楽園連鎖

臂りき

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6 学院設計図

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「あっ、瑞那和女学院の佐雨ですぅ。御櫃さんのお電話でよろしかったですか?」
 金、土、日、月曜日と続いた強化合宿も終わり、今は朝の図書室の自習スペースで滝代と共にスマホを囲んでいる。
『無理しなくていいからね』とリーダー格の先輩マネージャーからやんわりと参加を断られた私と違って、滝代は月曜日の今朝まで続いた調整練習を終えてきていた。
 心なしか仄かに芳しい香りが漂う体力オバケに気を取られそうになりつつ、スピーカー通話に切り替えたスマホに意識を集中させる。
『雪子ちゃん、おはよ。何か良いことでもあった?』
「いや特にねぇっす。つーか私たちってそんな親しかったすか?」
『――あはははっ! 雪子ちゃん面白ーい! そこにタキ様もいるのかしら?』
「はい。取り敢えず現状だけでも報告をと思いまして」
 先方が一頻り笑い終えるのを待って陸上部の強化合宿で得られた情報を共有していく。
 とは言え、得られたものは初日の金曜日に私が偶然的に茱沢さんの奇行を目撃したことのみに留まり、その後の二日間は何も起こらず「不毛だった」と滝代は自嘲する。
 たった数時間だけマネージャーの真似事をして蒸発した私が言えたことではないが、だからこそ事件の手掛かりを掴むため私の数億倍は体を張った滝代の行為が無駄だったなんて悲し過ぎる。
 よって謎の伝手を持っているらしい御櫃さんとの意見交換にも熱が入るというものだ。
「部員たちが宿泊棟で聞いた『悲鳴』は、たぶん茱沢さんの奇声だったんじゃないかって。私が管理人控室を開けようとしたときの声は尋常じゃなかったですね」
『でも部屋は鍵が掛かってたから見れなかったと――。ちょっと宿泊棟の件は置いといて、この間聞いてきたこと話していいかしら?』
 どうぞ、と促すと御櫃さんは土日の間に五十年前と十年前の事件当時に学院の生徒だった方たちが話した二つ内容について触れた。
 一つは、五十年前に行方不明となった万騎原神父が今起きている失踪事件と同様に「学院で消息を絶っている」ことだ。現在のように桜坂や正門前に防犯カメラが設置されていた訳ではないが、自家用車で通勤していたらしい神父の車が駐車場に残されたままであったことや、現在の講堂の場所に当たる祈りの場『お御堂みどう』で複数の生徒たちが放課後に目撃していたことから信憑性は高い。
 もう一つは、十年前にも失踪事件が起きていたという事実である。
『失踪者は雪子ちゃんたちも知ってる尾月恵梨香さん。嗾啝壇で遺体となって見付かる事件の一か月くらい前のことだって』
 ある日の放課後に失踪してから二日後の朝、学院のお御堂前で倒れている尾月恵梨香を朝練に出ていた生徒が発見した。
 発見された尾月さんは全裸で、全身から異臭を放っていた。生徒はおぼろげながら意識があった彼女に何があったのかを尋ねたが、何かに怯えるように背を向け震えながら首を振るばかりで何も分からなかったという。
『慌てて駆け付けた先生たちが尾月さんを保護しようとしたんだけど、頑なにお御堂の扉に縋り付いていて大変だったそうよ――。尾籠びろうな話で申し訳ないけど、その、尾月さんが排泄したらしい物が宿泊棟から続いてたから周辺にも臭いが残っていて、目撃した元生徒たちはその辺も含めて強烈に覚えていたって話』
「宿泊棟から講堂にかけて移動したってことですかね? その時は厳しくても、後々本人から詳しい話は聞けなかったんですか?」
『残念ながら、今で言うところのPTSDのような状態になった尾月さんは一か月近く学院を休んでいて、保健室登校が始まってからすぐに事件に遭ってしまった。痛ましい事件ばかりに目を向けていたけれど、その前からすでに尾月さんの心を壊すだけの何かが起きていたの』
 聞いたところすべての内容が衝撃的過ぎる。しかし、そのショックに隠れがちだが、尾月さんは明確な「意思」に衝き動かされていたことも窺える。
 全裸だったのは勿論自身の意思ではなく何者かによって意図的に排除されたもので、人前で排泄してしまったのもそれを恥じること以上に「切迫した状況」が彼女に迫っていたからだ。
 何かに怯えるように発見した生徒に背を向け「お御堂の扉に縋り付いて」いた。
 お御堂が今の講堂なら、扉に縋り付く彼女を見ていた生徒たちは宿泊棟側に立っていたことになる。
 つまり、怯えて背を向けた対象は宿泊棟側にあったとも考えられる。
「宿泊棟かぁ――。そう言えば『青女』については結局何も分からなかったんすけど」
『んー、それなんだけどね。一つ聞いてもいい? 青女が目撃されたのっていつだったか分かる?』
「先月の陸上部の強化合宿初日だったので、六月二十日になります。ちょうど一人目の行方不明者が出た日と同じです」
 滝代の言葉を受けた御櫃さんは「うーん」と一つ唸り、スマホ越しにも分かるくらい明らかな逡巡を見せた。
『ごめん! それ、私だわ!』
「……はぁ?」
 言っている意味が分からず滝代と私は顔を見合わせ互いの目に疑問符を確かめる。
 御櫃さん曰く、先月二十日の深夜に第一グラウンドに侵入して徘徊していたのは間違いなく御櫃さん自身だった。
 一か月前まで「長髪」だった彼女はいつもの手癖で結った髪を解き、暑さから脱いだインナーやバイクスーツを腰に巻いて歩いていた。
 そこに風が吹き込んだ瞬間を一人の生徒が目撃してしまったという寸法である。
『いやぁ、まさかね。誰かに見られてるとは思わなかったわ』
「そんなんで今までよく無事でしたね。生徒が失踪した日だから、犯人にされてもおかしくないでしょ。むしろ御櫃さんが犯人でよくねって感じっす」
『それは断固否定するわ。ここの女生徒を攫ったところで私には何のメリットもないもの』
 つまりメリットさえあれば拉致誘拐も厭わないと。
 冗談はさて置き、これで一つの方向性が定まったわけだ。
「私たちは宿泊棟の方をもう少し調べようと思います。御櫃さんはまだ『七人ミサキ』関連を調べるんですか?」
『ちょっと無理そうかも。そうしたいのは山々なんだけどね、別件で立て込んじゃって』
 これからしばらくの間、学院での調査を中断せざるを得なくなった御櫃さんは名残惜しそうに滝代や私に暫しの別れを告げ通話を切った。
「ふぃ。やっと終わったか」
「お待たせオガちゃん。早速だけど、宿泊棟のこと教えてくれる?」
 スマホから顔を上げてからようやく、通話の途中あたりから周囲の温度が上がった理由が分かった。
 本棚かと見紛うほどの立派な体格のオガ先輩は「よっ」と私に一言掛けてから、狭い机の上にバサリとA3サイズの用紙の束を広げた。
「ったく人使いが荒いぜ。こんな仕事、普通は昨日今日で仕上げるもんじゃねぇんだよなぁ」
「ごめんって。でもオガちゃんならできるって知ってたから」
「調子のいいやつめ」と苦笑しながら、オガ先輩は滝代に頼まれていたという案件について話を進める。
 三日前の金曜日、強化合宿に参加した滝代は金魚の糞よろしく付随した私が宿泊棟で倒れたことを受け、一つの仮説を立てた。
『佐雨雪子を卒倒させるほどのナニかが宿泊棟にあり、それが生徒失踪事件と関係している』
 先ずもって私が心臓に毛を生やしたバケモノのように扱われていることはさて置き、合宿初日の、しかも呆然自失となった私が真相を伝えるまでもなく滝代は『佐雨雪子が倒れた理由』から失踪事件にまで思考を巡らせていた。
 スマホを持たない滝代が学院の公衆電話からオガ先輩に一報を入れたのが昨日の朝。
 日曜日に目当ての事務員が出勤しているかどうかは賭けだったが、見事に当たりを引き当てたオガ先輩はその新米の事務員に『学院設計図』をデータ化させ、事前に用意したフリーメールのアドレス宛てに送らせることに成功した。
「ありゃ私じゃなきゃできなかったね。自前のボイスチェンジャーもそうだが、警察の振りするなんて真似が他の女にできたと思うか?」
「ははぁー、御見それいたしましたぁ――。ラーメン一杯でいい?」
「いや、三杯だね。勿論替え玉込みで三軒行く」
『食い過ぎじゃね!?』と突っ込めないのがオガ先輩が持つ器のデカさと魅力の為せる業なのだろう。そんな彼女に付き合わされた新米事務員が休日出勤の最中に事務所内を奔走する姿が目に浮かぶようだ。
 先輩が言うには、学校の設計図には十五年の保存義務があるらしい。
 学院が戦後二年で設立されてから七十年の節目である2017年に本校舎の大規模な改修工事が行われている。それに合わせて旧シスター寮である宿泊棟もほとんど新しい建物になっているという。
「滝代の言う通り、宿泊棟は黒だね。そこの設計図だけごっそり抜けてやがった」
 当然2032年まで『学院設計図』は保存義務もあるし、そうでなくとも建物の維持管理と将来的な改修工事のために保存しておくのが普通だ。
 にも関わらず、資料室に残されていたのは創立当初の古い設計図案だけだった。
 資料室のキャビネットに鍵を掛けて置いていたからよかったものの、そうでなければ二つの古い図案すらも失われていたとオガ先輩は言う。
「旧校舎の図案には災害時の生徒避難のために、避難経路の他に防空壕まで造られる予定があった。設計当時は戦争の経験がそうさせたんだろうが、結局採用された図案からは地下施設の内容が消されてた」
「この図案がそれね。一応着工はされてたんだ?」
「ああ、地下掘る作業は骨が折れるからな。今じゃ考えられないが、図案ができて学院長のゴーサインが出れば書類無しで動けたんだろ」
 オガ先輩の言葉通り、八十年前に描かれた新旧の図案を見比べると旧図案にあった地下通路の設計図が新しい方にはない。旧図案に先輩が赤いマーカーで印を付けたと思われる箇所には『地下出入口』とある。
 地下出入口の内の一つが宿泊棟に設けられる予定があった。
 しかし、着工予定表に書かれた宿泊棟の地下出入口は翌月には取り消されている。
 順打工法が採用された地下の掘削作業は工期が長くなることもあり、必然的に始めに着手されたはずだ。加えて、着工後一か月に満たないまでも掘った形跡くらいは残ったはずだとオガ先輩は指摘する。
「だが、『埋め戻し』の記録がない。新しい図案にも『穴』を利用した設計も描かれてない。絶対おかしいだろ」
「ははぁ。確かにそれは黒だね」
 つまるところ、宿泊棟には表向きに公表されていない地下施設が存在する可能性があるということだ。
「これは余談だが、中庭にある噴水の設計がどうも面白いことになってた」
 宿泊棟が怪しいことを明らかにした今、すぐにでも向かいたい滝代は最大の功労者であるオガ先輩の「余談」に足をもじもじさせる。
「まぁ、そう焦るなって――。逆サイフォンだ。騒音対策の意味合いもあるだろうが、本校舎が改修工事をした後もそいつが採用されてる。ポンプも付けられて多少変わった部分もあるけどな」
「ほらほらユキちゃんドン引きしてるよ? いきなり設計の内容話されても分からないって」
 オガ先輩の話に終始チンプンカンプンな私に滝代が逆サイフォンについて補足してくれる。
 高低差から生じる原理を水流に応用したらしいサイフォン式の噴水は紀元前から世界に存在しており、日本国内では逆サイフォン式噴水が江戸時代に確認されている。どちらの噴水もポンプを一切使わずに自然の原理だけで動くため視覚的にも美しく、当時から各地の庭園で採用されてきた歴史がある。
 逆サイフォン式は一部高所から低所に向かうサイフォン式の動きとは逆の動きを見せ、厳密に言うと初動に別のエネルギーを必要とするサイフォン式とは異なり、水が通る管に異常がない限り完全に自然の力のみで稼働することができるらしい。
「本校舎が改修されるまでは実際にグラウンド横の貯水池から噴水まで管を引いてたが、今は別の水道管から貯水槽に溜めた後に一旦濾過器を通る。ま、水質の問題で仕方なくそうしたんだろ」
「相変わらず設計の話となるとうるさいねオガちゃんは。要するに古臭くてもう使われなくなったってことでしょ?」
「一括りにすんじゃねぇよ、殺すぞ。一部はまだ使われてるって話よ」
 言葉通りに首に腕を回すオガ先輩を「どうどう」と宥める滝代がふと思案顔を見せる。
「――いいじゃんそれ。うん! すごくいいこと思い付いた!」
 逆サイフォンもかくやと言わんばかりに急にテンションを上げた滝代は、面食らうオガ先輩の腕から離れ颯爽と図書室を後にする。
「おいおいどこ行く気だ!? もう少し考えてからでも遅くねぇんじゃないか?」
「遅いよ。だってこのために今まで頑張ってきたんだから」
 声だけを残した滝代は瞬く間に階段を駆け降り、図書室にはしんと静けさが戻った。
 緊張していた耳がパチパチと筋肉を痙攣させる中、オガ先輩と私は顔を見合わせ「やれやれ」と重い腰を上げるのだった。

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