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第五章✦翻訳者

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ドォォォン!!


ザワザワザワ....

「ーーーっ!?」

遠くで爆発音が聞こえた!
そして、森の動物達の逃げる羽根音が遅れて聞こえる!

ドォォォン!!!!

また聞こえた!

「...ク...クラーザァ..」

亜紀は不安気な顔でクラーザを見つめる。

「.....」

クラーザは爆発音の方角を睨む。
クラーザは亜紀をお堂の中に誘導する。

「カニエダイ」

  ここで待て

...そう言いたいの?

亜紀は不安を隠せないが、扉を閉められた暗いお堂の中で、クラーザの帰りをじっと待つことにした。
クラーザはお堂の扉を閉めると、すぐに飛び立った。

ドォォォォォン!!!!

ドォォォォォォォォォン!!!!

爆発音が増す!

「...やだ....クラーザ、早く帰って来て
....神様...どうか、クラーザを守って下さい....」

亜紀に緊張が走る。
どんな時でも最強なクラーザだが心配せずにはいられない。

ズドォォン....

パラパラ....

「はっ....!」

亜紀がお堂の中で祈りを捧げていると、
すぐ近くの外で爆発音がして、お堂の天井が軋みホコリが舞い上がった。

ミシ...ミシ...ミシィ...ミシィ....

(屋根の上に何か...いる!)

亜紀は息を潜めて、身体を小さくした。

ズドォォン!!!!

ズドォォン!!

ドサッ!

今度は屋根の上で何かが暴れ出している!

バサッ!

ドサッ!!!!

(いやぁ!どこかへ行ってー!)

「....グハッ!!」

ドシンッ!

(...えっ!?)

屋根の上でクラーザの叫ぶ声がした!

(ま..さか...クラーザ!?)

亜紀は心臓がえぐり出される思いをする。

ドォン!!

「....グッ!カァッ...!!!!」

クラーザが苦しんでる!

「クラーザッ!!!!」

亜紀は思わずお堂を飛び出してしまった!
亜紀が外へ飛び出すと、クラーザが片膝をつき血を吐いていた!

「きゃっ!」

クラーザと戦っていたのは、黒い服を纏った二人...!
そして、亜紀の背後に一人!!

グッ!!!!

亜紀は三人目の黒服の男に口を塞がれ、
両手の自由を奪われた!

「...んんーっ!!!」

亜紀は見るからに人質にされてしまった。

アタシのバカ!アタシのバカ!!
アタシの大バカーっ!!!!

亜紀は心の中で号泣した。

「カヌンハニエ、シネルニ..ベルカイヌン」

背後の男がクラーザに向かって何かを言うと、
クラーザは立ち上がり目を閉じた。
すると、すかさず別の黒服を纏った男が、
クラーザの腹に蹴りを入れる。

ドカッ!!!!

「...ウッ...」

クラーザは小さく声を漏らす。

「んんっ!!!!....んー!!」

口を塞がれた亜紀は、顔を横に振る。

ガッ!

ドカッ!!!!

黒服の男は何度も何度もクラーザを蹴り上げる。
亜紀は背後の男の手を逃れ、そして大きく叫んだ!

「クラーザァァ!!...もう、やめてー!!お願い!やめて!!」

その瞬間....!!!

ブァァァ!!!!

いきなり目の前に煙幕が現れ、何も見えなくなった!

「クラーザ!!クラーザー!!!!」

亜紀は叫び、力を込めると背後の束縛から逃れることができた!
そして、すかさず煙幕の中に飛び込む。
しかし同時に、煙幕の中から見知らぬ男が飛び出してきて、
亜紀を連れ去った!

「...あっ...ぅぐっ!!」

衝突した衝撃に亜紀は息がつまった。
見知らぬ男の肩に抱えられ、その場からグングン離れて行ってしまう。

「いっ..いやっ!!離して!クラーザーッ!!」

見知らぬ男は、お面のような人の顔をした覆面をしていた。
ジタバタと反抗する亜紀を押さえつける。

「いやぁー!!放してー!!
...クラーザ!クラーザがぁぁ..!!」

アタシが人質に取られたから..
だから、クラーザは身動きが取れなかったの..
….あの時、背後にいた黒服の男はアタシを盾に、
クラーザにきっと『抵抗するな』って命じたに違いない...

クラーザ..!!クラーザが死ぬなんて絶対に嫌だ...!!!

「ぅわぁぁ....ん....クラーザァァ..!!!!」

亜紀は絶望した。

ズガガーンッ!!!!

「きゃっ!!.....あ..あっ...」

今までで一番大きな爆発音が響いた!

まさか...クラーザが....

亜紀の身体中の力が抜けた。
覆面の男は、亜紀が大人しくなると立ち止まり、
そして亜紀を放した。

「クラーザの...元に...戻らなくちゃ....」

亜紀は遠く離れた場所を目指し歩き出した。
心臓の鼓動が、昨夜のドキドキとは違い妙な音をたてる...

ドクン..ドクン...ドクン...ドクン....

ガシッ!!

覆面の男が亜紀の腕を掴む。

「い..いや!...はっ放して!!」

亜紀は振りほどこうとするが、男はまた亜紀を抱える。

「いやよ!放してよ!!..もう...もうやめてよ!!」

亜紀は涙ながらに叫ぶ。

「いやだ!いや!放してよ!!」

亜紀は覆面の男を叩きまくる。


今度は男は、お堂の方に向かって走り出した。
お堂に辿り着くと、クラーザが俯せになって倒れていた。

辺りには先程の黒い服を纏った三人の見るも無惨な姿も...
どうやら、三人は死んでいるようだ。

亜紀は、覆面の男から逃れクラーザの元にすがりつく。

「クラーザ!!クラーザ!!あぁ..クラーザァァ!」

亜紀はクラーザを起こす。

「....ウゥッ...」

クラーザには意識があった。
亜紀は涙を次から次へとボロボロと流し泣きじゃくる。

「クラーザァ..しっかりしてぇ...ヒック...アタシ...アタシ..。
本当に...ごめんなさい..」

良かった..生きていた..

クラーザは眉をひそめ、手で亜紀の頬に触れる。

「..アキ....シニョウ..レイ?」

   無事か?

「..あぁっ....うぅっ..」

亜紀は声にならない声を発した。

どうして?
アタシは怪我なんてしないよ..
あなたが守ってくれるもの...

どうして、アタシの心配ばかりするの

傷ついてるのは....あなたじゃない...

「平気よ...クラーザ.......アタシ...平気だよ..」

亜紀はクラーザにわかりやすく、涙ながらに微笑みをうかべ答えると、クラーザは亜紀の頭を撫でた。

「シカニデテヌ」

背後で覆面の男が話し掛けてきた。
亜紀は振り返り、泣きながらクラーザの前で両手を広げ首を振る。

「...お願い...近づかないでぇ..
もう...何もしないでよ」

「..カイヌンシ...アキ...」

クラーザが亜紀の腕を引く。

   無駄だ

って言いたいの?

亜紀は首を何度も振り、覆面の男を睨み続ける。

「いやよ!もう絶対にいや!
もうアタシ....クラーザが傷付くところなんて見たくないの!!」

クラーザが亜紀を『やめろ』と引っ張るが、
亜紀は強情を張り、覆面の男の前に立ちはだかる。
覆面の男はスーッと右手を差し出し、
クラーザに向かって指を指した。

「味方だ、と言っている」

(へっ!!??)

亜紀は突然のことで頭が真っ白になった。

「...み....かた......?.」

.....ってこの覆面の男の人、日本語しゃべったの!??

亜紀は気が動転してしまい、口元に手を当てて慌てふためく。

「え...どういうことっ?」

亜紀が動揺しているそのすぐ後ろで、クラーザはゆっくりと起き上がり亜紀の肩をポンと叩く。

「クラーザ...味方....なの?」

亜紀は恐る恐る聞く。

「アキ...カマンナシ」

『心配するな』とでも言っているのだろうか...

次にクラーザは覆面男と会話を始めた。
もちろん亜紀には通じない言語で...

「アイムシニ、トゥセイヌナ」

「シニエイ.....カランダニア」

「タイエル!?バッシンキンダ」

「....カンダイエ、カニサ、ムートゥンダエクニリ...チルエニシキ」

「シエントロ....テニア....」

さっぱり聞き取れない...

覆面男は次第に、亜紀にチラチラと視線をよこし始めた。

「カンダラニア...パクニ」

「ツゥケイニク、シニエ、パイルサヌ」

「シダエ?」

なんだか会話が、亜紀の内容に変わっている気がする。
覆面男もクラーザも、亜紀をチラチラと見ながら話しているからだ。

「...あのぅ...」

亜紀が口を挟む。

「...クラーザ..傷は大丈夫なの?」

そう言って亜紀は、クラーザに伝わりやすいようにクラーザが傷を負った場所と同じ場所に手を当てた。
覆面男はクラーザに、さも自分が通訳をするかのように、亜紀と同じく傷の場所を手で押さえて話す。

「カマンシエテ...パリクイ」

そうして、クラーザの返答も待たずに亜紀に視線を戻す。

「お前は何者だ?妖魔女か?」

「.....え...」

やっぱり日本語だ!

亜紀は慌てて弁解する。

「ちっ...ちっ..ちがいます!
アタシは普通の人間です!
その、ままま魔女?的なものではありません!」

覆面男は腕組みをして、偉そうに続ける。

「妖魔女でなければ、一体何者だ?」

亜紀は『妖魔女』という存在すら、
どんなものなのか認識していなかったが、
言葉の感じで『妖怪』的な存在だと察する。

「よっ妖魔女って...アタシ、そんなのじゃありません..
だって..何の...」

「その漆黒の髪色と、黒い瞳、白肌...ただの人間には見えぬ」

覆面男は亜紀の言葉にかぶせて、疑いの言葉を言い放つ。

「なにより、そのいにしえの語源...実に怪しい」

亜紀は言葉を失った....



ズーーーーンッ

強い地響きが行き渡る!

クラーザと覆面男は顔を見合わせる。

「サシラエヌ、ニランダ」
クラーザが早口で覆面男に言う。

「カンニ、パイオレン」
覆面男が早口でクラーザに答える。

「.....」

亜紀はこれから起きようする事を想像するだけで、
身体を強張らせた。

クラーザは自分の服の袖口を引きちぎり、傷を負った腹部をしっかりと固定する。

「...アキ」

クラーザが鋭い目で亜紀を呼ぶ。

「あ...まっまって!中にまだ荷物が...」

亜紀は状況を悟り、お堂の中から急いでトランクを持ち出す。
クラーザはトランクを預かり、覆面男に向かって放り投げた。
クラーザは直ぐさま、亜紀を胸の前で抱え深い森に向かって走り出す。
覆面男もトランクを担ぎ、後を追って走ってくる。

ザザザザザザッ.....

二人の素早い足音が、亜紀の耳元に響く。
亜紀はクラーザの胸に顔を埋めしがみついた。

「クラーザ!!カヌンシー!!!!」

背後で覆面男の声がした。
それが合図か、クラーザは横に飛んだ!

ズガガッ...ズガガッ...

空中から、黒い影がいくつも降り立った!
そして二人に牙をむく!
黒い服を着た集団が、二人を囲み、火の玉を吐いた!

「ひゃぁ...っ」

炎の熱風に亜紀は小さな声を漏らす。

クラーザは無数の火の玉と、黒い服を着た連中の攻撃をヒラリヒラリと上手に交わし、再び走り始めた。

覆面男もトランクを軽々と抱えヒョイっと身軽に攻撃を交わす。
二人の見事な交わしに、黒い服の連中は身体を張って飛び掛かるが、それも二人は華麗にヒラリと受け流した。

ズザザザザ...

30分くらい無言で、猛スピードで駆け抜けた二人は、
目指していた場所に辿り着いたのか、
ピタリと足をとめ、クスクスと笑い始めた。

二人は完全に黒い服の連中を巻いてしまった。

「クックックッ...タイジンハニク」
覆面男が笑いをこらえ、吹き出しながら、クラーザに話しかける。

「ハハハッ..タマンネリイヌ、カジタンマシ」
クラーザも笑いながら、覆面男に顔を向ける。

クラーザが声を出して笑う姿に、亜紀はズキンと胸を痛めた...

なんだろう...
人の笑顔が、悲しく感じるなんて..

今度は腹を抱えて二人は笑いだした。

「アハハハハハッ」

すると覆面男は覆面を取った。
覆面の下には、顔をクシャクシャにして笑う男の姿が..
短髪の髪も眼の色も茶色で、肌はクラーザと同じく黒く焼けている。

様子を伺っていると、どうやら二人は相当仲が良いようだ。
亜紀に構わずひたすら話しこんでいる。

段々、日も落ちてきて、その場に野宿する形になりそうだ。
クラーザが火をおこし焚火に亜紀を近づける。
寒さを必死に凌いだ。

日中は夏まっしぐらでかなり暑い。
しかし夜になれば、凍える程に寒くなる。

そんなこんなの状況でも、二人の話しは尽きない。
先程までは笑い話をしていたようだが、
今は深刻な話をしているようだ。

亜紀は三角座りで身体を丸めた。
最初のうちは、二人の話を理解しようと懸命に聴き入っていたが、そのうち全く違うことを考え始めた。

会話に入れないどころか、それを聞き取ることすらできないことはとても苦痛でしかない。

...ここに来て、もう4日...になるのかなぁ..

いつまで、ここにいるんだろ..
いつになったら、帰れるんだろ..
どこへ行けば、帰れるんだろ...

....ここは一体どこなんだろ

お店大丈夫かなぁ..
ちゃんとお店まわってるかなぁ
もうすぐキャンペーンが始まるし、ちゃんと準備できてるかなぁ

あ...休み開けに、肌診断のご予約を承ってたんだった..
それまでにアタシ帰れるかなぁ

年下の翔クンに、お休み中メールしてって言われてたんだった..
もう4日も無視したら断ったって思われちゃうだろうなぁ..

温泉のキャンセル料っていくらくらいかかるんだろ..

そうだ...洗濯物干したまんまだ!
また下着泥棒に遭っちゃうよ..
あぁ..最悪

やっぱ無理して一人で温泉旅行なんて行かないで、
はるかに頼んで飲み会でも開いてもらえば良かったなぁ

けど、あの時は誰とも話す気になれなかったし、
誰とも会いたくなかったから仕方ないか..

........

「シニタンセイ、カニアスミニヤ」

「ヤイタンヌ?...カシニエ?」

「.....」

「カマンタイヌ、パシミドゥ、セインケラニ」

「シニダエ..」

「.....」


いつまで...
クラーザと共に過ごせるんだろう....

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