ありそうでない話。

てつや

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手遅れ。

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「もう出てけよ。」

 2025年、11月。外では雪が降っている。もうシュンは我慢の限界であった。

 彼の声により、部屋の温度は一気に低下する。もう床暖房も効かないくらいだ。

 「えっ、、、、、」

 予想外の出来事にアヤは後退る。彼の声がやけに冷たかったため、尚更彼女は混乱した。

 

 

 ここ1ヵ月、2人の間で喧嘩が絶えなかった。喧嘩というより、アヤが一方的に怒り狂い、シュンは謝罪を繰り返す。そんな日々が続いていた。

 気晴らしに外出でもできればよかったが、外では感染症が待ち構えている。そのため安易に、外へ逃げることはできない。

 この状況下において、対立を避けるのが得策と考えていたシュンはとにかく理不尽に耐え続けた。

 そんな日々を耐え抜く一方で、ストレス貯金を貯めていた彼の懐は遂に爆発したのだった。



 「俺が今まで、どれだけ尽くしたと思ってんだよ。」

 初めてのクリスマスの時、1時間も待ったあげく自分には何もプレゼントをくれなかったこと、アヤが精神的に病んでいる時、自分の予定をキャンセルしてでも電話に出たこと、同棲してからはアヤの禁断症状による死の恐怖に耐えながら、支え続け同時に働き続けたこと。なにより、アヤの罵声を我慢し続けたこと。

 過去をぶり返し、シュンは静かに語り始める。彼から発せられる言葉は、シンシンと降りしきる雪のようだった。

 

 「なんで今まで言ってくれなかったの、、、、、。」

 彼の冷えた言葉達を真正面から受けとめたアヤは、目に大粒の涙を浮かべていた。

 「なんて小さい男なんだ」シュンは心で自分を否定する。しかしこの日は、心のブレーキを踏めなかった。

 外が危険なのは自覚していた。それでも、今日ばかりは彼女の顔を見たくなかった。

 「もう一度言う。出てけ。」 

 アヤは当てもなくドアノブに手をかける。そして外の世界へと飛び出した。

 

 



 数時間後。

 「なんで今まで言ってくれなかったの、、、、、。」

 アヤの言葉が頭から離れない。

 確かにそうだ。違和感を感じた時に、自分から相談するべきだった。話し合うべきだった。アヤの精神も完治していたため、抱えれもしない感情を1人で背負う必要はなかった。

 「やっぱりちゃんと謝ろう。」

 シュンはやっと我に帰りそう決心した。

 

 テレビの電源を付ける。

 32インチの画面上では、3ヵ月前から逃走していた通り魔犯が取り押さえられている。再び一般市民に手をかけた結果、パトロール中の警官に捕まったようだった。

 その後、犯行現場付近からベテランアナウンサーによる中継が始まる。そこには沢山の野次馬も映り込んでいた。

 「うそ、、、、、」

 シュンは思わず口に出す。アナウンサーがマイクを持っている、背後のコンクリート。

 そこにはピンクの腕時計が転がっていた。



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ

 2026年、4月。

 シュンはやっと、階段を昇り終えたのだ。

 「覚悟は決めたのか?」と言わんばかりに、目の前には大きな扉が立ちはだかる。

 もう一度ポケットの中身を確認する。

 気持ちを固めたシュンは、大きな扉をスライドさせる。

 遂に屋上に到着してしまった。

続く

※ この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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