは見過ごさなかった。
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