アルカナセイド【ARCANUM;SEDO】

臂りき

文字の大きさ
8 / 28

2-1 2378年-日本

しおりを挟む
 蒸し暑くも窮屈にも感じられる空間でも、僕にはそれ以上ないくらい大切な場所がある。
 他の皆がどう感じようが、殊の外、僕に文句を言ってこようが関係ない。
『アテルさんお疲れ様です。もう間もなくそちらと合流します』
 戦闘機体、取り分け小型で人を模したこの半円状の外殻エンベロープの内は最高の居場所だ。
 何かに嫌気が差した時、機械たちの小うるさいアドバイスをも振り切って、疲労が溜まった脳と体をぽっかり空いたこのスペースへと放り込む。
 それからあとは本能に従って動くだけ。後々思い出せないような思考の中、ただひたすらに目に映る光景を眺め、耳に響く音や皮膚に伝わる振動を感じる。
 粗方の指示は軸索を通して外殻がやってくれる。だから何も心配はいらない。
そこには優劣なんてない。在るとすれば、これを効率よく動かす唯一の手段として「外殻に成り切ること」くらいだ。要は機械の邪魔にならない、こいつの一部になることだけ。
 皆は決まってそこに評価を付けたがるが、「如何に何も考えないでいられるか」などを気に掛けるなんてどこかズレている。だから、そういった適性を褒められたところで嬉しい訳がない。
――ここに居れば、そんな訳の分からないことも含めて、全てを忘れられる。
 嫌なこと全て。
 外殻にあるこの穴は、きっと僕が埋めるためにできたんだと思う。そして僕はここに嵌るために生まれた。
 何故ならこれは、無人でも動く意思を持たない機械だからだ。
『只今合流地点に到着しました。速やかに離脱して下さい。著しい筋肉疲労と軽度の脱水症状が見られます』
 意思を持たない機械に人間という曖昧な要素を搭載するのには理由がある。
 その不確定要素、曖昧性を補うため。時には制御系がそれを排除し、時にはそれを逆手に取ったフェイクとしての動作を実現するため。たったそれだけだ。
「了解。当機の接続権を一時的に委譲する。基地までよろしく頼む」
『了解しました』
 頭蓋に響く声を最後に、てのひらに収まるハンドルを一撫でし離脱機能を作動させる。
 ゆっくりと下がる体をそのまま預け、やがて頭上に広がる青い空を見上げる。
「ッ……」
 照り付ける太陽は瞳孔の開き切った目を刺激し、剥き出しになった体を焦し始めた。
 機内が暑かった訳も、この身が「軽度の脱水症状」にあることも、原因はここにあった。
「いやー、にしてもあっついなこりゃ」
 僕にそう忠告してくれたのはアリサだ。煩いくらいに助言をする彼女だが、その声を嫌だと思ったことはない。むしろ心地良いくらいだ。
 そのように作られたのだから、当然と言えば当然で、声の質は僕が最も心地良いように調律チューニングされており、行動や発言に至っては僕にとって最良のものを選んでくれる。
 しかし、このヒューマノイドというやつは決まって「欠陥」――少なくとも僕はそう呼んでいる――を持っていて、高性能のAI搭載に加え、人間的な不確定要素の型がほとんどインプットされている。
 よって効率的かつ人間的な判断を下すため、他の機械のように的確な判断を下す反面、人間とはまた違った独特な思考の下で行動する。
 基が人間の補助として作られた「物」であるためか、自立した思考を持っているとは言え、その行動の根本的な所には処々、他物者に対して押し付けがましい、よく言えば「お節介」な面が見受けられる。
 そこにこそ人間との相違があり、不完全で独特の欠陥があると主張したい。
「おーい隊長、いつまで殻かぶってるつもりっすか? さっさと基地戻りましょうよ」
 比べて先程から僕に話し掛けるこの男。正直言って僕はこいつが大嫌いである。アリサの比にもしたくない。
 僕はちっともこいつのことなんか気にしたくないのに、このソウマという男は僕のどうしようもない適性を妬んではこうして一々突っ掛かって来る。
 以前に一度だけ口論になったとき、僕が常日頃から持つ「外殻とそれに付随する人間への見解」を主張した末に、耳まで真っ赤にして掴み掛かって来た事があった。
 食堂のど真中で晒された寸劇に言い様のない嫌気を抱きつつも、こいつとの関わりを一切断つために出来る限りの憎々しさで睨み付けてやった。
 結局は休憩室レストルームから戻ったアリサの仲裁のお陰で無駄な生傷を増やさずに済んだ訳だが、その後に、折角並んで受け取った焼肉定食まで味気なかったことを覚えている。
 この淫乱猿虫野郎。お前はいつか見た『閲覧注意』のあった「制御系を失った猿」の動画のまさしくあの猿のような顔だった。――人目を憚らず腰を振る猿。
 いい加減僕に話し掛けないで欲しい。
「了解」
 だから僕はいつだって簡潔に応える。しかしソウマは、そんな僕の殊勝な態度が気に入らないのか、嘲りを含んだ口角と嫌らしい目付きを残し軽く肩を揺すってどこかに行った。
「災難でしたね」
「どこ行ってたんだよ。もう酸っぱい液がこの辺まで昇ってきてる」
 そう言って大袈裟に掌のゲージを喉元に叩いてみせる。
「そのようですね。基地に戻るまで輸送機カーゴで休んで下さい」
「成程。輸送機が僕のゲボ袋って訳だ」
 冗談交じりに、本当に喉まで出掛かった胃液を飲み下してから「吐いてもいい?」とその場で吐く真似をしてみる。
「いけません。食道に負荷が掛かるばかりか綺麗な歯まで溶けてしまいます」
 アリサは冗談を言ったのか、僕の口にその愛らしい唇を押し当てると、事も無げに舌を滑り込ませた。それから「やっぱり休んだ方がいいですね」と言って微笑む彼女を呆然と見詰め、彼女が本気半分、冗談半分に僕を翻弄したことに気付いた。
「綺麗」と言われた前歯の方を舌先で舐めながら、もっと大切にしようと思った。
 先までスースーしていた喉元も輸送機に揺られる頃にはもうすっかり良くなっていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...