上 下
23 / 97
第十章✧初めての夜

初めての夜

しおりを挟む



「白那!大変!あんたにご指名がかかったわよ!」

台所場で皿を洗っていた白那に、
滝が目を輝かせてやってきた。

「え..?私に指名?」

白那は何の話かピンと来なくて、聞き返した。

「もぅ!夜に決まってるじゃない!
でも、まさか冴えないあんたが選ばれるとはね~!!
奇跡よ!こんな機会は、はっきり言って、器量も大して良くないあんたにはもう二度とない話だからね!」

白那は言っている意味がわかり、顔を引き攣らせた。

「わ..わ...私、嫌よ」

「なぁに言ってるのよ!
相手はあの有名なディアマよっ!
上手くいけば、将来は約束されたも同然よ!!!!」

滝は白那の腕を掴み、説得するように言う。

「ディアマ......。
ねぇ滝!私を指名した人って、新罹さまの隣に座ってた人!!!?」

「そうよ!!!!やったじゃない!!」

「......」

白那はしばらく考えると、
すぐに心を決め、顔を上げた。

「私、行くわ!
滝、何か着物を貸して」

「もちろんよ!
あんたでも、色っぽく見えるのを貸すわ!」



新罹のお気に入りの人――!
私が奪い取って新罹を地獄に堕としてやるんだ――――!!!!
新罹!イイ顔していられるのも今のうちだ!!!!
 


..キシ...キシ...キシ...キシ.....

夜の廊下を、
滝と白那は静かに歩いた。

「...白那...あんた...初めてなんでしょ?」

声を潜めて聞いた。
白那には男と交じり合う経験が一度もなかった。

新罹を陥れる為とはいえ、
心臓の音がバクバクと悲鳴を上げてきていた。

「初めてじゃ...何かマズイの?」

緊張を隠して、白那は聞き返す。

「大丈夫よ。なんてったって相手は経験豊富でしょうし、あんたは身を任せていればいいのよ」

「......」

白那は先を考えるのを止め、
今に集中することにした。

「でも...」

滝が付け加える。

「でっでも、なによ!?」

白那は自分でも驚く早さで、滝に食いついてしまった。

「.....少しは、色っぽく喘ぎなさいよ」

「あっ..あえ...あえっ?」

白那は動揺を隠しきれなかった。





.....ピタッ


「失礼致します。
白那をお連れしました」

滝は戸の前でそう言い、
戸を開き、白那に中に入るように促す。

「頑張りなさいよ」

滝は小声でエールを送り、
モタモタする白那を中に押し込めると、素早く戸を閉めた。

「ご指名頂き...有難うござい...あ..!!」

中で待っていたイルドナが、
白那の手を強く引き、敷かれていた布団に押し倒した。

バサッ...

滝に結ってもらった髪が、すぐに崩れる..

「もう待ちくたびれた」

イルドナは白那の耳元で囁き、白那の腰に巻き付く帯を外した。

シュルルル....

「あっ..」

白那は考える暇もなく、すぐに裸にされた。
イルドナの手が、
白那の胸元を触り、足元へとおちてゆく...
白那は初めての感覚に捕われる。

「んっ...」

まだ腕は袖を通したままで、
着物はめくられ、裸の姿のその上からすぐにイルドナが被ってきた。


―――この男、一体なんなの..
いつも新罹にこんなことしてるの...!?

今夜は新罹ではなく、別の女を選んだのかと思うと、
この男にさえも怒りを感じた。

白那は唇を噛み締めて、長く続く夜を我慢した。





「ベルカイヌン...新罹です。入ります」

新罹はクラーザの部屋を訪れた。

スゥゥ――....

戸を開けると、
中でクラーザは夜風にあたり、月を眺めていた。

「新罹..」

もの思いにふけていた様子で、クラーザは新罹の姿にやっと気付いた様子だった。

「新しいお酒を持ってきた」

新罹はクラーザの近くに座り、酒を注いだ。

「ベルカイヌン...本当に明日、発つのか?」

新罹は改まった席では敬語を使うが、その他では親しげに話した。

「あぁ...」

クラーザは心ここに在らずで、空返事をする。
しばらく、二人の間を沈黙が流れた。

サァァァァァ....


夜風が強くなってきた。
新罹は風に吹かれたクラーザの横顔を眺めた。

カチャ..

「新罹」

ふと、クラーザが新罹に振り返る。

「....」

新罹は返事もせずに、クラーザの顔を見つめた。

「なんて強い酒を持ってきたんだ。もう今日はいい..」

クラーザは杯を床に置いて、
新罹に部屋を出るようにと促した。

「ベルカイヌン....今夜はもう少し、側にいたい...」

新罹は配膳を遠くにやり、
クラーザの真横に座りなおした。

「...どうした?」

クラーザはいつもと様子が違う新罹に問う。
新罹はクラーザに寄り添い、クラーザの腰に手を回した。

「....」

新罹は黙ったまま顔を上げ、
クラーザの腰紐をほどく...

クラーザの着物を少しずらし、
上半身をあらわにする。

鍛えられた身体に、新罹は惚れ惚れとした。

大きな胸板に、新罹は顔をあてる。

「ベルカイヌン...抱いて」

「...」

無言で見つめるクラーザの前で、
新罹は自分の腰紐に手をかけた。

シュルル...

腰紐を抜き取り、床に投げる。

「...抱いて」

パサッ..

新罹は胸元を開け、恥ずかしそうにクラーザに全てを見せた。

「よせ...」

クラーザは新罹の肩を押し、引き離した。

「いやだ....ベルカイヌン、お願い」

新罹はクラーザに抱き着き、首に両手を回した。
クラーザと新罹は、これまで何度も夜を共にしてきたが、屋敷の者たちが想像するような…体を重ねたことは一度もなかった。

「いいの!もう、いいのじゃ!」

新罹はクラーザに強く請う。
新罹の祈祷術は、処女だからこそできる術であった。
処女でなくなれば力は無くなる。

そのことは、クラーザも知っていた。

「今日、お屋敷さまが、
別の女にベルカイヌンを相手させようとしたんだ...。
そんなこと耐えられない...!!」

「..だからか」

クラーザはもう一度、新罹を突き放す。

「それだけじゃない!
もう力はいらない...!!!
ベルカイヌンの...そなたの体で、わしを女にして..」

クラーザは首を振った。

「ダメだ..」

「どうしてぇっ!?」

新罹はクラーザに縋り付く。
クラーザは真っ直ぐに新罹を見つめた。

「お前がどうしてもというなら抱いてやるが、
....そうして力を失えば、もう俺はお前などいらない」

夢にまで見た初めての夜を手に入れて、クラーザとの関係を終わらせてしまうのか―――
今のままでいる為に、初めての夜を封印するのか―――

その二つしかない選択肢に新罹は頭を悩ませた。

「このままでは...苦しい...」

クラーザが新罹の力を目当てに会いに来ていたことは、重々承知の上だったが、皆が噂をするように『お気に入りの女』として心のどこかで特別視していてほしかった。

他の者よりは特別だが、女として見ていてほしかった.....


「新罹...もう会いに来ない方がいいのか」

その言葉は、クラーザなりの親切だったのだろう。
新罹はクラーザの腕にしがみつき、首を激しく横に振る。

「いやだ..!それだけは....会えなくなるのは、いやだ!」

これだけ近くにいたのに、
クラーザの心に入り込めなかった自分が情けなく感じた...


サァァァァァ....

夜風が二人の間を通り抜けた。






行為を終えたイルドナは、
ぐったりと仰向けになっている白那の顔を覗き込んだ。

「はぁ....はぁ.....」

白那は肩で息をしている。
イルドナは白那の額に手をあてた。

「お前...初めてだったのか..」

「だったら.....なんだって言うの...?」

白那はイルドナを横目で見た。

「乱暴にして...すまなかった」

額から頬に手をやり、白那の表情を伺う。

「..ディアマのベルカイヌン様でも....謝るんだ...?」

白那はイルドナの手に、自分の手を重ねる。

「ベルカイヌン?」

イルドナは眉間にシワを寄せた。

「...ベルカイヌン様..でしょ?」

イルドナの反応に、まさか..と、白那は血の気が引いた。

「.....悪いが、私はベルカイヌンじゃない。見たことないか?
本当のベルカイヌンは、紅い目をしたもっと色男だ」

「うそ...」

体を張ってまでしたのに、
肝心な相手を間違えてしまった。

「ベルカイヌン様なら、新罹と酒でも飲んでいるだろうよ」

白那は愕然とした。
新罹を見返してやろうとしたことが全くなんにもなっていない。

...一体、私は何をしてるの....

すると、イルドナが白那の首筋に唇をつけきた。

「あっ..や..やだ..」

イルドナは首筋にたくさん口づけをする。
左手は白那のうなじを触り、
右手は白那の汗ばんだ体に、再びおちてゆく。

「あっ...あぁっ..待って..!」

今度は抵抗しようとするが、鈍い体が動かない。

「私に体を許せ..力を抜け」

今度は、先程とは別人のように、
イルドナは白那を優しく愛撫した。

「うあっ...」

自分の声だとは思えない艶めかしい声に、白那は恥ずかしくなる。
イルドナの指が白那を優しく包み込んだ。

一体、自分はなんの為になにをしているのか…

しかし、男性にこんなにも優しく抱き締められたことのない白那は、初めての経験に戸惑い、そしてなぜか高揚していた。

再び二人の体が重なる。






次の日の朝。

白那が目を覚ました頃には、既にイルドナの姿はなかった。

「....いったぁ....」

白那は痛む体を支えた。
まだ体は火照っている...

空は薄暗かったが、
白那は起き上がり部屋を出た。

「白那っ!!!!」

背後から、やかましいくらいの滝の声が飛んできた。
滝はすぐに白那に近寄る。

「ねぇ!どうだった!!?
......って、なんだか具合悪そうねぇ..」

滝は白那の顔色を伺い、
心配するのかと思いきや、ブッと吹き出して笑った。

「心配なかったようねぇ~!
その様子だと、随分よろしくやってたみたいじゃないのぉ!!」

「滝やめてよっ..!」

白那は周りに誰もいないか確認し、
静かにするように手をあてた。

「まぁいいわ!
白那、今日は一日、部屋で休みな。
そんな様子だと仕事にならないしね!」

白那はふらつく体を支えながら小屋に戻った。

「私、何やってんだろ......あやめ...ごめんね....」

白那はカビ臭い布団に寝転び、頭を抱えた。
―――脳裏に浮かんでくるのは、昨夜のことばかり...

白那は火照る体を抱きしめた。
不思議と心が熱くなった。

「あの人...なんて名前なのかなぁ....」

白那はウトウトと眠りについた。





「イルドナァ~!!」

クラーザの部屋に向かっていたイルドナに、アコスの声がかかる。

「馴れ馴れしいな...」

イルドナはアコスの顔を見た。

「なぁ!昨日どうだった!?」

「は?」

アコスはイルドナの前でモジモジし始める。

「俺さぁ~!昨日、一睡もできなかったよーっ!!!
緊張で手が震えて、あんな美人を抱きしめることもできなかったんだぁ~!!!
勿体ないことしたよなー!?
でも、初めての体験でさぁ...」

「私に言うな。お前の話なんかに興味はない」

「そんなぁ~!イルドナァ~!聞いてくれよぉ~!」

イルドナはクラーザの部屋に、声もかけずに入っていった。


ガッ...

イルドナがためらいもなく戸を開いた。
中には、クラーザと正座をしている新罹の姿が。

「遅いぞ、二人とも」

そう言ったのは、新罹の方だった。
新罹は両手を合わせ、仏や神になにやら祈祷を捧げていた様子。

「朝から、何をモタモタしておったのだ?イルドナ」

新罹の機嫌がよろしくない。
イルドナをギロリと睨みつけてきた。

「.....それで...何かが見えたのか?」

イルドナが祈祷の結果を聞く。
空気の読めないアコスは、あたふた始めた。

「あぁ..!待って!
今ミールを連れて来るから、ミールの邪気祓いもしてやって下さい!」

「待て!アコス!」

部屋を出て行こうとするアコスに、猛烈な新罹の声が飛ぶ。
アコスがふいに立ち止まる。

「今は、邪気祓いなどしている場合ではない!
何者かが、この村に近付いてきておる!」

「何者かってっ!?」

新罹にアコスが聞き返す。

「わからない...!
読み取ろうとしても、見え隠れして正体が見えない..!」

新罹は何度も祈祷を繰り返した。
クラーザが立ち上がる。

「新罹の存在を知る者だろう。
新罹に正体がわからないよう、うまく回避しているんだ」

イルドナがクラーザに近付く。

「どうする?」

クラーザが紅いその目を見開く。

「―――!」

「クラーザ?」

いきなり何かを感じとった様子のクラーザ。
イルドナは黙って、クラーザの指示を待った。

「敵が来る!すぐ近くにいるぞ」

クラーザがこめかみに手を当てて、敵の気配を察知した!



ドォオオン!!!!!!!!


近くで鳴り響いた爆発音に、
その場の四人は咄嗟に身構えた。

「もう来たの~っ!?」

アコスが間抜けな声を上げた。


ドォオオン!!!!!!!!



しおりを挟む

処理中です...